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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟むどうして調べたのか? それは簡単です。施政が落ち着き、一息ついたから。人は何かに一生懸命になっているときよりも、余暇があり何をしていいかわからない時の方がとんでもない過ちを犯してしまうのです。
火の手がどうしてあがったのか、王子様の一番の関心ごとはそれでした。王族を全て焼き払うような大きな火事。どうして、騎士達は王を命懸けで守らなかったのでしょう。清族は、焼き殺されるのをむざむざ眺めていたのでしょう。そう思うと全てが憎くてたまりません。なぜって、王族よりも尊いものがこの世にあるでしょうか。有象無象がいくら死んでも、王子様は心を痛めませんが、家族の死は身を斬られる以上の激痛でした。許容など出来そうにありません。隣に座する姫もこう言いました。
怖いわ、犯人がまだいて、わたくしを焼いてしまうかもしれないのですか。
王子様はその言葉を聞いて痛ましげに俯きました。
姫は美しく聡明で、手中の珠のように王子様は愛しんでいました。そんな姫を害されるかもしれない。そう思うと、もう調べないわけにはいきませんでした。けれど、現場を調べた清族も、生き残ってしまって牢屋で一生を過ごすことになった騎士も、決して口を開きません。貝のように口を閉ざして、真実を王子様に教えはしないのです。王子様は焦れました。どうして、誰もかれも、あのときの真実を口にしないのか。
何もかもが焼け落ちた跡地に、王子様は家臣達の反対をおしきって赴きました。
昔、王子様が兄達と走り回った子供部屋も、客人を迎え入れた応接間も、もうどこにもありません。
愕然としました。
伝え聞いてはいましたが、王子様が幼少期に過ごしてきた建物の全てが灰となり足元に散らばっているのです。
こんなことがあっていいのでしょうか。過去の懐かしい想いでも、愛おしい家族も、もうここにはどこにもないのです。
さめざめと、王子様は泣きわめきました。改めて、思い知りました。自分の家族は、死んでしまったのだと。
その日から、王子様はある夢を見るようになりました。
国王である父が、王妃であった母が、二人の兄達が、枕元に立っていうのです。わたしたちは殺された。どうか仇を取ってはくれないか。お前しかいないのだ。あの火事を生き残ったお前しか。
毎夜、その夢にうなされるようになりました。共寝をする姫が、心配して王子様を揺すり起こします。
「あなた、大丈夫?」
その小鳥のような涼やかな言葉はお王子様がうなされるたびに響きます。そのうち、王子様は眠れなくなっていきました。悪夢が恐ろしくて、眠らぬようにと眠らずの番を部屋に招くような事態。このままではいけないと感じた姫は、森の賢者であるミミズクに話を聞きにいきました。頼れるミミズクならば、この事態によりよい解決策を提示してくれるはずです。
お伴の騎士をひきつれて、姫は暗い森のなかを行きます。
姫は、王子様のことが好きなのです。彼に幸せになって欲しいのです。魘されてなど、欲しくはないのです。
七つの河を越え、二つの山を越えて、姫はミミズクの元に辿り着きました。
一週間にも及ぶ、長い旅路でした。森のなかでほうほうと鳴くミミズクは、姫を見つけるなり羽根を広げて近付いてきました。
「姫様、ようこそお越しくださいました」
ミミズクはすぐに彼女が誰であるかを見抜きました。
侍女のような恰好をしていても、その高貴な立ち姿は隠し切れません。
姫様は慧眼なミミズクに敬意を表してすぐに本題を切り出しました。
ふむふむ、と相槌をうって、すべてを聞き終えたミミズクは厳かな声で姫にこう言いました。
「なにもかも、すべては王宮に戻られたら解決いたします。そこで開かれる死者をさばく裁判で。しかし、復讐など考えるものではありません。醜い真実は、美しい嘘で塗り固められるべきだったのです。さあ、はやく。急がねば、重要なところを見逃してしまう!」
ミミズクに急かされるような形で、姫達は森をあとにしていきます。ほうほうと後ろから追い立てるように、ミミズクの鳴き声が聞こえていました。
人食いワニに食べられそうになったり、蛮族の男に襲われかけながらも、姫達は王宮に戻ってきました。ですが、どうしたことでしょう。王宮中がにわかに騒がしいではありませんか。
使用人達は走り回り、声をかける暇もありません。
姫が帰ってきたことを聞きつけて、宰相が走り寄ってきました。姫はこの騒ぎはどうしたのか。わたくしがいない間になにがあったのかを聞き出しました。
宰相がいうには、なんと王子様が火をつけた犯人を捕まえたというのです。しかも、これから裁判を執り行うといいます。宰相は顔中に玉のような汗をかきながら、姫に言いました。
「どうか、おとめください!」
どうして、そんなことを言うのでしょう? 王子様の家族を焼いた犯人を捕まえたのです。確かに早急な気もしますが、はやく罰を下してやりたいと思うのが人の心というものではないでしょうか。
「どうか、どうか」
頭を地面に擦りつけんばかりの宰相を見て不思議に思いながら、姫は裁判所に入り、そしてどうして宰相が王子様を止めようとしたのか分かってしまいました。いえ、どんなものでも、ひと目見ればどうしてかなどわかるでしょう。分からない方がどうかしています。
白骨した遺体が、豪華な衣装を纏って椅子に腰かけていました。
その近くには、若い女が縋るようにして腰の部分に抱き着いています。
