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第150話 英雄と、その影
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静まり返っていたコロシアムが、再び轟音のような歓声に包まれる。
「剣聖、カリム・ヴェルトール!!」
名前が高らかに叫ばれる中、選手用の観戦席では、一人の男がその様子をじっと見つめていた。
ルクレウス=ノーザリア。ノーザリア王国第一王子。
彼の目は、勝者の姿に釘付けになったまま、まばたき一つせず、静かに細められていた。
「……あれが、アルセイアの剣聖……カリム・ヴェルトールか。」
装飾の施されたロングコートの上から手袋越しに顎に指を当て、低く呟く。
その声音には驚きも焦りもない。ただ、事実を観察する冷静さと、興味深げな色がほんのりと混じっていた。
「報告では“魔力不適合者の剣士”と聞いていたが……実物は、想像以上だね。」
その隣に座る、黄と緑のまだらな長いドレッドヘアを揺らす男が、がくがくと肩を震わせて笑った。
アポロ・ジェミニア。
ゆるく首をかしげ、観客の歓声に合わせて手をパンパンと叩く。
「ひゃひゃひゃっ、ま、まいったまいった……! あいつ、最初見たときはさぁ、な、なんかこう、あ、あんま美味そうじゃなかったんだけどさァ……」
肩を竦めながら、ずずいとルクレウスに身を寄せ、悪戯っぽく目を細める。
「……つ、強ぇなァ。剣も、空気も、ぜーんぶ削ぎ落としてて、あ、あれはちょっと痺れたわ」
「キミでもそう思うか。なら……やはり、“念の為”の手を打っておくべきだろうね。」
ルクレウスは静かに言い、アポロの方を見ずに、コロシアム中央から引き上げていくカリムの背中に視線を残したまま続けた。
「アポロ、ティガに“念話”で繋いでくれ。隠し札を一枚、動かしておく必要がある」
「へいへい、ら、ラジャーってやつだねぇ」
アポロは口元を歪めて笑いながら、肩をぐるりと回し、ひょいと両手を組み合わせるように印を結ぶ。
「“に、兄ちゃん。ルクちゃんがさァ、例のアレ用意しとけってェ”」
「……アポロ、おふざけが過ぎるよ」
「へぇへぇ、わ、分かってるって。冗談冗談」
アポロの笑みは軽く、無邪気にすら見えるが、その目は鋭く細められていた。
遊びのように振る舞いながら、その実、彼はルクレウスの命令に忠実で、何より“興味深い獲物”の匂いを敏感に嗅ぎ取っていた。
「“剣聖”ねぇ……。へへ、た、試してみたいなァ。ど、どれだけ削げば“本性”が見えるのか」
「それができるならね。」
ルクレウスの横顔には、薄氷のように冷たい笑みが浮かんでいた。
「……“神聖な舞台”には、“崩す者”が必要なのさ。ここから先は、彼らの神話を終わらせる章だよ、アポロ」
「ん~? あ、“悪役”やるには、ちょ、ちょっと出番早くねぇのか?」
「構わないさ。いずれ誰かがやるのなら、最初に汚れるのが“ノーザリア”の血であるのは……むしろ誇りだよ。」
観客たちの興奮が未だ渦巻くなか、観戦席の片隅で交わされたその密談に、誰も気づく者はいなかった。
その笑みの裏にある“野望”が、やがて国を揺るがすものとなるとも知らずに——
◇◆◇
試合の終わりを告げる歓声が、波となってコロシアムの天蓋を揺らす。
貴賓席の一角——日除けの布が優雅にたなびくその席に、リディア、ロドリゲス、ライネルの三人は並んで座っていた。
蒼天を背景に立つ二人の剣士の姿を、誰もが目に焼きつけていた。
「……すごい」
リディアが思わず息を飲んだまま、呟く。
「ほんとうに、強かった……。あの侍の、善鬼って人……。まさか、カリムに一撃入れるなんて……!」
その眼差しには驚きと称賛、そしてどこか安堵の色も浮かんでいた。戦いの最中に張り詰めていた緊張が、今ようやく解けたのだ。
隣で、ライネルが無言のまま前を見つめていた。灰色の瞳が大きく見開かれている。
(……あれが……カリム・ヴェルトール……)
ミィシャから、剣聖と呼ばれる彼の名は何度も聞いていた。戦場で無敗の天才剣士。剣一本で、魔王軍幹部"血鉄のタロス"を一方的に打ち倒した男。
だが——それでも。
(まさか……ここまでとは……!)
その動き、その威圧感、その“剣気”。
父であるアドラー・フロスト——ノーザリア最強の剣士と謳われる騎士団長よりも、そして、若き剣の天才と呼ばれる弟・エドワルドよりも……もしかすると、自分の知る誰よりも強い。
喉が、ごくりと鳴る。
心臓の鼓動が少し早くなっているのを、ライネルは自覚していた。
その様子に気づいたように、ロドリゲスがふふ、と笑う。
「……見事な剣筋じゃったな、まったく」
そう言いながら、ゆっくりと手を前へ伸ばす。
「ほれ。あれを見てみい」
ロドリゲスの指差す先——それは、スタンドの下層、平民用の観覧席だった。
リディアとライネルがそちらに目を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
ぼろをまとった老女、汚れた服の青年、子どもを抱いた母親。
そのどれもが、勝者であるカリム・ヴェルトールに向かって、静かに手を合わせていた。
——祈るように。
——崇めるように。
「……あれは……?」
リディアが目を見開いて言う。
ロドリゲスは、深く頷いた。
「カリムも、その父であるクラウスも……“魔力不適合者”じゃった」
「魔力……不適合者……」
ライネルが思わず呟く。
この世界において“魔力が扱えない者”は、戦いの場でも、社会的にも“劣った者”として見られてきた。
「しかし、どちらもな。その身に魔力を宿すこと無く、ただ剣ひとつで戦場を駆け抜け、幾度となく魔王軍を退けてきた」
「……っ」
「その姿が、多くの者たちにとって、“救い”となった。特に、魔力を持たぬがゆえに虐げられてきた者たちにとってはな」
リディアは、平民席に祈る人々を見つめながら、小さく息を飲んだ。
彼らの表情には、悲壮や絶望ではなく、確かな“希望”が宿っていた。
(私が目指していることと……同じ……)
魔力の本質を解明すること。
魔力を持たない者が不当に差別される、この世界の“仕組み”を変えること。
それが、彼女の夢だった。
そして今——目の前の戦いが、ひとつの“答え”を示していた。
魔力が無くても、人は強くなれる。
その証明が、そこにあった。
「……カリムは……ただの剣士じゃないのね。」
リディアが、静かに言う。
「今の彼は、ひとつの“象徴”なのね。」
ロドリゲスは、何も言わずに頷いた。
そしてライネルは、ただただ圧倒されたように俯いた。
(あの力で……魔力不適合者……だと……?)
自分は剣士の家に生まれながら、魔法士としての適性を持ち、魔力と共に育ってきた。
だが、あの剣聖は——魔力の加護すら受けず、なおあの強さを持つ。
(……世界には……まだ、こんな化け物がいるのか……)
強くなりたい。
そう思う気持ちが、胸の奥で強く灯った。
ふと、視線の先——闘技場の端で、肩を並べて立つふたりの姿が見えた。
カリムと、九条迅。
勝利を祝うように、軽くハイタッチを交わし、笑い合っている。
それは、どこか兄弟のような空気すら感じさせる、自然な信頼の光景だった。
リディアは、その二人を見つめながら、優しい微笑みを浮かべた。
「……なんだか、ちょっと妬けちゃうわね。」
冗談っぽく呟くその言葉には、確かな思いが宿っていた。
(……私も、負けてられないわね!)
強く、誇り高く、誰かの希望となるように。
風が吹き抜ける。
空は澄みわたり、どこまでも青かった。
◇◆◇
地下の控え室には、微かに汗と鉄の匂いが漂っていた。
石造りの壁、魔導灯の淡い光。試合を終えた者と、これから試合を迎える者たちが、それぞれの沈黙を抱えて過ごす空間。
その一角。
善鬼は、やや丸くなってベンチに腰掛けていた。
腹に残った大痣と、額に浮かぶうっすらとした汗。だがその顔には、どこか晴れやかな疲労の色が滲んでいる。
そんな彼の両脇を——
「よう、東の剣豪さんよ。どうだった? ウチのカリムと戦ってみた感想は?」
片肘をついて、にやりと口角を上げる九条迅が、悪戯っぽく身を乗り出す。
「あー……退屈だったら謝るけどよ、見た感じ、そんな余裕ある様には見えなかったよなぁ~?」
「そうそう!」
反対側ではミィシャが、腕を組みながらしゃがみ込み、じろじろと善鬼を覗き込む。
「ウチらのカリムのこと、最初はだいぶ舐めてたようだけどにゃ? 結果は……ほら、あれよ、まあ退屈って感じには見えなかったにゃ~?あ~ん?」
「……うぐ……」
善鬼は肩をすくめ、額をぽりぽりとかいた。
「はは……あんま苛めんといてくださいよ……。自分の見る目が無かったですわ。えらいすんませんでした……」
まるで教師に小言を言われている生徒のように、情けなく縮こまる善鬼。
すると、やや離れたところで見ていたエリナが、くるりと踵を返して近づいてきた。
「迅様、ミィシャ! 意地悪が過ぎますわよ!」
きりっとした声に、迅とミィシャが顔を見合わせ、どちらともなく笑みを浮かべた。
「へいへい、エリナ先生のお叱りが入りました~」
ミィシャが舌を出しながら肩をすくめ、迅は善鬼の背をドンと軽く叩く。
「冗談だよ、冗談! あんた、凄ぇじゃねぇか。カリムに一太刀入れるなんて、そうそう出来るもんじゃねぇよ!」
「ほんとほんと!まあ、相手が悪かったってだけだぜ、こりゃ!」
ミィシャも笑いながら拳で善鬼の肩をこつんと小突く。
「ウチのパーティー"銀嶺の誓い"に勧誘したくなるくらいだぜ?」
「うわ、それは光栄やけど……いま誘われてもビビって尻込みしますわ……」
苦笑しながらそう返す善鬼だったが、その頬にははっきりとした照れ笑いが浮かんでいた。
そのやり取りを少し後ろで見ていたカリムは、控えめに微笑みながら一歩前に出る。
「……東堂善鬼殿。先の試合、見事なものだった。貴殿程の剣士は、この大陸にもそう居るまい。」
まっすぐな敬意のこもった言葉だった。
善鬼は驚いたように目を見開き、だがすぐに頭を下げる。
「……こちらこそ。あんたみたいな剣士と斬り結べたこと、忘れません。ほんま、胸がいっぱいですわ」
その一言に、カリムは満足げに頷いた。
「……兄さん方の戦いを見るのも、今から楽しみですわ」
ふと、そんな風に呟いた善鬼の目は、明らかに少年のようにキラキラしていた。
「さて」
迅が腰を上げ、ふっと真面目な顔つきになる。
「和気藹々とするのもいいけどよ……次はいよいよ、“あの”第一王子の試合だぜ」
その言葉に、空気が一瞬、ぴりりと変わった。
そして——エリナの身体が、微かに強張った。
それを見逃さなかった迅は、視線をそっと彼女に向けた。
「……エリナ。教えてもらっていいか? あの王子のこと。お前の知ってる、ルクレウス・ノーザリアの素顔ってやつを」
静かにそう問うと、エリナは目を伏せ、わずかに頷いた。
その瞳には、まだ語られていない“何か”が、確かに宿っていた。
「剣聖、カリム・ヴェルトール!!」
名前が高らかに叫ばれる中、選手用の観戦席では、一人の男がその様子をじっと見つめていた。
ルクレウス=ノーザリア。ノーザリア王国第一王子。
