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第五章 魔導帝国ベルゼリア編
第79話 魔導帝国と強欲の魔王② ── 強欲なる魔都、紅き将軍──
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──その戦火は、雪を赤く染めた。
帝国歴二七八年、魔導帝国ベルゼリアは、突如として北方王国ラインハルトへ宣戦布告した。
理由はただ一つ。
──龍生水の油田。
広大な北方の雪原、その地下に、無尽蔵とも噂される龍生水の大規模鉱脈が発見されたのだ。
帝国はそれを「世界の未来を左右する資源」と称し、まるで正義の名の下に国境を越えた。
「魔導の未来のためだ。我々が使う方が、この世界にとって有益であろう」
国務会議の場で、宰相はそう断言した。
その傍らでは、召喚された兵士たち──“異世界勇者”が無言で控えていた。
若き皇帝が静かに頷き、開戦を宣言する。
「我がベルゼリアは、正義の戦争を行う。世界の未来のために、剣を掲げよ」
──こうして始まった戦争は、しかし予想とは異なる展開を見せた。
◇◆◇
ラインハルト王国は、千年の歴史を持つ騎士国家である。
魔法の力に依存せず、剣術・盾術・陣形・騎馬戦……あらゆる“物理戦術”に特化した軍隊を持つ異質な国家だった。
彼らの戦術は“北方流派”と呼ばれ、魔導士たちの魔法陣を次々と踏み潰してゆく。
「火球魔法、射出! ……な、何!? 弾道を予測されて──ッ!」
「陣形を組み直せ! 前列、対魔導盾を──ぐっ……くそ、槍が届かん……!」
帝国軍は、龍生水を燃料とする魔導兵器で火力と速攻を試みたが、ラインハルトの粘り強い戦術と鉄壁の陣形の前に、戦線は膠着していった。
戦争は、泥沼と化した。
◇◆◇
数年後──
戦況は悪化の一途を辿っていた。
帝都では輸送線の混乱により物資が滞り、龍生水の供給もままならない。
物価は天井知らずに跳ね上がり、飢餓と暴動が各地で発生する。
「一体、何のための戦争なのだ! なぜ我々が飢えねばならぬ!」
「"在来民"どもにばかり特権が! 一般市民を、召喚者を、ただの道具扱いか!」
市民だけではない。
軍内部でも士気の低下が顕著になり、“外の世界から来た者”への差別と軋轢が膨れ上がっていた。
帝国の理想は崩れ、膨れ上がったのは“焦燥”だけだった。
──そして、ある会議で。
帝国評議会の一室。老練な参謀たちが重い沈黙の中、地図を睨みつけていた。
「……もはや北では勝てん。資源も、民心も、限界だ」
「……ならば、東だ」
その声に、皆の視線が一点に集中する。
「スレヴェルド……?」
「魔王領だぞ……干渉すれば、他の"大罪魔王"が黙ってはおるまい」
「だが、“強欲の魔王”マイネ・アグリッパは……今や実質的に領地の運営を放棄している。財貨の蓄積と、"魔神器"の研究にばかり没頭していると聞く」
「財宝も、龍生水も、全てはあの魔王の手にある……!」
重苦しい空気の中、一人の老将が口を開いた。
「殿下。起死回生の一手にございます。東へ兵を──魔王の城へ派兵を」
若き皇帝は、長く沈黙し、静かに唇を動かした。
「……ならば、すべて奪うしかあるまい。“強欲”が望む全てを、逆に“我らが手”に収めるのだ」
会議室に、冷たい決意が満ちた。
その夜、帝都の片隅で、ある召喚兵士が仲間に呟いていた。
「……俺たちは、ここに“帰る場所”がないんだよな」
「そうだな。だからせめて、最後には……自分の生きた意味だけは、残したい」
夜風が吹く。
どこかで、スレヴェルドという名の黒き魔王城が、静かにその存在を主張していた。
