どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「なんだったの?」

 訳が分からないが、どうにか助かったらしい。詰めていた息を吐き出して、椅子に腰掛ける。
 殺気立っていたノアだけが、巡回する犬のように部屋を歩き回った。
 そのうち、錯乱して幻覚を見始めたので飴玉を舐めさせた。鎮痛効果のある成分が含まれているもの。
 依存性はあるが、医療用でもあると言ってクリストファーに渡された。
 口に入れるまでが大変だったが、なんとか服用させた。しばらくすると落ち着いたようだ。
 今はソファーにぐったりと横たわっている。顔を腕で隠しながら怠そうに口を開いた。

「なにあれ。あれも、魔眼が関係している?」
「あれはさっきの戦いの残り滓だ。どうやら、消えたと見せかけてついて来ていたらしい。こちらに危害を加えるような魔力は残っていなかったようだがな」
「なら、いい。カルディアに怪我がないなら、なんでも」

 寝そべった彼の心臓の上に手を置く。
 とくんとくんと胸が跳ねている。

「カルディア、気分は悪くない? 辛くない?」
「ん」

 義手の方の手で頬を撫でられた。

「お前の方が辛そうよ」
「辛くない、いつものこと。けど、カルディアはいつものことじゃない。殺しておこう、殺してしまおう。それは酷い言葉だ。分かっている?」

 血が流れていないはずなのに、手が温かく感じられた。
 どうして手を斬り落とすなんて極論を実行してしまったのだろう。もし、手がそのまま残っていたらもっと温かかっただろうに。

「忘れないでいて欲しい。それは酷い言葉だということを。慣れて欲しくない」
「慣れてなんか……」
「俺が生きていて欲しいって何百も、何万も言う。ノアの顔を見るのも嫌になったわって言われるぐらい」
「お前一人がそう言ってくれても仕方がないじゃない」

 本音がぽろりと溢れ、慌てて口をおさえる。
 たった一人に言われる生きてと数百人に言われる死ね。
 天秤にかけたらどちらが重い言葉かぐらい分かっている。
 言われたからと言って死ぬわけじゃない。ただ、言う通りにしてやれない罪悪感があるだけ。
 ノアは腕を退けて私を寂しそうに見つめた。

「それに、今更だわ。もう慣れているもの。傷付いたりしない」
「傷付いていないわけがない。化膿している部分に爪を立てられているのに気付いていないだけ」
「血が流れていないならば傷とは言えないわ。気にしてくれてどうもありがとう。私は大丈夫よ」

 話を終わりにしたくて、荒々しく言葉を放つ。
 ノアに言われたくなかった。彼に、慰められたくない。慰めて貰いたくない。

「カルディアはそれでいいかもしれないけど、俺は悲しい」
「っ……! その言い方はずるい!」

 ノアに慰めて貰ってどうする。また人が死んだ。
 どうせ私のせいだ。私が悪いと大合唱になるに決まっている。
 それがどうした。わかり切っていたことだ。だから、心を凍らせて、何を言われても耐えられるようにしなくちゃならない。それが、殺した側の責任じゃないのか。

 誰かに慰めてもらって、当たり散らして泣き出すほうがみっともないし、情けない。
 生きていいと言う言葉は毒だ。それに縋って生きていたくなったらどうするんだろう。
 言葉を信じて、依存して、いざ死ぬとなった時によくもそんな呪いの言葉をかけてくれたなとノアを恨みたくない。
 私は、私の自意識の高さを恨みながら死ぬべきだし、他人に八つ当たりしながら、狂い死にするべきだ。
 静かで安穏とした最期を迎えでならない。
 心臓に爪を立てるというのはこの感じなのだろうか。
 ざらりとして、鈍い苦しさがある。息が詰まって、空気を吸い込むと圧迫されているように痛い。

「別に、お前のことを悲しませたいわけじゃないのよ。ただ、これは自分で解決すべきものだと思っているだけ」
「心配させてもくれないんだ」
「心配なんかしてくれなくていい。トヴァイスにも言わないで。魔眼のこととか、今のこと」
「それは無理。トヴァイスに報告する義務がある」
「義務? お前とトヴァイスは主従でもなんでもないでしょう」
「魔眼……というか、カルディアの管轄はあっちだから」
「どういう意味?」

