どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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 ――カリオストロ・バロック?

 急激に体温が冷めていく。おぞましいことが起こっている感覚だけはする。けれど、私はそれが何なのか掴むことが出来ない。
 カリオストロ・バロック。名前を聞いたことがある。

 ーー『カリオストロ』。

 そうだ、この間、国王陛下が言っていた。ザルゴ公爵が名乗っていた名前だと。

「お前、やっぱり最悪だ。また忘れやがったな、俺を!」
「ま、また?」
「そうだ、くそ。きちんとこの溝鼠もこらしめてやっただろうが。そりゃあ愛人を殺したのは悪いと思ってるよ。これまでだって我慢してきただろうが。ただ、俺にも男としての矜持があるんだよ、わかれ」
「ま、待って。オクタヴィスは私の愛人ではないし」
「愛人じゃないのか!」

 ぱたぱたと背中についた翼が開閉を繰り返す。踊りながら近付いてきた鼠を弾き飛ばすぐらいには力強いものだったらしい。さめざめと灰色の人面鼠が泣いている。

「そうなのか、そうなら最初からそう言えよ。焦っただろ」
「あ、焦ったって。愛人じゃないからって、殺していいことにはならないわ」
「愛人未満だったってことか? 粉かけてたってことか?」
「どうしてそうなるの……」

 ごくりと唾を飲み込む。目の前にいるのは化け物だ。だというのに、普通に会話してしまっている。
 自分の神経が分からない。オクタヴィスを殺した相手なのに。
 怯えはあるけれど、心の真ん中にあるのは諦観だった。恐怖で震えるのではない。またこうなるのかという諦めにも近い虚脱感が支配している。また私の周りで人が死んだ。死んでしまった。
 ――おかしいと思う。私はこんな境地に達するほど人の生き死にを見てきただろうか。
 違和感が肥大している。何か体に混ざっているような不快感がある。
 私はクロードの妻で、元王女。ギスランの元婚約者。
 大丈夫、何も間違いなんかない。ない、はずだ。

「――おい、ちりちりうるさいぞ。妖精ども」

 目の前の怪物はそう呟くと指を鳴らした。ぼとり、ぼとりと見たこともない羽の色をした鳥がどこからともなく現れて落ちていく。それはやがて銅の風見鶏にかわり、ぐるぐると地面に伏せているにも関わらず体を回して奇声を放つ。

「警戒を告げる風見鶏か。――おい、カルディアこっちに来いよ」
「え、い、いやよ」
「うるさい。いいか、来るぞ。クソババアが」
「何を」

 言葉を吐き出そうとしたと同時に強い衝撃が走って舌を噛む。痛みに悶えていると、口の中を無理やり開かせられた。革の手袋が患部をなぞると、痛みが突然ひいた。
 術を、かけられた。治療された。
 彼の体を突き放して、口の中に違和感がないかを確かめる。ただ、治療されただけ、らしい。
 首無しから距離を取ると周囲が一変したことに気がつく。そこは、中庭ではない。立派な屋敷の一部屋だった。大広間だ。大男を何人寝そばらせても大丈夫なくらい大きな机の上には豪華絢爛な食事が並べられている。
 焼きたての香りがいいパン。近くにはバターがいくつも並んでいた。ジャムも十は種類がある。トマトのスープに魚介の姿焼き。マッシュポテトにキノコの和え物。見ているだけでお腹が空く。

「手を出したら食われるぞ。あのクソババアにしては、普通の料理だがな」
「何か、知っているの」
「知ってるも何も、これは建物族の胃袋の中だろうが。長老は六百年生きたお菓子のババア。子供を招いて腹におさめるのがやり口だろ」
「……建物族?」

 ん? と驚いた声を上げて男が手を振る。

「なんだよ、図鑑の名称で答えろってか? 建物属ヒト食い科? 屋敷科? ともかく、屋敷の形をした人だ」
「人? なにを、言っているの」

 ごくごく当たり前なことのように、男はそう言った。人だと。
 見渡してみても、私達の他に人がいる様子は――――。
 いや、違う。
 違う。違う。私は何を言っているの。
 だって、これは。
 ここは。
 見覚えがある場所だ。何度か、訪れたことがある。

「なんじゃ。どうなっておる?」

 目の前に、人形が現れた。見慣れた美少年の姿をしたそれは、多すぎる勲章をじゃらじゃらと揺らして一歩一歩近付いてくる。
 白すぎて、陶器のように見える肌。頬には三つのほくろがある。白い軍服は返り血を浴びることはないほど強いという主張の表れだ。人形が戦うわけではないから当たり前だとリストがこぼしていた。

「高密度の魔力を観測したと思ってとらえてみたが、いるのは首無し男と鼠じゃと?」

 じゅう、じゅう。後ろで踊り回る鼠を見遣り、人形がまるで本物の人のようにため息を吐いた。

「しかも、どうしてカルディアも入っておるんじゃ。儂も耄碌したのか」
「……ん? おい、マダム・レディはどうしたってんだよ。魔力が似てやがったが、違うのか? ……お前がこの屋敷の主か?」
「マダム・レディ……?」

 人形が――サンジェルマンの人形が目を細めて、見定めるように首のない怪物に視線を注ぐ。

「どうしておばあ様の名前を知っている?」
「おばあ様? んだよ、じゃあお前がマダム・レディそっくりの孫? へえ。人形族を使役してるなんて結構見どころあるな」
「……人形族など、もうとうに滅びておる。儂が使うこれは、亡骸にすぎん」
「じゃあ、罪人か。状態がいい死体だな。なあ、孫。さっさとここから出してくれないか。俺も暇じゃなくてな。この鼠ちゃんを拷問するっていう最高な時を楽しみたいんだが」
「鼠……鼠族……」

