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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟むカリオストロは叫びながら、すぐに後ろを振り返った。
相変わらず、シャンデリアの上には白い月のようなものが浮かんでいる。シャンデリアに、縄が垂れていた。どうやら、その白い月のような島はシャンデリアに段々とのしかかっているらしい。山羊達の攻撃の成果なのだろうか。
「聞け、同胞達。愛すべき、呪わしい眷属ども。魔獣がもう一匹現れたぞ」
山羊達は唸り声を上げた。数を数えて、ぞっとした。
さっき見た時より、明らかに少なくなっている。
縄にはいくつも実のように体がぶら下がっていた。あれだけの数が死んだのかと思うと愕然とした。
「このままじゃあ皆殺しだ。俺が支援してやるが、挟まれては終わりだ。どちらかを倒さなくては」
「忌々しいカリオストロ! 貴様はルコルス様に手を出した。罪人の力など必要ない!」
「そうだ、貴様のようなものの術を受けろと? 舌を噛んで死んだ方がマシだ」
「愚かな山羊ども! ならば俺が今すぐ殺してやろうか!?」
な、何なんだ。
どうして、カリオストロは自分で戦わない。山羊達に助力を願う?
カリオストロが出す火は敵わないようだが、この男の他の術ならば魔獣なんてすぐに倒せてしまうのではないのか?
魔獣を倒すのはおおよそ、清族の役目だ。魔力を秘めるけだものは、魔術で対抗する。
けれど、明らかに目の前のカリオストロは山羊を頼りにしていた。
――というか、あのシャンデリアにいる化物も、魔獣なのか。
白く、月のように丸いもの。形は桃に似ている。あれが魔獣なのだ。
ぽたり、と血が垂れた。慌てて視線を逸らす。きちんと喋る姿をみたものだからなおさら、あの山羊達の首吊り死体が生々しく思えてしまう。
「くそ、処刑人の騎士か、アハトか、ルコルスの大馬鹿野郎か、誰かが生きていればこんなことには……。カルディアはまず戦えない。他に誰か蘇っていないのか?」
「お、お前が戦いなさいよ」
「俺には不可能だ」
あまりにも悲痛な顔をするものだから、驚いてしまった。
絶対に無理であると、カリオストロは目を伏せる。でも、どうして?
力不足には思えない。カリオストロは並の清族では相手にならないほど、強い魔力を持っている。ここにいる誰よりも、強いだろうに。
「俺と魔獣は相性が悪すぎる」
「相性が悪い? 何を言っているの」
「魔力の性質が似ているんだよ」
「似ている?」
「魔獣は地が生み出したもの。俺は地が俺の母の腹を通して生み出したもの」
「……何を言っているの?」
カリオストロは指を何度も鳴らした。燃え広がるはずの炎は水をかけられたように突然勢いを弱める。ならばと、カリオストロはもう一度、指を鳴らす。今度は落雷が落ちた。だが、やはり平気そうな顔をしている。
カリオストロの言っていることはよく分からないが、この男の術が目の前の化物に効かないのは確かなようだった。
「ど、どうするの。術が効かないならば、あの山羊達を巻き込むしか……」
だが、巻き込んでもよいものなのだろうか。あのシャンデリアの上にいるものがどんなものなのかは分からない。だが、数もどんどん減っていっているのに、こちら側を手伝わせれば、結局共倒れになるのではないだろうか。
「お前、あちらの――シャンデリアの上にいるヤツは倒せないの」
「無理だ。俺は、魔獣には弱い」
「大魔術師だと言ったくせに!? ……で、でも、どうにかしないと」
「くそ、誰かいないのか。誰でもいい。生きている人間がいれば」
「そんなの」
いるわけがない。だって、生きている人間は鼠に食われてしまった。外で待っていた山羊頭の双子も、ああやって魔獣に食われて腹の中にいる。血の臭いが満ちるこの王宮に、いったい誰が生きているというのだろう。
「城は? いや、これは亡骸だ。外にいた清族どもは? いや、いやいや、ここにいるようには思えない。誰か。騎士がいい。戦士がいい。武人がいい。俺のかわりに、魔獣を引き裂き、踏み潰すものがいい」
「そんな奴はいないわよ! 誰も彼も死んでしまった。殺してきた。ここにあるのは、私とお前と死体と、山羊達。そして、魔獣だけ」
「そんなもの、分かっている!」
顔に爪を立てながら、カリオストロは叫んだ。
「それでも、それでも、誰かがいるはずだ。山羊どもの死体を使うか? ルコルスの死体を再度元に戻して……だが、そんな時間があるものかよ」
「わ、私が、戦う」
剣を振るったことはないけれど、こうなれば仕方がない。私しかできそうにないならば、やるしかない。何か武器になりそうなものはないだろうか。……そうだ、クロードが持っているかもしれない。
「駄目だ」
食い込んだ爪の跡が残った白い顔が私を見下ろした。苦しそうな、泣きそうな顔だった。
「それだけは認めない。お前がやるぐらいならば、俺がやる」
「それができないからという話ではなかったの。お前が剣をふるう?」
