『完結』番に捧げる愛の詩

灰銀猫

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穏やかな時間

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「ルジェク様、お昼ですよ」

 日差しが差し込む小さな部屋に入ってきたのは、昼食を乗せた木のトレイを手にしたラヴィだった。トレイの上にはしっかり煮込んでトロトロに柔らかくなった肉と野菜のスープとパンが乗っていた。

 あれからラヴィは騎士団を辞めると寮を出て、ルジェクが所有する小さな家に移り住んだ。今は二人で暮らしていたが、実のところ、ここに至るまでは結構大変だった。

 騎士団を辞めたルジェクは、退職金と慰労金を受け取ると、校外に買っておいた小さな家へと引っ越した。平屋のこの家は部屋が二つとキッチン、バス・トイレ、そして隣家を気にしなくて済む程度の庭のある、とてもこじんまりとした家だった。それもその筈、この家はルジェクが最期を過ごすためにと買った家だったからだ。
 数年前から魔獣毒の浸食が進んでいると感じていたルジェクは、動けなくなる日が来るのを予感していた。看病に適した小さな家を買い、最期は兄夫婦やハウスキーパーの手を借りながら、ひっそりと最期を迎えるつもりだったのだ。

 その家に、ラヴィは押しかけ女房よろしくやって来たのだ。せめて死ぬまで世話をさせて欲しいと懇願し、その間の給金なども何もいらないと言って。ルジェクも兄夫婦も驚いたが、さすがに未婚の娘にそんな事はさせられないと、最初は頑なに断った。

 だが、それもラヴィが獣人で、ルジェクが番だと言うと話が変わった。兄夫婦の友人には獣人がいて、番がどんな存在かを兄夫婦はルジェクよりもよく理解していたのだ。更には、団長と兄のルボルがやってきて、好きなようにさせてやって欲しいと頭を下げた。

 それでも、若い娘が大事な時期を自分の看病に費やすわけにはいかないと、ルジェクは固辞した。それに対してラヴィは、それならハウスキーパーとして雇って欲しいと頼み込んだのだ。結局、ラヴィの熱意と団長やルボル、ルジェクの兄夫婦が後押ししてくれたのもあり、ラヴィはルジェクの側で過ごす権利を得たのだった。

「ああ、いい匂いだな」
「そうですか?嬉しいです。まだおかわりもありますから、たくさん食べて下さいね」

 花のような笑顔を浮かべたラヴィは、今は騎士服ではなくハウスキーパーが着るような濃紺のワンピースに白いエプロン姿だった。デザインも色も地味だが、騎士服を脱ぎ棄て、年相応の愛らしい少女の姿に戻ったラヴィは、甲斐甲斐しくルジェクの世話をした。楽しそうな、幸せそうな笑顔を浮かべて。番の役に立てる事が生きがいの獣人にとって、その傍らで世話を焼けるのは至上の時間でもあった。



「ルジェク様、今日はお日様が暖かくて風が気持ちいいですわ」

 ルジェクに寄り添って歩くラヴィは、木陰にある二人掛けのベンチにルジェクを座らせた。ルジェクが庭でも快適に過ごせるようにと、ラヴィが買ってきたのだ。白いペンキが塗られたそれは、その素朴さで庭の草花の中に溶け込んでいた。

「今日はハーブティーにしてみました。すっきりした味で、お腹にもいいんですよ」
「そうか…ああ、いい香りだな」
「あ、わかってくれました?これ、香りもいいんですよ。この葉を小さな袋に入れておくといつでも香りが楽しめるんです」
「そうか…それは、便利だものだな」
「ルジェク様がお好きなら、枕元に置きますよ。そうすれば朝も気持ちよく目覚めるでしょ?」
「なるほど…そういう使い方もあるのか…ぜひ頼む」
「はい、任せて下さい!」

 実直で口下手なルジェクは、元気なラヴィに押され気味ながらも、生真面目にラヴィの話を聞いて、返事を返してきた。それが時々的外れな時もあるのだが、それすらもラヴィは愛おしかった。他愛もない会話が泣きたいくらいに幸せで、どんな宝石よりも得難いものだった。



 天気がいい日、二人は必ず午前と午後には庭のベンチで日向ぼっこをした。家に閉じこもってばかりでは気持ちも身体もふさぎ込んでしまう、体調がいい日は散歩でもするようにと医者にも言われたからだ。ラヴィはルジェクが疲れすぎないように慎重に様子を見ながら、外に連れ出すのを忘れなかった。

「明日もお天気がいいそうですよ。サンドイッチを作りますね。お庭で頂きましょう」
「なんだかピクニックみたいだな」
「あ、それ、いいですね!じゃ、明日はルジェク様がお好きなルーサー鶏を使った卵サンドも作りますね」
「そりゃあ楽しみだな」

 共に食事をし、お茶を飲み、庭に出て花を愛でていると、病気の事など嘘のように感じた。ラヴィは医師から看病の仕方についてしつこいくらいに質問し、献身的に世話をした。そのお陰か、ルジェクの体調は全く悪化しているようには見えなかった。
 時折、団長や騎士仲間、兄夫婦が訪ねてきたが、以前よりも顔色がよく、表情も明るくなったルジェクに、皆が驚いたくらいだ。ラヴィの存在がそうしたのは言うまでもなかった。

 騎士団をやめて上司と部下の関係ではなくなったのもあって、二人の会話は随分と親しいものへと変化していった。
 天気がいい日は庭で、雨の日は室内で、ラヴィはルジェクの気持ちを少しでも上向けようと、明るく朗らかに振舞った。一日でもルジェクが長くこの世に留まれるように、一日でも多く楽しい時間だったと思って貰えるように。

 ラヴィにとってルジェク以外はどうでもよかった。ルジェクにバジュの実を飲ませた事でステラの悪行が明らかになり、離縁されたうえ実家から放逐された事も、その夫のラドミールが騎士団を首になり、実家から絶縁された事も。その話を聞いても、ラヴィは一片の興味も持てなかった。今はルジェクの事だけを考えていたかったからだ。

 ラヴィにとってルジェクがいなくなった後の事などどうでもいい事だった。ただ、ルジェクがいる今を、この瞬間だけを大切にしていた。
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