どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

279(※社外秘 被験体観察記録 No.■)

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 はじめに目が焼けた。次に、唇。耳から血が流れ始めると、喉奥から血の塊がこぼれた。
 瞬くと、目の前が血で汚れるのでぎゅっと目を閉じた。
 神とはそもそも、畏れるものだ。かしこみ、かしこみこうべを垂れるもの。崇め祀るもの。

 神殿には像を。信徒達は毎日祈りを。聖句を唱え、神を祀る。
 昔は神に生贄を捧げていた。怒れる神は、災いを呼ぶ。
 町を壊した話が聖書にはある。悪徳に沈む都市を一夜にして陥落させた。
 昔、お姉様の話を聞いたことがある。二番目のお姉様。もう異国に嫁がれた方。国王陛下が殺した方。
 彼女は、女神カルディアを見たいと願った。
 聖地であるイーストンの神殿で、彼女は駄々をこねた。女神を見るまで帰らない。王都には戻らないと。
 ――二日続いた彼女の駄々は、三日目に突然終わった。
 彼女は突然、目を開いても何も見えず、耳も聞こえなくなった。
 全盲になったのだ。触覚さえ感じれない。
 幸い王都に戻る頃には治ったそうだが、そのなかで彼女は女神にあったのだという。友達になろうと伸ばした手を払いのけられ、そのまま頭を掴まれ踏みつけられた。
 最初こそ、誰か清族がいうことをきかせるために幻覚でも見せたのかと思った。だが、彼女はいつまでも神を恐れていたように思う。
 自分の上にいるものへの底知れぬ畏怖。敵うことのない絶対的な存在への怯懦。
 神は、対話の出来ない恐ろしい天災のようなものだと、彼女は知っていたのだろうか。

「ーーこの間より、饒舌だ」
「うるさいなあ! こっちはらしくもなく外面良くしてんの! 精神高揚剤三粒飲んでんだよ。頭と舌がズキズキ痛むってのに」
「そうか。そのまま死んでも良い」

 ぶおんと風が巻き上がる。何が起こっているのか分からない。分かってもいけないのだと理解している。そもそも、言葉を理解すること自体、よくないことなのだとひしひしと感じた。

「ちょっとちょっと、大暴れするなよな。せっかく来てくれたのに」
「はなおとめ、頭を低くして私を讃えておきなさい。お前如きにはそれしか出来ない」
「――はなおとめ?」

 はなおとめ。
 ――はなおとめと、呼ばれた。

「なんだ、それ。変な名前だな。ってか知り合い? あー。なんだっけ、名前。被検体h-01-01の付属物で覚えてるから忘れちまう。殺しても死なないなんてなんてしぶといの? 普通に死んだ方がいいよ」

 がこんと、金属質な音がした。
 何度も、何度も、音がした。
 どんどんと音が大きくなる。
 肉が千切られる音。何かが落ちる音。ぶつぶつとエンドが呟く声。

「煩わしい」
「面倒だ」
「なんで死なないんだ?」
「死ねよ」
「はあ……。イライラする」
「神ってなんだか分からないけど」
「何だか本当に気持ち悪い。俺は嫌いだ」
「――神を崇めてはいけない」
「――神を祀ってもいけない」
「――神にひれ伏してもいけない」
「活動を活性化させるだけ」
「被験体は神の名前を呼ぶ。助けを求めている。被験体に対して攻撃行為をすると活性化する」
「損壊は二割。規定値未満のため戦闘を続行する」
「――あったまいてぇな、おい」
「は? 精神汚染かよこれ。くそ、薬飲んでるから頭ぐらぐらする」
「う、うつ、く、うつくしいものをたたえろ。神は眼前にーー」
「――や、やばあ。マジでうわ言言いそうになった」
「頭が壊れそうだ。変な声が聞こえる」