──全ての欲を宿す、魔王マイネ・アグリッパの財宝と共に。
──────────────────
──この街は、夢でできていた。
千の尖塔が立ち並ぶ都。
空を突く摩天楼は魔力の反応塔として稼働し、夜ごとに光を放つ。
宙に浮かぶ歩道。水銀のように光る川。色とりどりの衣装を纏う異形の者たち。
まるで誰かの幻想を、そのまま現実に引き写したかのような、都市の名は──スレヴェルド。
そこは、魔族と異形の者たちが共存する特異な都市国家。
“魔王領”と呼ばれるエリアのひとつであり、外界の者にとっては“立ち入りが許されぬ楽園”であった。
そして、その中央で最も高く、最も黒き塔の玉座に座するのが、
"強欲の魔王"──マイネ・アグリッパである。
「ふふん……また財宝が届いたか。よきかなよきかな。妾の“我欲制縄”にて、世界の全てを手中に収める日も近いのじゃ」
透き通る声。
薄紅を帯びた紫紺の髪を揺らしながら、彼女は膝に抱えた帳簿を一冊ずつ、まるで愛でるように撫でていた。
──その時。
都市の外縁、北の塔から黒煙が上がる。
マイネは目を瞬いた。
すぐに横の窓から夜景を覗き、ふっと口元を歪めた。
「……火柱? このスレヴェルドに、火など……」
炎ではなかった。
それは、紅の雷光だった。
◇◆◇
「前方、制圧完了! 第八塔、占領報告!」
「各部隊、魔素循環塔を切断せよ! 連鎖封鎖で魔王城への動力を断つ!」
街の端から、塔がひとつ、またひとつと沈黙していく。
魔力供給が止まり、浮遊路は落ち、灯火が消える。
都市の夢が、静かに死んでいく。
指揮を執るのは、ひとりの将軍だった。
赤き軍装。
炎の如き弁髪。
雷のように舞い、砲火のように吠える男。
その名を知らぬ者はいなかった。
──紅龍。
「抵抗はあっても構わん。塔は殲滅優先で構わぬ。魔王の金庫を割れ」
声に迷いはなかった。
その命令の奥に“帝国の焦燥”が滲んでいた。
この作戦は、帝国の国民にすら知らされぬ極秘の侵攻。
目的は“マイネの財宝”と“龍生水鉱脈”。
侵攻の成否で、帝国の未来が左右される。
しかし───
「──大罪魔王。どれ程のものか、儂が味見してやろう……!」
紅龍の瞳に灯るのは、己の誇りでも信念でもない。
──強者と戦い、奪う、愉悦。
そして、スレヴェルド中心部。
最も高き塔が、紅の閃光に包まれた。
風圧が街の空気を裂き、無数の魔導塔が音を立てて崩れ落ちていく。
その光景を、マイネ・アグリッパは塔の頂から見下ろしていた。
燃え落ちる摩天楼。
逃げ惑う民。
沈黙する街。
目の前に迫るのは、空中を飛ぶ紅の魔導装甲。
その中央に、紅龍が立っていた。
彼女は、目を細めて呟く。
「──貴様……妾の“欲”を奪いに来たのじゃな?」
その声音に怒気はない。ただ、少し寂しげだった。
「見損なったぞ、ベルゼリア……。」
「妾は、世界の富を欲した。だが、だからこそ、妾は誰からも奪わぬと誓ったのじゃ」
マイネの呟きに紅龍はニィ……と口角を上げる。
「この世界の魔王というのは、存外欲深く、そして、甘い存在らしいのう。」
「強きが弱きから奪うは、世の理であろうよ?」
紅龍の楽しげな声が、フロアに響く。
赤き雷光が、彼女の足元を抉った。
塔が揺れ、天井が崩れる。
それでも、マイネは逃げなかった。
彼女の足元では、その"魔神器"が静かに脈動していた。
「欲深くて、何が悪い。……この地の全ては、妾のものじゃ。」
「──奪う者には、奪われる覚悟をしてもらおう」
小さな手が、右太腿のガーターベルトに付けられた、小さな財布型の力の結晶に伸びる。
強欲の魔神器──"我欲制縄"が、唸った。