「お前がやるぐらいならば、俺がやった方が百倍ましだ。――俺はあいつらを殺せない。術も効かないし、きっと、傷もつけられもしない。だが、お前一人ぐらいならば逃がせるだろ」
「逃がせるって……」
カリオストロが呪文を唱えると、手に短剣が現れた。どう見ても護身用のものだ。長さが全くない。
「真っ逆さまの坂の上、坂のなか、坂の下、坂の下の下。卵が回る、卵が落ちる。卵がくるり、くるくるり」
体がおかしいぐらい軽くなった。カリオストロが私の手を握っていなければ風に吹き飛ばされて、どこにでも飛んでいきそうだ。術を使われたのだと分かるが、はいそうですか言う気にはなれなかった。だって、ここに残ったら、この男はどうなる? 魔獣を倒せないのに、ここに残ったら。
頭から丸ごとひとのみにされたのは、現実ではなかった。けれど、あれがありえないとは思えない。きっと扉を開けて踏み出していたら本当にひとのみにされていた。
「お前は私のためにあの山羊を殺したのでしょう? ならば、私を殺してあの山羊達に阿ればいい。許して協力してくれるようになるかもしれない」
「そんなの、できるわけないだろうが」
「できないなら、別の案を考えて。ここを出たからといって、私が一人きりでここから出られると本当に思っているの?!」
くそ、こんなことでしかこいつを説得できなさそうだ。
気に入らない相手だ。無慈悲で、残酷で、無情な男。不気味で、よくわからない。こいつが私に向ける感情の一つも理解なんてできない。
それでも、ここに置いていけない。そもそも、ここを出て、本当に一人で抜け出せるとは思わない。目の前の魔獣に追い掛けられ死ぬかもしれないし、鼠達に食われて死ぬかもしれない。
こいつが死んだら、術がとけるかも。そうしたら、クロードの死体に押し潰されて死んでしまうかも。打算と憐憫の天秤がぐらぐらと揺れる。生きてここを出たい。けれど、カリオストロを置いていきたくない。便利だからだと耳元で囁く自分の声にそうだと頷く。そうだ。この男は便利で、健気だ。私を助けようとしてくれる。だから、利用したい。ここを出るまでは、ずっと。
「あのシャンデリアの上にいる魔獣と相打ちにさせてはどう? もしかしたら、お互いに邪魔ものだと思って潰し合うかもしれない
「それは……」
自分でもいい考えなのではないかと思った。白いあの魔獣がのしかかっているシャンデリアごと落として、カリオストロの術で山羊達を浮かせて同士討ちを頭上から見守る。もし、同士討ちが構わなくても、山羊達との協定が結べるかもしれない。
カリオストロも悪くない案だと思ったのか、ゆっくりと後退し、ちらりとシャンデリアを見上げた。
「……分かった。一度、試すぞ。無理だったら、何を言われようとお前だけを逃がす」
そう言うと、カリオストロは私の手を掴んだまま、空中に飛び上がった。
ぐんぐんと床から離れていく。
カリオストロは山羊達もまとめて天井に飛ばした。まるで、上下がひっくり返ったように、天井に足をつく。
山羊達は、嘶きを上げた。
「カリオストロ、何の真似だ?!」
「貴様の手助けは受けんと言っただろうが」
「うるさい、黙っていろ。頭の固い山羊ども。俺は今頭が焼かれそうなぐらい計算をだなぁ」
「訳が分からないことを!」
暴れる山羊達を尻目に、カリオストロはずうっと、魔獣二体を熱心に見つめていた。紫色の瞳は、術の行使を物語るように淡い光を放つ。
「おやすみ、地の精。地の怪。星海の土。木の下で、風が吹いたら、ゆりかご、揺れる。枝が落ちたら、ゆりかご、落ちる。ゆりかご、ゆらゆら、みな落ちる」
子守歌のような呪文だった。
その瞬間、激しい風が吹いた。目が明けられず、目蓋を伏せる。口が渇いて、唾を飲み込む。
落雷のような激しい音が聞こえた。目を開くと、風の流れが渦となっているのがよく見えた。
シャンデリアの上に、黒々とした闇が現れた。それは急激に広がり、シャンデリアを覆うように現れた。闇の中から、触手と透明な体が現れた。二つの揃った頭が透き通った体の中によく見えた。山羊達はぎゃあぎゃあと騒いでいた口を、二つの角の生えたものを見て閉じる。
「空間移動に問題はーー」
カリオストロの顔は、またひびが入っていた。みしみしと、音がして、右半分の肌が砂のように崩れ落ちていく。
がしゃんと、けたたましい音がした。シャンデリアが勢いよく落ちたのだ。床に叩きつけられ、ぐしゃぐしゃに割れている。魔獣達は悲鳴をあげて、のたうち回っていた。触手を伸ばし、互いに牽制し合っているようにも見える。
「やった、の?」
「分からない。が、少しは時間が稼げそうだ。――それで山羊ども、頭は冷めたか」
カリオストロの問いかけに、山羊達は答えなかった。ただ、双子の頭を見下ろしている。
「はッ、まあいい。こっちの話を聞いた方が良さそうだしな」
こっちのと言いながら、カリオストロは背中の羽根に引っかかっている何かを持ち上げた。
ぶらんと宙吊りにされたのはーーイルだった。
「はあ!?」
彼はばつが悪そうに顔を逸らした。
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