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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む父王様が死んだ?
……?
何を、言っているんだろう。
頭がぼおっとする。父王様が死ぬはずがない。フィリップ兄様は何を言っているのだろう。
「カルディア?」
父王様が死んだ? 死んだ。死んだ……。
私の、父親が?
ろくに会話をしたことがないのに?
年末年始やパーティーでの挨拶だけ。それだけで関係は終わりなのか? 名前を呼ばれた回数は指で数える程度。カルディアという名前が優しさを帯びたことは一度だってない。
それなのに。死んだ……?
――違う、違う! そんなこと、望んでいない。けれど、ただ。ただ、父王様のことを好きな者が、ダンが悲しむじゃないか。あぁ、でも、ダンは、この世界ではもう死んでいる。
顔をかきむしりたくる。衝動的に自分の手のひらに爪を立てた。痛みで、思考が鮮明になってくる。
「カルディア、やめなさい」
目敏くそれをフィガロが見つけて手首を掴まれた。
「自分を傷つけるのはやめなさい。それは益にならない。ただ、お前が痛いだけだ」
「兄のように接するのはやめて」
「……っ。すまない、それはできない」
「できない? ……どうして。お前は自分が兄だと振る舞うけれど、そんなの私にはいらない。お前は兄様なんかじゃないもの」
振り払おうとしても、その腕は振り払えなかった。掴む力が強くて、私じゃあ、敵いそうもなかった。
フィガロが私を見つめている。縋るような眼差しだった。何かを懸念するような、お願いだからと祈られるような、そんな意味ありげなものだった。
「お前が痛い想いをする必要はない。何かを痛めつけたいのならば、自分自身ではなく、俺にすればいい。今のように、俺を詰ればいい」
「ば、馬鹿にしているの!?」
「しているわけがない。俺はお前を慈しみたいんだ。……それは嫌か。俺に、妹として、見られたくない?」
「兄なんかじゃ」
唇が熱い。だから、吐き出す言葉も熱くなる。
フィガロのことが兄と見れないなんて当然じゃないか。さっき知ったばかりのことだ。受け入れられるはずがない。そもそも、血だって、フィガロのいうことが本当ならば半分しか繋がっていない。母が同じなだけ。私にとっては他人だ。父王様の方が、私にとっては……。
何だ。家族? 家族なのだろうか。
でも、心が寂しいとは思えない。ただ、父王様が死んだと聞かされて一番心をしめているのは、信じられないと疑うような気持ちで、その次に大きいのは焦りの感情だった。
父王様が死んだ。死んでしまった。
「大混乱しているようだ。フィガロから説明してあげたら?」
「陛下、この子の様子がおかしい。本当に記憶を失っているのではと貴方も思っているだろう」
「そうかもしれないね。この慌てようを思うと遊びとは少し思えなくなってきてる。まあ、そうだとしても、知らないばかりではディアも可哀想だ。ある程度教えておいてあげないと、今後の社交界で苦労するだろうしね。……だけど誤算だな。あの男が死んだのを、ディアは喜んでくれると思ったけれどね。だって、あの男のせいでお前は王女なんて面倒なものになったんだ」
喜ぶ。父王様が死んだのを?
胃酸が喉元からせりあがってきた。口に手を添えて、ごくりと飲み込んでこらえる。
王女にしたのはたしかに父王様だ。けれど、父王様のせいでとは思えない。
「あの男、毒殺されたんだよ。喉が焼かれて、呼吸困難になって死んだ。あの男に相応しい死因だと思わないか?」
「……陛下」
「はいはい、聖人は死人に対しても慈悲深くて困る。そんなんだから、犯人だと疑われるんだよ」
犯人? このフィガロが、父王様を殺したと疑われたということか。
「当時は、バルカス公爵の後継者争いで揉めてた。彼は直接鑑賞してはこなかったが、俺のことを認めてはいなかった。……愛人の子供は、相続権を喪うという法律を通そうとしていた」
それって、私情で法を作ろうとしていたということか?
……でも、父王様はそういうところがあった。恋愛が絡むと、権力を私用に使おうとした。私を女王にさせようとした一件からもそれは伺える。
「その最中での毒殺だからね、、フィガロは第一容疑者だった。まあ、結局、使用人が吐いたのはアルジュナの女王の名前だったけれど」
「アルジュナ……」
「当時、国同士で揉めていたんだよ。関税と死刑囚の受け渡しについて、だったかな。暗殺は女王様の独断だったみたいだよ。そのあと、内政を安定させていた宰相が死んで、内紛が起こったから戦争どころじゃなくなったんだけどね。戦争をするまでもなかったから、こっちとしても楽で助かった。ライドルも、あの人が死んで、ごたごたがあったし」
女王様って、もしかして、リストの婚約者だった、アルジュナ王家の末娘のことか?
