科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一

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第149話 カリム vs. 善鬼② ── 剣、交わりて ──

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 ——届かん。

 幾度も刃を振るい、幾度も斬りかかった。闘気も解放した。限界まで力を引き出した。

 けど。

 「……それでも届かんか、あんたには」

 善鬼はゆっくりと息を吐き出した。

 砂煙の立ちこめる闘技場の中心で、呼吸ひとつにも神経を研ぎ澄ませながら、対峙する“剣聖”の姿を睨む。

 目の前のカリム・ヴェルトール。

 静かや。何の飾り気もない。闘気も放ってへん。ただ、まっすぐに立って、こちらを見とるだけやのに——

 「ほんま、隙がないなぁ……」

 ふと、故郷の空が脳裏に浮かぶ。

 アカツキの山々、海沿いの神社、竹林に差し込む光の斜面。

 ——そこで、自分は負けたことがなかった。

 年若い剣士にも、大柄な武芸者にも、妖魔にも、大鬼にも、飛竜にも。誰であろうと、自分の剣の前には無力だった。

 たとえ技術が互角でも、自分には“闘気”があった。解き放てば、膂力も速度も桁違いになる。それが自分の“強さ”の証明だった。

 「……せやけどな」

 目の前の男に、届かない。

 “剣が通じない”ってのはこういうことか。

 その実感が、少しずつ胸を満たしていく。

 不快ではない。むしろ清々しい。

 「——世界ってのは、広いんやなぁ」

 自然と笑みがこぼれた。

 けど、それでも。

 まだ、“闘気こそが強さ”という信念は捨てられない。

 「見せたるわ。俺の——“全て”を」

 善鬼は深く構え直した。手の内にある愛刀・東雲しののめが、呼応するようにかすかに唸る。

 心の底に沈めていた闘気が、じわじわと浮かび上がってくる。熱が、骨の芯から湧き上がる。意識が鋭利に研ぎ澄まされていく。

 「……行くで、カリム・ヴェルトール。」

 闘技場の空気が、確かに震えた。



 全闘気を解放したその瞬間だった。



 善鬼の視界が、一瞬、揺らいだ。

 (ん……?)

 違和感の正体を確かめるように、観客席のほうへ目を向ける。

 すると、目に入ったのは——

 祈る者たちの姿。

 豪華な衣装に身を包んだ貴族でも、気軽な軽装の冒険者でもない。くたびれた服に身を包んだ、平民風の観客たちだった。

 老いも若きも、男も女も。
 皆が、あの男——カリム・ヴェルトールに向かって、手を合わせていた。

 「……祈り、か」

 ただの応援ではない。

 ——信仰だ。

 善鬼の目が鋭くなる。

 祈ってる連中からは、“闘気”が全く感じられない。
 そういう体質なのだろう。“闘気を纏えない者達”。

 (そういうことか)

 納得した。

 (あの兄さん……“闘気(魔力)を持たへん者”の希望なんやな)

 かつて、戦の場において“闘気(魔力)を持たざる者”は、淘汰される存在だった。
 その常識を覆したのが、あの男か。

 「——まるで、戦の神様やな」

 善鬼は、かすかに笑った。

 「……そら、祈りたくもなるわ」

 勝ち負けだけやない。
 あの佇まい、あの剣の一振り。そのすべてが、誰かの“心”を救っとる。

 闘技場の中央に立つその背中は、静かで、まっすぐで、どこまでも遠くて——



 「……せやけど、自分は“剣士”や」

 あんたらの神様、斬らせてもらうで。

 善鬼は静かに目を閉じた。



 身体の奥に沈めていた呼吸を、深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 喧騒も、歓声も、風の音すらも遠のいていく。
 ただ自分の心音だけが、内側で確かに鳴っていた。



 “心を無にせよ”



 己の師、絶刀斎の言葉が脳裏に蘇る。

 “刀は心に宿るもの。ならば、心が濁れば、刀もまた鈍る”

 善鬼は、今この瞬間、己のすべてを削ぎ落とした。

 怒りも、焦りも、驚きも。
 勝ちたいという欲も、負けたくないという意地も——

 ぜんぶ、ただの“雑音”や。

 そして、静かに目を開けた。

 その瞳には、何も宿っていなかった。

 怒気も闘志もない。
 あるのはただ、純粋な“斬る”という意思のみ。

 刀を鞘に納め、両足をしっかりと地に据え、左手を自然と鞘に添える。

 右手は柄へ。
 その動きに、一切の無駄はない。
 磨き上げられた技と心が、完全に一致した瞬間だった。

 絶刀流・十之太刀。

 "無我絶界むがぜっかい"