「あれは……?」
姫の言葉に、側に控えていた騎士が獣のようなうめき声をあげて答えました。
「国王陛下です。陛下は、指が産まれたたときより六本ございました。ほら、あの白骨にも、両の指が六本ずつございます……」
背筋が凍るような思いをしながら、姫は女のもとに行こうと足を動かしました。周囲の視線が突き刺さります。
見下ろしたそこにいたのは、どこにでもいそうな平々凡々とした娘でした。平民にも貧民にも見えました。土とこけの臭いが彼女からは漂ってきます。
声をかけようとした姫を、声が遮りました。そこにいたのは、法衣に身を包んだ王子様でした。彼は、森から帰ってきたみすぼらしい格好をした姫を見て一瞬驚いたような顔をしました。
なにせ、姫は何も知らせずに王宮を留守にしていたのです。しかたがないことでしょう。王子様は、姫に隣に来るようにと言いました。隣に立つと、王子様は清族に言いつけました。
裁判が始まりました。
姫には、どうして国王が白骨化した姿でそこにいるのは全く分かりませんでした。だって、すでに王妃達とともに灰を棺にいれて水葬されているはずです。
「そこにいるのはわが父で間違いないな」
王子様は高圧的に国王に縋りつく女性に問いかけました。涙声で、女性は頷きます。
そこから語られることは、姫にとってはどう受け止めたらいいのかも分からないほど、聞いたこともないようなことでした。
国王は、女性――侍女に恋をしてしまったのだといいます。それは身を焼き尽くすほどの激しい恋でした。侍女であった女に拒否権などありませんでした。ただ、受け入れて、彼が飽きるのをじっと待っていました。けれど、王の恋心は燃え盛るばかりでした。彼女と結ばれたい。夫婦になりたいと望むまでになりました。もちろん、そんなこと許されるわけがありません。彼は国王であり、この国を統治する、王子達の父でもあるのですから。王妃は、愛人として囲うならば黙認しましょうと寛容さを見せました。
けれど、けれど!
国王は愛人では満足しませんでした。結ばれたいと思っていたのですから。
「国王陛下は部屋に火を放たれました。清族の一人に命令して、王族の皆様方から自由を奪いました。燃えるのを、このお方はずっと心底楽しそうに見ていらっしゃいました」
なんと酷いことだ! と聖職者は嘆きました。それを見続けた女のことも悪辣に罵りました。
「陛下は自分そっくりの男を、自分のかわりに焼き殺してしまわれました。それからはずっと、旅を。そして、陛下は逝かれました。わたしは怖くなり、棺を引きずり、ここへ」
「――どうして、私だけ生き残った」
「わかりません。女神が与えたもうた奇跡としか。どうか、どうか罰をお与えください。どうかこの首を落としてくださいませ。申し訳ございません。申し訳ございません……」
騎士達が、清族達が、口をつぐんでいたのはこの残酷な事実を王子様の耳にいれないようにするためでした。この侍女が王宮を訪れなければ、きっと彼らの口は相変わらず貝のように閉じていたに違いありません。
誰もが、王子様は侍女だった女を処断するだろうと思いました。業火に焼かれる家族を黙って見ていた女なのです。それは運命のように当たり前だと、思っていました。国王の骸骨の眼窩から、虫が這い出てきました。姫はそのおぞましい姿にそっと目を伏せます。はやく裁判を終わらせて欲しい。そう望むばかりでした。
「罪人には、相応しい罰を。女、貴様名前を何という」
「ティアナでございます」
「では、ティアナ。貴様は一生を牢屋で過ごせ」
聖職者が驚きの声を上げます。
「本物の罪人は、この女ではない。我が家族を殺したのはこの女ではない。罪なき者に、罰を与えるわけにはいかない。罪は、誰にも肩代わりできるものではない」
そう言って、王子様は国王の骸骨に罰を与えよと命令しました。煌びやかな服は脱がされ、象徴的な指を一本ずつ切り落としすり潰しました。首を斬り落とされ、土の中に埋められました。国王であったという事実は、彼の戴冠式の日まで遡られ、破棄されました。彼は、もう王とも呼ばれず、名前さえ失ってしまいました。
処分が下された次の日、王子様は牢屋へと向かいました。侍女だった女に会うためです。彼女がどんな女であったのかを王子様は知ろうとしたのです。自分の父が分別を忘れて求めた女性とはどのような人だったのか。
ですが、牢屋にたどり着いた王子様は牢の中で彼女が舌を噛み切っているのをみつけてしまいました。蝋燭のほのかな灯が彼女の頬を照らしています。しっとりと涙で濡れたまつ毛から、ぽたりと滴が落ちました。
王子様は心に決めました。自分は姫だけしか愛さず、子供達を幸せにしよう、と。
その後、王国は繁栄を極めました。王子様の名声は海を渡り、辺境の地まで轟いています。その傍らにはいつも、美しい王妃がいました。
めでたし、めでたし。
物語を聞き終える。
机の上に広がっていた王宮は途中で暗い森に変わったり、裁判所に変わったり忙しなかったが、最後はまた王宮に戻っている。フィナーレを祝してか、ミミズクを模した人形が私の周りを何度も回っていた。くるりくるりと、とても人形には思えないような細やかな動きだった。たまに鼻を掠るのもどこかのミミズクを連想させる駄目さだ。
オクタヴィスは私をまっすぐ見つめていた。その顔には明らかに童話の評価を気にしているだけとは思えない緊張があった。
「ミミズクがいたわ」
そんな感想が一番に口から出た。
オクタヴィスはふふと、口元を緩ませた。
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