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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「お姫さん、許してください。俺は頑張った。頑張ったんです」
ダラダラ汗を流しながら言い訳をする蘭王へ視線を投げる。
賭けで負けたらしい。とはいえ、話を聞くと私が呟いたものは当たったらしかった。念の為と半分賭けた蘭王は悲鳴をあげ、全部かけておけばよかったと喚いたそうな。迷惑な。
「何が頑張ったと? お前、どうやったら殆どのチップをすれるのよ」
「そ、それはぁ……ん、んん。でも、あの剣奴も悪いんですよ! 出鱈目言いやがって」
「賭けたのはお前でしょうに」
何でも欲に目が眩んだ蘭王は、もっと稼ごうと、イルに私へ次は何が当たるのか聞いてこいと命令したらしい。イルは出鱈目を言って、一度目は奇跡的に当たってしまった、のだという。
その後、調子に乗った蘭王は、次もと私の分のチップと自分のチップのほとんどを賭けたのだ。……それがイルの言った出鱈目な数字だと夢にも思わずに。
私の後ろにいるイルはスンという顔をしている。明らかに騙される方が悪いと言わんばかりだ。
「馬鹿なの?」
「う、うう……。弁償致しますのでぇ……」
「お前、払えるの?」
「は、はい。これでも蘭花の商家ですので。稼ぎは多いかと」
「ふうん。そう。蘭花の商家なのに、人の金をすったの」
「も、申し訳ありません……」
いつもは人を食ったような男がぺこぺこと頭を下げるのが楽しい。
嗜虐心を満たしながら、仮面を見遣る。
「別に構わないのだけれど、あのお金、私のものではなく、ギスランのものよ」
「ひえ! う、嘘ですよね?」
「意味の分からないことで嘘を言う訳がないわ。お前が謝罪するべきはギスランと言うことになるのでは」
そもそも、イルもギスランのものだしな。
……そうなるとイルはギスランのお金を目減りさせたことになるのか?
……何だかややこしい事態になってないか?
「お前は呼ばれてもいないのにギスランにポーカーで負けて、私にも恥をかかせたのね。お金だけで済むような問題なのかしら」
「お、お酷いですよ! 俺をいたぶって楽しんでいらっしゃる」
「馬鹿なことを。正当な罵倒だと思うのだけど。それともお前は何の償いもなしにこの私に頭を下げているの? ふうん」
「分かりましたから! 何か俺にして欲しいことがあるのならば何なりと。叶えて差し上げますので」
「では、お前の顔を見せて」
一瞬で蘭王の顔が歪んだ。敵意をぶつけられて、喉の奥が鳴る。
恐ろしいと言う気持ちはなかった。蘭王を怒らせようと思って口にしたからだ。
イルが半歩前に出る。私を庇うように蘭王との間に入った。
「お前の顔は妻しか見れないのでしょう。それをねじ曲げて、私にお前の秘密をあかしてみせて」
「ご冗談を」
冗談ではない。蘭王が私に絡む理由はよく知らないが、顔の判別もつかない男にうろちょろされるのは迷惑だ。
「叶えると言うのは嘘なの?」
「嘘ではありませんが。あいにくと、そう良いものではないのです。秘密主義を標榜しているわけでもありませんよ。これは人の目から隠さなくてはならない醜いものなので」
「火傷の顔の傷?」
息を呑む音が聞こえた。
「リストから聞いたわ。ランファの息子の話を。リストの誘拐を自分達の犯行だと思わせないために顔を焼いたのだとね。……ああ、お前は知っている? リストを、王族を謀った愚かなランファの話を」
「――何の、ことだか」
「顔を焼かれてよく両親のことが許せたものね。いえ、許せなかった? お前の両親は今どこにいるのかしら」
「幼い頃に、亡くなりました」
処分されたの間違いでしょうと声に出すと、歯の奥を噛み締めたのが分かった。狡猾なニヤケ顔が、冷血なものに変わる。
「あまり俺を挑発なさらないで」
「挑発ではなく事実でしょう? お前がまだ生きていることの方が驚きよ」
「俺は生き汚いほうなので」
蘭王が仮面を外す。イルが息を呑んだ。
酷い火傷の痕だった。皮膚が爛れ、肉が膿んでいた。
「可愛くない。悲鳴一つ、上げられない」
「お前のようなものに上げる必要があると思えないけれど」
「嫌でも泣かせたくなる。上手だな? お姫さん」
「馬鹿馬鹿しい。――もう二度と私の周りを彷徨かないでくれない?」
仮面を元に戻しながら、蘭王が視線を落とした。
「お酷い。仲良くやってきたはずですが?」
「お前が勝手に仲がいいと誤認していただけでしょう。私は元々お前のことが嫌いだったわ。……お前達がリストにやったことを許すつもりはないわ」
「俺が主導したものじゃないですよ。俺だったら王族には手を出さない。リスクに見合ってませんから」
「でもお前の愚かな両親も親族達も王族に手を出した。馬鹿げた策を巡らせ、金のために死んだ。お前達の神はそれを尊んだのでしょうね。信徒達に恵みの雨をもたらし、雨風を凌がせる金の神なのでしょう?」
「お前は、人を悪罵するときが一番楽しそうだなあ。そういう悪意に満ちた顔こそ、似合うておる」
「お褒めいただきありがとう。お前は火傷の痕を晒しているときこそ、正しい姿を晒せているわ。獣の姿を」
イルが後ろで痛烈……だの俺が言われたら一生立ち直れないだの、むしろ目の前で死んで一生消えない傷になってやるだのうるさい。……こいつ本当にうるさいな。こんな奴だったか?
たまにギスランよりも過激なことを言うんだが?
「その慇懃な言葉遣いも、嫌いだったの。その口調の方が安心するわ」
「口の減らない女だ。よかろう、お前の望み通り視界をちらちらと動き回るのをやめよう」
「なぜか分からないけど、死ぬほど偉そうね……」
「ふ、蘭花の王ゆえな。さてと。金は誰に用意すれば良い? カジノの失態は俺の責ゆえ、きちんと弁済しよう」
「お前、もしかして踏み倒そうとしていた……?」
「お前ならば泣き落としが通じると思ったのだが、そう甘くはなかったな。――ああ、そうだ。お前に一つ有力な情報をくれてやろう」
こいつ、もっとひどく追い詰めてやれば良かったか?
ギスランに売った方が減らず口もマシになったのでは。
するりと猫のように近づいて来た蘭王は、イルに牽制されながら、甘ったるい声を出す。
「お前の従者のトーマ。アレが出品された。金を用意しなくてはなあ、姫。人を買うための金を」
一歩下がり、蘭王は喉から声を出す。
笑っていた。
「金はお姫さん、貴女にお持ちしよう。我らが神、艮の金神のお眠りあらんことを」
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