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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む頭がおかしくなった。絶対にそうだ。そうに決まってる。王宮の中は白かった。壁も床も何もかも恐ろしいほど白かった。
足で踏むときゅうきゅう音を立てて鳴く。
血がどこからか溢れていた。足で踏んでいる奴らは腹を真っ赤に染めながら何かを食っている。
見ないふりをして、階段を駆け降りる。
きゅうきゅう音がする。きっと地獄にもこんな責め苦があるだろうと思った。鼠の上を、私は走り抜けていく。
絵画も花瓶も人も、彫刻も窓もランプも、花も机も椅子も、雪が覆っているように白い。足で踏むと奴らはきゅいきゅい非難の声を上げる。そのくせ、襲いかかってこない。食べるので頭がいっぱいらしい。救われているのに、全然納得出来なかった。こいつらをまとめて火に炙ってやりたい。
舌打ちをしながら、扉を開ける。開け続ける。
謁見室? 客間? 厨房? 書記官用の控室? 図書室?
どれも分からない。白い毛皮で覆われて、何が何だか分からない。窓も食べているのか、壁と窓の区別がつかない。ここがどこなのかも分からない。こんなところに、クロードはいるのだろうか。……国王陛下は生きているのだろうか。
逃げ延びているのならばいい。けれど。
扉を開けようとして、鼠に噛まれた。血がたらりと垂れる。それに鼠たちが群がってきた。こちらを食糧だと認識したらしい。大きな生物のように、塊になって鼠が襲いかかってくる。飛び退いて、逃げようとしたが続け様に足に食らいつかれた。太もも、手首、ふくらはぎ、二の腕。鋭い痛みに体を震わせる。
「あ、ぁ」
足の鼠を振り払おうとして足元を見たら、下には兵士がいた。苦痛に満ちた顔で私を見上げている。肌を齧られたのか、筋繊維が見えていた。真っ赤な血を隠すように鼠が覆い被さる。
私も、こうなるのか?
恐怖で身が竦む。
それでも、足を動かした。きぃと鼠が襲いかかってきた。顔に張りつこうとしてくる。
「盟約に基づき、ロクサス・ジェーン。お前を殺すぞ」
襲いかかってきた白鼠を、カリオストロが握り潰した。血が噴き出して、顔にかかる。
ちらりと彼は私を見下ろして、もう一度低い声で喋る。
「ロクサス・ジェーン。いないのか、臆病な鼠ちゃん。妹の方が勇敢か?」
「――――カリオストロ・バロック」
「そうさ、ロクサス・ジェーン。よかったよ、お前がいて。俺達の女王陛下はお前の弟に喰われかけた。どう責任を取る?」
「ど、ど、どど、ど、どう?」
怯えた声が戯けた風に呟いた。でも、声の主人はどこにもいない。
「それは女王陛下じゃない。それはただのそっくりな貧民だ。僕が食べても、僕らが食べても問題なんかない」
「へえ?」
「ぼ、僕は騙されないぞ、カリオストロ・バロック。僕は賢いんだ。妹やあんたみたいに騙されたりしない。僕ははっきり分かってる。それはただの人間だ。ヒトだよ、ヒト! 食べると美味しい。骨まで美味しい家畜生物だ」
「家畜はお前だろうが、ひょろひょろ野郎」
威圧を込めて、カリオストロはあたりを見渡した。
「恐怖に飼い慣らされて、地下水に逃げれば誰も小汚い鼠なんか追いかけてこないもんなァ? ヒトに懐柔して生き残った薄汚さは褒めてやるよ」
「小汚くないッ!」
鼠の声の主をカリオストロもまだ掴めていないのか?
――いや、もしかして。この中にいる一匹の鼠に話しかけているのか? この中から探している?
