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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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※イル視点
時間は巻き戻る。
これは一週間ほど前の出来事だ。
草木も寝静まった頃、イルはレゾルールの使用人達が使う大広間にいた。
薄汚れた壁を反響する声は明瞭としていた。
中央で概要を話すのは、サガルの部下である見目麗しい男。
あくびをしながら聞き流す。
退屈極まりない。表面上の建前を述べられると眠くなる。
壁に寄り添い、眠気を押し殺す。
――だんだんと寝物語に聞こえてきた。
はやく終わってくれないか。そう願わずにはいられない。
「イル、ちゃんと聞きなよ」
耳に声が滑り込んでくる。
声の方に視線をやると、長身の男がイルの隣で壁に寄りかかる。
ハルだった。今はリストの剣奴になった男。
こいつまで召集されたのかとげんなりする。リストは確かにレゾルールの所属とはいえ、ほとんど学校にはいないというのに。
「聞かなくても内容ぐらい分かってる」
ハルから視線を逸らす。
ゾイディックの領主、ノアは『カリオストロ』に攻勢をかけた。ノアの鬼神の如き活躍ぶりのお陰で、『カリオストロ』は壊滅状態だ。
その『カリオストロ』が最後の足掻きと、レゾルールを狙っている。彼らは王族のみならず、貴族やそれに連なる者達を根絶やしにしようと画策している。
奇跡的にその情報を掴むことが出来たが、先んじて握り潰すまでには至らなかった。
だから、皆で一致団結し、怨敵を悉く討ち滅ぼそう。
――表向きはそうだ。
だが実際のところ、狙われているのはカルディアである。
他は単なるおまけに過ぎない。だが、それでは他の使用人達の助力が得られないからと、サガルが筋書きを描いた。
裏の事情を知っている使用人達もいるだろうが、サガルに恩を売れば今後見返りが期待できると、素知らぬ顔をしている。
政治的な駆け引きは、イルの関知しないところだ。主人であるギスランが上手くやっているし、そういう暗躍が得意な部下も手に余るほどいる。
「それはそうだろうけど、やる気がないところを見られると困るんじゃないの。主人の沽券に関わるとかってさ」
「剣奴に夢見過ぎ。そりゃあきっちりしているそっちはそうだろうけれど、うちはカルディア姫に害を為さなければ何も言われないよ」
問題はその害するの範囲が広過ぎることだが。
話しかけられたというだけで、害だと断ぜられたものもいたぐらいだ。ギスランの基準は分からない。
「そういうもの……?」
「そういうもの。というか、俺と話していていいの? あっちに固まっていなくてさ」
リストの部下達――軍のではなく、使用人達だーーは一箇所に集まっている。礼儀正しく熱心にサガルの部下の話に耳を傾けている。
まとまりのないギスランの剣奴達とは大違いだ。
「ああ、うん。今回はイルの近くにいろってリスト様が」
「……へえ」
リストが何を考えているのかいまいち理解が出来ない。熱心にイルを軍に引き入れようとするが、イルにその気は全くないのだ。
イルの主人はギスランだ。ドブネズミのように貧民街で生きていたイルを、見つけ出す危篤な貴人はギスランしかいない。
見つけ出せなかったリストがイルを扱いきれるとはとても思えない。
「面倒なことだね。俺、基本的に一人でいたいんだけど」
「邪魔はしない。それぐらいは心得てるよ」
「どうだか」
憎まれ口を叩きながらも、ハルが邪魔をしないことは知っている。この男は人との距離の取り方が上手い。
近づき過ぎず、遠過ぎず、絶妙な位置に食い込むのが得手なのだ。大切な時に見限られ、かといって過度に嫌われもしない。親切にしたいが、仲が良過ぎるというほどでもないという関係を簡単に築く。
距離感を見誤ったのは、カルディアとの関係ぐらいではないか。
あの姫は、人との距離感がむちゃくちゃだ。嫌っていたかと思えば懐いているというのがいくつもある。個人的にトヴァイスーーイーストン伯爵に向けるあの視線はいけない。
