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第3章 巨大な犬編
第34話 新たな道と、道三郎
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……なんかすごい事になってるけど、ひとまず落ち着いた……のか?
目の前にいるのは、ついさっきまで“ちい◯わ”みたいになって泣いてた黒ローブのオジサン、だった人。
今は、そこに立つのはシュッとした黒髪イケメン。
年齢的には二十歳前後かな? 目元が涼しげで、でもどこか影のある感じ。
「……名乗るのが遅れて、申し訳ありません」
不意に、彼が俺の方へと深く頭を下げた。
真剣そのものの顔。
さっきまで号泣してたとは思えない整いっぷり。
「私の名は、ベルザリオン」
おお……まるでファンタジー世界に出てくる正統派キャラみたいな名前だ。強そう。
っていうか、実際ファンタジーだったね、ここ。
声も、なんか低音イケボに変わってる。
さっきまで「わ……わ……ァ……」とかしか言えてなかったのに。
「……貴方の名を、お聞かせ願えませんか?」
ビシィと見据えられて、思わず肩がビクッてなった。
やばい。この流れ。
俺、普通に名乗って大丈夫なのかな?
剣折って、泣かせて、修理しようとしたら完全に別物になっちゃって、カレー食べさせたら若返らせちゃって。
ここまで色々やらかしてる身で本名出すの、正直怖いんだけど。
というか、そもそも結局この人何なのかもよく分かってないし。
ここに来て、元現代日本人の無駄なリテラシーの高さを発揮してしまう。
頭がぐるぐるして、焦った結果、口から出た名前は——
「ろ……六場道三郎です……」
……やっちゃった。
口が勝手に動いて、偽名を名乗ってしまった。
我ながら、何その名前。和の鉄人かな?
料理中のテンションでパプリカ齧って遊んだりしてたから、そっちに引っ張られ過ぎてしまった。
「ロクバ……ミチサブロウ殿……」
ベルザリオンくんが、俺の適当に答えた偽名を真剣な顔で噛み締めている。
あっ、ダメだ。完全に覚えられた。
しかも心に刻まれたっぽい。
「その名、深く心に刻ませていただきます」
ほら、やっぱり!
土下座並みに深い礼。
刻まなくていいよ! そんな人、いないから!
内心で絶叫したけど、もう後戻りはできない。
悠天環を旅立ち、地上に降りてからと言うもの、
マジで嘘しか付いてないレベルでずっと嘘付いてる気がする。
次死んだら間違いなく転生なんかしないで、大叫喚地獄に落とされるだろうね。これぞ自業自得!
俺の心に、またひとつ後悔が積み上がっていった。
「と、ところでさ……ベルザリオンくん」
無理やり話題を変えようと、俺はにこっと笑いながら問いかける。
「その姿が、本来の姿なの? さっきまで、ほら……なんか、オジサンみたいだったじゃん?」
一瞬、ベルザリオンの瞳が揺れた。
「そ……それは……」
うわ、聞いちゃいけなかったやつかもしれない。
眉がピクリと震えて、喉元が詰まったみたいに言葉が出てこない。
……と思ったら、また目が潤んできた。
ええ!? さっきあれだけ泣いたのに!? 涙、まだ残ってたの!?
「わ、わぁああ、いいよいいよ! 無理に話さなくて!」
俺は慌てて手を振ってごまかす。
「人にはね、いろいろあるもんね!? 過去とか、家庭環境とか、ブラックな職場とかさ!」
「ブラック……?」
「そそ! たぶん、すごい苦労してたんだろうなって思っただけだから!」
(この若者があんな老けこんでたって、どんな激務だったんだよ……)
(もう完全に“人間辞めてた”レベルだったし……)
いや、マジで。
たぶんストレスでめっきり老けこんで、心も体もボロボロになって。
でも今日、俺のカレーで少し救われたんだよね、きっと。
最初うちに不法侵入して来た時はどう見ても還暦間近みたいなルックスだったもん。
まあ、異世界だし、ストレスで3,40歳老ける事くらいあっても不思議じゃないのかもね。5mのダックスフンドとかもいるわけだし。
うん、それでいい。なんも深く聞かなくていい。
決して、思考を放棄した訳じゃない。
「……私は……」
それでも、ベルザリオンくんはぽつりと口を開いた。
「今しがた……貴方にしてしまったように……
我が身可愛さに……これまで、多くの人々を傷つけてきました……」
そうなんだ。こう見えて、割とヤンチャしてたタイプなのかな?
