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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む先ほどの酒のように従者達の姿がさらさらと白い砂に変わる。
白い砂はふっと息を吹きかけられたように舞い上がると、人形師の足下へと集まっていった。その灰のような砂を踏みつけながらかつかつと、靴音を響かせて、燃え上がる化粧台の前に人形師はやってきた。
燃える火を前にして何が出来るだろう。
私はどこか救われたような気持ちになりながらその姿を見つめた。煙と火と空気の境にできる空気の澱みが綺麗だ。炎は全てを終わらせて、息の仕方を思い出させてくれる。胸のつっかえがとれるようだった。手紙を燃やせばなくなることが喜ばしかった。火をつければ大抵のものは消えてなくなる。
人形師は突然、燃え盛る炎の中に手を突っ込んだ。焼ける音とともに煙が立つ。肉が焼ける生々しい臭いが鼻の中に入ってくる。
「な、何をやっているのよ!」
「ほう。この手紙、なかなか、長いな」
火の粉を浴びながら、人形師は手紙の破片を炎の中から取り出した。燃え滓を集めるように手のひらの上に乗せていく。
顔から血の気がひいていく。手紙の文字を、しげしげと見られている。
「うん? 読めない文字もあるな。何と書かれているんだ?」
「や、やめて! 私的な私への手紙なの。見ないで!」
「見ないで、と言われてもなあ。燃やしてしまうほど嫌いな手紙ではないのか。おお、名前は読めた。リスト、だな。……手紙のやりとりをしていたのか?」
ぴくりとイルが反応を示した。人形師の声も心なしか低い。
「混乱しているように見せかけて、この状況をリスト様と共に作り出したということか? それが露呈することを恐れて、燃やした?」
「違う」
「ではこの手紙は一体なんだ? 断片的にしか分からないな。殺、死んだ、あの日。――あの男? 俺、……罪、死にたい。辞書がないと読めないな。綴りが分からんーー」
「カルディア姫」
イルの方を見ることが出来ない。間違いを指摘された子供のように顔を逸らしたまま、低くなる声を聞いていた。
頭がぐちゃぐちゃだ。私はあの手紙に書かれたことを知っている。知らないはずなのに、知ってしまっている。
あれは消えてなくてはならないものだ。燃えてなくなって、灰にならなくてはならなかったもの。私も、リストも、とち狂っていた。頭がおかしくなって、冷静な判断が出来なくなっていた。
だから、あの手紙に書かれていたことはきっとーー嘘なんだ。
書かれたことは出鱈目で、何一つ信用に値しない。
「リスト……様からの手紙の内容は?」
「…………」
無言で応えると、イルは舌打ちで返してきた。
「調子に乗らないで下さい。頭を撃ち抜いてやっても……」
イルの声はだんだんと小さくなっていく。自分でもそんなことができないと思っているように。イルは聡い。私の顔色を見て、手紙に何かあると直感的に悟ったらしい。
それでも私に手を出さないのは、ギスランへの負い目があるからだ。
それでもいつ頭に血が上り逆上してもおかしくはない。彼の機嫌を取るように媚びるように見上げる。
「くそツ……」
「貧民、お前は教養ある男か? 俺の代わりに、手紙が読める?」
「無理です。……俺は、教養がないので」
「困ったな」
そう言いながら、人形師は手のなかにある手紙の一部をふらりと術で浮かせた。すると、灰がゆるゆると動き、渦を巻きながら手紙の破片へと集まっていく。復元されていっている。喉の奥に刃を詰められているような気分だった。
「こう秘密にされると暴きたくなる。さっさと口を割った方がいいと思うが」
厳しいイルの視線を見つめ返す。イルはずっと苦しそうに呻いている。けれど、その瞳は今、狂気と怒りに満ちていた。
「……手紙はリストが送ってきたものよ。内容は……ありえないことよ。リストが精神を病んでそのまま出してしまった、荒唐無稽な妄言よ」
「内容を言って下さいよ。妄言だって言うならば、話せるでしょう」
人形師の手には完璧な状態に近い手紙があった。先端や真ん中が虫食いのように欠けているが、文字を読めればすぐに内容が分かるだろう。
目を伏せ、声を荒らげたイルへぼそぼそと語る。
「自分は、王族の一員じゃない、だの、貧民の両親から生まれて宰相に買われただの、そういう荒唐無稽な――」
……いや、これは荒唐無稽なことじゃない。本当のことだ。少なくとも私はそのことを直接、リストから聞いている。リストは貧民の子供で、宰相が妻の為に用意した身代わりだ。真っ赤な髪と真っ赤な目をしていたから選ばれた。リストという名前を与えられた子供。
自分の記憶と、この世界のカルディアの記憶が混ざって、思考がごちゃ混ぜにされる。知っていることと知らないことの境界があやふやになって、いや、知っているときちんと考えると分かる。けれど、そうやって気がつくまでに時間がかかる。
「こと、よ」
「死ぬだの、殺すだの書かれているはずだが」
いらないことを口走る男だ。人形師を軽く睨みつけて、イルに向けて口を開く。
「リストが、出自を誰にも知られないように人を陥れたり、罪を着せていたという話よ。……殺してしまった、と」
「それだけですか」
イルは静かに問いかけてきた。
瞳の中で燃えていた狂気達はなりを潜めているように見えた。
逡巡して、頷く。そうする以外に選択肢はないように見えた。
「は、ははは」
イルは、腹を抱えて笑い始めた。
汗がぽたり、ぽらりと服の上に落ちていく。その汗は段々と赤くなる。血と汗が混ざっている。
「貴女、分かりやすいですよね。顔に出てる」
「……っ」
「それだけじゃないんでしょう。王族の恥部を晒したのに、まだ隠すことがある。俺に誤魔化すことがあるとしたら、一つしかない」
腹にある息を全て吐き出すようにして、イルは笑った。全てを悟ったように。
体が突き飛ばされる。肩を靴底でぐりぐりと踏みつけられた。
「くそ女。リストの首を持ってきてやる、ここで待っていてくださいよ」
つま先で首元を蹴られて、ひっくり返った。
体を起き上がらせた頃にはもうイルの姿はなかった。
ただ、赤い血溜まりがぼたぼたとしるべのように落ちていた。
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