次の瞬間、塔の空が、金と黒の閃光で爆ぜた。
帝国歴二七八年、魔導帝国ベルゼリアは、突如として北方王国ラインハルトへ宣戦布告した。
理由はただ一つ。
──龍生水の油田。
広大な北方の雪原、その地下に、無尽蔵とも噂される龍生水の大規模鉱脈が発見されたのだ。
帝国はそれを「世界の未来を左右する資源」と称し、まるで正義の名の下に国境を越えた。
「魔導の未来のためだ。我々が使う方が、この世界にとって有益であろう」
国務会議の場で、宰相はそう断言した。
その傍らでは、召喚された兵士たち──“異世界勇者”が無言で控えていた。
若き皇帝が静かに頷き、開戦を宣言する。
「我がベルゼリアは、正義の戦争を行う。世界の未来のために、剣を掲げよ」
──こうして始まった戦争は、しかし予想とは異なる展開を見せた。
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ラインハルト王国は、千年の歴史を持つ騎士国家である。
魔法の力に依存せず、剣術・盾術・陣形・騎馬戦……あらゆる“物理戦術”に特化した軍隊を持つ異質な国家だった。
彼らの戦術は“北方流派”と呼ばれ、魔導士たちの魔法陣を次々と踏み潰してゆく。
「火球魔法、射出! ……な、何!? 弾道を予測されて──ッ!」
「陣形を組み直せ! 前列、対魔導盾を──ぐっ……くそ、槍が届かん……!」
帝国軍は、龍生水を燃料とする魔導兵器で火力と速攻を試みたが、ラインハルトの粘り強い戦術と鉄壁の陣形の前に、戦線は膠着していった。
戦争は、泥沼と化した。
◇◆◇
数年後──
戦況は悪化の一途を辿っていた。
帝都では輸送線の混乱により物資が滞り、龍生水の供給もままならない。
物価は天井知らずに跳ね上がり、飢餓と暴動が各地で発生する。
「一体、何のための戦争なのだ! なぜ我々が飢えねばならぬ!」
「"在来民"どもにばかり特権が! 一般市民を、召喚者を、ただの道具扱いか!」
市民だけではない。
軍内部でも士気の低下が顕著になり、“外の世界から来た者”への差別と軋轢が膨れ上がっていた。
帝国の理想は崩れ、膨れ上がったのは“焦燥”だけだった。
──そして、ある会議で。
帝国評議会の一室。老練な参謀たちが重い沈黙の中、地図を睨みつけていた。
「……もはや北では勝てん。資源も、民心も、限界だ」
「……ならば、東だ」
その声に、皆の視線が一点に集中する。
「スレヴェルド……?」
「魔王領だぞ……干渉すれば、他の"大罪魔王"が黙ってはおるまい」
「だが、“強欲の魔王”マイネ・アグリッパは……今や実質的に領地の運営を放棄している。財貨の蓄積と、"魔神器"の研究にばかり没頭していると聞く」
「財宝も、龍生水も、全てはあの魔王の手にある……!」
重苦しい空気の中、一人の老将が口を開いた。
「殿下。起死回生の一手にございます。東へ兵を──魔王の城へ派兵を」
若き皇帝は、長く沈黙し、静かに唇を動かした。
「……ならば、すべて奪うしかあるまい。“強欲”が望む全てを、逆に“我らが手”に収めるのだ」
会議室に、冷たい決意が満ちた。
その夜、帝都の片隅で、ある召喚兵士が仲間に呟いていた。
「……俺たちは、ここに“帰る場所”がないんだよな」
「そうだな。だからせめて、最後には……自分の生きた意味だけは、残したい」
夜風が吹く。
どこかで、スレヴェルドという名の黒き魔王城が、静かにその存在を主張していた。
──全ての欲を宿す、魔王マイネ・アグリッパの財宝と共に。
──────────────────
──この街は、夢でできていた。
千の尖塔が立ち並ぶ都。
