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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む紆余曲折しながら、話が進んでいく。正直、ノアに振り回されてばかりで、なかなか話は進まなかった。気がつけば、晩は食べたかだの、酒が飲みたいだのとあらぬ方向に向く。子供と話をしている気分だった。
「もう、ノア! そろそろ私を助けてくれるまでを聞きたいのだけど!」
私は紅茶のままだが、二人はそれぞれ白ワインと度数の高い蒸留酒を呑んでいた。
白ワインがクリストファーで、度数が高いのがノアだ。喉を焼く感触が今は心地いいと言って飲んでいる。
私達の給仕をしてくれる人間が変わった。侍女ではなくなっていた。優男風の身なりのいい男で、一瞬警戒したがすぐに解いた。イルの眼鏡をはめて、無事でしたよーと緩く教えてくれたからだ。
その瞬間、涙が落ちて、手のひらに溢れてびっくりした。ころころと溢れて、暫く止まらなかった。
イルが死ぬと思っていたのだと今更ながら理解した。
口から血を溢していた。あんなに血が止まらなかったら、死んでしまう。それは当たり前のことだ。だって、人は血が止まらないと死んでしまう。
けれど、そんなことも忘れていた。死ぬと言う可能性が抜け落ちていた癖に、心の奥の方では死ぬと確信していた。イルを欠片として信用していなかった。清族の力も信用していなかった。
イルは助かった。
無力感を覚える自分が嫌になる。私は何も出来なかった。何も考えていなかった。考えること事態がもう嫌になっていた。クリストファーやノアを呼んで考えないようにして、馬鹿みたいだ。
二人からは当たり前だけど、血と酒気が混じった香りがする。肺が抉れるように痛む。酒の臭いにサガル兄様の気配を感じながら、目を瞑って涙を追い出した。
泣き止んだ頃、ノアは再びとっ散らかった話を始めた。泣いたことに言及されなかったのが、恥ずかしくもあり心地よくもあった。
こいつのこういうところが好きだ。突っ込んで訊いてこないのに、側にいてくれるところ。
そういうことをしても、許される人間であること。
「……中庭は酷い有様だったけれど、クリストファーが解決してた。だから、俺は竜を倒しに来た。ヨハンが手間取っているって眼鏡の……」
「イル? ……テウ?」
「テウ。テウに聞いたから。竜はいなかったけど、目玉がいて、カルディア達が倒れてた」
「倒れていたの?」
「死んでるみたいに」
駆け寄ったが、触れられず、訝しんでいるうちにトーマの鼻が潰れていったとノアは語った。
「術が作動していると思ったからクリストファーを呼んだ」
「どうしてクリストファーを?」
「俺が術に対抗出来るからだ」
「清族の血を引いているということ? それとも、強力な魔石を持っているとか? そもそも、トーマがどうにか出来なかったものを、クリストファーがどうにか出来るもの?」
トーマは力の弱い清族ではないはずだ。
クリストファーはマフィアだ。彼が、清族としてトーマよりも優れているとは思えない。
彼は顎に手を置いて、悩みこんでいるようだったが、口を開いた時、ノアに言葉を奪われた。
「クリストファーは魔眼持ちだから」
魔眼。
クリストファーはノアを見て、呆れたように息を吐き出す。
その顔に嵌っている瞳は冴え冴えとしているものの普通の瞳のように見える。
「……姫。魔眼を持っているのでは?」
長い息を吐き出しながら、断定するように尋ねて来た。ノアの驚いた顔に苦笑する。
「そう、みたいね」
「魔眼は、生来のものだ。違う?」
「違わない。――俺も、生きている人間は初めて見た」
「違う、カルディアは魔眼を持ってなかった。ないはずだ。なんで、あるの」
責めるような口調にむっとしてしまう。
「私はよく分からないわよ。だけど、ヴィクターがそうだと言っていたわ。何故か今まで顕著ではなかったけれど、もともと持っていたものだって」
「誰かが眼を取り替えたんじゃないの。トヴァイスはこのことを知っているの」
「な、なんであいつの名前が出てくるのよ。あいつは関係がないわ」
トヴァイスに言う必要はないはずだ。そもそも、魔眼だなんだというのは私の周りの人間しか知らない。魔眼は命を狙われる危険が高く、知られないようにとヴィクターも言っていた。
「どうして。ギスラン・ロイスターは知っている?」
「な、なに? イルが報告していると思うけど」
「……檻で飼う想像すら出来ないなんて、出来損ないもいいところだ」
冷静さを失い、ギスランを悪罵しているノアなんて初めて見た。
でも、聞き捨てならない言葉がなかったか。檻で飼う?