 ぶつぶつ呟いていたエンドが急に何も喋らなくなった。
 相変わらず、がこんという音だけが聞こえる。
 髪を捕まれ、無理矢理顔を上げさせられた。どれだけ振り解こうとしても無駄だった。

「目を開けろ」

 殴られて、目眩がした。エンドは目を開けろと言って私の顔を何度も殴った。
 目蓋が痛み、熱を持つ。

「はなおとめ」

 はなおとめと呼ばれた。まるで聞きなれない言葉をこわごわと口にするような探るような声だった。
 目を開く。血のどろりとした色がすべてを支配した。
 瞬きをすると、血は薄れて消えていく。

「よし、ありがとう」

 エンドは私の首あたりを手で撫でて、にこりと笑った。彼は目から血を流していた。右腕がない。左手で、獣と昆虫を混ぜたような鎌を持っている。
 それを振り上げて、叩きつける。
 美しい人だった。神様だと、見た瞬間分かった。豊かな胸に、つるりとした肌。厚い唇は艶っぽく、長く伸ばした爪は可憐だった。成人女性のような姿だったが、股から下が蛇のような鱗で覆われている。
 エンドは何度も、美しい女の頭に鎌を叩きつけていた。
 がこん、という音はその打撲音だったようだ。

「柔らかくなったな。さっきのポーズに何かの宗教的な意味があったってこと?」
「――憎い」
「はは、そりゃあどうも。恨まれるのは慣れっこでね。死ぬかと思った。義肢確定じゃん。あー、感染症怖いな。なんでもつけてくれる君、エネルギー消費量エグイんだよなぁ」
「呪われろ」
「うるさいな、死んどけよ」

 血が、飛び散る。女の顔がぐちゃぐちゃになった。
 頭の上の部分がなくなって歯茎だけ見える。……それでも動いていた。だが、もうエンドに攻撃する力はないのか、床を蛇のように這うだけだ。

「よし」

 神の尻尾を持ってエンドが引き摺っていく。ずるずると、血の跡が波の形に残る。
 甲冑の前で止まった彼は、こんこんと甲冑の面を拳で叩いた。
 真ん中で甲冑が開く。
 拷問用具のように内部には杭がついていた。べったりと内部には血がついている。エンドは甲冑のなかから誰かを引きずり出した。穴ぼこだらけの体だった。
 兎の耳がついた男だった。彼はエンドが引き摺ってきた神に手を伸ばした。

「ヴァルハラ様……」
「さ、食べろ、食べろ」
「……ヴぁる、ハラ、様」
「元気になるぞー」

 ぐいぐいとエンドは神を男に食べさせようと口に運ぶ。激しく抵抗していたが、私にしたようにエンドは何度も男を殴った。暴力による支配に屈服し、男はついに泣きながら食べてしまった。
 爪の先まで食べさせて、エンドは再び杭だらけの甲冑のなかに男を押し込めた。

「よしよし」

 甲冑の中から聖句が聞こえる。
 我らを救い給う美の神ヴァルハラ様。どうかお救い下さい。罪深きこの身をお許し下さい。

「お、お前」

 明確に、おかしさを理解する。
 この時になっても、私に覆い被さるような恐怖がやってこない。
 指の震えも、胃のむかつきも、瞳にたまる涙もない。
 こいつが麻薬でも私に投与して恐怖を感じないようにさせているに違いなかった。

「殺したの、神を?」
「殺せないよ、アイツらは死なないだろ。殴り殺して食わせても何食わぬ顔して出てきやがるじゃん」
「出てくるって……」
「不死なんだろ、たぶん。あるいは、この中に入ってる被検体h-01-01が新しく創ってるのかもしれんが。頭があんまり良くないんでね、分からん」
「被験体……」
「マルクト食品――M食品に最初こいつは来たんだよ」

