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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「……これは、これはぁ、フィガロ様もぉ、いらっしゃるだなんてぇ」
私の隣にいたフィガロを見つけると分かりやすく、目を光らせた。
「ごきげんよう、フィガロ様ぁ」
「オクタヴィス。息災そうだな」
「ええぇ、これもぉ女神様のぉ、ご慈悲のぉ、おかげですぅ」
フィガロは、優しくゆっくりと言葉を返した。こいつら、知り合いなのだろうか。じっと見つめていると、フィガロが笑いながら私の疑問に答えた。
「オクタヴィスは信心深いカルディア教徒だ。よく、教会にも手伝いに来るので、顔を合わせることも多い」
「……そ、そんなぁ。わたくしなど、まだ、まだでぇ。信心が足らぬとぉ、思うばかりでぇございますぅ……」
「謙遜を。司祭様が関心していらした。炊き出しに参加したのだろう? 皆喜んでいたと言っていた」
「……うぅ。え、へへッ、へへへ、み、皆が喜んでくれたのならばぁ、これ以上のぉ、幸せはぁ、ありません」
恍惚と、オクタヴィスが頬を染める。
どうしてだか、心にひっかかるようなものを感じた。
そっと、目線を逸らす。純真な信仰心を前に、気圧されているのだろうか。
「あ、ああ、あのぉ、女神様ぁ? わたくし、お邪魔でしたらぁ、また、改めてご挨拶をぉ……」
「いや、構わない」
私が言葉を返そうとする前にフィガロが口を挟んできた。
こいつ。私に向けられた言葉なのに。
「オクタヴィスならば、お前を任せても問題ないだろう。カルディア、俺はクロードを探してくる」
「え。……さっきまであんなに渋っていたのに? お前の優秀な使用人を待つのではなかったの?」
「……そう思っていたんだがな。お前をここに一人にしていては嫌な予感がしたんだ。だが、オクタヴィスならば申し分ない。オクタヴィス、俺が戻るまでカルディアの相手を任せても?」
幼児のように、オクタヴィスは素直に頷いた。
「新作の童話をぉ、お披露目させてぇ、いただけたらとぉ思っておりましたのでぇ」
正直、一人でも待てていたのだけど。
とはいえ、これでフィガロと離れられるのは助かる。やはり、うまく気持ちの整理がついていないのだ。だから、フィガロとはやく離れたい。クロードの顔も見たいし。
じゃあといって、フィガロが立ち上がり歩いていった。背中が見えなくなった頃、オドオドといった様子でオクタヴィスは膝をついた。
「な、何をやっているの? そこに座らないの?」
「うえ!? あ、え、うっ、あああ」
い、いきなり声をかけたせいだろうか。
そんなに驚かなくてもいいのに。
「よ、よろしいのですかぁ?」
「ええ……。ほら、はやく座りなさいよ」
おそるおそる、オクタヴィスはフィガロが座っていたところに腰を下ろす。顔が真っ赤で、汗がだらだらと落ちていっている。服の袖を指で弄って落ち着かない様子だった。
恐怖心を呼び起こさせるような見た目をしているのに、仕草がいちいち可愛らしい。
ちょこんと石机に置いた人形はやはり何度見てもレオン兄様にそっくりだった。
「この人形」
指差しながら指摘すると、右目が妖しく細まる。
「レオン王子をぉ、模して作らせていただきましたぁ」
「……やはり、兄様を見立てて作られていたのね。でも、何故?」
「何故ぇ? それはぁ、陛下がぁ、それをぉ、望まれたのでぇ」
「……陛下が?」
あのフィリップが、レオン兄様の人形を作れと言ったと?