健気さが五割り増しだ。何がお互いにそんなに気に入らないのか喧嘩ばかりしているが、カルディアはいちいち傷付いている。目はどうして私を嫌うのかと問うているのだ。
幼い頃何があったか知らないが、ギスランがトヴァイスを嫌うのも無理からぬ話と頷けるのだ。
あれは、気に入ったものに裏切られたものの目だからだ。
まあ、そんな特別な眼差しを向けられているのは、なにもトヴァイスだけというわけではないが。
ゆっくりハルに視線を戻す。唇が、カルディアの名前を形作ろうとした。イルは目を伏せ、口の動きを見なかったことにした。
「リスト様、忙しいらしいな。空軍をやっと動かせるとか?」
「らしいね。今年の夏、貴族院で法案が通ったって」
「騎士の奴らは腹立たしいだろうな」
軍と騎士は対立している。役割が被りすぎているからだ。もちろん個人と国という全く違うものに仕えているわけだが、武力で解決するのはどちらも変わらない。さらに、騎士には貴族が多いことから変に圧力が加えられることもある。
イルはただの剣奴でよかったとひっそり思う。
騎士や軍人と違い、剣奴はある意味名誉職的な立ち位置にある。
昔は真に実力がある剣士に与えられる称号だったが、今では貧民の名前に箔をつけたいときに用いられる。ほかの貧民とは違うのだと分かりやすく示めすために専ら使われる。
連盟や集まりなどは存在せず、剣奴同士の仲間意識は同じ主人の元に仕えていなければ芽生えない。
領空権を巡っての対立などまず剣奴では起こり得ないのだ。
「パワーゲームで、軍が勝利したとなれば、騎士達も黙っていないだろ。マイク王子を中心に一波乱起きそうだね」
「起こって欲しい、みたいな言い草だね」
「まさか。ただ、軍と騎士の対立はまだ続くんだろうなって思っただけ」
騎士達は何らかの手段でやり返すだろうとは思っている。どんな手段かは知る由もないが。
「久しぶりですな、イル」
老成した声に、イルは素早く視線を上げる。
「ヨハン様、こんなところにお越しで?」
「ええ、我が主人より、加勢せよと命を受けまして」
四十代後半のすらりとした細身の男がイルに声をかけてきた。騎士らしくきっちりと襟を占め、ボタンもきちんと嵌めている。腰に帯剣しており、剣の柄に手を置く様子は油断ならない強者の風格があった。
騎士のなかの騎士と名高いヨハンである。
大戦の功績として、領主として土地を与えられた異例の平民。この男の武勇伝は華々しいものが多く、そのなかでも、退却戦における単騎で殿を務め、追い縋る敵を悉く討ち滅ぼしたのは有名な美談である。
ハルもその名と話は知っていたのだろう。ヨハンと名前を聞いてすぐに顔色を変えた。
「貴方ならば使用人の一人に行かせて報告を聞けばいいでしょうに。ここにいるのは貧民ばかりですよ」
「平民だ、貧民だと騒ぐのはもう疲れてしまっていましてな。目立たなければ良いでしょう。邪魔をするわけではなし」
「……そうですかね」
大戦からいくらか時間が経ち、ヨハンの顔を覚えているものも少なくなっただろうが、身のこなしから、足運びに至るまで常人のそれとは全く違う。強さを由来にする優雅さがあるのだ。
力量が分かる者達は目敏くヨハンのことを捉えた。注目されているのを感じ、溜め息をつく。
「まあいいですよ。それで? 俺に何かご用で」
「我が主君からギスラン様へお手紙を預かっておりまして」
煌びやかな封筒を手渡される。呪いを弾く魔石を砕いて振りかけた高価なものだ。
ひくりと頬が引き攣る。こんな大切なものを受け取る立場にない。
「俺ではなく、ギスラン様に直接お渡しになった方がよろしいかと……。ヨハン様ならば、謁見が叶うと思いますし」
「いやなに、これはまず姫――カルディア姫に渡すようにと厳命されておりまして」
「お姫様に? ……これ、中身を改めても?」
「ええ、だからこそイルに手渡しているのですよ」
にこりと微笑む老獪に、舌打ちしたくなる。カルディアに送られる手紙の検閲をイルがしているとばれている。どこから情報が漏れているのか、考えただけで頭が痛い。
懐からナイフを取り出し、蝋で封をされた手紙を開く。
文字に目を通す。
