どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「奥様、おはようございます」
「本日はとても良いお天気ですよ。お散歩されてはいかがでしょうか」
「マリー。御髪を整えて差し上げて」
「あら、ほんと。今日は一段と絡まっていますわね。旦那様ったら、きちんと乾かして下さいといつも言ってますのに」
「あの方は私達が困るのを見て楽しんでいらっしゃるのよ……奥様?」

 ばっと体を起こし、声をかけてきた二人の女に目をやる。
 誰だ、こいつら。一人は六十代ぐらいで、もう一人は三十代だろう。整った顔立ちをしているが二人とも半袖のシャツから覗く腕に大きな痣があった。

「どうされたのですか」
「さ、サリーは? ケイはどこにいるの。お前達、離宮の使用人?」

 だが、見たことのない服装だった。半袖のシャツと黒い動きやすそうなパンツ。まるで、男性みたいな格好。離宮にいた侍女はスカートを履いていたはずだ。
 腰がツキツキと疼くように痛む。何だが、嫌な痛みだった。

「サリー? ケイ? カルロッタ、そんな使用人いたかしら」
「いいえ? そりゃあ、洗い場の侍女の名前までは覚えていないけれど。奥様が知っている中にはいないはずよ」
「奥様、誰のことです?」

 顔を覗き込むように近付かれる。知らない人間だ。見つめられると、駄目だった。後ろに手をついて逃げようとしてーー寝台の上から、転げた。頭を強かに打ち付ける。びりりと痺れるような痛みに、これが現実だと教えられた気がした。

「奥様!」
「大変だわ! 誰か、奥様が! お医者様か、清族様をお呼びして!」

 膝をついて、彼女達が私の頭を触る。咄嗟に手で振り払う。頭を触られれば、つけ毛が取れてしまう。

「奥様、先ほどからどうされたんですの。様子がおかしいわ」
「どこか具合がお悪いの?」

 彼女達は私の手を掴んで床に縫い付けるとべたべたと頭を触り始めた。触れるたびに吐き気が襲ってきた。
 ――頭がぐらぐらする。
 汗が止まらない。頭は心底熱いのに、体はだんだんと冷たくなっていく。
 息が浅くなって、目蓋が重くなる。彼女達はますますうろたえた。

「またつわり?」
「まさか、流石に早過ぎるわ。この間産んだばかりなのに」
「でも、この部屋どう見ても、ねえ? 旦那様、後片付けされないし」
「そりゃあ、お盛んだけどぉ。こら、奥様の前よ、ニヤニヤしないで」

 彼女達の言葉を浴びる。卑猥な響きを持つ、甘い声。しばらくすると白衣を着た男性がすっ飛んできた。私の脈を測って、頭の裏を触る。じくりと痛みが走った。不快感に顔が歪む。

「あまりお転婆が過ぎるのも考えモノですなあ。大切なお体なのです。ご自愛ください」

 医者は中肉中背だった。六十ぐらいだろうか。髪の毛に白髪が混じっていた。顔に肉のついた手を置く。

「奥様、先ほどからご様子がおかしいんですよ、先生」
「まるで私達を怖がっているみたい」

 ふむと頷きながら、医者はジロジロと私を見つめた。

「こりゃあ、魔力を浴びすぎだな。クロード様は昨日まで『聖塔』におったし、そのときにでも移されたもんが残っておったんじゃろ。女性は特に鬱さらるやすい」

 敏感という言葉に、マリーと呼ばれていた女性が忍び笑う。視線を彼女に合わせると、すぐにすんと感情を消した。

「魔力を浴びたら、様子がおかしくなるものなの?」
「魔力というのはな、体に悪いもの。普通の人間にはないものだからなあ。奥様は産褥期間であるし、不調をきたすものだきたしたのだろう」
「しばらく安静にさせた方がよろしいのかしら」
「そりゃあな。だが、二、三日すれば抜けるじゃろう。クロード様にはその間無茶はーー特に子作りは禁止だと伝えておけ」
「まあ! そんなはしたないこと私からは言えません。先生からお言いになって」
「何、カマトトぶっておるんだか。この間、脱胎の薬を貰いに来たくせに」
「まあ! 先生ったら酷い! 冗談でもそんなこと言わないで下さいまし」
「――ま、待って」

 今、聖塔と言わなかっただろうか。聖塔。反王政の組織にあの男がいた? どうして、そんなことに。というか、先ほどからおかしいことばかりだ。どうして、私が奥様と呼ばれている?
 それにーー。

「子作り?」
「ええ、控えるように。貴方達はやり過ぎですからな。いくら王族の使命が血脈を残すことだとしても、どこでも淫らに絡み合って」
「いいじゃありませんか、夫婦ですもの」
「そうそう。三人目を産んで旦那様の寵愛はますます増すばかり。めでたいことではありませんか」
「一ヵ月前に奥様はお世嗣を産まれたばかり。だというのに獣ように食らいつくのはどうかと私は思うがね」

