どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「無理をさせたから風邪をひいたと聞いて戻って来たがーー随分楽しそうだな?」

 寝台の上に本を広げて読んでいると、喉の奥をくつくつと鳴らしながらクロードが近付いてきた。

「それは童話か? 相変わらずだな」
「クロード!」

 本を閉じて、名前を呼ぶ。
 クロードは襟元を緩めながら膝を寝台の上にのせた。

「ああ、俺だ。お帰りの口付けは?」

 当たり前のように体を寄せてくる。うっと唸った。手を前に突き出して、距離を取ろうする。

「か、からかっているの?」
「なんだ。気分じゃない?」

 喉を指でいやらしく撫でられる。それだけなのに、体の中心が発火したように熱い。
 後ろから、カルロッタと呼ばれていた侍女が目を吊り上がらせた。

「旦那様が無茶をさせたせいで、寝台から出られなくなってしまわれたんですよ! 二、三日は駄目ですからね!」
「俺だけが悪いのか?」
「奥様はもう体調を崩されて報いを受けていらっしゃいますもの。……言っておきますけど、お医者様も安静にと言われていましたよ」
「――はいはい」
「はいは一回でございますよ。全く、カルロッタは悲しゅうございます。坊っちゃまは、ばあやのことを無碍に扱う」
「こういうときにばかり可愛こぶってばあやと自称するのはどうなんだ? ……はいはい、俺が悪かった」

 そういうと、クロードは新台の上から退いて、近くにあった椅子を引き寄せ腰掛ける。

「それで? 体調はもういいのか?」

 戸惑いながら、クロードを見つめる。彼は不思議そうに首を傾げて見つめ返してくる。

「どうした。そんな不思議そうな顔をして」
「……からかっているわけではないのよね?」
「体調を気にすることがからかっていることに入るのか? ……なんだ、そわそわして」
「……っ、わ、私はカルディアよ?」

 どうしてそんな心配そうな顔をするのか。私が知るクロードならば絶対にやらない。私のことを嫌っているのだから、やるはずがない。

「お前がカルディアなのは見れば分かる」
「お前が私に優しいのは、変よ」

 片眉が上がる。どうしたものかと言うように、クロードが顎を摩った。

「どうしたんだ、急に」
「奥様は今朝から様子が少しおかしい様子でして。お医者様は魔力にあてられて精神がおかしくなってしまわれたのだろうとのことでしたが」
「――清族が俺の知らない間に来たのか?」

 威圧するような低い声に、カルロッタは怯えながら小さく首を振った。

「滅相もありません。『聖塔』に行かれたのでしょう? その時に移ったのではと」
「……そうか。ならばいいがな。それにしてもおかしなものだな。魔力にあてられると、俺がディアのことを分からなくなると思い込むのか?」
「ディア……」

 起きる前に見た、あの夢のクロードが私をそう呼んでいた。
 頭痛がする。もしかして、あの夢とこの私は一つに繋がっているのか?
 じゃあ、あの淫らな夢は、夢ではなかった?
 唾と一緒に溢れ出そうになった声を飲み下す。
 ……これって凄くやばいのではないか?

「――私、記憶がおかしくなっているの」
「どうした、いきなり」

 面食らったように、クロードが目を丸くする。畳み掛けるように言葉を重ねる。この際、魔力のせいにしてしまって訊きたいことを訊いてしまったほうがいい。

「お前が夫だということもあまり分からなくて……本当に私とお前は結婚しているの?」
「なるほど。確かにこれはおかしくなってるな」
「お、奥様!? そうだったのですか? だから、ずっと様子がおかしかったのですか?」
「ばあや、少し席を外してくれ。二人で話したい」

 戸惑うように視線を巡らせ、おずおずとカルロッタは部屋を出て行く。何か御用ならば呼び鈴を鳴らして欲しいと言い置いて。
 彼女を見送り、クロードに視線を戻す。

「お前と俺は結婚している」
「ギスランは? ギスラン・ロイスタ―。私には婚約者がいたはずよ」
「……ギスラン、ね」

 むっと口を一文字に閉ざして、クロードは目を瞑る。苛立ちを隠し切れないのか、足が揺れている。

「どうしたの?」

 意味ありげな言い方だ。それに、態度も意味深。
 クロードが目を開く。瞳には激情が灯っていた。

「ギスラン・ロイスターは死んだ」
「……死んだ?」

 血の気が一気に引いた。ギスラン・ロイスターが死んだ? 