 「……俺の全部、受けてみぃや、剣聖さん」

 その声は、決して大きくはなかった。

 だが、砂がそれに応じるように、ざざ……と細かく鳴いた。

 吹き抜ける風が、一瞬、止まる。

 それを真正面から見据えていたカリムが、わずかに目を細める。

 「……ならば、私も、“最速”で応じよう」

 静かに、右足を一歩、引いた。

 左足は前へ。
 重心を低く、柔らかく沈め、鞘へと自然に手を添える。

 藍色の外衣が、風にひるがえる。
 陽光の下で煌めく刃の気配が、鞘の奥からにじみ出るようだった。

 それは、美しい構えだった。

 ただ速さだけを求めたのではない。
 ただ鋭さだけを磨いたのでもない。
 “居合い”という芸術の極致。

 “蒼刃閃《アズール・フラッシュ》”

 ふたりの剣士の構えが、ぴたりと重なるように対峙する。

 その場に、魔法の煌きも、大仰な演出もない。

 ただ、ひとりと、ひとり。

 剣士と剣士。

 魂と魂。

 やがて、空気がふるえる。

 それぞれの足元から、目には見えぬ“気配”が広がりはじめる。

 無意識のうちに、空間が圧縮され、ふたりの周囲に円が描かれていく。

 制空圏——

 それぞれが、互いの“剣”の支配領域を広げていく。

 五メートル。

 四メートル。

 三メートル——

 円は徐々に重なり合い、ついに、重なった。

 ふたりの間にあるのは、もはや“境界”ではない。
 互いに踏み込めば、必ず交錯する死地。
 だが、それでも。

 ふたりの剣士は、動じない。

 その姿はまるで——

 神前にて対峙する、剣聖と剣鬼。

 極限の静寂。

 会場の誰もが、息を飲んだ。

 そして、その“瞬間”を待っていた。


 ◇◆◇


 重なり合った制空圏の中心。

 そこにあるのは、緊張でも、油断でもなかった。
 ただ、凪いだ湖面のような、“静寂”だけが支配していた。

 観客の誰もが、呼吸することを忘れていた。
 審判すら声を飲み、口を固く結んだまま、ただ目の前の二人を見守るしかなかった。

 その沈黙を、ひと筋の風が切り裂く。

 ——サァァ……。

 柔らかな空気の流れが、戦場の中心を撫でた。

 その風を合図と錯覚するほどに、ふたりの剣士が、同時に動いた。

 ——刹那。

 砂が炸けた。

 善鬼の脚が、地面を滑るように一歩踏み出す。
 流れるような重心移動。身体の軸は揺らがず、ただ一つの目的に沿って、研ぎ澄まされた動き。

 瞬間、鞘から音もなく抜き放たれた刀が空気を裂く。
 目視できるのは、その後に残された銀の残像だけ。


 絶刀流・十之太刀——

 "無我絶界《むがぜっかい》"


 己を捨てる一太刀。
 怒りも、焦りも、歓喜すらもそこにはない。
 あるのはただ、“斬る”という一点への到達のみ。
 魂が刃に昇華され、肉体すら剣と一体化する。

 ——その瞬間。

 対するカリムもまた、静かに右足を滑らせるように踏み出していた。

 わずかに重心を沈め、柄にかけた右手が、
 地を割る蒼の光を引き抜いた。

 疾風のように。
 流星のように。
 その刃筋は一直線に相手の急所を突き、同時に見る者の心までも射抜いた。

 "蒼刃閃《アズール・フラッシュ》"

 衝突した。

 二本の刃が、空間の中で交錯する。

 だが、耳には何も届かない。

 ——音が、置いていかれたのだ。

 ただ、空間が震えた。
 刃と刃の軌道が、目には見えぬ速度で交わり、わずかながら軌道がずれる。

 その結果——

 善鬼の一太刀が、ほんの“刃一枚分”だけ、カリムの剣を逸らす。

 (──勝った!)

 脳裏にその確信が灯った瞬間。
 善鬼の身体が、ほんのわずか“緩んだ”。

 そして、だった。

 「……甘い。」

 カリムの声が、鼓膜に直接語りかけてくるように低く、鮮やかに響く。

 直後——

 ガンッ!!

