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番の想い人とその夫
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「ラヴィ、今日もルジェク様に振られたのか」
声をかけてきたのは、ラヴィの兄のルボルだった。彼は二歳年上で、ラヴィと同じ騎士だが、彼は第五騎士団の小隊長をしていた。同じ蜂蜜色の髪と、ラヴィよりも黄色味の強い琥珀色の瞳だが、彼女と違って背が高く、精悍な顔立ちの若者だ。今日も今日とて朝の挨拶ついでに求婚したラヴィだったが、案の定あっさり「断る」の一言でぶった切られた。
「兄さん。もう、言わないでよ」
「はははっ、まぁ、人族だから仕方ないな」
「そうよ。それに、あんな風に一言で言ってくれるのは、ルジェク様の優しさだと思うわ」
「そうかな?」
「そうよ。中途半端に期待を持たせる言い方をされる方が酷だわ。勿論、私はイエスの答えしか欲しくはないけど…」
断られ続けて一年になる。ルジェクは人族で、獣人の番への気持ちが理解出来ないのは仕方がないとラヴィは思っていた。実際、周りで番が人族だった人は何人かいるが、上手くいかないケースは少なくない。獣人の想いの重さに恐怖を感じる人の方が多いし、初対面で好きだと言われても人には理解出来ないという。
ラヴィは獣人だから、逆に人族の感覚がわからない。人にだって一目惚れと言うものがあるのだ、どうしてそれと同じとならないのか…最近はそんな風に思うばかりだ。
同じ獣人同士では起こりようのない問題だが、現実として獣人と人とが結ばれるのは難しい。仮に番と結婚しても、思いの深さ故の独占欲の強さや執着心に、人族が疲れて逃げ出すなんて事は多々あるし、それで刃傷沙汰の事件に発展する事もある。
ルジェクは間違いなくラヴィの番だが、ルジェクはそうではない。その現実はラヴィにとって重く苦しいものだが、番は最上の存在だ。ラヴィはルジェクに自分の想いを無理やり押しつける事はしたくなかった。だからこそ、挨拶と一緒にお願いしているにとどまっているのだ。本当はもっと話がしたいし、一緒の時間を過ごしたい。出来れば番として愛し合いたい。
でも、自分を見るルジェクの目の奥は、いつも苦しそうな、痛ましそうな色が含まれていて、それがラヴィを思いとどまらせていた。
ラヴィだって、何も闇雲にルジェクに迫っているわけではない。ルジェクには結婚を考えていた幼馴染がいた事、その幼馴染はルジェクが大怪我で療養中に結婚してしまった事、そしてルジェクが今でもその幼馴染を想っている事。
他にも、今までしつこいくらいに誘ってきた女性たちが、大怪我をした途端見向きもしなくなった事など、ルジェクの事は騎士団の仲間たちから色々聞き出していたのだ。
そして、ラヴィはルジェクの幼馴染の女性を知っていた。街の巡回中に何度か見かけた事があるのだ。同行していた騎士が、あれがルジェクの幼馴染で結婚を考えていた相手だと教えてくれたからだ。
その人は輝く金髪と青い瞳を持つ、儚げな雰囲気を持つ人だった。特別美人という訳ではないが、雰囲気が柔らかくて優しげで、守ってあげたくなる見かけをしていた。
でもその人は、毎回違う男性と一緒にいた。ある時は騎士風の金髪の男性で、また別の時は濃茶髪の小洒落た裕福そうな男性、別の日は銀髪の中性的な男性だった。共通しているのは、みな若くて身目がいいという点で、いくら日中とは言え毎回違う男性と歩いているのはいかがなものかと思う。
彼女の夫は人族で騎士団に所属していたが、その人物をラヴィはとても嫌っていた。ラドミールと名乗ったその男は、入団してから何度も声をかけてきて、お茶や食事にと誘ってくるのだ。