どうしてだ? あの人は……フィリップ兄様を殺したのに。
「お前、人形師なのよね?」
「あ、あは。そ、そう呼ぶものもぉ、おりますぅ。わたくしとしてはぁ、人形作りは手遊びのぉ、ようなもの、ですがぁ」
手遊びといってもかなり精緻に作られている。陶器人形なのだろうか、艶のある美しい光沢があった。まるで人間の肌だ。
「そ、そんなことよりぃ、この間ぁ、おはなししていた童話が完成いたしましたのでぇ……」
「みせてくれるといっていたわね」
「は、はいぃ」
指を鳴らすと、ぽんと目の前に小さな人形ハウスが現れた。城のような作りをしている。門や見張り台、中庭には噴水まであって、勢いよく水が噴き出している。細部までこだわっているのがわかる。……この王宮そっくりだ。
「すごい」
「え、えへへ、そ、そおですか? すこし、がんばりました」
にっこりと笑っているのだろうが、やはり引き攣っているようにしか見えなかった。けれど、自慢げでもっと褒めてと言わんばかりの声色に絆されて、笑みをこぼしてしまった。
愛嬌があると言っていいのか。オクタヴィスは純朴で、子犬のように無邪気だった。
「えへへ。嬉しい、ですぅ。ね、ねえ、姫様、今回の物語、この方が主人公ぉ。名前はぁ、王子様。ひとりぼっちになった王子様」
金髪の人形はてくてくと歩いてきてお辞儀をした。レオン兄様によく似た人形とは別の、少しキツめな顔をした人形だった。
術で操られているらしい。つま先でこんこんと石机をつついている。まるで準備体操でもしているよう。
「ではぁではぁ、『ひとりぼっちの王子様』のはじまりはじまりぃ」
そう、オクタヴィスが口火を切ると、人形の口が開き、はっきりとした声で物語が紡がれ始めた。
あるところに、王子様がいました。
一ヶ月間、眠り続けていた王子様です。目が覚めたとき、使用人達は歓喜に咽びました。ああ、王子様が起きられた! わたしたちの王子様が目覚められた。
王子様は驚きながら、使用人達に声をかけます。ですが、声はガラガラ。まるで老婆のように、かすかす、
無理をしないでください。使用人達は口々に言います。
今すぐ、宰相様を呼んでまいります。使用人の一人が部屋を出て行きます。
これはどうしたことか。王子様は思いました。王子様は自分が一ヶ月間も眠りについていただなんてちっとも知らないのですから当然です。
宰相が飛んでやってくる頃には、王子様は使用人達に教えられてすっかり自分が置かれた境遇を理解しました。
「ああ、よかった。王子。あなたが生きていてくれて」
さめざめと、宰相が体に縋って泣きました。それもそのはずです。王子様のお父様もお母様も、そして彼の二人の兄も、王城を襲った火災で全員もれなく焼け骨しか残らなかったのですから。
この国の王族は、彼と、病弱でいつ死んでもおかしくない弟だけになってしまいました。
王子も泣き縋る宰相の体に顔を埋めて、嗚咽を漏らして泣きました。愛する家族が、兄達が、薪のように火にくべられて燃えてしまったのです。これ以上、悲しいことがあるでしょうか。
「記憶がない? そんなことは関係ありません。あなたが生きてくれればそれだけで、それだけでいいのですから」
王子様は、皆が死んだその部屋にいたのだといいます。
けれど、そのときの記憶は一切ありませんでした。心を守るために忘れてしまったのだろうと、お医者様はいいました。自分の心を守ることも時には必要なのです。それは恥ずかしいことでも、可哀想なことでも決してないのですよ。
王子様はそう言われて、最初のうちは納得していました。だってショックのあまり一ヶ月も寝込んだのです。記憶の混同があっても仕方がないことでしょう?
だから、王子様は前向きに生きて行くことに決めました。とてもとても悲しいけれど、胸が張り裂けそうなぐらい辛いけれど、もう失ったものは戻ってきません。女神様だって、戻せないのですから。死人を蘇らせたり出来ないのですから。
国のために生きようと、王子様は心に決めました。亡くなった父や母、兄達に誇れるような国をつくろうと決心しました。青臭い理想だと笑う人もいましたが、王子様は決して自分の意思を変えようとはしませんでした。
国は栄え、国民は国王として王子様の戴冠を望みました。病弱な弟も、兄様がなるべきだと、言って聞きません。
戴冠式のパレードは、国中をあげて行われました。国王夫妻が亡くなり暗闇に沈んだようだった王都は快哉に満ちています。
「万歳、万歳! 賢き王子様――新たなる国王陛下、万歳!」
誰もが、口々を揃えて言います。新たなる王の誕生を寿ぎます。
彼には清らかで優しい姫が嫁いできました。彼女は彼をよく支え、愛し、敬いました。
国はますますの繁栄し、人々は声高らかにこう言います。
「国王陛下万歳。国王陛下夫妻万歳!」
これで、終わり。
不満がありますか。不足があると?
童話としては綺麗にまとまりすぎ? 結局、死んだ彼らはどうして死んだのか?
必要でしょうか、その理由は。
童話とは、えてしてこういうものでは。不条理で、悪辣なほど笑えない。
こちらを置き去りにして、めでたし、めでたしと強引に終わってしまう。
……ここで終わってしまえばいいのです。
ここまでならば、めでたし、めでたしと終われたのです。
幸せな結末で終わりたくはないのですか。
姫様、カルディア姫様、続きをお知りになりたい?
本当のことを覗き見たい?
真実を詳らかにしたい?
けれど、そんなことに何の意味が?
そんな残酷なことに何の価値が?
わたくしは確かに童話を書きました。姫様に見せるためだけの童話でございます。その性質は、自分でも悪虐非道だと感じています。この物語に救いなどなく、慈悲もない。あるのは惨い真実のみ。
それでも、よろしいのですか。本当に?
――では、物語を続けましょう。
王子様が火災の原因は何だったのかと調査をすることから物語は再びはじまるのです。
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