どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

文字の大きさ
223 / 320
第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

209

しおりを挟む
 
「そういえば……」

 外が俄かに騒がしくなっている。きっと使用人達が戻ってきたのだろう。リストのカップに紅茶を注いでやりながら、口を開く。うまく入れられなくて、カップの下にまで紅茶がこぼれてしまった。
 むっと眉を顰める。こぼれるほど注ぐつもりはなかったのに。
 それを指で拭って、リストが綺麗な所作で唇へ運んだ。

「オクタヴィスという清族の話を聞いたの。そいつが私に会いたいと言っていると。どんな奴なの?」
「どんな?」

 カップを置いて、リストは繰り返した。

「どんな、か」
「クロードは陰気な男だと言っていたわ。独り言をぶつぶつ呟くのだと。そうなの?」
「……いや、まあそうだと思われても仕方はないのだろうが。ヴィクター・フォン・ロドリゲス。ユリウス、そしてオクタヴィス・フォン・ロゼタイン」

 リストは名前を呼びながら、指を一つずつ上にあげた。
 オクタヴィス・フォン・ロゼタイン。
 オクタヴィスのフルネームか。

「清族の中でもとりわけ、名前の知られた三人だ。ユリウスは言わずもがな、王宮筆頭魔術師だからな。ヴィクター・フォン・ロドリゲスは光電機械の生みの親。光電工学、魔術工学、機械工学の一人者だ。――それに、比べて、オクタヴィスの功績はほとんど知られてはいないーーというか、そんなものはないのかもしれないな」
「ない?」
「ああ、あいつの論文に一度目を通したことがあったが、専門は法哲学のようだった。論文の内容は戦時中の軍法についてだ。軍法が苛烈になればなるほど、脱走兵は増え、内部粛清は過酷になる。果たしてそれで正しいのか、というものだ。とはいえ、類似の論文は多数出ている」
「――そこまで目立った発表ではなかった?」
「そうだ。だから、他に何かあるのか、たとえば何か稀有な魔術や魔法が使えるのか、と思うだろう? だが、そうではないらしい。人形を使った術を使うらしいが、そこまで稀有でもないのだと」

 じゃあどういうことなのだろう?
 力もなく、目立った功績もない。そんな清族がどうして取り立てられるのか。有名になったのか。

「国王陛下のお気に入りと、影では言われている」
「お気に入り……?」
「そうだ。何でも、何でもないときに呼び出しては意見を聞いているのだという。寵臣と言うやつだ。オクタヴィスは、しがない裁判官でしかないのだがな」
「裁判官なの!?」
「ああ、刑事裁判が担当だな」

 私が、思い描いていたオクタヴィスとはだんだんと乖離していっている。
 不気味な笑みを見せる人形使いの清族だとばかり思っていたが、裁判官……?
 それでいて、国王陛下に好かれているって、どういう……?
 一人の人間のことだとは思えない。もしかして、双子か何かで、二人の印象がごちゃまぜになって変なことになっているのでは?

「裁判官が寵臣だなんて、おかしいでしょう。……おかしいことだらけだわ。平民が貴族を訴えたり、貴族でもない清族が寵遇されているなんて。宰相達はそれで納得しているの」

 宰相――リストの父親のことだ。国王陛下の弟。

「さてな。俺には分からない」
「……分からないって。階級制度が崩壊しつつあると思うのだけど、それで本当にそんなに悠長でいていいの」

 平民が貴族を訴える、なんて今まででは考えられなかった。それだけ、階級意識がぐらついているのではないだろうか。
 そのぐらつきがいいものなのか、私には分からない。
 ただ、何となくだけど、正常ではない気がする。
 だって、法律を作っているのは、ほとんどが貴族なのだ。そして、それを裁く裁判官も、清族がほとんどだ。中には平民もいるだろうが、貴族が圧力をかければ法を捻じ曲げる可能性があるのでは?
 平民が訴えても、裁くのは人間だ。賄賂や上からの鶴の一声で簡単に判決が変わるのでは。
 訴えれるのに、訴えても勝てない矛盾。理はあるのに、判決で覆さられる屈辱。そんなのが続けばどうなるかなんて明らかだ。――暴動が、起きる。

 けれど、一方で、こう考える自分もいる。一方的に虐げられる存在だった貧民が抗う力を持つのはいいことなのではないか。馬車で轢かれ殺された子供の両親が、階級の壁に阻まれて、正義を成せないことがおかしかったのだ。正義がなされる可能性を考えれば、悪いとは思えない。
 自分でもどの立場でものを考えているのか。視点がぐちゃぐちゃでうまくまとまりきれない。そもそも、この問題は、オクタヴィスを寵臣にしている国王陛下――父王様が悪いわけじゃない。
 裁判官というだけで、さきほど聞いたリストの話と関連付けているだけだ。裁判官を寵愛しているから、平民が貴族を訴えるなんて因果関係はない。

