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ボス戦 3
1合、2合、3合。
ダンジョンの奥、今や俺とボスだけとなった薄暗い広間に剣戟の音が響く。
未だ入り口の外に立ち尽くすゴブリンどもを観客に、俺たちはひたすらに剣をぶつけ合う。
奴の動きはやはり、やや鈍っていた。
その上邪魔者を排除したことで、俺は目の前のこいつに集中できている。
それでも俺の剣は届かない。力では押し切れないため受け流してのカウンターを中心に何度か斬撃を繰り出すが、革の鎧によって威力は減衰される。
攻めきれないまま疲労が溜まる。
「ッ……」
流しきれなかった斬撃が、魔力障壁をかすめてわずかにジャージを切り裂いた。
体の芯から熱が消えていく。魔力残量が尽きかけているのだ。
剣戟の音が響くたび、俺の体力は削れて奴の体には細かい傷だけが増えていく。
火炎槍を打ち込むことができれば深手を負わせられそうだが、剣を受けながらでは打つ隙がないし、かといって距離を取れば防がれてしまうだろう。
何発も打てば通るかもしれないが、それを試すだけの魔力がない。
そんな状況だというのに、俺の胸の中には静かに熱を持った高揚感と、揺らぎのない水面のような冷静さが同居している。
かつて感じたことのない感情の中で、俺の剣が冴えていく。剣技が飛躍する。
奴の斬撃を悉く受け止め、的確に受け流し、カウンターを叩き込む。
受け流せる斬撃とそうでない斬撃とを瞬時に見極めて対処する。
互いに剣を振るう。何度も、何度も、何度も。
その度に耳障りな金属音が鼓膜を引っ掻き、腕の筋肉が悲鳴を上げる。
もう、何度反撃に出たかわからない。
しかし俺の攻撃は悉く革の鎧に吸収され、浅い傷しかつけられない。
腕の疲労も限界に近い。そろそろ決めなければ。
腕……。チラリとボスの太い腕を見る。防具はついていない───。
俺は振り下ろされた大剣の横っ腹を強く弾いた。
逸らされた斬撃は俺から大きく外れ、地面を削る。無防備に伸び切った腕が目の前で停止する。
この戦いが始まってから最大の隙。
「うおおおお!!」
後の防御のことは考えず、俺は全力で剣を振り下ろした。斬撃が奴の右腕に吸い込まれるようにして落ちていく。
「ギャアアア!!」
剣越しに鈍い感触が伝わり、その一撃は、奴の方腕を切断した。野太い怒声混じりの悲鳴が上がる。
切られた腕が地面に落ち、肘の先から血が吹き出す。奴はタタラを踏んで数歩後ろへ下がる。
それでも奴は戦意を失っていなかった。憎悪と怒りで一層歪んだ表情で俺のことを睨みつけてくる。
だが剣速は落ち、一撃一撃の重みも消えた。
次に狙うは足だ。魔法使いを倒す時に斬り裂いた傷。
そこを狙い、俺は攻勢に出て一気に押し込んでいく。
何度目かの攻撃がその傷にちょうど入り込み、さらに深くまで肉を断つ。
ボスはうめき声を上げながら膝を折る。
それでも叩きつけてくるその剣はしかし弱々しく、脅威であった体格差からくる受けづらさや威力というものは失われ、速度も半減したものだった。
真正面から剣を弾き上げ、ガラ空きの胴体に、おそらく魔力残量が許す最後の1発を叩き込む。
「火炎槍!」
すぐに余波を避けるために後ろに飛ぶ。ほぼ同時に破裂音と共に爆ぜた炎が奴の体を覆い隠した。
少しして炎が消えたそこには、無惨に破損した革鎧と、傷だらけの奴の体があった。
しぶとすぎるだろ。
そう内心で文句を吐きながらも、俺の胸には尊敬にも似た思いがあった。
だが、いい加減に倒さなければ。
すでに鎧はその機能を喪失し、俺の剣を防ぐものは何もない。
俺は勝負を決めるべく、大きく踏み込んだ。
視線が、何故だか奴の目に吸い寄せられた。今までで一番ギラついた目だった。まるで一切諦めていないとでも言わんばかりの眼光だ。
嫌な予感を覚えると同時、奴が動いた。
左腕を大きく背後に引き、それを振り戻してくる。
斬撃に備える俺だったが、しかし、奴がしたのは投擲だった。
「ッ?!」
巨大な剣の先端が高速で飛んでくる。
避けられない。
瞬時にそう判断すると同時、俺はほとんど反射的に剣を振ってそれを打ち払おうとした。
しかし、振り下ろしや薙ぎ払いといった「線」での斬撃ならともかく、初めて受ける「点」の攻撃を、俺は防ぎ切ることができなかった。
ギィィン───。
そんな音を残しながら、わずかに軌道を変えた大剣は、俺の右側を抜けていく。
