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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「……俺は、まずいことをしたのか?」
「ええ、この上なく!」
血を辿ればイルに追いつけるだろうか?
くそ、あの男、私を蹴り付けやがって。おかげで骨が軋むように痛い。……まあ、今までひどく無茶をしていたので、この痛みがイルに蹴られたからなのかはよく分からなくなっているのだけど。
血でごわごわになった髪をすく。……血に濡れた花達は小さな悲鳴をあげて、私の指の動きに合わせて花弁を落とした。
「この手紙、お前の不貞の証拠か何かか? リスト様とあの貧民がお前を取り合った、のような?」
「違うわ! 何故、そうロマンス小説のような話になるの」
「違うのか。三角関係だと推理していたんだが。愛する女を口汚く罵るのは修羅場らしくないか」
「イルは私を愛していないの。あいつの主人が私の婚約者だったのよ。あいつは義理堅く、忠誠心にあつい男だから、私に尽くしてくれていただけ」
「……なるほど? なかなか面倒な関係なのか」
落ちた花びらを拾っていると、うーんと人形師は首を傾げ始めた。
「それはそうと、結局ここには何と書かれていた?」
「お前が知っても何の得もないことよ」
「だが分からないと体がむずむずとする。そもそも、リスト様は死んだはずだが。死んだ人間の首をあの男は取ってこれるのか?」
「……そこから話をしなくてはならないの」
きょとんとした顔をして人形師は私を見つめている。
「リストというのは、お前が言う人間じゃないの。赤髪赤目の……」
「リスト様は赤髪赤目だが」
「……そうなの? でも、目元に刺青はしていないでしょう。花の刺青よ」
「……それはしていなかったな。そういえば、この間会ったときは、赤目赤髪でもなかったか?」
「お前ね……」
はあとため息を吐きだす。まるで痴呆が始まった老人のような物言いだ。とぼけていないのだとしたら、なんてぼんやりとした男なのだろう。
「そもそも死んでいるのでしょう。お前が言うリストは。私が言う男は、生きているわ」
「ほう。死んでいないと確信があるのか」
人形師は周りを見渡しながら言った。クロードの痛ましい姿から目を逸らしながら、頷いた。
「――ますます気になってきた。恋文じゃないならば読み解きたいものだな。軽い読み物ぐらいにはなりそうだ」
「……馬鹿げたことを。そんなことはどうでもいいわ。イルを追わなくては。あいつ、どこに行ったの」
「少なくとも、この大広間からは出たようだな」
イルの姿は本当にこの大広間にはない。
……血を辿れば、イルに追いつけるだろうか。
追いついて、どうする? あのイルを説得できるとでも?
今の彼なら、足の骨ぐらい平気で折ってきそうだった。理性をためしてとんでもない結末になったらどうする。
いや、だが満身創痍なイルを一人でどこかに行かせて大丈夫なのか? 外がどうなっているかなんて、もう分かったものじゃない。
追わなくてはと口に出したくせに思考がぐるぐる回り、このあとどうするかを決めることが出来ない。ここに残るか、イルを探しに行くか。どうする?
そもそも、この目の前の男を、どうしたらいいのだろう。
こいつ、言えばついてくるのか?
さっきからろくなことを招かない男だが、私に対して敵意があるかというと疑問が多い。あるような、無意識にこちらを煽るような真似をしているような……。
出来るならばついて来て欲しいと思う。クロードを私一人で運ぶのはきつい。人手が欲しい。それに、この男は少なからず術が使えそうだ。ならば、戦闘面でも役に立ってくれる。
だが、こんな打算でこの男を引き連れてもいいものだろうか。
「お、お前はついてくる?」
「黙れ」
「はあ!?」
意を決して声をかけたのに、突然暴言を吐かれた。眉を顰めていると、人形師はあたりを見回し始めた。何かを探しているようだった。つられてあたりを見渡す。そうして、気が付く。
何かがりんりんと鳴っている。
鈴の音に似ている。けれど、もっと金属のような硬い音。
やがて、その音の元を見つけた。
机の燃え滓。灰のなかから聞こえる。
ふうと灰が風に吹き上がると、その音はより鮮明になった。黒々と光った筐体。私の頭の中にこんな単語が浮かんだ。
電話、だ。
黒電話。
それが何を意味するのか、わからない。
けれど、どうやって使うものなのかは知っていた。
人形師は恐る恐ると言った様子で電話に近付き周りを観察する。そして、りんりんと音を立てる受話器を取った。
『お前じゃない』
低い拒絶の声とともに血が飛び散る。
ぱらぱらと、まるで雨のように血が降り注ぐ。受話器は宙に浮き、音の塊を垂れ流し続ける。一瞬の出来事で思わず舌を噛んでしまった。痛みに目を細める。
『やあ、はなおとめ。ようやく連絡が取れた。ニコラなんだけど、聴こえているかな』
「に、ニコラ」
じんじんと痛む舌を唾液で濡らしながら、名前を繰り返す。私が知っているニコラなのか?
男装をした女性。夏の神を自称するマグ・メルという金髪の少女の側にいた人だ。神の伴侶だと言っていた。
優しい声が落ち着かせるように私に語り掛けてくる。
たまに雑音が混じる。電話の特徴だ。じりじりと砂が擦るような音がする。
『そう、久しぶりだね。声が聞けて嬉しいよ。この電話という装置は面白いね。他人と他人を繋ぐ画期的なものだ。世界の外からどうやって接触をはかろうかというときにこれを見つけて目を輝かせたよ。本当に人間の叡智は素晴らしいね』
「ま、待って。お前、どうやって連絡を」
この間は夢の中であった。だが、今は夢じゃない。意識もはっきりしているし、ひりひりと舌が痛みを発している。
『ちょっと困ったことになってね。あ、さっき電話に出た人は大丈夫そう? ちょっと干渉が過ぎたかな。気絶程度に収めたと思うんだけど』
「わ、分からない」
ただ、びちびち血がはねている。これって、生きているということなのだろうか。というか、やっぱり人形師はおかしくないか。吸血鬼は、攻撃されると体が弾けて血を振りまくようになっている?
『分からない?』
「い、いえ。こっちの話よ。……困ったこと?」
血が虫のように跳ねながら、私の足元に近付いてくる。
鳥肌を覚えながら、ニコラの声に集中する。彼女は納得がいかない様子でうーんと唸った後、声を出す。
『背の皮の文字が全て消えてしまった』
「――は?」
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