読むのは苦手だ。童話でさえ、難儀する。
だがイルには誰にも言っていない特技があった。
文字に色が見えるのだ。青だったら悲しいこと、赤だったら怒るようなこと、黄色だったら喜ばしいこと。なので読んで文字を理解するよりも早く色で判別することが出来た。
この手紙の文字は黄色だ。結婚を寿いでいる。
「……害意がないのは分かりましたよ」
最終的な確認は他のものに任せている。カルディアに対する術が仕込まれていないか清族が確かめるのだ。それからカルディアに渡される。
「それで、かの方はなにをお考えですか? カルディア姫に先に読ませるなんて」
「さて、あの方のご意向を計り知れるなどと思ってはいないものですので、検討もつきかねる」
愚直な男だとは思っていないが、軽薄に嘘を重ねるような男でもない。主人の思惑を計りかねているのは本当かもしれない。
「おや、話す人間を交代させるのですな」
中央を見れば、確かにサガルの部下ではない男が立っていた。
異国風の面差しに、緊張が走る。アルジュナの容姿だったからだ。移民の入国が増える昨今、移民排斥の感情は昂りを見せている。
これがロスドロゥの出身だったら更に話はややこしくなっただろう。先の魔薬の一件は、両国に深い溝を作っている。
たしか、ラドゥという名前だった。テウに仕えている。新参者のくせに、テウの側近の地位を射止めた。
体術が得意そうな引き締まった体をしているが、本質は策謀のほうだろう。賢しそうな印象を受ける。
「第四王女カルディア姫の騎士たる我が主テウ・バロック様に代わり、わたくしめが今回の作戦をご説明差し上げる」
ざわりと人の声が上がる。第四王女カルディアという名は嫌な意味で有名だ。とくに、鳥人間の事件を経験したもの達の間では。
未だに、あの事件をカルディアのせいだと決めつけたいやつらがいるのはイルにとっても億劫なことだった。
ぱんと手が大きく叩かれる。その瞬間、場が静まり返った。ラドゥが鳴らしたとばかり思ったが、彼も驚いているようだった。動揺を隠すために、口元を触り言葉を続ける。
「では、こちらを見ていただこうーー」
作戦が発表される。イルは目線を外し、さきほど柏手が鳴った方へ視線を投げる。
リュウの後ろ姿が見えた、気がした。
時間は巻き戻る。
これは一週間ほど前の出来事だ。
草木も寝静まった頃、イルはレゾルールの使用人達が使う大広間にいた。
薄汚れた壁を反響する声は明瞭としていた。
中央で概要を話すのは、サガルの部下である見目麗しい男。
あくびをしながら聞き流す。
退屈極まりない。表面上の建前を述べられると眠くなる。
壁に寄り添い、眠気を押し殺す。
――だんだんと寝物語に聞こえてきた。
はやく終わってくれないか。そう願わずにはいられない。
「イル、ちゃんと聞きなよ」
耳に声が滑り込んでくる。
声の方に視線をやると、長身の男がイルの隣で壁に寄りかかる。
ハルだった。今はリストの剣奴になった男。
こいつまで召集されたのかとげんなりする。リストは確かにレゾルールの所属とはいえ、ほとんど学校にはいないというのに。
「聞かなくても内容ぐらい分かってる」
ハルから視線を逸らす。
ゾイディックの領主、ノアは『カリオストロ』に攻勢をかけた。ノアの鬼神の如き活躍ぶりのお陰で、『カリオストロ』は壊滅状態だ。
その『カリオストロ』が最後の足掻きと、レゾルールを狙っている。彼らは王族のみならず、貴族やそれに連なる者達を根絶やしにしようと画策している。
奇跡的にその情報を掴むことが出来たが、先んじて握り潰すまでには至らなかった。
だから、皆で一致団結し、怨敵を悉く討ち滅ぼそう。
――表向きはそうだ。
だが実際のところ、狙われているのはカルディアである。
他は単なるおまけに過ぎない。だが、それでは他の使用人達の助力が得られないからと、サガルが筋書きを描いた。
裏の事情を知っている使用人達もいるだろうが、サガルに恩を売れば今後見返りが期待できると、素知らぬ顔をしている。
政治的な駆け引きは、イルの関知しないところだ。主人であるギスランが上手くやっているし、そういう暗躍が得意な部下も手に余るほどいる。