よその家でもカレーぶちまけたり、いきなり剣で斬りかかったりしてたのかな?
確かにそれはヤンチャ過ぎだね。
(きっと……あれか……)
(ブラック職場で上司の圧に耐えかねて、つい周りの人に八つ当たりしちゃったとか……)
いや、マジであるからね、そういうの。
俺もあったよ。前世。
理不尽に上司に怒られた帰り道、無意味にハトを追っかけ回したりとかね。今では反省してる。
だから俺は、ふっと笑ってこう言った。
「よく分かんないけどさ。ベルザリオンくん、まだ若いじゃん?」
さっきのオジサンじゃなく、このイケメンが本来の姿ってことで良さそうだしね。
「今まで人を傷つけてきたと思ってるなら、これからその倍、人を助けていけばいいんじゃない?」
驚いたように目を見開いたベルザリオンが、すぐに目頭を押さえる。
「ミチサブロウ殿……私は……!」
手が、目元に伸びる。
涙が、再び滲んでいた。
ああ……ますます訂正しにくい雰囲気になってきた。
ベルザリオンくんが真剣に何か言えば言うほど、設定した名前の違和感が半端ない。
シリアスなストーリーのRPGで、主人公の名前で思い切り悪ふざけしちゃったみたいになってる。
もういい。
俺は、彼の前ではカレーの鉄人・六場道三郎として生きるよ。
でも、まあ……いいか。
これで、彼が少しでも前を向けるなら。
俺はそっと彼の肩をポンポンと叩いて、笑った。
「まだまだ、やり直せると思うよ!」
その言葉に、彼は目を閉じて、深く頷いた。
その横顔は、さっきまでのち◯かわオジサンとはまるで別人で、
すごく……かっこよかった。
◇◆◇
「……新たな生き方を探す覚悟は出来ました」
そう言ったベルザリオンくんの顔は、やっぱりイケメンだった。
さっきまで“ちい◯わ”みたいになってメソメソ泣いてたとは思えない、凛とした横顔。
「ですが、今の主にも恩義はあります」
「まずは、ケジメを付けてから……新たな道を歩んでいこうと思います」
「……この命と、剣に懸けて」
まるで戦国武将の辞世の句か何かみたいな言葉に、俺は「お、おう……」と情けない返事しかできなかった。
でも、気持ちはすごく伝わってきた。
(そっか……辞めるのね、会社……)
(でもちゃんと、引き継ぎとか片付けてからってところ、偉いな)
思わず、納得。
俺、意外とそういうとこ尊敬するタイプだ。
「じゃあさ、これ」
俺は、さっき作っておいたアレを取りに行った。
カウンターの上に置いた、小さな木製のお弁当箱。
中には、アルド特製・究極の甘口カレーをぎゅうぎゅうに詰め込んで、温度調節魔法・防腐魔法までかけた保存版だ。
何日、いや、何年経っても、作り立ての鮮度が保たれる筈だ。理論上はね!
「上司の人にも、食べさせてあげるといいよ」
「ほら、辞めるときってさ、ちょっとでも空気和らげるために、手土産とかあった方がいいでしょ?」
ベルザリオンくんは、お弁当箱を両手で受け取って、
「……ミチサブロウ殿は……何者なのですか……?」
真顔で、真剣に聞いてきた。
「まさか……近頃噂に聞く“大賢者”とは……あなたのことでは……?」
大賢者なんてものもいるの?この世界。
ともかく、ブンブン首を振る。
もう、全力で否定。
「いやいや、違う違う!」
「俺はただの、この“新・ノエリア領”の専属コック兼テイマーだよ」
……たぶん、そのうち肩書きがどんどん増えていく気はしてるけど、今はとりあえずこれでいい。
「これからこのフォルティア荒野は、ブリジット・ノエリアっていう、天使みたいな美少女領主がね」
「最高の街に作り変えていく予定なんだ」
言いながら、ふっと笑う。
ベルザリオンくんは、少し驚いた顔をしたあと、小さくうなずいた。
「ブリジット・ノエリア……」
「……“天使”……ですか……」
「うん。見た目も性格も、天使そのもの。たまにちょっと抜けてるけど」
「ま、いずれ君も会うことになるかもね。色々整理ついたら、また遊びにおいでよ」
「カレー、たくさん用意して待ってるからさ!」
俺がそう言って、ぽんぽんと彼の肩を叩くと、
ベルザリオンくんは、静かに——だけど深く、頭を下げた。
「……必ず、またお会いしましょう。ミチサブロウ殿」
「貴方がくれた、この命と剣の価値を……必ず証明してみせます」
いや、だからそんなカッコいいセリフと一緒に、適当過ぎる偽名刻まないで!俺のせいだけども!