 重い衝撃。

 カリムの左手が携えていた“鉄拵えの鞘”が、善鬼の腹部に深く食い込む。

 「ぐっ……!」

 声にならない呻きが漏れる。
 内臓をかき乱されたような痛みが、意識を引き裂く。

 だが、攻撃はそれだけで終わらなかった。

 身体が揺れた瞬間——
 カリムの右腕が、一度大きく回転し、刀を逆手に持ち直す。

 そして、挟むように——
 背中側から前方へ、鋭く、そして優雅に。

 「──“蒼牙連閃《アズール・ファング》”。」

 鉄鞘と逆手剣の"二刀流"。

 カリムの声と共に、蒼い剣閃が善鬼の"東雲"を打ち払う。
 善鬼が構えていた刀が、鋼の音を残して宙を舞った。

 次の瞬間、首筋に、冷たく鋭い感触が触れる。

 止めの斬撃ではない。
 だが、疑いようのない“決着”だった。

 その刃が振り抜かれれば——という明確な“死”の実感。

 闘技場全体が、ようやく動き始める。

 止まっていた風が、ゆるりと流れ、
 観客の誰もが、ようやく、呼吸を再開した。


 善鬼は、目の前に突きつけられた男の刃先を、しばし無言で見つめていた。

 鋼の冷たい光。その輪郭は僅かに震えているように見えたが、それは自分の呼吸の乱れが見せた幻だとすぐに気づいた。

 そして——ぽかん、と口を開いた。

 まるで夢から覚めたかのような表情。

 勝利を確信した刹那に逆転されたという事実が、ようやく全身を巡って、
 肩から、胸から、そして心の奥から——何かがふっと抜け落ちていく。

 沈黙が数秒。だが、それは永遠のようにも思えた。

 やがて善鬼の肩が、わずかに震え始める。

 笑っていた。

 諦めの苦笑でも、強がりの笑顔でもなかった。
 そこには、心からの敬意と納得があった。

 「……参った。降参や」

 その静かな言葉は、風に乗って舞い上がり、
 魔導拡声器を通じてコロシアムの空に響き渡った。

 刹那——

 観客席が炸裂した。

 「カリムだッ!!」
 「剣聖、カリム・ヴェルトール!!」
 「勝ったぁぁあああ!!」

 割れんばかりの歓声と拍手が渦を巻く。
 人々の熱狂が一斉に爆発し、地鳴りのようにコロシアムを揺るがす。

 だが、その中心にいるふたりの剣士だけは、まるで静寂の中にいた。

 善鬼は、刀を落としたままその場に立ち尽くし、苦笑交じりに呟く。

 「……“無我絶界”は、人の限界を超えた速度の斬撃——の筈やったんやけどなぁ」

 その言葉に、カリムは刀をゆっくりと引き、
 流れるような所作で“蒼刃”を鞘へと納める。

 金属が納まる澄んだ音が、祝福の喧騒の中に小さく響いた。

 「私は、訓練相手に恵まれていてな」

 そして視線を横に流す。

 試合場の外、選手席の一角。

 そこには、腕を組み、やや身を乗り出すように立つ青年の姿があった。

 白衣の様なシルエットの白いコート。いたずらを思いついたような、ニヤリとした笑み。

 九条迅。

 カリムの口元が、わずかに緩む。

 「“人の限界を超えた速度”の持ち主とは、毎日のように剣を合わせている。」

 その言葉を聞いて、善鬼は思わず目を丸くした。

 驚きと困惑と——少しの納得が入り混じった表情。

 しばし、遠くの観客席に立つ迅をじっと見つめたあと、
 ぽつりと、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。

 「……そりゃ……勝てへん訳やな」

 肩から力が抜けるように、ふっと笑った。

 悔しさはあった。だが、それ以上に——

 嬉しかった。

 自分の全力をもってしても届かぬ高みが、確かに“ここ”にはあった。
 それを知れたことが、ただただ、誇らしかった。

 空には蒼が広がっていた。

 風が吹き抜ける。

 カリムの名が、歓声とともに幾度となく叫ばれる。

 その中で——

 東堂善鬼は、そっと頭を垂れた。

 剣を落としたまま、堂々と。

 敗北の中に、己の誇りを抱いたまま。

 「……カリム。あんたは、ほんまもんやったわ」

 静かに、力強く。
 剣士・東堂善鬼は、闘技場の勝者に深い敬意を捧げた。
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