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ノアキ光

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#167 天皇誕生日に泊まったホテル

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「ようこそいらっしゃいました」

 男は礼儀正しく頭を下げた。ここはとある古びたホテルのロビー。私はチェックインのためにカウンターに立っていた。

「ありがとうございます。一泊の予定です」

 私は予約名を告げ、宿帳に名前を書こうとした。その瞬間、ペンがするりと手をすべって床に落ちた。

「失礼しました」

 ペンを拾い上げながら、ふとカウンターの奥に目をやると、不思議なものが目に入った。重厚な額縁に収められた写真。スーツ姿の男が凛々しく立ち、微笑んでいる。その顔に、どこか既視感があった。

「……この方は?」

「ああ、当ホテルの初代オーナーでございます」

 フロントの男は微笑みながら答えた。

「立派な方だったんですね」

「ええ、とても。このホテルを立ち上げ、一代で繁盛させました」

「なるほど。……少し、どこかで見たことがあるような気がするのですが」

「そうかもしれません。この方の顔は、多くの方に馴染み深いものですから」

 私は少し戸惑いながらもチェックインを済ませ、部屋へ向かった。

 翌朝、私は朝食をとるためにロビーへ降りた。フロントには昨夜と同じ男が立っていた。

「おはようございます。よくお休みになれましたか?」

「ええ、おかげさまで。……ところで、昨日の写真の方、名前を伺っても?」

「もちろんです」

 男は静かに微笑んだ。

「天皇陛下ですよ」

 私は思わず息をのんだ。冗談かと思ったが、男の表情は真剣だった。

「え……? 天皇?」

「そうです。このホテルの初代オーナーは、陛下でした」

 私は混乱しながらも、もう一度昨日の写真を思い出した。確かに、どこかで見た顔だった。しかし、まさか……。

「しかし……それは……」

「お気づきになられましたか?」

 男は一歩、私に近づいた。

「もし、この国の在り方がほんの少し違っていたら。もし、ある瞬間に違う選択がなされていたら。天皇陛下は、こうして実業家として生きていたかもしれません」

 私の背筋がぞくりとした。確かに、それはあり得る話だ。歴史とは、そうした「もし」の積み重ねなのだから。

「では、この世界は……?」

 私が問うと、男は微笑んだまま首を振った。

「さあ、それはお客様のご想像にお任せいたします。ただ、今日は二月二十三日ですね」

 二月二十三日。そう、今日は天皇誕生日だ。

 私は再び写真を見た。そこに写る男の微笑みが、どこか遠く、静かな誇りを湛えているように見えた。

 私はこのホテルを後にした。しかし、頭の片隅にはずっと、あの写真が焼き付いていた。

もし、歴史が少し違っていたら。この国の象徴が別の道を歩んでいたら。それは一体、どんな世界だったのだろうか……。

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