→📚️賛否分かれる面白いショートストーリー（1分以内で読了限定）

#186 世界を知り世界を変えるゲームチェンジャー

　その男が呼ばれるとき、誰もが「ゲームチェンジャー」と囁いた。
　世界を覆す天才、常識を一夜にして廃墟へと変える怪物。投資の世界でも、政治の舞台でも、あるいは戦争の戦略盤の上でも、彼は一度登場すればルールが総崩れになった。

　だが本人は飄々と笑い、こう答える。
「私はただ、ゲームの規則を一行だけ書き換えているにすぎない」

　最初に彼が動いたのは、金融市場だった。株式市場に“売買は必ず二手先を予約する”という奇妙なルールを提案し、世界が混乱する中で一人勝ちした。次に彼が手を入れたのは法律だ。“判決は陪審員ではなく、一般市民のランダムな一票で決まる”と主張し、社会は熱狂と絶望に分断された。

　彼が次に目を向けたのは、戦争そのものだった。
「兵士の代わりに、代表者一人を将棋の駒に見立てて盤上で決着をつけるべきだ」
　かつての戦場は、巨大なボードゲーム会場へと姿を変え、国境をかけた勝負が静かな石の音だけで進んでいった。犠牲者は減り、兵器は売れ残り、軍需産業は激怒した。だが市民は喝采した。

　ここまでならば、彼は英雄だったかもしれない。
　だが男は一歩踏み込んだ。
「この世界を動かしている本当のプレイヤーは誰か。私たちではない」
　そう言い残して彼は消えた。

　ある日、彼の遺したプログラムが発見された。
そこには膨大な数列が走っていた。都市の人口、株価の動き、戦争の勃発、そして個人の病気や恋愛までもが、確率として計算されていた。まるで世界が一つの盤上であり、誰かの指先によって動かされているかのように。

　そして最後に一行だけ、彼の署名があった。

 「ゲームを変えたのは私ではない。私は、ゲームの存在を見せただけだ」

　人々は震えた。自分たちの選択が本人の意志か錯覚かも分からないまま、なお日常を続けるしかなかった。
　男が示したのは、勝敗を変える技ではなく――世界そのものが「ゲーム」であるという、残酷な真実だった。