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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「あの商人! なんて性悪なの!?」
蘭王をその場でイルに捕らえさせ、口を割らせようとしたが無意味だった。あの男、どんな交渉にも乗ろうとせず、笑い転げるだけ。
私が蘭王を面罵したのがよほど気に入らなかったらしい。笑い声だけがこだましたせいでカジノの客達まで見物人に。
オーナーに叩き出されなかったのは、ギスランの口添えがあったからだ。
そうでなければ、公営カジノで王族が出入り禁止になっていただろう。
どさくさに紛れて蘭王は姿を消した。あの男の部下が困った顔をして「大人(どうやらランファでは目上の人を指す言葉らしい)はどちらに……」と尋ねてきたものだから、頭を抱える羽目になった。
テウが人をやって店を監視させるというが、おそらくあの男は事が落ち着くまで雲隠れする気だろう。きっと、自分の店には戻らない。
「ともかく、トーマの安否こそ大事だろう? まずはその確認からだ」
「分かっているわ。今、人を向かわせている。あの容態で外に出るとは思えないけれど……」
イヴァンの言葉は最もだった。イライラとしながらも、報告を待つ。
ギスランは私の屋敷に戻るなりどっしりとソファーに腰掛けたまま動かなくなった。不機嫌さを態度で示しているつもりらしい。
多情だなんだと責め立てる気にもならないようだ。あるいは、流石のギスランも遠縁の親戚の安否が気になっているのかもしれなかった。
「あの男、次会ったら牢屋に入れてやる」
「落ち着いて。それよりも、蘭王の言葉の意味をよく考えてみるべきじゃないかな。トーマは拐われて人身売買に出されたと見るべきだと思う?」
「もしトーマがいなくなっているのならばその可能性は捨てきれないとは思うけれど。売られる意味が分からないわ」
「テウは清族の呪いを知らないようだったけれど、トーマの異様な風貌は別にそう珍しいことではないからね」
……そういえばこいつも『カリオストロ』のせいで異形に変異しているのだったか。薬を服用していると言っていた。
「お前、清族の呪いのことも知っていたの」
「俺は処刑人一族の息子でもあるからね。清族の殆どは死体が残らないけれど、稀に妖精と契約をしない者や妖精との繋がりが立ち消えた者が元の姿を保ったまま死ぬことがあるんだ。まあ、清族の解剖学の本が家には色々あるしね」
処刑人というのは、医師なんかと同じようなものなのだろう。
解剖学、か。
「話を戻そう。異形なことは清族にとっては普通なことだ。ならば、怨恨の可能性が高いのでは。トーマを恨みに思った人間が彼が弱っていることをいいことに売りに出した」
「恨みにって……。まあ、トーマは人に恨まれてそうではあるけれど」
あの性格だ。敵は多そうだが。
「私に従者になったせいとは考えられない?」
「君の敵が、力を削ぐためにということ? なくはないだろうけれど、まず狙われるのは俺だと思うな」
テウは一応、貴族の子息で、護衛もいる。トーマは清族だ。清族の棟にいて、あそこの出入りが厳しいのは私も知っている。
そう考えれば確かに、ただの音楽家であるイヴァンこそ最初に狙われるか。
「……お前は命を狙われたことは?」
「ないね。売られたことも残念ながらない。意識的にしろ、無意識的にしろ、トーマが誰かから恨まれていたんじゃないかな。ーーまあ、安否確認が先だ。嫌な妄想ばかり膨らませても仕方がないだろう」
少し寝るよと言ってイヴァンはソファーに転がった。
むっとする私に構わず目を閉じる。寝ていないとは思う。
けれど、口を開くことはなかった。
トーマがいなくなったと報告があったのは、それから一時間後のことであった。
清族が手引きしたことは明白だった。トーマは一人で歩ける体じゃない。
いくらトーマが小柄だとはいえ、男だ。運ぶのも簡単ではない。慣れない道を人攫いが担いでいけるはずがない。
そもそも、清族の棟からいなくなったのだ。そこらの悪党の仕業ではない。計画的な犯行だろう。
いなくなったのはカジノに行く前か?