飼われるのはもしかしなくても、私のことか?
どうしてそんなことを言われなくてはいけないのか。
「クリストファー、眼を抉ればいい?」
「どのようなものかによる。俺の魔眼は効かなかった。おそらく、魔眼としての階位が上なのだろうな」
「上とか下とかあるの。魔眼はそれ自体が価値を持つはず」
「もちろん、どれも法外な値がつく。だが、眼として価値ならば勿論、優劣がある。能力差でもあるが」
ノアは睨みつけるように私を見つめた。
「カルディアの魔眼はなにが出来るの?」
「……ヴィクターは夢見と言っていたわ」
けれど、エルシュオンは千里眼や予知夢を越えている法外な力だと言っていた。
体感としては他のものが見えて、体験出来てしまう忌々しいものだ。死にかけたり、本当に死んだり、懐かしくなって泣きそうになったり、腹を立てたり忙しない。
「予知夢か。類例を知ってはいるが。レートを言おうか?」
「いい。頭に入ってる。……そうか、値段が、価値になる。そうだった。すっかり忘れていた。価値があれば値がつりあがる。思いが残るものじゃなくて」
「当たり前だ。この世は需要と供給によって支配されている。自分はその枠から外れているとでも?」
ノアが身を乗り出して来た。私の目に触れようとする。
だが、触れられなかった。伸ばされた手が私の目の前で消える。指の先がノアを向いている。まるで、ノアの指先が私に触れる部分だけ切り取られたように。
ノアが指を引っ込める。すると、指は繋がったままだった。
不可思議な現象に頭を捻る。
「ふふ! 驚いた? 驚いたでしょう? こんな風にね、触れなかったんだよ。凄いでしょう」
けらけらと小馬鹿にしたような声が耳に吹き込まれる。
春色の髪が揺れる。にいと口が三日月を描く。
「なんで。さっき消えたはずじゃあ」
大魔術師を名乗った男が笑っている。影のように姿を象る輪郭は薄い。
けれど、それを笑い飛ばすように男は口を大きく開ける。
「そう、消えたよ。でも、やっぱり殺しておこうかなって思ってさ、戻って来たんだ」
殺す?
男の視線は私の胸の上をなぞった。下品な意味は感じなかった。けれど、薄寒い思いがした。
「知っている? 皆、溺れて死ぬんだ。富める者、貧しい者。強い者、弱い者。老いも若きも。生きていれば、死ぬ運命なんだよ」
「……だからって、私を殺す理由にはならないわよ」
彼は驚いた顔をした。初めて私を認識したように、ふっと人懐っこい笑みをみせる。
こいつは、あのユリウスじゃない。姿は似ているけれど全く別の人間だ。
「あのね、俺は世界を守る騎士になりたかったんだ。でも、失敗しちゃった。地獄の日にみんな、みんな死んじゃうんだ。俺のせいなんだ。俺が、上手くできなかったから、みんな死んじゃうんだ」
ユリウスの手が伸びて来る。
皆死んじゃう。
嘘みたいに軽い言葉。だけど、それがどれほど重い言葉なのか、私には分かる。死に神に教えて貰った。皆、水に消える。
こいつは死んだとヨハンは確かにそう言っていたはずだ。ではこいつは亡霊なのか。
例えば、あのイヴァンのような?
「呆れたりしないの? 俺はね、王様に直訴したんだ。真理を教えてあげたんだ。なのに彼、なんて言ったと思う? 『服を脱いで、艶美な舞を見せてくれ』だって。そうしたら、望みを叶えてあげるって。力を持たない癖に、血だけは上等を気取って、馬鹿みたいだった」
「王……様?」
「僕の国の王様。彼が望めば国中が右往左往した。けど、彼が望んだのは色事と賭博だけ。だから、真実を見ることが出来ない目をくり抜いて、糸で操ってあげたんだ」
「何の話をしているの」
「真剣に聞いてくれる人は好きだってこと」
えへへとはにかんだ瞳は、しっかりと私を見ていた。
「ノア、介入するぞ」
クリストファーの手が私達の間に割り込んで来た。
ぱりんと硝子が破れるような音がした。その手はそのままユリウスを掴んだ。
力任せに投げられて、砂となって消えていく。
「……あれは、亡霊?」
その砂も、空気に消えるように溶けていった。
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