168 / 195
#168 名も無き墓標
しおりを挟む村はずれの古びた墓地の片隅に、名も刻まれていない石の墓標があった。風雨にさらされ、苔むしたそれは、誰のものかも分からないまま、ただ静かにそこに佇んでいた。
少年・直人は、その墓標に妙な愛着を感じていた。幼い頃からここに来ては、落ち葉を払い、水をかけ、時折、花を供えた。理由は分からない。ただ、そうせずにはいられなかった。
ある日、直人は祖母に尋ねた。
「あの名前のないお墓、誰のなの?」
祖母は少し考えた後、静かに語った。
「あれはね……昔、村に住んでいた名もなき人のものなんだよ」
「名もなき人?」
「そう、記録もなく、家族もおらず、村の誰も彼のことを知らなかった。でも、なぜか皆、あの人がいたことだけは覚えているんだよ」
直人は不思議に思った。その墓標には、確かに何かを感じさせる温かさがあった。
月日は流れ、直人は成人し、村を出て都会で暮らすようになった。忙しい日々に追われ、故郷を訪れることも少なくなっていた。
そして数年後。祖母が亡くなったとの知らせを受け、直人は久々に村へ戻った。葬儀の帰り道、彼はふと思い立ち、あの墓地へ足を運んだ。
変わらずそこにある名もなき墓標。だが、何かが違っていた。墓の前に新しい花束が置かれていたのだ。
「誰が……?」
不思議に思いながら、直人は墓標をじっと見つめた。すると、ふと幼い頃の記憶がよみがえった。小さな自分が、誰かと一緒にここにいた気がする。だが、それが誰だったのか思い出せない。
彼は気まぐれに、墓の前の土をそっと掘り返してみた。そして、そこから出てきたのは、一枚の古びた写真だった。
そこには、幼い直人と、見知らぬ青年が写っていた。
青年は優しい笑顔で、幼い直人の肩に手を置いていた。しかし、直人にはその顔に見覚えがなかった。
「……誰なんだ?」
その瞬間、まるで風がささやくように、心の奥底で何かが囁いた。
直人の胸に、得体の知れない寂しさが広がる。
自分自身が何かを大切にしていたのに、永遠に忘れてしまったような感覚。
墓標の前で立ち尽くす直人の背中を、静かな風が優しく撫でた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる