どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

文字の大きさ
249 / 320
第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

235

しおりを挟む
 
 血の臭いが部屋中に敷き詰められていたのでは思うほど一気に香った。
 死臭は嗅ぎすぎていて、もう吐き気はしない。
 男が二人倒れていた。その下地になるように、宰相が血を流して死んでいた。
 部屋の中央にある椅子にクロードは腰掛けていた。
 胸に、剣が刺さっていた。
 胸に縋り付くと、手のひらにべっとりと血がついた。
 悲鳴さえ上げられなかった。あげちゃいけないと咄嗟に思った。
 クロードの顔を持ち上げる。何十日も彼から遠い所にいたような気がする。懐かしさがこみあげてくる。
 目は開かない。
 唇はクロードらしくなく渇いていた。潤さなければと思って唇を重ねる。何度も、何度も。唇は濡れるけど、彼の瞳は開かない。
 どうしてだろう。そんな言葉が口からこぼれそうになる。
 こんなに口付けているのに、どうして目を開かないの。
 どうして、いつものからかったような声でカルディアと名前を呼ばない?
 怒っているのだろうか。
 それとも、眠っている?
 疲れているなら、身じろぎぐらいしてもいいのに。
 体を揺すると、体が横に倒れそうになった。汗が全身から噴き出してくる。嘘だと思いながら、体を揺すって、倒れないように抱き寄せるを繰り返す。
 クロード。クロード? クロード。
 どうして、起きないの。ここにいたら危ないわ。はやく、逃げないと。
 逃げないと。

「殺して」

 やっと絞り出せた声は、絶望で濁っていた。
 あれ、おかしい。ちゃんと、医者か、清族に見せなくちゃと言ったはずなのに。

「死にたい」

 起き上がらないと。立ち上がって、体を抱えて外に出ないと。

「死にたい」

 体が、動かない。指一つ、もう動かせない。喉の奥だけが声を震わせる。
 自分自身を呪うような声だった。

「ギスランが死んだときに、死んでいればよかった」

 死んでいれば。こんな、クロードを見らずに済んだ。
 ――クロードは誰かに殺されている。
 鼠に齧られたわけじゃない。剣で胸を刺されて、死んでいる。
 クロードを殺したのは、人だ。

「――――お、い」

 …………え?
 誰かが、声をあげた。
 カリオストロかと思って振り返る。けれど、彼は私を通り抜けて、その奥を見つめていた。

「撤回、しろ。ばか」

 声の響きは慣れ親しんだそれだった。
 振り返って、目を見開く。クロードはいつものように皮肉げに口を吊り上げていた。

「痛いな、くそ」
「クロード?」
「何だ、亡霊でも、見た、ような顔して」
「クロード!」

 顔を覗き込む。彼は、美しい瞳で私を見た。
 けれど、その瞳のなかで確かに死が鎌を振り上げているのが分かった。だんだんと焦点がぼやけていっている。それに気が付いたように、クロードは早口になった。呂律が、段々と怪しくなる。

「カルディア、お前だな」
「他に誰がいるというのよ。お前の妻は私だけでしょう」
「……悪い、夢でも見てた、気分だ」
「私にとっては、今がまさにそうよ」

 ははと、笑い声をこぼして、クロードは私に手を伸ばした。

「もう俺は助からんだろ」
「どうしてそう思うの? 何も試していないのに」
「俺には、心臓がもう、無理だと、悲鳴を上げてんのが聞こえるんだよ」
「私には聞こえない!」

 もがくように、手が私を求めてさまよう。手をとればクロードが満足して遠いところに行ってしまうような気がして首を振る。

「カリオストロ、お前は大魔術師なのでしょう!? クロードを助けて! 何でも、するから」
「……無理だ。彼は、もう死ぬ。それに、俺は貧民を治せはしない……」
「クロードは、王族よ!」

 鋭く指摘すると、カリオストロは瞳を揺らした。

「これが?」
「お前には、クロードが貧民に見えるの? どうして? お前のように、化物ではないから? 鼠や犬じゃないから? 建物じゃないから?」
「――」
「お前達は、そうではない人間を貧民と蔑んで、玩弄して、殺して、侮辱する。けれど、お前達は化物でしょう。人間じゃない」
「どうしてそんなことを言うんだ?」