「それはそうだろうけど、やる気がないところを見られると困るんじゃないの。主人の沽券に関わるとかってさ」
「剣奴に夢見過ぎ。そりゃあきっちりしているそっちはそうだろうけれど、うちはカルディア姫に害を為さなければ何も言われないよ」
問題はその害するの範囲が広過ぎることだが。
話しかけられたというだけで、害だと断ぜられたものもいたぐらいだ。ギスランの基準は分からない。
「そういうもの……?」
「そういうもの。というか、俺と話していていいの? あっちに固まっていなくてさ」
リストの部下達――軍のではなく、使用人達だーーは一箇所に集まっている。礼儀正しく熱心にサガルの部下の話に耳を傾けている。
まとまりのないギスランの剣奴達とは大違いだ。
「ああ、うん。今回はイルの近くにいろってリスト様が」
「……へえ」
リストが何を考えているのかいまいち理解が出来ない。熱心にイルを軍に引き入れようとするが、イルにその気は全くないのだ。
イルの主人はギスランだ。ドブネズミのように貧民街で生きていたイルを、見つけ出す危篤な貴人はギスランしかいない。
見つけ出せなかったリストがイルを扱いきれるとはとても思えない。
「面倒なことだね。俺、基本的に一人でいたいんだけど」
「邪魔はしない。それぐらいは心得てるよ」
「どうだか」
憎まれ口を叩きながらも、ハルが邪魔をしないことは知っている。この男は人との距離の取り方が上手い。
近づき過ぎず、遠過ぎず、絶妙な位置に食い込むのが得手なのだ。大切な時に見限られ、かといって過度に嫌われもしない。親切にしたいが、仲が良過ぎるというほどでもないという関係を簡単に築く。
距離感を見誤ったのは、カルディアとの関係ぐらいではないか。
あの姫は、人との距離感がむちゃくちゃだ。嫌っていたかと思えば懐いているというのがいくつもある。個人的にトヴァイスーーイーストン伯爵に向けるあの視線はいけない。
健気さが五割り増しだ。何がお互いにそんなに気に入らないのか喧嘩ばかりしているが、カルディアはいちいち傷付いている。目はどうして私を嫌うのかと問うているのだ。
幼い頃何があったか知らないが、ギスランがトヴァイスを嫌うのも無理からぬ話と頷けるのだ。
あれは、気に入ったものに裏切られたものの目だからだ。
まあ、そんな特別な眼差しを向けられているのは、なにもトヴァイスだけというわけではないが。
ゆっくりハルに視線を戻す。唇が、カルディアの名前を形作ろうとした。イルは目を伏せ、口の動きを見なかったことにした。
「リスト様、忙しいらしいな。空軍をやっと動かせるとか?」
「らしいね。今年の夏、貴族院で法案が通ったって」
「騎士の奴らは腹立たしいだろうな」
軍と騎士は対立している。役割が被りすぎているからだ。もちろん個人と国という全く違うものに仕えているわけだが、武力で解決するのはどちらも変わらない。さらに、騎士には貴族が多いことから変に圧力が加えられることもある。
イルはただの剣奴でよかったとひっそり思う。
騎士や軍人と違い、剣奴はある意味名誉職的な立ち位置にある。
昔は真に実力がある剣士に与えられる称号だったが、今では貧民の名前に箔をつけたいときに用いられる。ほかの貧民とは違うのだと分かりやすく示めすために専ら使われる。
連盟や集まりなどは存在せず、剣奴同士の仲間意識は同じ主人の元に仕えていなければ芽生えない。
領空権を巡っての対立などまず剣奴では起こり得ないのだ。
「パワーゲームで、軍が勝利したとなれば、騎士達も黙っていないだろ。マイク王子を中心に一波乱起きそうだね」
「起こって欲しい、みたいな言い草だね」
「まさか。ただ、軍と騎士の対立はまだ続くんだろうなって思っただけ」
騎士達は何らかの手段でやり返すだろうとは思っている。どんな手段かは知る由もないが。
「久しぶりですな、イル」
老成した声に、イルは素早く視線を上げる。
「ヨハン様、こんなところにお越しで?」
「ええ、我が主人より、加勢せよと命を受けまして」
四十代後半のすらりとした細身の男がイルに声をかけてきた。騎士らしくきっちりと襟を占め、ボタンもきちんと嵌めている。腰に帯剣しており、剣の柄に手を置く様子は油断ならない強者の風格があった。