彼の目は、勝者の姿に釘付けになったまま、まばたき一つせず、静かに細められていた。
「……あれが、アルセイアの剣聖……カリム・ヴェルトールか。」
装飾の施されたロングコートの上から手袋越しに顎に指を当て、低く呟く。
その声音には驚きも焦りもない。ただ、事実を観察する冷静さと、興味深げな色がほんのりと混じっていた。
「報告では“魔力不適合者の剣士”と聞いていたが……実物は、想像以上だね。」
その隣に座る、黄と緑のまだらな長いドレッドヘアを揺らす男が、がくがくと肩を震わせて笑った。
アポロ・ジェミニア。
ゆるく首をかしげ、観客の歓声に合わせて手をパンパンと叩く。
「ひゃひゃひゃっ、ま、まいったまいった……! あいつ、最初見たときはさぁ、な、なんかこう、あ、あんま美味そうじゃなかったんだけどさァ……」
肩を竦めながら、ずずいとルクレウスに身を寄せ、悪戯っぽく目を細める。
「……つ、強ぇなァ。剣も、空気も、ぜーんぶ削ぎ落としてて、あ、あれはちょっと痺れたわ」
「キミでもそう思うか。なら……やはり、“念の為”の手を打っておくべきだろうね。」
ルクレウスは静かに言い、アポロの方を見ずに、コロシアム中央から引き上げていくカリムの背中に視線を残したまま続けた。
「アポロ、ティガに“念話”で繋いでくれ。隠し札を一枚、動かしておく必要がある」
「へいへい、ら、ラジャーってやつだねぇ」
アポロは口元を歪めて笑いながら、肩をぐるりと回し、ひょいと両手を組み合わせるように印を結ぶ。
「“に、兄ちゃん。ルクちゃんがさァ、例のアレ用意しとけってェ”」
「……アポロ、おふざけが過ぎるよ」
「へぇへぇ、わ、分かってるって。冗談冗談」
アポロの笑みは軽く、無邪気にすら見えるが、その目は鋭く細められていた。
遊びのように振る舞いながら、その実、彼はルクレウスの命令に忠実で、何より“興味深い獲物”の匂いを敏感に嗅ぎ取っていた。
「“剣聖”ねぇ……。へへ、た、試してみたいなァ。ど、どれだけ削げば“本性”が見えるのか」
「それができるならね。」
ルクレウスの横顔には、薄氷のように冷たい笑みが浮かんでいた。
「……“神聖な舞台”には、“崩す者”が必要なのさ。ここから先は、彼らの神話を終わらせる章だよ、アポロ」
「ん~? あ、“悪役”やるには、ちょ、ちょっと出番早くねぇのか?」
「構わないさ。いずれ誰かがやるのなら、最初に汚れるのが“ノーザリア”の血であるのは……むしろ誇りだよ。」
観客たちの興奮が未だ渦巻くなか、観戦席の片隅で交わされたその密談に、誰も気づく者はいなかった。
その笑みの裏にある“野望”が、やがて国を揺るがすものとなるとも知らずに——
◇◆◇
試合の終わりを告げる歓声が、波となってコロシアムの天蓋を揺らす。
貴賓席の一角——日除けの布が優雅にたなびくその席に、リディア、ロドリゲス、ライネルの三人は並んで座っていた。
蒼天を背景に立つ二人の剣士の姿を、誰もが目に焼きつけていた。
「……すごい」
リディアが思わず息を飲んだまま、呟く。
「ほんとうに、強かった……。あの侍の、善鬼って人……。まさか、カリムに一撃入れるなんて……!」
その眼差しには驚きと称賛、そしてどこか安堵の色も浮かんでいた。戦いの最中に張り詰めていた緊張が、今ようやく解けたのだ。
隣で、ライネルが無言のまま前を見つめていた。灰色の瞳が大きく見開かれている。
(……あれが……カリム・ヴェルトール……)
ミィシャから、剣聖と呼ばれる彼の名は何度も聞いていた。戦場で無敗の天才剣士。剣一本で、魔王軍幹部"血鉄のタロス"を一方的に打ち倒した男。
だが——それでも。
(まさか……ここまでとは……!)