 まるで私がトヴァイスに管理されているような物言いだ。

「トヴァイスは、カルディアの婚約者だ」
「元、でしょう。あいつはもう結婚しているし、愛人だって星の数ほどいる」
「でも、トヴァイスの妻はずっと懐妊していない石女だ」
「離縁するつもりなの?!」

 貴族――それもイーストン家のような格式ある大貴族は、女を娶った際、子供の有無を最も重要視する。子が出来ない嫁は、正当な扱いをされず、数年で離縁されることもざらだ。
 私はそういう道具のような扱いを嫌っている。けれど、私だって子供を産めなければいつ捨てられてもおかしくはない。ギスランは子が産めない体だと打ち明けてくれたが、他人から見れば出来損ないなのは私だ。結婚生活を長く続けていたら、いずれ親戚達がやかましく口を出して離婚することになるはず。

 トヴァイス・イーストンという男は忌々しいことに本当に愛情深い男だ。己の懐に入れたものは厚く遇するし、見捨てたりなんかしない。
 一度妻にした人間をほっぽり出すような奴ではない。

 ――本当に忌々しい奴。

 情が厚い男なだけに腹立たしい。

「妻の座から降ろすという話が出ているのは事実。トヴァイスは嫌がっているし、されたとしても愛人として囲うと言っている」
「ならば何も問題はないじゃない」
「でも、ギスラン・ロイスターが死んだら、カルディアの夫にトヴァイスになる可能性はある」

 馬鹿げたことをと一蹴しそうになる。私はギスランと結婚するし、あいつは死なない。
 けれど、ノアはそれが決まり切った定めのような顔をして断言する。死なないと言う前提自体認めないと言わんばかりだ。

「……ギスランは砂漠の蠍王の元に行くのではと言っていたわよ」
「ああ、その可能性もある。別の可能性も。リスト様の名前も出たぐらいだから」
「リストの?」

 それは初耳だ。王族同士の血を濃くするためだけの婚礼。ありえないとは言えない話だ。
 けれど、私としては複雑すぎる。あいつに告白のような、宣誓のような、熱い想いの塊をぶつけられて、まだ態度を決めかねていた。
 早く返さねばならないという気持ちと、もう少しだけ振り回して様子を見たいという性悪な考えが交互に現れて、どちらが正しく自分の意見だか、見極められないでいた。

「ともかく、あいつと結婚するかもしれないという可能性の話でしょう。ならば、本当にそうなったときに告げればいいじゃない」
「そうかな」
「だいたい、人の婚約者を勝手に殺さないで。あと、ギスランの悪口を言っていいのは私だけ」

 くっと喉の奥に詰まらせるようにノアが笑った。

「なによ」
「その台詞、トヴァイスの悪口を囁いていた奴らに言っていたなって」
「あのねえ……!」

 ああもうと昔の自分への憤りに顔が熱くなる。どうしてあの男みたいな性悪に心を砕いてしまったのだろう。
 羞恥に塗れた私は、ノアが言葉で意識を逸らしたのに気が付かなかった。背中に回ったノアの手が肩甲骨の上をさする。

「でも、トヴァイスはカルディアを叱り付けた。懐かしいな」
「懐かしくなんかない。今考えても理不尽な叱責だったわよ」

 トヴァイスは気分を害したと私を優しい口調で厳しく詰った。昔はギスランよりも丁寧な口調と態度で接されていたので、当時はびっくりしたものだ。
 あいつの優しいエスコートを思い出して苦々しい気持ちになる。私の傲慢な態度と行動が不愉快だったのだろう。
 気に入られるように立ち回っていたらと考えたこともある。今の関係とは全く違う、関係になっていたのだろうか。

「カルディアは驚くほど前と変わらない。少し体つきが変わっただけ」
「どういう意味? 幼稚だと言いたいの?」
「……それは少し。強情なところは直して欲しいけど。いいところでもあると思っているから悩ましい」
「ふうん、ノアは私の子供っぽいところも好きなのね?」

 皮肉を交えると、ノアは目を丸くして頷く。

「うん。カルディアのそう言うところ、俺は好きみたいだ」

 今気がついたけれどと涼しい顔をしてこぼす。
 じわじわと顔に熱が集まってくる。真っ赤な顔を見られたくなくて、顔を背ける。
 分かっているよと言わんばかりに背中を撫でられた。

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