ラヴィにとって伴侶は至上の存在で、その者を差し置いて他の異性を誘うなんてとんでもない事なので、その不実さに虫唾が走るほどだった。他にも、街中でもよく妻以外の女性と一緒にいるのを見かけた。一体どうなっているのだろうと思うし、嫌悪感しか湧かない。
獣人のラヴィには、伴侶以外の異性と親し気に出歩く二人の行動が理解出来なかった。自分なら絶対、ルジェク以外の人と一緒に歩いたりしないし、親の持ってきた結婚などどんな手段を使っても断るのに…
そう思うのだが、ルジェクが思うのは自分ではなくあの女性なのだ。
一生に一度、最初で最後の恋に身を焦がすラヴィは、時には苦しくて気がおかしくなりそうな時があった。朝の挨拶ついでの求婚だって、努めて軽い感じになる様にして、ルジェクに負担にならないようにと考えた結果なのだ。ルジェクの苦しそうな痛ましそうな眼を思い出すと、罪悪感が湧くし、これ以上強く言えないから。
「でも、辛くなったなら、早めに言えよ」
「う、うん」
「さすがに狂死とか番と無理心中は勘弁だからな」
「わかってるって!」
明るくVサインを出して兄に笑顔で答えたラヴィに、兄はホッとした表情を浮かべて、じゃ、またなと言って去っていった。
兄が何を心配しているのか、それはラヴィには痛いほどわかっていた。兄は番を認識したのに得られない獣人の末路を、妹が辿らないかと案じているのだ。
愛が重い獣人は、番を求める気持ちが半端なく強かった。それは恋焦がれて自身すらも焼き尽くすほどに。番を認識しなければ何もないのと同じだが、認識してしまった獣人はもう後戻りできない。番を認識した獣人が番を得られなければ、ゆっくりと、でも確実に狂っていくか、衰弱死するのだ。
それは番に拒まれた時でも死別した時でも同じで、番を失う事は生存本能すらも奪っていく。生きている番ならば殺してでも我が物にしようとし、死んでしまえば生きる意味を見いだせずに食事も出来なくなって衰弱死する。番が魂の片割れと言われる所以だった。
声をかけてきたのは、ラヴィの兄のルボルだった。彼は二歳年上で、ラヴィと同じ騎士だが、彼は第五騎士団の小隊長をしていた。同じ蜂蜜色の髪と、ラヴィよりも黄色味の強い琥珀色の瞳だが、彼女と違って背が高く、精悍な顔立ちの若者だ。今日も今日とて朝の挨拶ついでに求婚したラヴィだったが、案の定あっさり「断る」の一言でぶった切られた。
「兄さん。もう、言わないでよ」
「はははっ、まぁ、人族だから仕方ないな」
「そうよ。それに、あんな風に一言で言ってくれるのは、ルジェク様の優しさだと思うわ」
「そうかな?」
「そうよ。中途半端に期待を持たせる言い方をされる方が酷だわ。勿論、私はイエスの答えしか欲しくはないけど…」
断られ続けて一年になる。ルジェクは人族で、獣人の番への気持ちが理解出来ないのは仕方がないとラヴィは思っていた。実際、周りで番が人族だった人は何人かいるが、上手くいかないケースは少なくない。獣人の想いの重さに恐怖を感じる人の方が多いし、初対面で好きだと言われても人には理解出来ないという。
ラヴィは獣人だから、逆に人族の感覚がわからない。人にだって一目惚れと言うものがあるのだ、どうしてそれと同じとならないのか…最近はそんな風に思うばかりだ。
同じ獣人同士では起こりようのない問題だが、現実として獣人と人とが結ばれるのは難しい。仮に番と結婚しても、思いの深さ故の独占欲の強さや執着心に、人族が疲れて逃げ出すなんて事は多々あるし、それで刃傷沙汰の事件に発展する事もある。
ルジェクは間違いなくラヴィの番だが、ルジェクはそうではない。その現実はラヴィにとって重く苦しいものだが、番は最上の存在だ。ラヴィはルジェクに自分の想いを無理やり押しつける事はしたくなかった。だからこそ、挨拶と一緒にお願いしているにとどまっているのだ。本当はもっと話がしたいし、一緒の時間を過ごしたい。出来れば番として愛し合いたい。
