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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「気に入られましたかぁ。わたくしぃ、ミミズクが出てくる童話が一番好きなのですぅ」
「ええ。私も、ミミズクが出てくる童話は好きだわ。……この童話は」
いろいろなものを想起させる。
私の父と母のこと。フィリップ兄様の――陛下のこと。まるでさっきまでの謁見室での一件を見ていたのかと邪推してしまうほど。
「なんというか、これでめでたしなの。侍女はどうして死んでしまったの。罪悪感にのまれて? ならば、棺を王都へ運んで来るべきではなかったのでは。――そもそも、国王が侍女に惚れていただなんて侍女の虚言では」
「うがったぁ、見方をぉされるのですねえ」
「まあね。……少なくとも、目の前で人が焼き殺されているのを見守っていたわけなのでしょう。清廉な人間だとは思えない。邪推ぐらいしたくなるものでしょう」
「ですがぁ、侍女は悪辣が極まるわけでもない、かとぉ。……姫様は罰とはぁ、誰のぉ、ためにあるとぉ思われますかぁ?」
「……誰のため?」
公共の秩序のため。規律のため。被害者のため。そうではないのか。
「裁かれるなかで一番始末にぃ、おえないのはぁ、罪の自覚がぁないものですぅ」
「歳はかない子供や痴呆の入った老人のこと?」
自分の罪に気がつくことが出来ない。それが罪であることすら、分からない。そういう手合いが年に何度か裁判所に引き立てられると聞く。
たとえば、母を階段から突き落としてしまった子供。耄碌して、自分の子供を盗賊だと思い込み刺し殺した老婆。
子供に道徳を説くには早すぎて、老人の法律を説くには遅すぎた。
裁判では軽々裁くことの出来ない、罪だ。
「いえ、ぇ、正真正銘、悪人のぉ、はなしですぅ」
「悪人」
「この世には獣心をぉ、持っているとぉしか思えぬものがいるものですぅ」
「他人を殺しても、なんとも思わない奴ということ?」
あるいは、人が殺されてもなお、自分は悪くないと居直るものだろうか。
安穏とお茶会に参加して死体が出たことなんて知らなかった女とか?
「はあい。そうでございますぅ。人の心が分からずぅ、他人をぉ、害してもぉ構わぬという、腐りきったぁ所業ぉ」
真っすぐ、片方しかない瞳が私を見つめている。
まるで私に言われているような気分になった。
いや、どうしてだか、しくしくと胸が痛むだけだ。
あてつけるようなこの男の言葉に不愉快になったりしなかった。もしかしたら、この男がこんなに奇矯な格好だからかもしれない。道化のような恰好をしているから、本当に道化からの諫言のように思えるのかも。憐れな姿で同情をひき、愛嬌でもって篭絡する。
こいつの言葉だと、すんなりと耳に入る。美貌の官吏や何不自由もなさそうな貴族の言葉ではこうならないだろう。
――私の屋敷の使用人達と一緒だ。
不具で、奇形。そんなものであれば、優しくなれる。憐れみを与えられる。寛大な心で接することができる。
吐き気がした。自分の性根の方が腐っている気になる。
「そういったもの達の場合ぃ、罰ぁ、被害者のぉ、遺族のためにございますぅ」
自分の罪を悔いないものに罰を与えても意味がありません。
首を吊るそのときまで、己の罪を悔いることはございませんので。
まるで処刑台に送った者のなかにそんな悪漢がいたと言わんばかりにオクタヴィスは断言した。
「禍根を残さずぅ、私刑をぉ、許さずぅ。秩序と鎮魂のためにぃ、縊るぅ。それがぁ、罪をぉ犯したもののぉ、罪の償い方かとぉ、存じますぅ」
ですがと、オクタヴィスは言葉を止める。
「そういったぁ、極悪非道なものではなくぅ、普通のぉ、良心を持ったもののためにぃ、本来、罰はぁあるのだとぉ。わたくしはぁ、思いますぅ」
「どういう意味?」
「人はぁ、普通、人を傷つけるのをぉ、好みません。誰かにぃ傷付けられることもぉ嫌いますぅ。善良だからこそぉ、罪を欲するのです」
罪を犯し、手を汚し。愛を裏切り、人を傷付け。
そうやって、他人を踏みつけることが苦痛だと思う者の方が多い。
己の犯した罪の重さに嘆き、牢で自殺した侍女の姿がぼんやりと浮かんだ。
――普通の女だったというのか。国王に惚れられただけの哀れな娘?
では棺桶を担いで、罰を受けにきたのか。死ぬために王都まで、重い亡骸を持ち歩いたのか?
「王子様は、侍女を殺してしまった方が良かった?」
「……どうなのでしょうねぇ。ですがぁ、侍女はぁ、罰を望んでいた」
「どうなのでしょうねって」
なんだ、その曖昧な物言いは。オクタヴィスが作った物語ではないのか。なぜ、分からない?
怪しげに見つめていたのだろう。オクタヴィスはまた顔を引き攣らせた。芋虫のように皺くちゃな顔になった。
「実はぁ……。わたくし、姫様にぃ、嘘をぉついておりましたぁ」
「嘘?」
「この物語はぁ、国王陛下がぁ、おつくりになられたのぉ、です」
「――――は?」
国王陛下――フィリップ兄様が?
あの方に、そんな趣味はなかったはずだが。童話なんて、よく知らないはずだ。だいたい、こんな物語をつくる必要がどこにある。国王がつくってどうする?
それをオクタヴィス作のものだと偽って私に見せることに何の意味が?
「わ、私を謀ったの!?」
普通に楽しんで感想を言ったのが馬鹿みたいじゃないか。
こいつが作者だと思ったから、目の前でミミズクがいいと言ったのに!
バツの悪さから顔が赤くなる。かあっと全身が熱い。
「も、もうしわけございませんっ」
「お、お前が作ったと思ったから、ミミズクがいたわとか、思ったことを好き勝手に感想をいっていたのに!」
侍女のことが分からないなら、聞いたりしなかった。答えを知らないことを答えさせたりなんか。
気まずくて視線を逸らす。
というか、この物語を本当にフィリップ兄様が――陛下がつくられたのか?
なんだか、陛下らしくないというか。彼ならば、侍女に罰を与えるように物語を書くのではないだろうか。身分に固執しているとは言わないが、陛下はきちんとした線引きを望む人間だと思っている。決して交わらないように、勘違いしないようにと冷たく、確かな区切りをつけているはずだ。
ならば、彼が書くのは、自分の罪の重さに自害する侍女ではなく、悪女のように笑い声を上げながら自業自得と処断されるような女なのではないだろうか。
「も、もちろん、わたくしもぉ、この人形やぁ、あちらの人形をぉつくりましたぁ! 建物とてぇ、わたくしのもの! これはぁ、もう陛下と共同で作り上げたものだとぉ、えぇ、自負しておりますぅ」
わたわたと慌てながらいうものだから、なんだか急に責め立てるのも気の毒な気がしてきた。視線を戻して、オクタヴィスを真正面から捉える。
彼はよかったと言わんばかりに目を合わせてきた。
「ですがぁ、姫様。この物語はぁ。……この、童話はぁ。陛下の思想がぁ、如実に現れてぇおります」
「……侍女は牢の中で首を吊るべきということ?」
「違いますぅ! そうではなくぅ。きちんとした裁きが下されるべきだとぉ」
少なくともと、オクタヴィスはゆっくりと口を開く。
「わたくしはぁ、そういう、教訓のようにぃ、思えましたぁ」
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