「い、いつ」

 声が震えて、きちんと言葉になっているのか分からなかった。

「もう何年も前だ。七年ぐらいか」
「七年!? 今、私は……」
「二十二だ」
「二十二歳!?」

 私は十七歳だ。年齢が五歳も違う。
 それに、十五歳の時にギスランが亡くなっている……?

「そこも覚えていないのか。難儀だな」
「ど、どうして死んだの?」
「病死だときいているが、詳しくは知らない。案外、毒殺かもしれんがな」
「毒殺」
「ありえん話でもないだろ。俺達、高貴なものは命を狙われる立場にある」
「……ギスランが死んだ」

 手の震えが止まらない。
 ギスランが死んだ。本当に? あの男が、私を置いていったのか。
 寝台の上で目を閉じるあいつの姿を思い出す。あいつの上に死が降り注いだ。誰も、あいつを助けられなかった。目頭が異常に熱くなる。
 歯を噛みしめて、激情を受け流そうとする。ギスランが死んだとしても、私が知っているギスランがじゃない。この世界のギスランが死んだのだ。私が助けられなかったわけじゃない。大丈夫だ。大丈夫。

「俺とお前の付き合いは今年で丁度六年目になるな。喪中が明けてからすぐに結婚したから」
「……ギスランが死んだから、お前が? でも、お前はカナリア様と結婚していたはずよ。離婚したとでも言いたいの?」
「カナリア? 誰だ。そいつ」
「は?」

 カナリア、カナリアと何度も呟いて、クロードは首を振る。

「やっぱり覚えがない。そもそも俺はお前との結婚が初婚だ。前に付き合いがあった娼婦とのことを言っているならば」
「違う! ファスティマ王国の第二王女、カナリア様のことよ。お前は確かにあの方と結婚した」
「馬鹿を言うな」

 馬鹿を言っているのはクロードだ。
 クロードとカナリア様が結婚したのは、私が十五歳になる前だった。絶対に結婚していなければおかしい。

「あの国は我が国の属国になった。俺は王族だぞ、家臣から妻を娶れるものか」
「……? 属国? ファスティマが? あそこは、アルジュナの領土になったはずよ」
「アルジュナはライドルの属国だ。それに、ファスティマはその前にライドルのものになっている。……これは大分、話が通じそうにないな」
「はあ?」

 どういうことだかさっぱり分からない。全然話が通じない。アルジュナが属国になっているって、どういうことなんだ。アルジュナは隣国だ。ライドルの下にはいない。

「少し、授業をしよう。まず、十八年前の大戦終結から。終結の際、ファスティマはライドルの属国となった。次、三年前のアルジュナとの戦争で、ライドル王国は勝利をおさめた。アルジュナは我が国の下に降った」
「アルジュナとの戦争……? 三年前……」

 つまり、この体が十九歳のときにアルジュナと戦い、ライドルは勝利をおさめた?

「戦争の原因は何なの」
「きっかけはアルジュナから来た歌姫がスパイ容疑で処断されたことだ。その後、軍部同士で小競り合いが起こったり、民間で侵略行為が多発したり、……治安維持のために清族が派遣されたら、もうなし崩しだったな」
「歌姫……? もしかして、アンナという名前の?」

 アルジュナの歌姫。サガルがエスコートしていた、女性。マレージ子爵の屋敷で黒焦げの姿で発見されたとフィリップ兄様が言っていた。

「少しは記憶が戻ったか。そうだ。二重スパイの疑いがあったらしいが、真相は闇のなかだな」
「――どうなってるの」

 私の知っている歴史じゃない。全部塗り変わっている。そもそも、アンナは死んでいるはずなのだ。そして、ギスランも、十七歳までは生きている。
 だいたい、クロードの話では私は十六歳の時にこいつと結婚していなくてはおかしい。私はクロードとなんか結婚した記憶はない。

「わ、私とお前の間には子供がいるの?」

 あの侍女二人は、私が子供を産んだばかりだと言っていた。嘘だと言ってほしくて、縋るようにクロードを見つめる。

「話が飛躍したな。もうお勉強のお勉強はいいのか?」
「からかわないで真面目に答えて!」
「……この間、三人目が産まれたばかりだろう」

 椅子から腰を上げたクロードが私の腹部に手を置く。指を掴んで引き剥がそうとする。だが、びくともしない。

「覚えていないのか?」

 ゆっくりと手が滑っていく。下の方へ、下の方へと。
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