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悲痛な宣告
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魔獣毒。
それは魔獣の牙や爪に持つ毒の総称だ。魔獣の種類によってその性質は様々で、強さも効き目も違うが、人族や獣人にとっては死に至るものだ。実際、魔獣に襲われて死ぬ者の半分程度は傷ではなく魔獣毒によるものだとも言われている。
魔獣毒はじわじわと時間をかけて身体を蝕み、何れは死に至る。今のところこれと言った治療法もなく、対処療法のみだ。それも症状を一時的に軽くするだけで、完治するものではなかった。
「…で、では…ルジェク様は…」
「ああ、あいつはもう、騎士を続けるのは…無理だろう」
「騎士、を…」
ラヴィは心臓に細い針を刺されたような痛みを感じた。最愛の番の死。その事実にラヴィは、身体を流れる血がゆっくりと凍り付いていくような冷たさすら感じていた。我が身や命よりも番を大切にする獣人にとって、番の死は自らの死でもあるからだ。
「で、でも…どうして、ルジェク様は…」
何とか声を出そうとするラヴィだったが、喉が声の出し方を忘れてしまったかのように、その声は掠れて心許なかった。
「ルジェクが侵されていた魔獣毒は、ラーネア豹のものだ。ラーネア豹の毒にやられた奴にバシュの実を与えると、臓器不全を起こすんだ…」
「そ、んな…」
「それに…診察してわかったんだが…ルジェクはかなり前から内臓に症状が出ていたらしい」
「そ、そんな…どうして…」
「あいつは医者に口止めして、何食わぬ顔していたんだよ…俺も…気が付かなかった…あんな怪我でも…奇跡的に助かったと、安心しきっていたんだ…」
「……」
団長の苦しそうな、我が身を切られるような表情は、とても冗談を言っている様には見えなかった。
いつもつまらない冗談を言って周りから顰蹙を買っている団長だから、これもその一つであって欲しい…それはいつもなら叶えられた願いだった。冗談だと、つまらねぇ事を言ったと、そう言ってくれるのを期待して団長をじっと見つめたラヴィだったが、その言葉は最後まで聞く事は出来なかった。
(ルジェク様が…死…)
寮の木のベッドにうつ伏せに倒れ込んだラヴィは、どうやって家に帰ったのか、その事すらも記憶になかった。世界の全ての色が失われ、乾いた砂の世界にいるようにすら感じられた。
何よりも、そう自分の命よりも大切な大切な番、この命を差し出せば助かると言うなら、ラヴィは一瞬たりとも躊躇などしないだろう。むしろ番の役に立てるのであれば、死ですらも獣人にとっては喜悦に変わる。なのに現実は優しさなど欠片もなく、泣きたくなるほどの残酷さを露にしていた。
それでも…ラヴィにとってルジェクこそが大切であり、唯一であり至上だ。
ラヴィは起き上がると、窓から月を見上げた。今日は双月が並ぶ蒼月の夜で、清々とした月の光に照らされた世界は、どこまでも冴え冴えとしていた。
翌日、ラヴィは団長の元に向かった。こうなった以上、ラヴィが進む道は一つしかない。その一つの道に進むべく、ラヴィは団長を訪ねたのだ。
「やっぱり…考え直さねぇか?」
「…もう決めたんです」
「…だよなぁ…獣人にとっては、他にやりようがねぇよな…」
「すみません…」
「いや、責めてるんじゃねぇんだ。ただ…いや、なんでもねぇ。そうだな、お前さんの好きなようにやってこい。それが終わったらまた戻ってこりゃいいから」
「…ありがとうございます」
ラヴィは朝一で団長の元を訪れた。朝は苦手だと言って昼頃にならないと出てこない団長は、珍しく団長室にいた。疲れた表情の彼にラヴィは、除隊を願い出た。もうルジェクがいない騎士団にいる意味がないからだ。
ルジェクはもう騎士を続けられないし、団長の話ではもって三か月の命だという。ずっと具合が悪くなっているのを隠していたため、魔獣毒は団長やラヴィの想像以上にルジェクを蝕んでいたのだ。
「兄さん、頼みがあるんだけど…」
同じ騎士団に所属する兄の元にラヴィが顔を出したのは、夜も遅くなってからだった。ラヴィにとって兄は何でも相談出来る心のよりどころとも言える存在だった。家族に可愛がられて育ったラヴィだが、いつも忙しい両親の代わりに世話をしてくれたのが兄だった。そして、ラヴィの番への想いを最も知っている人物でもある。
「ラヴィ…どうしてもか?」
「うん…ごめんなさい。でも、私には他に出来る事はないから…」
「……」
「それでも、やるなら最善の事をしたいの。ルジェク様のために」
「…わかった。だが…無理はするなよ」
「うん。ありがと、兄さん」
ラヴィは兄の言葉ににっこりと笑みを浮かべると、ラヴィは満足そうな表情で出て行った。それはいつもラヴィが見せる元気のいい笑顔と同じのようでいて同じではなかった。その違いがわかるのは、兄のルボルくらいだろう。
「…ラヴィ…」
ドアの向こうに消えた妹の後姿に声をかけたルボルの声は、誰にも聞こえず、その悲痛さに気付く者もいなかった。
「くそっ!」