その動き、その威圧感、その“剣気”。
父であるアドラー・フロスト——ノーザリア最強の剣士と謳われる騎士団長よりも、そして、若き剣の天才と呼ばれる弟・エドワルドよりも……もしかすると、自分の知る誰よりも強い。
喉が、ごくりと鳴る。
心臓の鼓動が少し早くなっているのを、ライネルは自覚していた。
その様子に気づいたように、ロドリゲスがふふ、と笑う。
「……見事な剣筋じゃったな、まったく」
そう言いながら、ゆっくりと手を前へ伸ばす。
「ほれ。あれを見てみい」
ロドリゲスの指差す先——それは、スタンドの下層、平民用の観覧席だった。
リディアとライネルがそちらに目を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
ぼろをまとった老女、汚れた服の青年、子どもを抱いた母親。
そのどれもが、勝者であるカリム・ヴェルトールに向かって、静かに手を合わせていた。
——祈るように。
——崇めるように。
「……あれは……?」
リディアが目を見開いて言う。
ロドリゲスは、深く頷いた。
「カリムも、その父であるクラウスも……“魔力不適合者”じゃった」
「魔力……不適合者……」
ライネルが思わず呟く。
この世界において“魔力が扱えない者”は、戦いの場でも、社会的にも“劣った者”として見られてきた。
「しかし、どちらもな。その身に魔力を宿すこと無く、ただ剣ひとつで戦場を駆け抜け、幾度となく魔王軍を退けてきた」
「……っ」
「その姿が、多くの者たちにとって、“救い”となった。特に、魔力を持たぬがゆえに虐げられてきた者たちにとってはな」
リディアは、平民席に祈る人々を見つめながら、小さく息を飲んだ。
彼らの表情には、悲壮や絶望ではなく、確かな“希望”が宿っていた。
(私が目指していることと……同じ……)
魔力の本質を解明すること。
魔力を持たない者が不当に差別される、この世界の“仕組み”を変えること。
それが、彼女の夢だった。
そして今——目の前の戦いが、ひとつの“答え”を示していた。
魔力が無くても、人は強くなれる。
その証明が、そこにあった。
「……カリムは……ただの剣士じゃないのね。」
リディアが、静かに言う。
「今の彼は、ひとつの“象徴”なのね。」
ロドリゲスは、何も言わずに頷いた。
そしてライネルは、ただただ圧倒されたように俯いた。
(あの力で……魔力不適合者……だと……?)
自分は剣士の家に生まれながら、魔法士としての適性を持ち、魔力と共に育ってきた。
だが、あの剣聖は——魔力の加護すら受けず、なおあの強さを持つ。
(……世界には……まだ、こんな化け物がいるのか……)
強くなりたい。
そう思う気持ちが、胸の奥で強く灯った。
ふと、視線の先——闘技場の端で、肩を並べて立つふたりの姿が見えた。
カリムと、九条迅。
勝利を祝うように、軽くハイタッチを交わし、笑い合っている。
それは、どこか兄弟のような空気すら感じさせる、自然な信頼の光景だった。
リディアは、その二人を見つめながら、優しい微笑みを浮かべた。
「……なんだか、ちょっと妬けちゃうわね。」
冗談っぽく呟くその言葉には、確かな思いが宿っていた。
(……私も、負けてられないわね!)