騎士のなかの騎士と名高いヨハンである。
大戦の功績として、領主として土地を与えられた異例の平民。この男の武勇伝は華々しいものが多く、そのなかでも、退却戦における単騎で殿を務め、追い縋る敵を悉く討ち滅ぼしたのは有名な美談である。
ハルもその名と話は知っていたのだろう。ヨハンと名前を聞いてすぐに顔色を変えた。
「貴方ならば使用人の一人に行かせて報告を聞けばいいでしょうに。ここにいるのは貧民ばかりですよ」
「平民だ、貧民だと騒ぐのはもう疲れてしまっていましてな。目立たなければ良いでしょう。邪魔をするわけではなし」
「……そうですかね」
大戦からいくらか時間が経ち、ヨハンの顔を覚えているものも少なくなっただろうが、身のこなしから、足運びに至るまで常人のそれとは全く違う。強さを由来にする優雅さがあるのだ。
力量が分かる者達は目敏くヨハンのことを捉えた。注目されているのを感じ、溜め息をつく。
「まあいいですよ。それで? 俺に何かご用で」
「我が主君からギスラン様へお手紙を預かっておりまして」
煌びやかな封筒を手渡される。呪いを弾く魔石を砕いて振りかけた高価なものだ。
ひくりと頬が引き攣る。こんな大切なものを受け取る立場にない。
「俺ではなく、ギスラン様に直接お渡しになった方がよろしいかと……。ヨハン様ならば、謁見が叶うと思いますし」
「いやなに、これはまず姫――カルディア姫に渡すようにと厳命されておりまして」
「お姫様に? ……これ、中身を改めても?」
「ええ、だからこそイルに手渡しているのですよ」
にこりと微笑む老獪に、舌打ちしたくなる。カルディアに送られる手紙の検閲をイルがしているとばれている。どこから情報が漏れているのか、考えただけで頭が痛い。
懐からナイフを取り出し、蝋で封をされた手紙を開く。
文字に目を通す。
読むのは苦手だ。童話でさえ、難儀する。
だがイルには誰にも言っていない特技があった。
文字に色が見えるのだ。青だったら悲しいこと、赤だったら怒るようなこと、黄色だったら喜ばしいこと。なので読んで文字を理解するよりも早く色で判別することが出来た。
この手紙の文字は黄色だ。結婚を寿いでいる。
「……害意がないのは分かりましたよ」
最終的な確認は他のものに任せている。カルディアに対する術が仕込まれていないか清族が確かめるのだ。それからカルディアに渡される。
「それで、かの方はなにをお考えですか? カルディア姫に先に読ませるなんて」
「さて、あの方のご意向を計り知れるなどと思ってはいないものですので、検討もつきかねる」
愚直な男だとは思っていないが、軽薄に嘘を重ねるような男でもない。主人の思惑を計りかねているのは本当かもしれない。
「おや、話す人間を交代させるのですな」
中央を見れば、確かにサガルの部下ではない男が立っていた。
異国風の面差しに、緊張が走る。アルジュナの容姿だったからだ。移民の入国が増える昨今、移民排斥の感情は昂りを見せている。
これがロスドロゥの出身だったら更に話はややこしくなっただろう。先の魔薬の一件は、両国に深い溝を作っている。
たしか、ラドゥという名前だった。テウに仕えている。新参者のくせに、テウの側近の地位を射止めた。
体術が得意そうな引き締まった体をしているが、本質は策謀のほうだろう。賢しそうな印象を受ける。
「第四王女カルディア姫の騎士たる我が主テウ・バロック様に代わり、わたくしめが今回の作戦をご説明差し上げる」
ざわりと人の声が上がる。第四王女カルディアという名は嫌な意味で有名だ。とくに、鳥人間の事件を経験したもの達の間では。
未だに、あの事件をカルディアのせいだと決めつけたいやつらがいるのはイルにとっても億劫なことだった。
ぱんと手が大きく叩かれる。その瞬間、場が静まり返った。ラドゥが鳴らしたとばかり思ったが、彼も驚いているようだった。動揺を隠すために、口元を触り言葉を続ける。
「では、こちらを見ていただこうーー」
作戦が発表される。イルは目線を外し、さきほど柏手が鳴った方へ視線を投げる。
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