「なるようになれと言うやつだ。時代の趨勢がそうなのだから、抗っても意味がないだろう。……そもそも、大四公爵家はほとんどが落ち目で、今時、羽振りがいい貴族はゾイディックか、イーストンか、と数えるほどだ。豪商や金貸しに食いつぶされて、没落し、首を吊った伯爵などごまんといる。娘を娼婦に堕として、それでも金が用立てられず自分が犬の餌になった奴もな。――カルディア、もはや、階級なんてものは、ただの飾りのようなものだ。成り上がりが子爵令嬢を娶って貴族になったり、そいつらが王宮で大きな顔をしたり、な」
「な……何、それ」
「……いや、忘れろ。こんな話をしに来たわけじゃない。そもそも、お前には関係のない話だ。お前は、王族で、金にも困っていない。兄上は賢い方だからな。弁えていないものを側には――いや、案外そうでもないのかもしれないな。使用人達はお前を置いて外でお楽しみだ」

 リストの口から聞かされた言葉は衝撃過ぎて、口を開けなかった。
 私の世界でも、サラザーヌ公爵家はお金に困っていて、正直、どうにもならない状況に陥っていた。けれど、それでも、階級制度が足元から崩れていくような感覚はなかった。貴族のよくある衰退だと、思っていたのだ。個人の事情だと。だが、その流れが、貴族全体に広がっているというのならば、いずれ、気がついたら階級なんてものはなくなってしまうのではないだろうか。
 だが、階級の代わりに何が人と人を分けるんだろう。
 平等にはすぐにはならないだろう。階級がなくなれば、何かが人と人を明確に測るものになるはずだ。
 金、なのだろうか。それとも個人の能力? 
 人徳や正義でないことだけは分かる。それらは、綺麗すぎて人間の間を飛び交ううちに汚れていく。善行や義憤は、人の間を転がるうちに泥に塗れて汚れたものに成り代わる。
 けれど。
 その秤もなくなったら。
 平等という淡い理想が頭のなかによぎった。ちらりとハルを見遣った。苦い記憶がよみがえる。半年もたっていないことなのに、心臓がじくじくと痛む。私が平等を享受するなんて、できるはずがないのに。

「あの男が、どうしたのか」

 リストは私の視線をよく見ていたのか、厳しい視線をハルに向ける。

「いいえ、違うわ。屋敷の外が騒がしいのに、まだ誰も屋敷の中に入ってはこないのだと思っただけよ」
「そう言われれば、そうだな」

 リストの視線が、扉へと向かう。そのとき、とたばたと大量の足音が聞こえてきた。目を丸くしながら、その音に耳をすませていると扉の前で足音が途絶えた。コンコンとノックされる。ハルが、ぎこちなく扉を開けた。

「奥様……! と、リスト坊ちゃん!?」
「坊ちゃんはやめてくれ。婆や、どうして、この屋敷をほとんど無人にしたんだ。これでは、来客があったときに示しがつかないだろう」
「そ、それは……も、申し訳ございません」
「執事のロバートはいないのか。家令はいるはずだな? いくら、母上の息がかかっているからと……」
「いやあ、お話し中に申し訳ありませんね」

 侍女を押しのけて、男が入ってきた。目つきの悪い優男だった。手はべっとりと血が付着していた。独特の臭いに鼻をおさえる。
 ――この、男。

「お前っ……」
「いやはや、リスト様! 本当にこのような場所でお会いできるとは驚きました。クロード様に出入り禁止にされたのはなかったので?」
「お前こそ、どの屋敷にも出入りはまかりならないと言われているはずでは?」
「そうなんですがね、困ったことに俺に入れないところの方が稀でして。なにせ、ほら、俺は強くて凄い男ですから」

 声に、とても聞き覚えがあった。いや、と首を振って否定しそうになる。だって、眼鏡がないから。あれは、ギスランから貰った大切なものだと、この男自身が言っていたはずだ。

「――イル」

 口からこぼれるように名前を呼んだ。きつい眼差しがこちらを向く。見覚えのある、瞳だった。

「この頃はイル・キルベールを名乗っているんですよ、カルディア姫。キルベール子爵です。――でも、貴女様が俺の名前を憶えていてくれて嬉しいですね。この間、お会いしたときは、俺のことをきつく睨みつけていらしたので、嫌われたものだとばかり」
「し、子爵? でも、お前はギスランの剣奴でーー」

 キツい眼差しで睨みつけられ、続きの言葉が紡げず口を閉じる。
 肌を刺すような、緊張感が広がる。


「ええ、あの方の剣奴でした。ですが、今は違いますよ。貴族の仲間入りをしましたので」

 にこりと、口だけでイルが笑みを作る。冷め切った瞳が私をじとりと見つめていた。瞳のなかは空洞のように何も映していない。闇が瞳の中で渦巻いているようだと思った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...