どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「ロディアが……」
「駄目だ、暴れないで。あんたを落としたくない」

 ハルが無理をして私とトーマの二人を抱えているのは分かっていた。
 私を掴む手は青い血管が浮き出て、見るからに力がこもっている。
 トーマを抱えているせいなのもあるだろう。走り辛そうだった。

「あのままじゃあ、殺されるかも」
「分かってる。俺だって、今すぐあいつを殴り飛ばしてやめさせたい。でも、駄目だ」
「あいつのこと、嫌いだけど死んで欲しいわけじゃ……」
「分かっているから」

 ロディアの言う通り、ハルに守られている。
 これが媚びを売っていると言うことなのだろうか。淫売ということなのだろうか。
 男の力を借りなければいけない女。ロディアはそう私を批判していたのだろうか。
 彼女の押し殺すような悲鳴が聞こえる。
 耳を塞げたらいいのにと思いながら、目を瞑って聞こえなくなるのを吐き気がこみ上げるのをこらえながら待った。


 そこは死に神の世界のようだった。
 ガラス越しに青黒い海が広がっている。魚達が群れをなして泳いでいた。
 清族の棟までやってきていた。
 食堂への通り道にある城の貯水槽がよく見える、永遠と続く長い廊下。
 その廊下に、靴音だけが響く。
 ハルは途中からふらついていた。それでも、私を離してはくれなかった。

「――警告。清族以外の立ち入りを制限している区間です。清族階級の承認が必要となります」
「な、なに!?」

 突如、可愛らしい声で切迫した言葉が投げかけられた。平淡で、歪で、機械的な声。どこからしているのか、分からなかった。

「警告。貧民による不法滞在は刑罰の対象となります。直ちに引き返しなさい」
「緊急事態! ここには王族もいるんだけど」
「緊急事態? そのような命令は受けていない。変更するならば、何か対価を寄越すことです。魔力を寄越せ」
「……もしかして、妖精なの?」

 ぱちんと指が鳴る。再び体が動かなくなった。

「ご名答。これは中級でね。人の階級の区別が辛うじてつくんだよ。だから清族が出払ってる時にお留守番させてるんですよ」

 ジョージの術だった。
 指の音や声で、動きが制限されることが多い。ジョージが発する音に術が練りこまれているのだろう。言葉だけでも操られてしまうかもしれない。
 耳を塞いでも、こうなるのだろうか。
 焦りが募る。ハルの背中から転げ落ちた。ハルが支えきれなくなったのだ。
 強かに顔を床に打ち付ける。痛みに目が潤んだ。
 ジョージの術のせいなのだろうが、ハルを責めたくなる。

「この棟は、秘密の倉庫のような場所ですから。極秘の研究資料が山のようにある。殆どが戦時利用のための兵器開発なのですけど。それでも、盗んで転売すればそれなりの金になりますからね」
「貧民が勝手に出入りして盗んでいかないかと警戒している……」
「そう。おっしゃる通り、貧民は手癖が悪い。気がついたら、物がなくなっているなど、日常茶飯事です」

 こつこつとゆっくりジョージが近付いてくる。
 ロディアから服を掻っ攫ったらしい。外套と黒い細身のズボンを履いていた。手癖が悪いのはどちらだ。

「妖精。こいつらは盗っ人だ。拘束を許可するよ。第三段階までの魔術の使用を許可する」
「かしこまりました」

 ハルが急にトーマをかばいながら地面に倒れ、苦しみ始めた。首を抑えて悶えている。肌がくっきりと指の形にへこんでいた。透明な誰かがハルの首を締めていると言わんばかりだ。
 確かに誰もいないが、はっきりと窪んでいる。妖精がこんなことをしているのかと思うと汗がとまらなくなった。

「やめて。このままでは死んでしまうわ!」
「どうして、姫にはやらないの? ――姫も殺して構わない」

 声の低さにぞっとして鳥肌がだった。
 ジョージは私を殺すつもりなんだ。
 出会ったときから分かっていたのに、どうしてだろう、ずっしりと臓腑が重くなる。 

「――魔力をあげれば見逃してくれるのよね?」

 指が、動いた。
 強かに顔を打ち付けたせいだろうか。
 髪の毛をーー花を引き千切る。

「これをあげる。だから、私達を見逃して」

 抜いた場所から、じくじくと痛みが発する。凄く嫌だなという思いが噴き出してくる。髪の毛のように放っておけばまた花が咲くのだが、花を取るたびにこれは大切なものだから誰にもあげたくないと思うようになっていた。
 ふわりと花が飛ぶ。
 つい、浮いた花を掴んだ。

