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ボス戦2
しおりを挟む出入り口を固めるゴブリンたちを排除しようとしたところで、ボスが動き始めた。
ゆっくりと近付いてくるそいつは、初めて見る大きさだった。
薄闇に目が慣れてきたとはいえ、遠くからではシルエットくらいしかわからなかったが、実際には成人した男と同じか、あるいはそれ以上にでかいものだった。
線も太く、筋骨隆々ながっしりとした体つきだ。その上半身を覆う革のような防具が、体躯をさらに厚くする。
太い腕の先には巨大な剣が伸びている。
嫌な圧迫感を覚え、喉が閉まる。
突如、そいつが加速した。巨体に似合わぬスピードで一直線に猛進してくる。
俺は距離を詰められる前に魔法を放つ。
LV2になって威力が増した火炎槍が高速で飛翔する。
それほど離れていないし標的は真っ直ぐに突っ込んできているので、避けるのはもちろんのこと、防ぐことも難しいだろう───。
だが奴は、何てことはないと言わんばかりに、大剣を軌道上に滑り込ませて俺の魔法を防いでしまう。
そればかりか受け止めた剣も破損していない。
あっという間に肉薄され、もう一発撃つ余裕はない。
俺は剣を両手で握り直し、振り下ろされた巨大な鉄の刃を待ち受ける。
ギイィィン───
衝突と同時に強烈な衝撃が波紋のように広がって全身を貫いた。
「ぐぅっ……!!」
重い……!
想像以上に重い斬撃に両腕がビリビリと痺れ、あまりのパワーに剣を取り落としそうになる。
全力で踏ん張り辛うじてそれを受け止めきると、今度は上から圧しかかられる形での鍔迫り合いを強制される。
体格の差で上から体重を乗せられ、俺は右の上腕が胸に当たるほど押し込まれて窮屈になっていく。ジリジリと刃が迫る。両腕はガクガクと震え出し、敵の殺意がギラリと光る。
奴の大剣と比べれば、俺の剣はまるで包丁のようでひどく頼りなく見えた。
身動きが取れない……!このままじゃだめだ……!!
さらに力を込めようと一瞬目を閉じたその時、ふっと圧が消えた。
反射的に目を開けると、大剣は俺の頭上、少し離れたところにあった。
「っ」
再び俺めがけて落ちてくる。その軌道上にはまだ俺の剣がある。俺は痺れたままの両腕で剣を握り締め歯を食いしばる。
ガイィィン───!!
全身に伝わる鈍く重い衝撃。食いしばった歯の隙間から、くぐもった呻き声が漏れた。
「ううぐぅ……!」
胸が圧迫される。苦しい。それでもなんとか喰らいつく思いでエネルギーを絞り出す。
ボッ。
と、ボスの斜め後ろ、赤い火の玉が現れる。
ゴブリン数体に守られた魔法使いが、再び魔法を発動させたのだ。
瞬時にそう理解する───してしまう。
───避けないと……!!
頭上から剣越しに押さえつけられている俺は、しかし、身動きの一つも取れない。
動けない。
この場から離脱することも、身を捩ることすら叶わない。
少しでも力を抜けば、たちまちに押し切られて斬り殺されてしまうだろう。足は地面に縫い付けられ、踏ん張るので精一杯だ。
なんとか僅かに剣を傾けて大剣を逸らそうとすれど、この状況からでは対応されて意味をなさない。
何の手立ても浮かばないまま、バスケットボール大の火の玉は、無情にも空気の膜を燃やしながら近づいてくる。
終わる。
これをくらったらきっと死ぬ。即死は免れたとて、怪我を負えばまともに剣も振れなくなるだろう。そうなれば待っているのは同じく死という結果のみ───。
───……こんなあっけなく終わるのか?
そんな思いが湧き上がる。
無目的に消費するには長すぎる時間を持て余し、腐っていくだけの日々。そんな毎日の中にダンジョンが現れ、俺はそれにのめり込んだ。
夢中になって異形の怪物と命をかけて戦う中で、俺はぼんやりと、本当の意味で無価値な日常から抜け出せるんじゃないかと期待していた。
逃避先としてのダンジョンではなく、それを通して、何か変わるんじゃないか、自分も、あの毎日も───。
だが、その結果がこれか?こんなにあっけなく、なんの意味もなく、なんにもならず。
超常の力を手に入れたダンジョンの中でさえも無力なままで、俺は”暴力” に抗えない。
悔しい。不甲斐ない。腹立たしい。
そして、怖い───。
だが、火球の形をしてにじり寄る「死」から、俺はどうしてか目が離せない。
様々な思いや記憶が浮かんでは消えていく中で、胸中では無力感だけが強まっていく。
結局、俺はダメなんだ───。
心の中でそう言葉にすれば、ストンと全てが楽になり、徐々に心が冷却されていく。
今まさに俺の命運は尽きようとしているのに、恐怖は薄れ、心には今の俺の体と同じ、無色の諦念が満ちてくる。
鬱屈した日々。翳りを増す親の顔。変わらない毎日。変えようとすらしない自分。逃げて逃げて、ここにいる。結局、一歩踏み出すこともできないままだった。
そしてこの思いさえ、薄暗い洞窟の中で、ゴブリンの炎に焼かれて消えるのだ。
静かな諦観を突き破り、後悔とは違う感情が顔を出した。
思い描くのは、楽しかった毎日。友達の顔、ただ気恥ずかしいまでに暖かく優しかった家族との日常。
背を向けたまま永遠にお別れだなんて、
「そんなの、嫌だ」
火球は、透明になったままの俺の右腕に吸い込まれていき───半透明なままの俺の体にぶつかり小爆発を引き起こした。
……変だ。
自分の体に当たったはずだ。なのに痛みはない。
腕から伝わってきたのは、何かが当たったという軽い感触だけだった。
炎が消える。
体は無事で、それどころか服までも何事もなかったかのように俺の身を包んでいた。
───どういうことだ……?