パリン、と、何かが砕けた音がする。大剣は背後でカランカランと硬質な音を響かせる。
右腕に熱を感じて目をやれば、ボロボロのジャージの切れ目から、赤い液体が滲み出始めていた。遅れて鈍い痛みがやってくる。
「いっっつ……!!」
魔力障壁はどうしたのか。傷はどこまで深いのか。まさか切断されてないよな。後遺症が残る大怪我じゃないよな───。
初めて負った怪我に心が掻き乱される。
奴が笑い声を上げる。
「ガギャギャ」
それでも、俺が今すぐやらなければいけないことはそれじゃない。
俺は痛む腕に鞭打って、剣を頭上に構え、大きく一歩踏み込んでそれを振り下ろした。
「うああああああああ!!!」
武器すら失った奴は何をするでもなく、その一撃によって無防備な片口から深くを斬られ、俺の比ではないほどの血を吹き出し、ぐらりと背後に倒れていった。
少しして全てが黒い靄となり、そこには、カランと音を立てて地面に落ちた大きな魔石だけが転がっていた。
───入り口の奴らは?……いなくなってる。
魔石以外の戦いの痕跡がなくなったその場所で、俺は右腕を押さえて大きく息を吐き出した。
直後、光が満ち、部屋に充満していた薄闇が払われる。
同時に、立て続けに脳内にアナウンスが流れた。
『レベルが上がりました』
『スキル:剣術のレベルが上がりました』
『第一層をクリアしました』
『称号:先駆者を獲得しました』
『称号:冒険者を獲得しました』
本当に終わったのだ。
「はあ───」
俺はその場にどすんと崩れ落ちるように座り込んだ。
少しの間放心したようにぼーっとしていると、腕の痛みを思い出す。
慌てて破れた箇所を捲って傷を確認する。少なくない血が出ていたが、それほど大きな怪我ではなさそうだった。自宅でテキトーに処置すれば大丈夫だろう。
「よかった……。てか疲れた……でも、楽しかったな」
今までよりも多数との戦い、魔法を使ってくるゴブリンや、俺の剣を何度も防いだ奴。そしてボス。おまけに退路は塞がれて、負けるかもしれない戦いだった。
そんなやばい状況を俺は一人で切り抜けたんだ。いろんな恐怖を乗り越えて、一人で戦ったんだ。
余韻と感慨にたっぷり浸りながら明るくなった空間を見渡す。
ここはちょうど学校の体育館と同じくらいの広さで、奥にはボスゴブリンが最初に座っていたと思われる、玉座というにはあまりにも質素な椅子がある。その横には下につながる階段と思しきものがある。
そして玉座の手前、広間の中央付近には、無色の輝きを放つ球体が転がっていた。
これまでに2度手に入れた、”スキルオーブ”なるものだ。
俺はゆっくりと立ち上がり広間の中央に向かう。
無色に輝くそれを拾い上げると宙空にウィンドウが飛び出した。
『スキルオーブ:マップ』
使用しますか?の質問に即答するようにボタンをタッチすると、スキルオーブは光の粒子となって、俺の体に吸い込まれるようにして消えていく。
~~~~~~~~~~~~~~
名前:橘 冬夜
レベル:15→19
スキル:剣術LV1→2 火炎槍LV2 MP回復速度上昇LV1 魔力障壁LV1 マップLV1
固有スキル:霊化
称号:探索者 先駆者 冒険者
体力:51→67
腕力:50→70
器用:38→50
防御:37→49
敏捷:38→50
魔力:45→65
~~~~~~~~~~~~~~
レベルが4つも上がってる。ステータスは軒並み50を超えて、剣術も2になって、新しいスキルも手に入れた。
強くなっているのが一目でわかって、ついつい頬が緩んでしまう。
早く強くなった自分を試してみたくてうずうずする。
そうなると気になるのは、奥に見える階段だ。
アナウンスでも第一層と言っていたし、あの下には第二層があるのだろう。
だけど疲れたし、今日のところはこれで許しておいてやろう。
そう決めて昂っていた気持ちが落ち着くと、俺はふらついてまた座り込んでしまう。魔力も体力も、すっかり底をついていたことに遅れて気づく。
俺は諦めて寝転がり、回復するまでの時間、人工的でも、自然のものでもなさそうな光に包まれた天井を見つめた。
戦いの最中に溢れた感情に、どう向き合えばいいのか。これからどうすればいいのか。結局、それらしい答えは出なかった。
ただ今は、無限に湧き上がる充足感にも似た達成感に、ふわふわと心を預ける事にした。
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