「訂正しろ! 僕は女王陛下に可愛らしいって言っていただけたんだ。僕は可愛らしい鼠だ。兄弟達とは違う!」
吐き捨てるような声だ。
「それにあんたは僕達がお気楽に過ごせたと思ってるようだけどな、おあいにくさま! 僕達だって死んだんだ。酷い殺され方をしたんだ。火炙りだ。僕は兄弟達の死体の重みで圧死した。窒息死より、惨めな死に方だ。火傷で死んだわけじゃない。押しつぶされて死んだんだ。王宮に仕えていたこの僕が! 屈辱的な死に方だ。絶対に許さない。だから、僕らはきたんだ。ここにいる奴らをまず食って、次は国中の奴らを食ってやる。みんなみんな腹の中にいれてやる」
「相変わらず、憎悪と愛情と食欲の区別がつかねえ下等生物かよ。――いた。ほら、出てこいよ、ロクサス・ジェーン。目を見て話そう」
指を一回鳴らすと、ふわりと鼠が宙に浮かんだ。
ジタバタもがいている。
――大きすぎる。私の顔より大きい。子供一人分はあるんじゃないだろうか。
しかも、その鼠は顔が潰れていた。目がお尻に生えていた。鼻や口がどこにもない。
「どうした、どうした、ロクサス・ジェーン。まるで合成獣じゃねぇか。目が尻にあるぞ」
「うるさい、うるさい、うるさい! 僕を壊した奴がいるんだよッ。あの、エセ科学者め。何が元に戻してやるだ。僕の目しか元に戻らなかった。鼻なんてどこにもない!」
「は? 科学者だ?」
「今は関係ないだろッ! 早く降ろせ、僕を降ろせ! いつも偉そうにしやがって。僕を見下しやがって。何が女王陛下の従者だ。馬鹿にしやがって。僕だって従僕だったのに。僕の方があの方のことを愛していたのに! 食べたいほど愛していたのに!」
瞳の横にある尻尾を振って鼠は言い放つ。
「お前ら従者は女王陛下と寝たことないもんなァ。僕らのこと、見下してないと、やっていけなかった? お可哀想に。相手にされないのに懸想してるんだもんなあ」
「――はあ」
鼠が急に苦しみ出して、ぎゅるんと、目から臓物を吐き出した。内蔵や腸が生々しく湯気を出しながら、兄弟だという鼠の上に吐き出される。
「なんて馬鹿な鼠ちゃんなんだ? 俺を怒らせて何したいわけ? そんなに苦しんで死にたいのか? なァ。俺はさあ、カルディアを痛めつけられて心底頭にきてるわけ。小さな溝鼠の頭を足で何度も潰して蘇らせてを繰り返したくなる程度には、お前のことが嫌いなの。分かんねぇの?」
鼠はぴくぴく震えている。死んでいるのかと思ったが、まだ生きているらしい。荒い吐息が聞こえてくる。口なんかないのに……!
「そもそも、お前ここにいる我らが女王陛下が、偽者だっていうんだな?」
「だって花がない! 花がないなら、女王陛下じゃない」
「単細胞だな。頭に指を突っ込んでかき混ぜた方出来がいいんじゃないか? ほら、お前、こいつと寝たんだろ? こいつのこの顔を見ても、そう言えるのか?」
ぎゃっと悲鳴をあげる。目の前には血塗れな瞳を尻に生やした巨大な鼠がある。どういうことなんだ? 目の前にいる鼠がとんでもなく恐ろしい状況なのは分かる。そもそも、口もないのにどうやってこの鼠は喋っているんだ?
恐々としながら、鼠を見つめる。
――背筋が凍った。瞳の中に、ぐちょぐちょと蠢く口があった。鼠の臓物はそこから出てきたらしい。そして、声もそこから聞こえている。
「……女王陛下の偽物だ」
「なるほど? いいよ、絶対にそう言うんだな。間違いはない?」
「ないッ。花がない女王陛下は、偽物だ!」
指をカリオストロが鳴らす。また、あの呪文だ。トーマに唱えていた、あの聞き覚えがあるような、それでいて聞き取れないような、声が響く。
頭が熱い。燃えているようだ。まるで毛先が燃えているよう。急に声が聞こえた。楽しげな声。ぎょっとして声の方へ視線を向ける。
――頭に花が咲いていた。その花が喋っている。よかった、よかったと寿いでいる。
はなおとめ。はなおとめ。
「――まだ定着はしそうにないな。やっぱり数日かけないと。俺の術も弱くなってしまっているし。ここは術をかけるのに相応しくない」
「わ、私の頭に花が」
「ああ、とっても似合ってる。お前はやっぱりそうじゃなくちゃな」
カリオストロは陶然とした様子で、私を見下ろした。
「おかえり、カルディア。さて、ロクサス・ジェーン。改めて、盟約に基づき、お前を殺すが異論はないよな?」
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