でも、もう止めない。
彼が前を向いて歩き出そうとしてるなら、俺は笑って見送る。
「……じゃ、元気でね。ベルザリオンくん」
弁当箱と、真竜剣アポクリフィスを携えて。
彼は、静かに——でも誇り高く、カクカクハウスを後にした。
その背中を、俺は最後まで見送ってた。
風が、少しだけ強く吹いた。
「……はぁ~……」
重たくなった身体を、カクカクしたソファに沈める。
なんかこう……色んな感情が、一気に押し寄せた感じ。
緊張も、笑いも、焦りも、やばいって思った瞬間も。
「……しかし、まさかねぇ」
こんな辺境の地にも、急な来客ってあるもんなんだな。
(彼、人間にしてはなかなか強そうだったけど、心がそれ以上に“すり減って”たっていうか……)
なんかね、あの人が“癒された”瞬間、少しだけ俺の心も軽くなった気がしたんだ。
「……さてと」
ごろん、とソファに横になる。
見上げた天井は、真四角。いつもの風景。
静かすぎて、耳に残るのは風の音だけ。
でも、この静けさが、今は心地いい。
「……そろそろ、帰ってくる頃かな」
ブリジットちゃんと、リュナちゃん。
この家の空気が一気ににぎやかになる、ふたり。
……今日は、どんな話を聞かせてくれるだろう。
俺は、少しだけ目を閉じた。
カレーの香りがまだほんのり残る、この部屋で。
ちょっとだけ、まどろむ夕暮れ。
穏やかな光が差し込む、フォルティア荒野の黄昏時だった。
目の前にいるのは、ついさっきまで“ちい◯わ”みたいになって泣いてた黒ローブのオジサン、だった人。
今は、そこに立つのはシュッとした黒髪イケメン。
年齢的には二十歳前後かな? 目元が涼しげで、でもどこか影のある感じ。
「……名乗るのが遅れて、申し訳ありません」
不意に、彼が俺の方へと深く頭を下げた。
真剣そのものの顔。
さっきまで号泣してたとは思えない整いっぷり。
「私の名は、ベルザリオン」
おお……まるでファンタジー世界に出てくる正統派キャラみたいな名前だ。強そう。
っていうか、実際ファンタジーだったね、ここ。
声も、なんか低音イケボに変わってる。
さっきまで「わ……わ……ァ……」とかしか言えてなかったのに。
「……貴方の名を、お聞かせ願えませんか?」
ビシィと見据えられて、思わず肩がビクッてなった。
やばい。この流れ。
俺、普通に名乗って大丈夫なのかな?
剣折って、泣かせて、修理しようとしたら完全に別物になっちゃって、カレー食べさせたら若返らせちゃって。
ここまで色々やらかしてる身で本名出すの、正直怖いんだけど。
というか、そもそも結局この人何なのかもよく分かってないし。
ここに来て、元現代日本人の無駄なリテラシーの高さを発揮してしまう。
頭がぐるぐるして、焦った結果、口から出た名前は——
「ろ……六場道三郎です……」
……やっちゃった。
口が勝手に動いて、偽名を名乗ってしまった。
我ながら、何その名前。和の鉄人かな?
料理中のテンションでパプリカ齧って遊んだりしてたから、そっちに引っ張られ過ぎてしまった。
「ロクバ……ミチサブロウ殿……」
ベルザリオンくんが、俺の適当に答えた偽名を真剣な顔で噛み締めている。
あっ、ダメだ。完全に覚えられた。
しかも心に刻まれたっぽい。
「その名、深く心に刻ませていただきます」
ほら、やっぱり!
土下座並みに深い礼。
刻まなくていいよ! そんな人、いないから!
