真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一

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第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

第241話 ラグナと颯太

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ルセリア中央大学、5号館へと続く舗道は、午前の光を受けて白く輝いていた。
まだ若い緑が風に揺れ、街路樹の葉擦れが、遠くに聞こえる学生たちの喧噪と交じり合う。

その道を、影山孝太郎と天野唯が並んで歩いていた。



「だ、大丈夫かな……佐川のやつ。あのラグナって王子……絶対ヤバいヤツでしょ!」



影山は前髪をぐしゃぐしゃとかき上げながら、少し早口でそう呟いた。
その声音には心配と、微かな苛立ちと、そして——どこか怯えにも似たものが混ざっていた。

隣を歩く天野は、小さく首を傾げると、顎に指を当てて考え込む。



「う、うーん……わ、私も正直、そう思うんだけど……」



言いながら、瞳だけが前を見つめていた。彼女の中にも、拭いきれない違和感があった。
ラグナ・ゼタ・エルディナス第六王子。
容姿端麗で、何をするにも話題の中心。
そんな彼と、颯太が"仲良くなろうとした"という事実。



「颯太くんがああ言ってるんだから、何か考えはあるんだと思う。とりあえず……信じてみようよ。」



そう言ったときの天野の横顔には、ほんの少しの緊張と、微かな決意が浮かんでいた。
その表情に、影山はふっと笑みをこぼした。



「それって、カノジョとしての信頼ってヤツ?」



冗談めかして口にしたその言葉に、天野は一瞬ピクリと肩を揺らした。



「そ、そんなんじゃ……!」



顔を赤く染めて視線を逸らす。けれど、数秒後、再び彼女の口が動いた。



「──まぁ……そうかも。」



その言葉は風に乗って、照れくさそうに、けれど確かに影山の耳に届いた。彼の心臓がわずかに跳ねた。



(おお……マジかよ……冗談で言ったのに。やっぱり、佐川と天野さん、付き合い始めたのか……じゃあ、鬼塚は……)



心の中で、無意識に“あの不良”の名が浮かぶ。だがその思考は、自らの中でそっと押し込める。
今は、別の話題の方がいい。
そう判断した影山は、わざと軽い口調で言葉を続けた。



「で、でもさ。佐川にしちゃ、珍しくない?」


「えっ? 何が?」



天野が不思議そうに見返す。影山は肩をすくめてみせた。



「いや、ホラ。佐川ってさ、あんま”有名人”とか”人気者”に自分から話しかけていくタイプじゃないじゃん?」



彼の目が空を見上げ、過去を思い出すように細められる。



「どっちかっていうと、困ってるヤツとか、一人ぼっちのヤツのことをほっとけなくて声かける……そういうヤツだっただろ。日本にいた頃から、ずっと。」



天野は目を伏せ、少しのあいだ歩みを緩めた。そして小さく、頷いた。



「うん。確かに、颯太くんは……そういう人だと思う。」



彼女の脳裏には、真っ先に思い浮かぶ光景があった。
誰も話しかけなかった転校生に、自分から隣の席に座った颯太。
教室の隅でひとり俯いていたあの子に、笑って声をかけた颯太。
他校の不良に絡まれていた彼女を、迷いなく間に入って守った颯太。

そして。



「玲司くんの時も、そうだったし……」



静かにそう言った彼女の声には、かすかに懐かしさと、痛みが混じっていた。

影山が横目で彼女の表情を伺おうとしたそのとき——



「──だから……あのラグナ王子も、ひょっとしたら……」



天野はそう言いかけて、言葉を切った。そして、ふと振り返るように、歩いてきた道のほうを見る。

その視線の先には、もういないはずのラグナと佐川の姿。



(……もしかして、颯太くんには見えたんじゃないかな。ラグナ王子の中の"何か"が──)



言葉には出さなかったけれど、その沈黙が全てを語っていた。

影山は彼女の視線を追って、同じ方向を見る。だが、彼には何も見えず、ただ小首をかしげるだけだった。



「?」



二人の歩みはやがて再び並び、5号館の入り口が近づいてきた。

──その背中越しに、陽光がまぶしく降り注いでいた。



───────────────────



13号館のオープンカフェ。
冬の名残が風に揺れる午後、陽光はガラスのテラスを柔らかく照らしていた。白いパラソルの下、二人の青年が向かい合って座っている。

ひとりは整った顔立ちに金の髪を風に遊ばせ、優雅な所作でカップを傾けていた。
エルディナ王国の第六王子にして、この学園の生徒会長で中心的存在——ラグナ・ゼタ・エルディナス。

そして、対面に座るのは佐川颯太。
クセのある茶髪を無造作に遊ばせ、どこか抜けた笑顔を浮かべながらも、芯の強さをにじませる少年だった。



「えっ!?さ、佐川くん……キミ、ヴァレン・グランツと剣を交えたのかい!?」



ラグナの声がひときわ大きくなり、周囲の視線が一瞬だけこちらに集まる。彼はテーブルに肘をつきかけて、慌てて姿勢を正した。



「いやー、そうなんすよ」



颯太は照れたように後頭部をポリポリとかいた。



「その時俺、ちょっと洗脳的なスキルを受けてたからってのもあるんすけどね!」


「そ、それで……ど、どうだった……!?“色欲の魔王”の強さは……!」



ラグナは興奮を抑えきれずに身を乗り出す。その双眸は、子どもが英雄譚を聞くような光を宿していた。



「めっっっちゃ、強かったっすよ」



颯太は軽く笑って頷く。



「相手してもらうには、俺のレベルが足りなかった感じっすね! 何発か良いのは入れられたと思うんすけどね。 『がああ!』とか言って倒れてたし、ヴァレンさん!」


「はっ……!本当かい? そりゃ」



ラグナもつられて吹き出す。その笑顔は、王族の仮面を脱いだ、年相応の少年のそれだった。



「まー、完全に俺が悪かったんすけどね」



颯太は肩をすくめた。



「でも、ヴァレンさん、その後俺達のこと助けてくれたりもして……マジ良い人っすよ。魔王だってのが信じられないくらい」


「なるほど……実に興味深い話だったよ。ありがとう」



ラグナはふっと目を細めて微笑んだ。が、その内心には別の光が宿っていた。



(──特級と言っていいスキル"破邪勇者アンドレイオス"を持ってしても太刀打ちできないとは……やはり、ヴァレン・グランツは相当危険な相手だ。少なくとも、今はまだ敵対すべきじゃないな……)

(……しかし、そのヴァレン・グランツと渡り合い、手傷を負わせたとなると、佐川颯太……“勇者”の称号は伊達ではないか。……それに)



彼の金のまつ毛の奥、視線がふと周囲を撫でる。すると、自分たちから少し離れた位置に、ぽつぽつと集まってきた女生徒たちの姿が見えた。



「ラグナ殿下よ!相変わらず、素敵~!」

「本当……顔が天才!そうとしか言いようがないわ!」



そんな甘い囁きの合間に、微妙に声を落とした別の囁きが混ざる。



「……ねぇ、殿下と一緒にいるあの子。あの子も……良くない?」

「あっ、あたしも思った……!なんだろう……“超美形!”って感じじゃないけど……」

「なんか目を惹かれるっていうか……笑顔が眩しいっていうの? 二人並んでると、尊い……!」



(──確かに)



ラグナは目の前で無邪気に笑う颯太を見つめる。



(佐川颯太……僕のような絶世の美男子というわけではないが、不思議と、目を引く)



そんな思考が浮かび、ラグナはふと、ある“実験”を思いついた。仮面の裏で小さく、意地の悪い笑みを浮かべる。



「それよりも……いいのかい? 佐川くん。僕とこんなに仲良くお喋りなんかしちゃって」


「え?」



颯太はキョトンとした顔でラグナを見た。ラグナはわざと芝居がかった口調で、微笑みを浮かべながら続ける。



「“統覇戦”の予選が始まれば、僕はブリジットやアルド・ラクシズ……それに、キミのお友達の鬼塚玲司、彼等の“敵”になるんだ」


「……」


「そんな僕と仲良く話してたなんて知られたら、仲間内でのキミの立場が悪くなるんじゃないのかい?」



ラグナの声が少しだけ低くなる。その瞬間、彼の脳裏に、過去の……"前世"の記憶がフラッシュバックのように蘇った。

——引きこもりだった前世。誰にも話しかけられず、孤独だった自分。
ある日、明るいクラスメートが自分に声をかけてくれた。夢のように嬉しかった。けれど数日後、周囲からその子は言われたのだ。

『アイツと一緒にいると、お前まで変なヤツと思われるぞ』

それきり、その子はもう話しかけてこなくなった。



(──どうせ、また同じだ。)



小さくため息を飲み込んだラグナを前に、颯太はしばらく「うーん……」と悩んだ表情を浮かべた。

だが、やがて軽く目を細めて、穏やかに言った。



「上手く言えないっすけど……」

「“統覇戦”って、要は部活の校内戦みたいなもんっすよね? 正々堂々戦う“ライバル”っつーか」



ラグナはわずかに目を見開く。



「だったら、ラグナ殿下が玲司たちの敵チームだからって、俺が話しかけちゃいけない理由にはならないと思うんすよね」



そして、にこっと笑って続けた。



「それに、俺が誰と仲良くするか決めるのは……俺なんで」



その一言が、ラグナの胸に突き刺さる。



(──え……?)