 カリオストロは、怒りを込めて私を睨みつける。

「お前が化物だから」
「俺は人間だ。他の何に見えるんだ」
「人間は首を落とされても生きていないし、首を挿げ替えてそのまま生きながられないわ」
「それは、貧民のことだろ。……貧民は、どいつもこいつも脆くて、弱くて……。貧民は変わりがいるだろ。何なら俺が見繕ってやる。国で一番、丈夫な奴がいいか? それとも見目麗しい奴?」
「っ!」

 侮辱に頭が干上がるかと思った。クロードに変わりはいない。ギスランにいなかったように。
 ――後ろから、頭を掴まれた。のけぞり、背中がしなる。何かが覆いかぶさってきた。唇に、温かいものが触れた。
 濡れていた。さっき、私が濡らしたから。
 クロードは、もう一度、私に口づけをしようとした。
 けれど、どうしてか、彼は狙いを誤って、目蓋の上にしてしまった。子供を寝かしつけるような、幼い温かさだった。
 クロードの影に収まりながら、私は彼がいつもみたいに余裕を見せて笑っているのを見た。まるで、屋敷の寝台の上で押し押し倒したときにみせるいたずらっ子のような顔だ。

「最期ぐらい、俺だけ見てろ」
「最期じゃ」
「最期だよ。……犯人は、もう誰だか、分かってんだろ」

 私は小さく首を振った。分からない。――分かりたくない。

「父上は、あいつに何でも教えてやった。あいつは器用で何でもこなして見せたが、血だけは変えられない」
「血?」

 クロードは曖昧に、そして少しだけ困ったように笑った。

「意地悪が、過ぎたな。……ま、俺を、殺そうとしたんだ、こんぐらいは、な?」

 彼は私を掴んでいた手を離すと、自分の胸に突き刺さった剣を握った。
 そして、そのまま自分の体に押し込むように、剣を体のなかに食い込ませていく。

「クロード!?」

 悲鳴を上げて、剣を掴む。けれど、びくともしなかった。そのまま、私が押し込んでいくように刀身が体のなかに入っていく。

「あいつに、会ったら伝えておけ。俺は、俺の手で、死んだって」
「いや。いやよ、クロード。手を離して」
「好きだ、カルディア」

 彼は痛みに震えながら、それでも笑みを絶やさなかった。まるで、それが私に対してできるたった一つのことのように。
 血の滴る酷い音がする。もう、助からない。頭では分かるのに心が否定をしていた。こんなのあんまりだ。
 こんなこと、あっていいはずない!

「愛している」

 命がこぼれていく。あんなに動かなかった剣が、簡単に抜けた。
 剣は血でまみれている。豪奢な意匠を隠すように、べったりと。
 遅れて、クロードが倒れた。人形みたいに手足を投げ出して、地面に広がっている。
 体を抱きとめることはできなかった。
 崩れ落ちた体を抱き寄せて、彼の耳元で囁く。もう聴こえていないのは分かっていた。クロードには届かない。自己満足な言葉。

「――――」

 愛してると言う言葉はうまく音に出来なかった。
 余裕の笑みを浮かべていた顔が、今は苦しそうに顰め面をしている。
 涙がぽろぽろと落ちる。滲んだ瞳に私の夫の亡骸がぼやけて映る。
 馬鹿げた日々のやりとりが、頭の中を通り過ぎる。
 一緒に食事をしたこと。
 服を選んで貰ったこと。
 贈り物をもらって、喜んだこと。
 膝枕をして、朗読をしてあげたこと。
 歌を歌ってあげたこと。下手くそだと笑われたこと。あいつだって、全然うまくなかったのに。
 髪を撫でる手が好きだった。
 余裕そうな笑みが苦手で、好きだった。
 皮肉ばかりの応酬が嫌いじゃなくなっていた。
 濡れる唇が、カルディアと音を出すのが愛おしかった。
 体温が急激に失われていくのが分かる。クロードの体に縋りついた。もう、この熱がどこにもいかないように自分の体で温めようとした。
 けれど、体は硬くなっていくばかりだ。

 嫌だと叫んだ。けれど、どんなに叫んでもクロードは戻ってこない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...