内心で絶叫したけど、もう後戻りはできない。
悠天環を旅立ち、地上に降りてからと言うもの、
マジで嘘しか付いてないレベルでずっと嘘付いてる気がする。
次死んだら間違いなく転生なんかしないで、大叫喚地獄に落とされるだろうね。これぞ自業自得!
俺の心に、またひとつ後悔が積み上がっていった。
「と、ところでさ……ベルザリオンくん」
無理やり話題を変えようと、俺はにこっと笑いながら問いかける。
「その姿が、本来の姿なの? さっきまで、ほら……なんか、オジサンみたいだったじゃん?」
一瞬、ベルザリオンの瞳が揺れた。
「そ……それは……」
うわ、聞いちゃいけなかったやつかもしれない。
眉がピクリと震えて、喉元が詰まったみたいに言葉が出てこない。
……と思ったら、また目が潤んできた。
ええ!? さっきあれだけ泣いたのに!? 涙、まだ残ってたの!?
「わ、わぁああ、いいよいいよ! 無理に話さなくて!」
俺は慌てて手を振ってごまかす。
「人にはね、いろいろあるもんね!? 過去とか、家庭環境とか、ブラックな職場とかさ!」
「ブラック……?」
「そそ! たぶん、すごい苦労してたんだろうなって思っただけだから!」
(この若者があんな老けこんでたって、どんな激務だったんだよ……)
(もう完全に“人間辞めてた”レベルだったし……)
いや、マジで。
たぶんストレスでめっきり老けこんで、心も体もボロボロになって。
でも今日、俺のカレーで少し救われたんだよね、きっと。
最初うちに不法侵入して来た時はどう見ても還暦間近みたいなルックスだったもん。
まあ、異世界だし、ストレスで3,40歳老ける事くらいあっても不思議じゃないのかもね。5mのダックスフンドとかもいるわけだし。
うん、それでいい。なんも深く聞かなくていい。
決して、思考を放棄した訳じゃない。
「……私は……」
それでも、ベルザリオンくんはぽつりと口を開いた。
「今しがた……貴方にしてしまったように……
我が身可愛さに……これまで、多くの人々を傷つけてきました……」
そうなんだ。こう見えて、割とヤンチャしてたタイプなのかな?
よその家でもカレーぶちまけたり、いきなり剣で斬りかかったりしてたのかな?
確かにそれはヤンチャ過ぎだね。
(きっと……あれか……)
(ブラック職場で上司の圧に耐えかねて、つい周りの人に八つ当たりしちゃったとか……)
いや、マジであるからね、そういうの。
俺もあったよ。前世。
理不尽に上司に怒られた帰り道、無意味にハトを追っかけ回したりとかね。今では反省してる。
だから俺は、ふっと笑ってこう言った。
「よく分かんないけどさ。ベルザリオンくん、まだ若いじゃん?」
さっきのオジサンじゃなく、このイケメンが本来の姿ってことで良さそうだしね。
「今まで人を傷つけてきたと思ってるなら、これからその倍、人を助けていけばいいんじゃない?」
驚いたように目を見開いたベルザリオンが、すぐに目頭を押さえる。
「ミチサブロウ殿……私は……!」
手が、目元に伸びる。
涙が、再び滲んでいた。
ああ……ますます訂正しにくい雰囲気になってきた。
ベルザリオンくんが真剣に何か言えば言うほど、設定した名前の違和感が半端ない。
シリアスなストーリーのRPGで、主人公の名前で思い切り悪ふざけしちゃったみたいになってる。
もういい。
俺は、彼の前ではカレーの鉄人・六場道三郎として生きるよ。
でも、まあ……いいか。
これで、彼が少しでも前を向けるなら。
俺はそっと彼の肩をポンポンと叩いて、笑った。
「まだまだ、やり直せると思うよ!」
その言葉に、彼は目を閉じて、深く頷いた。
その横顔は、さっきまでのち◯かわオジサンとはまるで別人で、
すごく……かっこよかった。
◇◆◇
「……新たな生き方を探す覚悟は出来ました」
そう言ったベルザリオンくんの顔は、やっぱりイケメンだった。
さっきまで“ちい◯わ”みたいになってメソメソ泣いてたとは思えない、凛とした横顔。
「ですが、今の主にも恩義はあります」
「まずは、ケジメを付けてから……新たな道を歩んでいこうと思います」
「……この命と、剣に懸けて」
まるで戦国武将の辞世の句か何かみたいな言葉に、俺は「お、おう……」と情けない返事しかできなかった。
でも、気持ちはすごく伝わってきた。
(そっか……辞めるのね、会社……)
(でもちゃんと、引き継ぎとか片付けてからってところ、偉いな)
思わず、納得。
俺、意外とそういうとこ尊敬するタイプだ。
「じゃあさ、これ」
俺は、さっき作っておいたアレを取りに行った。
カウンターの上に置いた、小さな木製のお弁当箱。
中には、アルド特製・究極の甘口カレーをぎゅうぎゅうに詰め込んで、温度調節魔法・防腐魔法までかけた保存版だ。
何日、いや、何年経っても、作り立ての鮮度が保たれる筈だ。理論上はね!