「くれると言ったはずですが」
「言ったけれど、ハルを助けるのが先よ」
「――契約を破棄する。今後、一切危害は加えない」
「裏切るのか? 契約を破棄することがどれだけ重いことか、妖精のお前は知っているはずでは?」

 焦ったように、ジョージが問いかける。

「焼き切れても構いませんが。粉々になっても。清族、お前が殺しなさい。それとも、自分の手では出来ないと?」
「……いいや? ああ、そうだ。俺が片をつける問題だ。誰かの手に委ねる方が間違っていた」

 げほげほとハルが咳をしている。ハルは私といるといつもこんな酷い目に合う。そもそも、私がどうしようもない状態に陥っているとき助けに来てくれることが多い。
 嬉しいのに、もう近付かないで欲しいと懇願したくなる。ハルが私の手を引っ張らなかったら、と考えてしまう。

「――そうだ。俺が殺す。殺せと、言われているので」

 ジョージの手が首に回る。
 頸動脈を圧迫され、指がぎちぎちと音を立てる。痛みに涙が出てきた。本当にいつもこんなことばかりで嫌になる。また、指一本動かせなくなった。それなのに、舌は動かせた。この舌も動けなくしてくれたらいいのに。

「た、すっ……」
「ごめんね、姫。俺は救えない。最初から分かっていただろう? 俺は情報を聞き出すためだけに姫に取り入った。ならば、この終わりも仕方がないことなんだよ」

 骨の軋む音がする。このまま首を折られてーー。
 こんな危機的状況なのに、ロディアに噛みちぎられた首が気になった。
 痛そうだ。はやく手当しないと。

「――いたく、な……い?」
「っーー!」

 首を絞める力が緩まった。ジョージは息を飲んだようだった。

「どうして……」

 ぱんと破裂音がして、ジョージの胸に穴が開く。
 じわじわと穴の中から、赤い液体が広がっていく。どこかからの銃声……?

「――はは、そっか。俺、死ぬんだ」

 凄まじい音を立てて、ガラスが割れた。水が割れた部分から押し寄せてくる。
 痛いと思うことすらできなかった。口に、耳に、鼻に、水が押し寄せてきた。ぼこりと口元から気泡が上がる。自分の息は水の中ではちっぽけな泡になってしまう。
 魚の鰭が額にあたった。魚が私を啄ばんでいた。少しずつ、削られるように歯を立てられる。皮膚の一部を持っていかれ、血が水の中に滲む。撒き餌になったように、魚達が集まって来た。
 横に引っ張られるような力を感じて、集まって来ていた魚達と共に渦に巻き込まれる。
 途中、誰かに体を掴まれた。大きな体が縄のように巻きついた。
 吐き出す息が、泡にならなかった。それでやっと、水中から抜け出せたことを知る。身体中、水に侵されていたような不快感があった。体内に入った水を吐き出す。口の中が、苔の臭いでいっぱいだ。

「その斬れない役立たずな剣は捨てて! さもないと、俺が貴方を細切れにする。というかしたい!」
「これは騎士の命とも言えるもの。捨てろとおっしゃるならば、それ相応の覚悟をしていただくことになる」
「ああ、いくらでもその覚悟って奴を見せてやりますよ! でも、今この場でですか?! その剣、無理な使い方が祟ってぼろぼろだって何回言えば分かるんですかね!?」
「しかし、竜は剣で屠るものと相場が決まっている」
「棍棒で殴り殺しても構わんでしょう。外側より中身です。過程より結果。殺したという事実の方が大切!」

 聞き覚えのある男達が言い争いをしている。竜殺しには剣が必需品だうんぬんと真面目に口に出している。
 何を馬鹿なことを言っているのだとは言えなかった。
 目の前に、全身びしょ濡れの両目を潰された竜が苦しそうに飛んでいたからだ。

 たしかに、それは童話の中に出てくる竜の姿をしていた。

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