思わず、目に涙が滲みそうになる。

過去に欲しかった言葉。
一度でいいから、あのときの自分に誰かが言ってほしかった言葉。

……でも、今更そんな顔はできない。ラグナは微笑を整え、仮面をかぶり直す。



「そうか。キミがそう判断するなら、僕の方に異存はないよ」


「そっすか? よかった! ラグナ殿下が心が広くて!」



とびきりの笑顔を向けてくる颯太に、ラグナは思わずフッと素の笑いをこぼした。



(──不思議な男だな)



紅茶の香りが、春の風に溶けて消えていった。



 ◇◆◇



颯太は目の前のラグナを見据えて、世間話を切り出す様な軽い口調で尋ねた。



「あ、そうそう。ラグナ殿下」



紅茶を優雅に口へ運んでいたラグナは、顔を上げながら微笑んだ。



「ん? 何だい?」



まるで舞台俳優のような自然な振る舞い。
白磁のティーカップを持つ手すら美しく、テーブルに花が咲いたかのような錯覚を与える。

しかし──



「この前の編入生入学式で殿下の頭の上に出てたの。あれ、“ラグナロク・ヒストリア”っすよね? ドット絵のやつ。」



──その一言で、完璧な演技が、音を立てて崩れた。



「ぶふぉっっ!!」



見事な横っ面からの噴射。ラグナの口から紅茶が細かい霧となって飛び散り、隣の女子学生たちの歓声が一斉に上がった。



「キャー!! ラグナ殿下がお吹きになられたわ!!」

「そのしぶき……浴びたいっ!!」



ラグナは顔を真っ赤にし、咳き込みながらハンカチで口元を拭く。その動揺ぶりが、逆に貴族的な気品を際立たせているのがまたズルい。



「だ、大丈夫っすか……?」と、颯太は少し引き気味に声をかける。



ラグナはゲホゲホと咳き込みながら、視線を泳がせた。そして、いつもの笑みを作ろうとするが──目の焦点が合っていない。



「な……なななな何を言ってるんだい? 佐川くん。ぼ、ぼぼ僕はそんな、“ラグナロク・ヒストリア”なんてゲームの事は、これっぽっちも何のことだか分からないな!?」



露骨な否定。余計に怪しい。
颯太はその様子を見て、心の中で思わず呟く。



(この人……アルドさんと反応そっくりだな……)



気づかないふりをして、颯太は肩をすくめた。



「そうなんすか? この世界って、他の世界から”魂”や”記憶”が滑り落ちてきて引き継いで生まれる人もごく稀にいるって話だったから、ラグナ殿下もそうなのかなーって思ったんすけど。」



その言葉に、ラグナの内心が一気に沸騰した。



(まずいまずいまずいっ……! コイツ……僕の秘密に気付きかけてる……!?)



視線は無意識に左右を確認し、退路を探す。



(──ここでコイツを"消す"べきか……? いや、さすがに人目が多すぎる……!……どうする!?どうする!?)



貴族の仮面の裏で、思考が暴走し始める。

だが──そんなラグナの葛藤をよそに、颯太は無邪気な顔で続ける。



「そっかー、俺の勘違いかー。残念だな。久々に誰かと”ラグヒス”の話できるかと思ったのに。」



──その言葉に、ラグナの全身から何かが抜け落ちた。



(“ラグヒス”……)



その響き。忘れるわけがない。
異世界に来てからというもの、ずっと一人で胸に秘めていた懐かしい記憶。
ドット絵のキャラ、練り込まれたシナリオ、繰り返される仲間との出会いと別れ

──そして、誰にもその感動を語ることができなかった孤独。



「き、キミっ!? “ラグヒス”シリーズが好きなのかい!? かなりレトロなゲームなのにっ!?」



思わず前のめりになって颯太の肩を掴んでいた。触れてしまったのだ──核心に。

次の瞬間、ラグナは「あっ……」と顔を強張らせ、しまったと気づく。

──やってしまった。これでは、図らずも「自白」だ。

だが、颯太は一瞬きょとんとした後、ニカっと笑って答えた。



「……俺はやっぱり『3』派っすね! 仲間の編成の自由度の高さがたまんねぇって言うか!」



ラグナの目が、ポカンと開かれる。そして──ふっと、観念したように肩を落とし、苦笑を浮かべた。



「……『3』は名作だ。キミ、なかなか分かってるじゃないか。」



目を合わせる。互いに腹の底ではまだ疑念も探りもある。だが──その一瞬だけは、確かに心が重なった。

二人は、同時に吹き出した。



「「……っははははっ!!」」



ラグナの周囲で女子達がまた黄色い悲鳴を上げるが、そんなものはもう耳に入っていなかった。

思わぬ接点が生んだ、奇妙な友情のはじまりだった。
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