「上司の人にも、食べさせてあげるといいよ」
「ほら、辞めるときってさ、ちょっとでも空気和らげるために、手土産とかあった方がいいでしょ?」
ベルザリオンくんは、お弁当箱を両手で受け取って、
「……ミチサブロウ殿は……何者なのですか……?」
真顔で、真剣に聞いてきた。
「まさか……近頃噂に聞く“大賢者”とは……あなたのことでは……?」
大賢者なんてものもいるの?この世界。
ともかく、ブンブン首を振る。
もう、全力で否定。
「いやいや、違う違う!」
「俺はただの、この“新・ノエリア領”の専属コック兼テイマーだよ」
……たぶん、そのうち肩書きがどんどん増えていく気はしてるけど、今はとりあえずこれでいい。
「これからこのフォルティア荒野は、ブリジット・ノエリアっていう、天使みたいな美少女領主がね」
「最高の街に作り変えていく予定なんだ」
言いながら、ふっと笑う。
ベルザリオンくんは、少し驚いた顔をしたあと、小さくうなずいた。
「ブリジット・ノエリア……」
「……“天使”……ですか……」
「うん。見た目も性格も、天使そのもの。たまにちょっと抜けてるけど」
「ま、いずれ君も会うことになるかもね。色々整理ついたら、また遊びにおいでよ」
「カレー、たくさん用意して待ってるからさ!」
俺がそう言って、ぽんぽんと彼の肩を叩くと、
ベルザリオンくんは、静かに——だけど深く、頭を下げた。
「……必ず、またお会いしましょう。ミチサブロウ殿」
「貴方がくれた、この命と剣の価値を……必ず証明してみせます」
いや、だからそんなカッコいいセリフと一緒に、適当過ぎる偽名刻まないで!俺のせいだけども!
でも、もう止めない。
彼が前を向いて歩き出そうとしてるなら、俺は笑って見送る。
「……じゃ、元気でね。ベルザリオンくん」
弁当箱と、真竜剣アポクリフィスを携えて。
彼は、静かに——でも誇り高く、カクカクハウスを後にした。
その背中を、俺は最後まで見送ってた。
風が、少しだけ強く吹いた。
「……はぁ~……」
重たくなった身体を、カクカクしたソファに沈める。
なんかこう……色んな感情が、一気に押し寄せた感じ。
緊張も、笑いも、焦りも、やばいって思った瞬間も。
「……しかし、まさかねぇ」
こんな辺境の地にも、急な来客ってあるもんなんだな。
(彼、人間にしてはなかなか強そうだったけど、心がそれ以上に“すり減って”たっていうか……)
なんかね、あの人が“癒された”瞬間、少しだけ俺の心も軽くなった気がしたんだ。
「……さてと」
ごろん、とソファに横になる。
見上げた天井は、真四角。いつもの風景。
静かすぎて、耳に残るのは風の音だけ。
でも、この静けさが、今は心地いい。
「……そろそろ、帰ってくる頃かな」
ブリジットちゃんと、リュナちゃん。
この家の空気が一気ににぎやかになる、ふたり。
……今日は、どんな話を聞かせてくれるだろう。
俺は、少しだけ目を閉じた。
カレーの香りがまだほんのり残る、この部屋で。
ちょっとだけ、まどろむ夕暮れ。
穏やかな光が差し込む、フォルティア荒野の黄昏時だった。
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