 視線がいったりきたりを繰り返す。首がない男は退屈そうに手遊びをし始めた。

「なあ、もういいか。ええっと?」
「サンジェルマン」
「サンジェルマン卿。俺は忙しい。あんたに説明している時間も惜しいほどだ。邪魔立てすれば、敵とみなす。いっておくが、俺は無慈悲だぞ。子供相手をしてやるほど、人が出来てないんでな。そういうのは、ゾイディックやイーストンの若様達の仕事だ」

 ゾイディック? イーストン?
 聞き知った領土の名前が出てきて耳を疑う。どういうことだ。あの二人に関係があるのか?
 いや、違う。そもそも、サンジェルマンの祖母を知っていると言っているのだ、この男は。
 この時代の何かではない。もっと昔の……。いわば亡霊がこの世に蘇ったような……。

「蘇ったというのか。まさか! しかし、そうとしか……」
「あ? ぶつぶつ、何言ってんだよ。さっさと出せって言ってんの聞こえなかったのかよ」

 威嚇するように地団太を踏んで、首無し男が答えを求める。
 だが、サンジェルマンは動じなかった。探るような視線を向けたまま問いただす。

「女神を滅ぼすために蘇ったのか」
「はあ? 女神リナリナはもうすでにこの世からいなくなっているだろ」
「女神リナリナ……?」

 女神は、カルディアしかいないはずだ。
 ――リナリナ。
 あ、あれ? どうしてだろう。この話をどこかで聞いたことがあるような気がする。

「いなくなってなどいない」
「ありえない。いなくなっていないならば、妖精堕ちしているはずだろ。そもそも『聖塔』の生贄のかわりがすぐ見つかったはずだろうが」
「そやつも死んだ。生贄のかわりは、全て呪われて死んだ。……女神は何らかの方法で、まだこの世界に居座り続けておる」
「天帝はどうした。眷属達は許すのか。神がいなければ人は立ち行かないだろうに」
「天帝は黙したまま。眷属達はどうすることもできぬ。女神の名前だけ、変わった。――カルディアになっておる」
「はあ?!」

 かしっと肩を掴まれる。こいつらの会話の半分も理解できていないが、私が女神と同じ名前だと何か障りがあるのか?
 いや、名前が変わった? どうして名前が変わる?

「……おい、くそ野郎。カルディアが女神に呪われてやがる!」
「――女神に? それは、儂には分からん」
「ああ? そんなのも見えねえのかよ。くそが。こんなの、こいつでも持たねえだろ。いままで、どうやって生きてきてやがったんだ。俺でも、こんな呪い解いたことねえぞ」
「それは」

 ――イーストンの。
 首を振って、あのとき聞いた言葉を記憶から追い出す。あれは、王妃がかけた呪いだったはずだ。女神は関係ない。

「つうか、何だお前。女神を滅ぼすって言ったか? お前は滅ぼそうとしてんのかよ」
「……ああ。そうじゃ」
「神殺しなんて、できるわけねえだろ。人を超越してこその神だ。誰も意向には逆らえないから、天の玉座に鎮座していられる」

 嘲笑うように喉を鳴らし男が吐き捨てる。

「そんなこと、分かっておる! しかし、これしか方法はない。あれは害だ。何をしたのかは分からぬ。だが、女神は大罪をおかした。もう、猶予はない。できなければ我々は、抗えぬ終わりを味わうこととなる」
「なんだそりゃあ。まるで預言書みたいなことを言いやがる」
「預言書は死んだ」
「――は?」

 こぼれ落ちたような声だった。

「嘘だ。死ぬはずねえ」
「嘘ではない。死んだのだ」
「こいつが、ここにいるのに?」

 どういう意味だと、サンジェルマンは目を細めた。私にはもう話がさっぱり分からない。
 というか、女神を殺すって、どうやるんだ。イーストンには聖域がある。けれど、そこにだって、女神はいない。そもそも、この世界に神なんて。
 ――あれ。でも私は、死に神を見たことが。

「ああ、クソ。どうなってやがる。俺は本当に死んで、蘇ったってのか? この、カリオストロ・バロック様が? 当代一の大魔術師様が? あんな、ギロチンで死んだって? そんなわけがない。俺が死ねるものかよ。こいつを、カルディアを残して死ぬものかよ。俺の華を誰かが摘むのを許容できるものかよ」
「――カリオストロ・バロック卿、なのか」

 後ろにいる鼠に蹴りをいれながら、男は大きく体を動かして肯定した。

「そうだよ。クソ。もう、どうだっていい。さっさとこっから出せ。こんなところで閉じこもってても、こいつの呪いは解けない」
「それはならん。貴殿が殺したのはオクタヴィス。女神を信奉している従順な信徒であった。儂が逃がしたとなれば、あらぬ疑いをかけられる」

 さきほどまでの長い机が、檻へ姿を変えていく。入れというように、人形が顎でくいっと檻の中を示した。

「知るか。俺に命令するつもりか? いっておくが、貴族だろうが、容赦するつもりはない。餓鬼は黙らせるのが信条だ」
「そちらこそ、ここが儂の中だと知っていていうのか。ここで、儂に刃向かうつもりだとでも?」
「躾直してやるよ」

 ばちんと、男が指を鳴らす。檻が、花火を上げながら爆ぜた。

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