リストが結婚をしていないと聞いていたから、この世界でも、婚約は解消されたのだと思っていたが、そんなことになっていたとは。
「ほら、王位継承権の問題があったんだよ。おれは第三王子だから、宰相の方がいいんじゃないかとか、サガルの方が民衆に人気があるから、サガルを王にしてはどうかとかね」
どうして、レオン兄様達の名前はないのか。そう尋ねたい。けれど、クロードの言葉が蘇って、唇を噛む。
レオン兄様とマイク兄様のことを聞いてはいけない。……こうなると、どうしてなのか、予想がついてしまう。二人は、きっと亡くなっている。
だから、名前を出すなと言ったのだろう。フィリップ兄様の琴線に触れるから。
「あれ、聞かないの。兄上達のこと。フィガロのことも、父王様のことも忘れているんだから、そっちも忘れているんだとばかり思っていだけれど、違うのかな。それとも、今までのことは本当にからかっているだけだった?」
「からかってなんか、いません」
「じゃあ、兄上達のことは覚えているの」
首を振る。無理に誤魔化す必要はないだろう。どうせ、誤魔化してもすぐにばれてしまう。そう思った。
フィリップ兄様の反応は、恐ろしいものだった。笑っているけれど、瞳が全く笑っていないのだ。まるで、泥のように、深い暗闇が瞳が広がっていた。私は身じろぎをした。その姿を見て、彼は鋭い声で、動くなと命令した。
ぴたりと恐怖によって、体が硬直する。命令に従った私を褒めるように目を細めて、偉いと兄様は褒めた。その偉いには、自分の命令をよくきいたという安堵感があった。
「兄上達は死んだよ。――おれが殺した」
「陛下、そのような戯言を口になさるなんて」
「戯言ではない。そういえば、フィガロにも伝えてはいなかったのだったか。いい機会だ。話してあげるよ。――人払いは済んでいる。扉を開いた衛兵は、耳が聞こえない奴らだ。何を語ったところで、聞こえはしない」
フィリップ兄様が、殺した?
誰を?
――兄様達を?
「わ、私を殺そうとしたのではなく?」
「……お前を?」
「昔、毒を飲み物に入れられたことがありました。フィリップ兄様に。私なら分かるのです、愛人の子。しかもこのように不出来で、頭もあまり良くない。フィリップ兄様が殺そうとするのも当然で……」
言葉は途中で遮られてしまった。フィガロが私の前に立って、フィリップ兄様を睨みつけたからだ。
「毒殺しようとしたのか」
「何を怒っているんだよ、フィガロ」
「怒らずにいろと? 貴方は妹を殺しかけたのに?」
「おれの妹をどうしようと勝手だろう? それに、殺してない。生き延びてる」
「――貴方のことを、立派な人だと思っていた自分に心底嫌気がさす」
口を挟んでいいものか、戸惑う。けれど、毒のことを私は気にしていない。フィリップ兄様にも事情があったのだろうしあの時は私とフィリップ兄様にとくに接点はなかった。話したこともない他人を殺すことに、何の躊躇いがあるだろう。
「あぁ、これでそうやって責められるのは二回目だ。サガルもそうやっておれを詰ったよ。妹を殺そうとする兄を心の底から信用することは出来ないとね。おれがいくら助けてやろうとしても手を振り払って。利害が一致しない限り組むことはない、だなんて言われたこともある」
「サガルが……?」
「正気を喪う前だけどね。懐かしいぐらい昔の話だけど」
正気を喪う前――錯乱する前。
ごくりと唾を飲み込んでいた。サガルの皮を被ったあの男のことを考えると、ぶわりと鳥肌が立つ。腕を一度さするように触れる。
「毒を盛られたことを、恨んではいません。兄様が私を殺そうとするのは理解が出来ます。でも、レオン兄様のことを、マイク兄様のことを、フィリップ兄様は愛していらっしゃった」
家族として、愛でていた。愛していらっしゃった。仲が良くて、羨ましかった。中に入りたかったけれど、その資格が自分にはなかった。
フィリップ兄様が、レオン兄様達を殺すなんてありえない、何かの比喩だと思いたかった。
けれど、フィリップ兄様はぶるぶると首を振った。
「おれは愛している、二人がいなくなった今でも。レオン兄上の日和見で、自分をよく見せたがる見栄っ張りなところも、マイク兄上の自分で考えることが苦手で、情に弱いところも、大好きだ。ずっと、大好きだよ。二人とも家族だから。……でも、おれが愛するように二人はおれを愛さなかった」
フィリップ兄様の長い睫毛がぱちりと一度瞬きをした。
兄様の口の端が上がる。笑っているのに、泣いている道化のようだ。歪さに気を取られているうちに、仮面を被るようにフィリップ兄様の表情が変化して、何も読み取れなくなる。
「マイク兄上がおれを殺しにきた。首を絞めて、一緒に死のうって」
それは、私の知らない家族の姿だった。
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