空を突く摩天楼は魔力の反応塔として稼働し、夜ごとに光を放つ。
宙に浮かぶ歩道。水銀のように光る川。色とりどりの衣装を纏う異形の者たち。
まるで誰かの幻想を、そのまま現実に引き写したかのような、都市の名は──スレヴェルド。
そこは、魔族と異形の者たちが共存する特異な都市国家。
“魔王領”と呼ばれるエリアのひとつであり、外界の者にとっては“立ち入りが許されぬ楽園”であった。
そして、その中央で最も高く、最も黒き塔の玉座に座するのが、
"強欲の魔王"──マイネ・アグリッパである。
「ふふん……また財宝が届いたか。よきかなよきかな。妾の“我欲制縄”にて、世界の全てを手中に収める日も近いのじゃ」
透き通る声。
薄紅を帯びた紫紺の髪を揺らしながら、彼女は膝に抱えた帳簿を一冊ずつ、まるで愛でるように撫でていた。
──その時。
都市の外縁、北の塔から黒煙が上がる。
マイネは目を瞬いた。
すぐに横の窓から夜景を覗き、ふっと口元を歪めた。
「……火柱? このスレヴェルドに、火など……」
炎ではなかった。
それは、紅の雷光だった。
◇◆◇
「前方、制圧完了! 第八塔、占領報告!」
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街の端から、塔がひとつ、またひとつと沈黙していく。
魔力供給が止まり、浮遊路は落ち、灯火が消える。
都市の夢が、静かに死んでいく。
指揮を執るのは、ひとりの将軍だった。
赤き軍装。
炎の如き弁髪。
雷のように舞い、砲火のように吠える男。
その名を知らぬ者はいなかった。
──紅龍。
「抵抗はあっても構わん。塔は殲滅優先で構わぬ。魔王の金庫を割れ」
声に迷いはなかった。
その命令の奥に“帝国の焦燥”が滲んでいた。
この作戦は、帝国の国民にすら知らされぬ極秘の侵攻。
目的は“マイネの財宝”と“龍生水鉱脈”。
侵攻の成否で、帝国の未来が左右される。
しかし───
「──大罪魔王。どれ程のものか、儂が味見してやろう……!」
紅龍の瞳に灯るのは、己の誇りでも信念でもない。
──強者と戦い、奪う、愉悦。
そして、スレヴェルド中心部。
最も高き塔が、紅の閃光に包まれた。
風圧が街の空気を裂き、無数の魔導塔が音を立てて崩れ落ちていく。
その光景を、マイネ・アグリッパは塔の頂から見下ろしていた。
燃え落ちる摩天楼。
逃げ惑う民。
沈黙する街。
目の前に迫るのは、空中を飛ぶ紅の魔導装甲。
その中央に、紅龍が立っていた。
彼女は、目を細めて呟く。
「──貴様……妾の“欲”を奪いに来たのじゃな?」
その声音に怒気はない。ただ、少し寂しげだった。
「見損なったぞ、ベルゼリア……。」
「妾は、世界の富を欲した。だが、だからこそ、妾は誰からも奪わぬと誓ったのじゃ」
マイネの呟きに紅龍はニィ……と口角を上げる。
「この世界の魔王というのは、存外欲深く、そして、甘い存在らしいのう。」
「強きが弱きから奪うは、世の理であろうよ?」
紅龍の楽しげな声が、フロアに響く。
赤き雷光が、彼女の足元を抉った。
塔が揺れ、天井が崩れる。
それでも、マイネは逃げなかった。
彼女の足元では、その"魔神器"が静かに脈動していた。
「欲深くて、何が悪い。……この地の全ては、妾のものじゃ。」
「──奪う者には、奪われる覚悟をしてもらおう」
小さな手が、右太腿のガーターベルトに付けられた、小さな財布型の力の結晶に伸びる。
強欲の魔神器──"我欲制縄"が、唸った。
次の瞬間、塔の空が、金と黒の閃光で爆ぜた。
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