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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「おい、虫を潰すのに許可が必要か? つうか、俺の前に出てきたこいつが悪いだろ。しかも、俺に術を放とうとしてやがった。殺処分に相応しいだろうがよ」
「な、なっ……、何を言っているの」
殺処分? まるで、豚や牛を殺すみたいに。
頭が変になりそうだ。血の臭いで喉の奥が熱い。胃液が何度も込み上げてきている。オクタヴィスが死んだ。目の前で、フィガロだったものに殺された。こいつは誰なのかも私は知らない。なのに、こいつは私を知っているように振舞う。親しげに声を甘くさせる。
「貧民を殺しても罰に問われることはねえ。こいつらは下等生物だからな。どれだけ潰しても、潰しても性器さえあれば交わって増えるだろうがよ。――産めよ増やせ、栄えよってな」
「い、意味が分からない」
「お前の方が意味わかんねえよ。――逃げようとしてんのかよぉ、カラミティー・ジェーン。おい、それはちょっと、薄情ってもんだろうがよ。遊ぼうぜ、まだまだ鼠ちゃん」
「ひい!」
泥だけの靴が、ころんと転がった。男が指を鳴らす。すると、靴は愉快に踊り始めた。女のすすり泣く声が聞こえてきた。明らかに術を使って無理やり動かしていた。
「お助け下さい、お助け下さい、大魔術師様。あたしが馬鹿だったんです。薄汚い溝鼠が悪いんです」
「よく分かってんじゃん。じゃあ、お前がだあい好きな鼠の姿に戻してやる」
「や、やめっ!」
ぱちんと指を鳴らすと、靴が、竜巻へと姿を変える。こつんこつんと鳴らす音がその竜巻のなかから聞こえていた。しばらくすると、竜巻が消えて、中から人間のような大きさの鼠が現れた。
「…………なに、これ」
口をぽかんと開けて放心してしまう。魔獣と言われても、納得してしまうほどだ。人間の大きさの二足歩行で立つ鼠だ。
それに、目の前の大きな鼠は、顔が焼け爛れていた。その上、誰だか分からないけれど皮膚をお面のようにつけている。
「あ、ああああっ」
「ほら、喜びのダンスを踊ってよ。獣人族は祭りで踊るんだろ? ああ、裸足で痛いのか? じゃあ、専用の靴を用意してやる」
ぱちん。指が鳴る。じゅうじゅう、音が鳴る。
焦げる臭いがする。
じゅうじゅう。じゅうじゅう。
「ぎゃあああああああああああああああああ! あっ、あ、あああ、あああ。っあああ。あついぃぃぃ」
「あははは、なんだよ。たった二百度に熱された鉄の靴だろ。ほらほら踊って。どうしたんだよ。そんなんじゃ全然だめ。みすぼらしい。犬が踊った方がましだ。女王様自慢の侍女なんだろ。焼けた靴なんかでへばるなよ」
「助けて助けて助けていやいやあついのいたいのあついの」
「助けを求めてんの、お前が? 何それ、面白いな。お前が革命のとき、女王様を助けずに宝石漁ってたの、俺は知ってるよ。処刑される俺達に向かって貧民どもと一緒に石投げてたろ。それで、カルディアの部屋から盗んだ宝石で、ロケニール公爵夫人の隠し子だって言ったんだよな? サラザーヌなんて名乗ったそうだなあ? よくもまあ、厚顔無恥に言えたもんだよ。カラミティー・ジェーン。薄汚い鼠ちゃん。なあ、お前が張り付けてる顔の皮、誰のか教えてくんない? 俺すっげえ気になっちゃう」
これ、夢?
そうだ。きっと、そう。
こんな非現実なこと、ありえない。意味が通らない夢のことなんだ。
じゅうじゅう、肌が燃える音がする。嘘だ。嘘だと耳を塞ぐ。けれど、焦げ付いた肉の臭いはなくならない。
「あ。もしかして、言えない? 大丈夫。この大魔術師様にお任せを。当代一の大魔術師の俺ならば、お前の汚い口だって動かせんだわ」
くいっと唇をなぞった途端、鼠は大声を張り上げた。
「お嬢様の顔の皮を剥ぎました! 死んだ顔から剥ぎました! だって、だって、なりたかったんですもの。姫様に、なりたかったんですもの。許して下さいますよね? だって、ほら。今の女王様には顔には皮があるもの! いらないもの、貰っていいですよね? 宝石も、服も、あたしに下さったことありますもんね?」
「醜怪だな」
吐き捨てるように毒ついた。
「つーか、お前、勝手に服も宝石も盗んでただろうが。盗人猛々しいやつだな」
「ち、ちが! わたくしは、姫様にいただいて。そうでございますよね? ね?」
二人が一斉にーー男の方は頭がないけど私を見やった。
「し、知らない」
頭と口が直結したようにすぐに答えた。
「お前に服も、宝石もあげてない」
鼠はじゅうじゅうとなる靴を踏み鳴らしながら泣きながら近寄ってくる。男はあらためて私をじろじろと見つめるように体を近付けてきた。ぽたりと血の代わりに黒々とした液体が落ちる。
そこからはやはり呪文のような、聖句のような言葉が聞こえる。
「……? お前、カルディアか?」
男は初めて私の存在を疑問に思ったように問いかけてきた。
「ご自慢の花はどうした」
「は、はな……?」
「おい、愛人を殺されてそんなに落ち込んでいるのか。花が咲いてない。謝るから、俺があいつを蘇らせてやってもいい」
「蘇らせる……。出来るの、そんなこと」
「ま、まあな? 俺は無敵の魔術師だし。お前から、貰ったものもあるし。それになにより俺自身がこうして蘇っているだろ。蘇りなんて俺以外誰が出来るってんだ」
「す、すごい魔術師、なの?」
黒い手袋をはめた指がこちらに伸びてくる。
「は、ははは。なんだ、その言い方。子供みたいだ。そう、すごい魔術師だ。お前が俺にそうなれって言ったあの日からずっと、俺はお前のための魔術師だ」
「そ、そうなれ?」
「………忘れた?」
忘れたも何も、こいつのこと、私は知らないのに。
「俺のこと、忘れたの。カリオストロ・バロックを忘れた? 乳母兄妹の俺のこと、本当に?」
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