強く、誇り高く、誰かの希望となるように。
風が吹き抜ける。
空は澄みわたり、どこまでも青かった。
◇◆◇
地下の控え室には、微かに汗と鉄の匂いが漂っていた。
石造りの壁、魔導灯の淡い光。試合を終えた者と、これから試合を迎える者たちが、それぞれの沈黙を抱えて過ごす空間。
その一角。
善鬼は、やや丸くなってベンチに腰掛けていた。
腹に残った大痣と、額に浮かぶうっすらとした汗。だがその顔には、どこか晴れやかな疲労の色が滲んでいる。
そんな彼の両脇を——
「よう、東の剣豪さんよ。どうだった? ウチのカリムと戦ってみた感想は?」
片肘をついて、にやりと口角を上げる九条迅が、悪戯っぽく身を乗り出す。
「あー……退屈だったら謝るけどよ、見た感じ、そんな余裕ある様には見えなかったよなぁ~?」
「そうそう!」
反対側ではミィシャが、腕を組みながらしゃがみ込み、じろじろと善鬼を覗き込む。
「ウチらのカリムのこと、最初はだいぶ舐めてたようだけどにゃ? 結果は……ほら、あれよ、まあ退屈って感じには見えなかったにゃ~?あ~ん?」
「……うぐ……」
善鬼は肩をすくめ、額をぽりぽりとかいた。
「はは……あんま苛めんといてくださいよ……。自分の見る目が無かったですわ。えらいすんませんでした……」
まるで教師に小言を言われている生徒のように、情けなく縮こまる善鬼。
すると、やや離れたところで見ていたエリナが、くるりと踵を返して近づいてきた。
「迅様、ミィシャ! 意地悪が過ぎますわよ!」
きりっとした声に、迅とミィシャが顔を見合わせ、どちらともなく笑みを浮かべた。
「へいへい、エリナ先生のお叱りが入りました~」
ミィシャが舌を出しながら肩をすくめ、迅は善鬼の背をドンと軽く叩く。
「冗談だよ、冗談! あんた、凄ぇじゃねぇか。カリムに一太刀入れるなんて、そうそう出来るもんじゃねぇよ!」
「ほんとほんと!まあ、相手が悪かったってだけだぜ、こりゃ!」
ミィシャも笑いながら拳で善鬼の肩をこつんと小突く。
「ウチのパーティー"銀嶺の誓い"に勧誘したくなるくらいだぜ?」
「うわ、それは光栄やけど……いま誘われてもビビって尻込みしますわ……」
苦笑しながらそう返す善鬼だったが、その頬にははっきりとした照れ笑いが浮かんでいた。
そのやり取りを少し後ろで見ていたカリムは、控えめに微笑みながら一歩前に出る。
「……東堂善鬼殿。先の試合、見事なものだった。貴殿程の剣士は、この大陸にもそう居るまい。」
まっすぐな敬意のこもった言葉だった。
善鬼は驚いたように目を見開き、だがすぐに頭を下げる。
「……こちらこそ。あんたみたいな剣士と斬り結べたこと、忘れません。ほんま、胸がいっぱいですわ」
その一言に、カリムは満足げに頷いた。
「……兄さん方の戦いを見るのも、今から楽しみですわ」
ふと、そんな風に呟いた善鬼の目は、明らかに少年のようにキラキラしていた。
「さて」
迅が腰を上げ、ふっと真面目な顔つきになる。
「和気藹々とするのもいいけどよ……次はいよいよ、“あの”第一王子の試合だぜ」
その言葉に、空気が一瞬、ぴりりと変わった。
そして——エリナの身体が、微かに強張った。
それを見逃さなかった迅は、視線をそっと彼女に向けた。
「……エリナ。教えてもらっていいか? あの王子のこと。お前の知ってる、ルクレウス・ノーザリアの素顔ってやつを」
静かにそう問うと、エリナは目を伏せ、わずかに頷いた。
その瞳には、まだ語られていない“何か”が、確かに宿っていた。
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