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ノアキ光

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#168 名も無き墓標

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村はずれの古びた墓地の片隅に、名も刻まれていない石の墓標があった。風雨にさらされ、苔むしたそれは、誰のものかも分からないまま、ただ静かにそこに佇んでいた。  

少年・直人は、その墓標に妙な愛着を感じていた。幼い頃からここに来ては、落ち葉を払い、水をかけ、時折、花を供えた。理由は分からない。ただ、そうせずにはいられなかった。  

ある日、直人は祖母に尋ねた。  
「あの名前のないお墓、誰のなの?」  

祖母は少し考えた後、静かに語った。  
「あれはね……昔、村に住んでいた名もなき人のものなんだよ」  

「名もなき人?」  

「そう、記録もなく、家族もおらず、村の誰も彼のことを知らなかった。でも、なぜか皆、あの人がいたことだけは覚えているんだよ」  

直人は不思議に思った。その墓標には、確かに何かを感じさせる温かさがあった。  

月日は流れ、直人は成人し、村を出て都会で暮らすようになった。忙しい日々に追われ、故郷を訪れることも少なくなっていた。  

そして数年後。祖母が亡くなったとの知らせを受け、直人は久々に村へ戻った。葬儀の帰り道、彼はふと思い立ち、あの墓地へ足を運んだ。  

変わらずそこにある名もなき墓標。だが、何かが違っていた。墓の前に新しい花束が置かれていたのだ。  

「誰が……?」  

不思議に思いながら、直人は墓標をじっと見つめた。すると、ふと幼い頃の記憶がよみがえった。小さな自分が、誰かと一緒にここにいた気がする。だが、それが誰だったのか思い出せない。  

彼は気まぐれに、墓の前の土をそっと掘り返してみた。そして、そこから出てきたのは、一枚の古びた写真だった。  

そこには、幼い直人と、見知らぬ青年が写っていた。  

青年は優しい笑顔で、幼い直人の肩に手を置いていた。しかし、直人にはその顔に見覚えがなかった。  

「……誰なんだ?」  

その瞬間、まるで風がささやくように、心の奥底で何かが囁いた。  

直人の胸に、得体の知れない寂しさが広がる。
自分自身が何かを大切にしていたのに、永遠に忘れてしまったような感覚。  

墓標の前で立ち尽くす直人の背中を、静かな風が優しく撫でた。
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