ふと頭に浮かんだのは、今まで効果も使い道も確認できていなかったあのスキルだ。
「魔力障壁……?」
呆然とそう呟きながら自分の右腕を凝視するが、とても魔法が直撃したとは思えない状態だ。
ふと違和感を覚える。「自分の右腕」?
固有スキルを使って本来は見えないはずの自分の体が見えている。スキルが解けているのだ。
攻撃を受けたからだろうか。
だが、どのみちこいつは雑魚と違って、俺本体を狙ってくるから関係ない。俺はそう気持ちを切り替える。
爆発の瞬間に後ろに下がっていたボスが、再び剣を乱打してくる。
一撃一撃が重い。
しかしその全てに食らいつく。
だが、変わらず反撃に出るほどの余裕がない。
ボン。
そうこうしているうち、再び飛来した火球が魔力障壁にぶつかった。
今回も防ぐ手立てがなかったのだ。
徐々に体の芯が冷えていく。
今のところは魔力障壁のおかげで何とかなっているものの、魔力は有限だ。あと何発も防げる保証はない。早くどちらかを処理しなければ───。
護衛がいるとはいえ、倒しやすそうなのは魔法使いだろう。しかし、目の前のボスが行かせてくれるはずがない。かといってそのボスを倒すには魔法使いが邪魔なのだ。
時間を作る必要がある。───そのためには、勝負に出るしかないか。
機をうかがいながら、攻撃を防いでいく。横薙ぎ、下からの斬り上げに袈裟。次々と斬撃が飛んでくる。気を抜けば押し切られてしまいそうな一撃一撃を確実に受け止める。数度の打ち合いの後、奴が剣を真上から振り下ろそうと動いた。
ここだ。
俺はいつものように受け止める───かのように見せかけ、タイミングを見計らって剣を傾ける。
互いの武器がぶつかり、ひどく耳障りな悲鳴をあげながら、奴の大剣が俺の剣の上を滑っていく。
敵の剣を受け流した俺は、迫る炎の塊を無視し、振りかぶったような形から相手の足───防具がついていない箇所───を斜めに斬り裂いた。切断することこそできなかったが、手応えはあった。
これで動きが鈍くなるはずだ。
そう判断した俺は強く地面を蹴って駆け出した。十数メートルあった魔法使いゴブリンとの距離を詰めながら、火炎槍を連射する。
魔法はそれぞれゴブリンどもを爆発四散させ、左右の爆発に巻き込まれた2匹も絶命させた。俺が距離を詰め切る前に護衛は1匹を残すのみとなった。
その1匹は防具をつけている。通常のゴブリンとは雰囲気が違う。
───とにかくこいつを一撃で斬り殺して、奥の奴を始末しないと。
そう道筋を立てつつ、最後の護衛に踊りかかる。手は抜かない。全力の俺の斬撃が奴の首筋に吸い込まれていき、首を切断───する寸前で受け止められてしまう。
驚きつつも二の太刀を入れる。これもガードされてしまうが、一撃目で体勢を崩しかかっていた奴はこの攻撃で仰け反った。
その致命的な隙をついて、奴の体を両断する。
それと同時に飛んできた火球を突き出した剣の先端で防ぎ、俺は舞い散る炎を突き破って突撃した。
魔法使いとの5メートルほどあった距離を一気に詰め、次弾を撃たれる前に肉薄して一撃で斬り殺す。
間に合った───。
戦闘中だというのに安堵しながら、気配を感じて身を反転。今まさに頭上高く持ち上げた剣を振り下ろさんとするボスゴブリンと目が合った。
その斬撃を受け止めて、ゴブリンにしては精悍な顔つきをしたボスの目を剣越しに睨みつけながら、俺は口元に笑みを浮かべる。
さあ、タイマンといこうじゃないか───。
無理やり作ったその笑みは、若干、引き攣っていたかもしれない……。
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