言葉に出来ない、やり場のない思いに、ルボルはテーブルに己の拳をぶつけた。騎士団内でも大柄なルボルに理不尽に殴られたテーブルは、それでも傷一つつかなかった。
それは魔獣の牙や爪に持つ毒の総称だ。魔獣の種類によってその性質は様々で、強さも効き目も違うが、人族や獣人にとっては死に至るものだ。実際、魔獣に襲われて死ぬ者の半分程度は傷ではなく魔獣毒によるものだとも言われている。
魔獣毒はじわじわと時間をかけて身体を蝕み、何れは死に至る。今のところこれと言った治療法もなく、対処療法のみだ。それも症状を一時的に軽くするだけで、完治するものではなかった。
「…で、では…ルジェク様は…」
「ああ、あいつはもう、騎士を続けるのは…無理だろう」
「騎士、を…」
ラヴィは心臓に細い針を刺されたような痛みを感じた。最愛の番の死。その事実にラヴィは、身体を流れる血がゆっくりと凍り付いていくような冷たさすら感じていた。我が身や命よりも番を大切にする獣人にとって、番の死は自らの死でもあるからだ。
「で、でも…どうして、ルジェク様は…」
何とか声を出そうとするラヴィだったが、喉が声の出し方を忘れてしまったかのように、その声は掠れて心許なかった。
「ルジェクが侵されていた魔獣毒は、ラーネア豹のものだ。ラーネア豹の毒にやられた奴にバシュの実を与えると、臓器不全を起こすんだ…」
「そ、んな…」
「それに…診察してわかったんだが…ルジェクはかなり前から内臓に症状が出ていたらしい」
「そ、そんな…どうして…」
「あいつは医者に口止めして、何食わぬ顔していたんだよ…俺も…気が付かなかった…あんな怪我でも…奇跡的に助かったと、安心しきっていたんだ…」
「……」
団長の苦しそうな、我が身を切られるような表情は、とても冗談を言っている様には見えなかった。
いつもつまらない冗談を言って周りから顰蹙を買っている団長だから、これもその一つであって欲しい…それはいつもなら叶えられた願いだった。冗談だと、つまらねぇ事を言ったと、そう言ってくれるのを期待して団長をじっと見つめたラヴィだったが、その言葉は最後まで聞く事は出来なかった。
(ルジェク様が…死…)
寮の木のベッドにうつ伏せに倒れ込んだラヴィは、どうやって家に帰ったのか、その事すらも記憶になかった。世界の全ての色が失われ、乾いた砂の世界にいるようにすら感じられた。
何よりも、そう自分の命よりも大切な大切な番、この命を差し出せば助かると言うなら、ラヴィは一瞬たりとも躊躇などしないだろう。むしろ番の役に立てるのであれば、死ですらも獣人にとっては喜悦に変わる。なのに現実は優しさなど欠片もなく、泣きたくなるほどの残酷さを露にしていた。
それでも…ラヴィにとってルジェクこそが大切であり、唯一であり至上だ。
ラヴィは起き上がると、窓から月を見上げた。今日は双月が並ぶ蒼月の夜で、清々とした月の光に照らされた世界は、どこまでも冴え冴えとしていた。
翌日、ラヴィは団長の元に向かった。こうなった以上、ラヴィが進む道は一つしかない。その一つの道に進むべく、ラヴィは団長を訪ねたのだ。
「やっぱり…考え直さねぇか?」
「…もう決めたんです」
「…だよなぁ…獣人にとっては、他にやりようがねぇよな…」
「すみません…」
「いや、責めてるんじゃねぇんだ。ただ…いや、なんでもねぇ。そうだな、お前さんの好きなようにやってこい。それが終わったらまた戻ってこりゃいいから」
「…ありがとうございます」
ラヴィは朝一で団長の元を訪れた。朝は苦手だと言って昼頃にならないと出てこない団長は、珍しく団長室にいた。疲れた表情の彼にラヴィは、除隊を願い出た。もうルジェクがいない騎士団にいる意味がないからだ。
ルジェクはもう騎士を続けられないし、団長の話ではもって三か月の命だという。ずっと具合が悪くなっているのを隠していたため、魔獣毒は団長やラヴィの想像以上にルジェクを蝕んでいたのだ。
「兄さん、頼みがあるんだけど…」
同じ騎士団に所属する兄の元にラヴィが顔を出したのは、夜も遅くなってからだった。ラヴィにとって兄は何でも相談出来る心のよりどころとも言える存在だった。家族に可愛がられて育ったラヴィだが、いつも忙しい両親の代わりに世話をしてくれたのが兄だった。そして、ラヴィの番への想いを最も知っている人物でもある。
「ラヴィ…どうしてもか?」
「うん…ごめんなさい。でも、私には他に出来る事はないから…」
「……」
「それでも、やるなら最善の事をしたいの。ルジェク様のために」
「…わかった。だが…無理はするなよ」
「うん。ありがと、兄さん」
ラヴィは兄の言葉ににっこりと笑みを浮かべると、ラヴィは満足そうな表情で出て行った。それはいつもラヴィが見せる元気のいい笑顔と同じのようでいて同じではなかった。その違いがわかるのは、兄のルボルくらいだろう。
「…ラヴィ…」
ドアの向こうに消えた妹の後姿に声をかけたルボルの声は、誰にも聞こえず、その悲痛さに気付く者もいなかった。
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