トーマの様子を伺いにいっていればよかった。
いついなくなったのかも定かではない状態だ。
もうすでに王都から出ている可能性すらあった。ぐるぐると部屋の中を歩く。
こういうときに蘭王のツテが役に立ったのに。
こんなことならば恩を着せておけば良かった。くそ、いつだってやらかしてから気がつく。
あの蘭王の口ぶり。あの男は事前に知っていたに違いない。
……出品されたと、あの男は言っていた。やはり、人身売買に出されたとみて間違いないのか。
「……リストに連絡をしましょう。軍の方がこういったことには詳しいでしょうから」
「リスト様に確認せずとも、ギスランが探らせます」
「お前ね。軍にも動いて貰った方が良いという判断よ。お前の部下が探ったところで、軍は出せないでしょう」
不貞腐れたギスランは深々とソファーに沈み込む。
イルが連絡してくれたらしい。リストは三十分はかからずに屋敷にやってきた。
「なるほど。お前がカジノで豪遊したツケがきたと」
「私ではないわよ!? というそういう話ではないでしょう! トーマが拐われたという話で」
「……はあ。そう怒るな。聞こえている。とはいえだ」
リストはギスランと向き合う形でソファーに腰掛けた。
軍の会議でもあったのか、きっちりと軍服を着込んでいる。
飾緒まで付けているので国王陛下に謁見をしていたのかもしれない。あるいはその会議に陛下がご来臨あそばされたか。
「トーマを本当に追う気か?」
「どういう意味?」
「あの状態のトーマならば捨て置いても構わないのではないかと言っている」
「……意味が分からないのだけど」
ギスランの隣に腰掛ける。リストは眉を上げて私を見つめた。
なんだか、不服そうだな。
「利用価値があるとはいえない」
「……リスト、お前は私を怒らせに来たということ」
「お前がトーマを従者にした理由は?」
「そ、それは。トーマが言ったのよ」
トーマが望んだのだ。読みたい本があり、王族の許可がいると。
「お前とて、トーマが本を読みたくて従者になったわけではないと理解しているだろう」
「では、トーマは何のために私の従者になったと? 何の利益もないでしょう」
「利益? それは、清族が俺達に与えるものだ。清族が求めていいものではない」
「けれど、トーマはそういう男でしょう。理由がなければ私に関わったりしない」
真っ赤な瞳が私からギスランに向けられる。
珍しい。ギスランが口を開かない。
「その理由がお前を監視するためだとしたら?」
「監視?」
「詳細は知らん。だが、清族達がーーヴィクター・フォン・ロドリゲスが秘密裏にしている研究については軽く報告は受けている」
秘密裏に行っている研究。死人を蘇らせる研究のことか。
……王妃を殺せない理由、か。
「お前が何を言いたいのか、わかったわ」
「では、トーマの存在がお前にとって必ずしも有益なものではないと理解したはずだ」
「お前が言っていることはわかっているつもりよ」
いいやとリストは首を振る。
「お前は何もわかっていない。トーマがお前の名誉のために先の防衛戦を行ったとでも? あの清族は、幼い頃より、使われる清族だった。レゾルール学校もあの男の術で防衛を行っていた。お前の従者でなくとも、あの男はああなっていた」
「トーマの献身に報いようとしているわけではないわ。リスト、私は別にトーマが内通していようと、監視をしていようといいのよ。経緯はどうあれあの男を私が従者にした。私のものなの」
隣にいるギスランが沈ませていた腰を整えるように前に乗り出してくる。
一瞬、紫の強い眼差しを向けられた。
何か、言いたげだな。
「私のものが、誰かに盗まれた。これは矜持の問題よ。トーマを捨てるとしても、私が決断することだわ。盗人に取られたから、なんてありえない。それで探しもしないのならば、人を使うこと自体間違っているわ」
「……お前が言っていることは子供の駄々と変わらない」
「では切り捨てるべきだと? それこそ、子供のよう。いらなければ、ぬいぐるみを投げ捨てていいの?」
「……はあ。お前が諦めないということだけはわかった。だが、お前が思うよりもずっと面倒だぞ。人身売買を行っている組織など、王都には無数にある。そもそも、トーマの姿は清族のソレだろう。奇異な動物として売られる可能性すらある」
「しかし、リスト様には心当たりがおありのようだ」
今まで黙っていたのに、ギスランは急に口を開いた。
「心当たりがないわけではないが、根本的な解決はできない」
「と申しますと」
「軍としての介入は不可能だからだ。人身売買の瞬間をとらえ、商人を捕えればと思うかもしれんがな。表に出てくる商人は所詮、末端だ。裏にいる元締めを捕えることはできん。そもそも刑罰をきちんと下せるかというと怪しい。人身売買禁止法などあればいいがな。人の売り買いを、王国は禁止していない。そもそもトーマ自身も生きた状態で帰ってくるとはかぎらん」
「禁止する法がないの?」
「口減らしのために子供が売られる。借金の肩に娘を売る。ライドルではよく見る話だ」
「頭が痛くなってきた」
何がよくある話だ。誰がそんなものを容認しているんだ。律法家達は何をしている。
「ではどうすればいいと?」
「俺に案がある。だが、カルディア。お前が身を切るはめになるぞ」
「私が?」
どういうことだと問いかけると、リストは私の部屋を見渡した。
部屋のなかにはギスランが私に送ってくる花やぬいぐるみたちがいる。
そして、私のお気に入りの童話がつまった本棚だ。
「お前はトーマのためにここにあるコレクションを売りに出せるか?」
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よきよ様、はじめまして。ご感想ありがとうございます。
読んでいただけてとても光栄です。楽しんでいただけているならば嬉しいです。
更新頑張ります。お言葉ありがとうございました!
心を抉るようなストーリーと美しい文章。とても幸せな気分に浸りながら一気読みしました。
心がぐちゃぐちゃですが、それすら心地良いです。
力のある物語に出会えて感激しています。登場人物たちの全てが愛おしいですね。
この後のはなおとめの運命も楽しみにしています。
おぼろ様、ご感想ありがとうございます。
一気に読んでいただけてとても光栄です!
読んでいただけてとてもありがたいです。よろしければこれからもお読みいただけるとうれしいです
お言葉ありがとうございました!
久々の更新ありがとうございます
死んだ後もカルディアを護り続けるギスラン
そしてギスラン亡き後も忠誠を誓い続けるイル
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ギスランが出てこなくてもイルやカルディアの言葉で元気な頃のギスランの姿が甦り胸が締め付けられるような気持ちになりました
そしてここでもリストは叶わぬ恋に身を焦がしているのだなと
はぁ、ギスラン登場してもらいたいけれども、待ちきれないのでもう1回読んでこようと思います←既に3回目
koron 様、ご感想ありがとうございます!
更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
そういっていただけてとても嬉しいです!
ギスランが登場するまではまだお時間をいただくとは思うのですが、楽しんでいただけるよう全力を尽くしますので、これからもお読みいただけると嬉しいです。
お言葉ありがとうございました!