 絶句してしまう。皆で私をからかっているのか?
 子供産んだ? ……私が、誰の? クロードの?
 先ほど打ち付けた頭の後ろを撫でる。あれと目を丸くする。花が、ない。
 髪を引っ張る。ぶちっと髪の毛が抜けると痛みがあった。

「……私の、髪?」

 花じゃない。髪だ。普通の髪。
 手の中の髪を見て、侍女の二人は目を丸くした。

「あら、もう抜け毛の時期?」
「奥様、櫛を通しますから、あまり触らないで下さいまし」
「何か食べたいものはございますか?」
「その前に、寝台を綺麗にしなくては。そうだわ、奥様をソファーにお運びしなくてはいけませんわね。いつまでも床で寝そべっていてはお体に障りますもの」
「誰かいないのかしら。セバスチャンは……そうだったわ。旦那様について行っているんだった。あら、あそこにいるのは」
「ハルじゃない。丁度いいわ。ねえこっちに来てちょうだい。手伝って欲しいことがあるの」

 窓を開けて、カルロッタと呼ばれた侍女が下へ向かって声を張り上げる。
 ハルという名前を聞いて、体が動いた。腰をおさえながら、立ち上がると、目の前にいた医者が目を丸くした。

「奥様」

 知らない奴らに囲まれて、意味のわからないことを言われて、頭がおかしくなりそうだ。やっと知っている人間が出てきた。
 窓に近付き下を覗き込む。男が私を見上げていた。ぐちゃぐちゃの髪と憂鬱そうな眼差し。彼は太陽を見上げるように手を翳していた。

「――あっ」

 足に力が入らなくなり、よろける。後ろからマリーが私の体を支えたが、すぐに床に座り込んでしまう。

「ハル」

 ハルだった。私の知っているあのハル。貧民の格好をした、男。知らず知らずのうちに涙が溢れてきた。
 よかった。ここがどこなのか、本当に私がカルディアなのか、分からない。けれど、酷く安心してしまった。

 ――ここにはハルがいる。

 ハルは、こつこつと靴音を鳴らして入ってきた。入ってきた瞬間、ハルの匂いがした。土と花の匂い。
 彼は目を伏せて、侍女に声をかける。

「御用は何ですか」
「奥様をソファーに運んでちょうだい」
「俺がですか?」

 戸惑うように目を上げる。

「仕方がないでしょ。セバスチャンがいないのだもの。お前以外に若い男はいないのだし」
「ジャンさんは」
「ジャンは呼んでも来ないわよ。あいつ、旦那様に近くなって釘を刺されてるんだもの」
「――分かりました」

 ハルが私の体を抱き上げる。彼を見つめていると目が合った。すぐに逸らされる。
 ソファーに降ろされる。ぎしとソファーが悲鳴を上げた。

「ハル?」

 名前を呼ぶと、汚れた服を弄っていたハルの視線がこちらを向いた。

「ねえ、どうしてここにいるの? リストのところにいなくていいの。それに、そうだ。イルを知らない? ケイやサリーでもいいの。ここにいる侍女達のことをよく知らなくて」

 ぴくりと眉を上げて、唇を噛んでいる。
 焦れて、ハルともう一度名前を呼ぶと、迷うように眼球を動かして、小さく唇が動く。

「イルって誰のことですか」
「え?」
「サリーも、ケイも聞いたことがない、です。リスト様のことは知ってますけど。俺を、リスト様がよこした間者だと思っているんですか」
「何を言っているの? 冗談だとしても笑えない」

 怪訝そうに黙り込んで、ハルは目線を泳がせた。人がいないのを確認すると、ふうと小さく息を吐き出す。

「俺は間者じゃない。ただの庭師です。こんなこと、意地悪でやっているならば、やめて下さい」


 寝台の上に運ばれた頃には、ハルの視線は冷え切っていた。心を閉ざされたのが否応なしに分かる。彼は一度も振り返らずに部屋をあとにした。
 そもそも、ハルは、私と話したことがあるようには見えなかった。この体は誰なのだろう。ハルが知らない女の体に入り込んだのか。
 これもヴィクターが言っていた魔眼のせいなのだろうか。
 苛立ちながら、侍女が持ってきたスープを啜る。食べる気はなかったが、無性にお腹が空いてたまらなかった。無意識に手を伸ばしていた。
 コーンスープだ。テウほどではないが美味しい。
 銀製のスプーンに自分の顔が映る。

 ――何度も見たことがある、私の顔だ。

 咽せて、手を離す。鏡を持ってきてと頼むと、すぐに手鏡が用意された。

「シミひとつありません。綺麗なお肌ですわね」

 やはり髪も花ではなくなっている。サンジェルマンの屋敷に向かう前の私の姿があった。
 胃の中にあるスープが、急にどろりとした泥のように思えて、えずく。

 頬を強めに叩く。
 痛い。――夢じゃない。夢じゃ、ない。
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