でも、自分を見るルジェクの目の奥は、いつも苦しそうな、痛ましそうな色が含まれていて、それがラヴィを思いとどまらせていた。
ラヴィだって、何も闇雲にルジェクに迫っているわけではない。ルジェクには結婚を考えていた幼馴染がいた事、その幼馴染はルジェクが大怪我で療養中に結婚してしまった事、そしてルジェクが今でもその幼馴染を想っている事。
他にも、今までしつこいくらいに誘ってきた女性たちが、大怪我をした途端見向きもしなくなった事など、ルジェクの事は騎士団の仲間たちから色々聞き出していたのだ。
そして、ラヴィはルジェクの幼馴染の女性を知っていた。街の巡回中に何度か見かけた事があるのだ。同行していた騎士が、あれがルジェクの幼馴染で結婚を考えていた相手だと教えてくれたからだ。
その人は輝く金髪と青い瞳を持つ、儚げな雰囲気を持つ人だった。特別美人という訳ではないが、雰囲気が柔らかくて優しげで、守ってあげたくなる見かけをしていた。
でもその人は、毎回違う男性と一緒にいた。ある時は騎士風の金髪の男性で、また別の時は濃茶髪の小洒落た裕福そうな男性、別の日は銀髪の中性的な男性だった。共通しているのは、みな若くて身目がいいという点で、いくら日中とは言え毎回違う男性と歩いているのはいかがなものかと思う。
彼女の夫は人族で騎士団に所属していたが、その人物をラヴィはとても嫌っていた。ラドミールと名乗ったその男は、入団してから何度も声をかけてきて、お茶や食事にと誘ってくるのだ。
ラヴィにとって伴侶は至上の存在で、その者を差し置いて他の異性を誘うなんてとんでもない事なので、その不実さに虫唾が走るほどだった。他にも、街中でもよく妻以外の女性と一緒にいるのを見かけた。一体どうなっているのだろうと思うし、嫌悪感しか湧かない。
獣人のラヴィには、伴侶以外の異性と親し気に出歩く二人の行動が理解出来なかった。自分なら絶対、ルジェク以外の人と一緒に歩いたりしないし、親の持ってきた結婚などどんな手段を使っても断るのに…
そう思うのだが、ルジェクが思うのは自分ではなくあの女性なのだ。
一生に一度、最初で最後の恋に身を焦がすラヴィは、時には苦しくて気がおかしくなりそうな時があった。朝の挨拶ついでの求婚だって、努めて軽い感じになる様にして、ルジェクに負担にならないようにと考えた結果なのだ。ルジェクの苦しそうな痛ましそうな眼を思い出すと、罪悪感が湧くし、これ以上強く言えないから。
「でも、辛くなったなら、早めに言えよ」
「う、うん」
「さすがに狂死とか番と無理心中は勘弁だからな」
「わかってるって!」
明るくVサインを出して兄に笑顔で答えたラヴィに、兄はホッとした表情を浮かべて、じゃ、またなと言って去っていった。
兄が何を心配しているのか、それはラヴィには痛いほどわかっていた。兄は番を認識したのに得られない獣人の末路を、妹が辿らないかと案じているのだ。
愛が重い獣人は、番を求める気持ちが半端なく強かった。それは恋焦がれて自身すらも焼き尽くすほどに。番を認識しなければ何もないのと同じだが、認識してしまった獣人はもう後戻りできない。番を認識した獣人が番を得られなければ、ゆっくりと、でも確実に狂っていくか、衰弱死するのだ。
それは番に拒まれた時でも死別した時でも同じで、番を失う事は生存本能すらも奪っていく。生きている番ならば殺してでも我が物にしようとし、死んでしまえば生きる意味を見いだせずに食事も出来なくなって衰弱死する。番が魂の片割れと言われる所以だった。
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