 こいつと言いながら、エンドは甲冑を小突いた。
 聖句はやまない。むしろ激しさを増す。

「初めてきた人に、M食品はたいそう喜んだそうだ。生物処理を施して、四肢が千切れようとも新しく生え変わる施術をほどこした。人肉は食糧不足のメトロポリスを救った。下層階級の奴らなんかそれで十年は長生きしたね、誇張なく」
「食べたの、人を?」
「ああ、美味かったぞ。今じゃあM食品は潰れてしまって、人肉カレーは食えないんだけどな」
「……、お、お前、達」
「そうそう、んでさぁ、いつの間にか、あの厄介な神って奴が来てさ、M食品をめちゃくちゃにしたんだ。コオロギ食も、パンジー肉も全部おじゃんさ。食糧危機であのときはヤバかったな」

 甲冑から血が溢れていく。
 しどしどとエンドの靴を濡らす。

「神はひどく強くってさあ、傭兵稼業のヴィクトリー派遣会社――V派遣会社も倒産しちまってさ、何の関係もない俺達N工業が出張ったワケ」

 ……、何の話だか、本当によく分からなかった。このメトロポリスという場所でのあれこれだろうということは分かるが人を食品にする? 神を倒す?
 私の常識が全く通用しない。
 突然、バタンと目の前に男が持っていた鎌が落ちてくる。妙に熱くてたまらない。鎌から熱気が溢れていた。

「危なッ、ごめんな、びっくりしたろ。えぇっと、何言いたかったんだっけ? そう、神と被験体の話な。神がM食品を倒産させちまったから、こいつには身寄りがなくてさぁ、M食品の生き残りとこいつ自身を社長が買ったんだ。メトロポリスの中には神を倒せる武器をうちしか作れなかったしな」
「買った?」
「買うだろ、大切なものなんだから。でも、食品としてはな、技術がなかったもんで、この何でもエネルギーに変えます君に入れて燃料として活用してるんだよ」
「エネルギー……、燃料……。それって、つまり、薪のようなもの?」
「そうそう、薪みたいなもん」

 人を、薪にしたのか……。

「どうして、さっきの男はここに来たの」
「うーん、さあ? なんか、よく分かんなくてさ。社長は布教に来たって言ってたけど」
「布教……」
「そう、おかしいだろ。布教って。まるで昔のおとぎ話に出てくる神様みたいだ。星の外からやってきて、救いをもたらしてくれるってな」
「……お前達に、神はいないの」
「いない。メトロポリスの人間達は夢すら見なくなって久しいんだからな」

 夢。それは、眠るとみる夢の方なのか、それとも未来を見る夢なのか。
 それすら、判然としなった。
 私は私の国こそ、一番の進んだ国だと思っていた。先進的で、進歩的な国だと。
 けれど、彼らは神を軽く殺してみせた。私達の国に神様を殺すことなんて出来なかったのに。
 彼らは私達よりも進んだ力を持っている。

「……でさ、聞きたいんだけど、さっきどうして変な格好して丸まってたんだ」
「――自分でも、分からないの。ただ、神を前にしているから、ひれ伏さないといけないと思って」
「ひれ伏すねえ……。被験体記録に書き加えておいた方がいいか? 俺、あんなに強くなったアレを相手したのは初めてだったんだよな。いつもは損害なんて受けないのに」
「いつも、お前が神を倒しているの」
「俺しかもうやる奴がいないからな」

 そう言って、エンドは鎌を足で持ち上げた。……触手のように鎌を足で巻き上げて、だった。

「他の奴はどうしてお前を助けないの」
「……あー」

 視線が泳ぐ。いや、泳ぐといっていいのだろうか。彼の眼球は明らかに意味の分からない方向に動いてしまっている。
 正しく、理解しなくていけない。
 彼はユリウスのような角を持った人間に見えるが、実際はそうじゃない。私の瞳がおかしくなっているのか、何か術をかけられているのかは分からない。ただ、私の目に見えているエンドという男はきっと目に見えるような美しい男ではない。
 化物だ。
 エンドは困ったようにへらりと笑った。
 人間らしい表情だった。

「皆、ちょっとおかしくなってるんだよ」
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