どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「陛下はどんな意図があってトヴァイス・イーストンとノア・ゾイディックを婚約者にしたのだろうね」
「意図って、分かりそうなものじゃないか。イーストン家は代々カルディア教の枢機卿を歴任しているし、ゾイディック家は代々信心深いカルディア教徒だ」
「そういえば姫はカルディアという名前だったか」
「我らの女神と同じ、な。彼らにとっては価値のある名前ということだ。人ではなく、名前こそ意味があるとはよく言ったもの」
「故に、陛下は姫にカルディアという名を与えたのか」
「馬鹿な。神託に王権は関係ない。振り翳そうとも、靡かぬというのが清廉さの証明よ」
「では姫は幸運さゆえに大貴族と縁を結べたと」
「愛妾の子と言っても元は姉妹。血の美しさに遜色はない。外見の美しさはどうにもならないけれど」
「まさに。あの方は子をごろごろと玉のように産んだのに、その輝きに遜色はない」
「むしろ妖しい色気を漂わせているほど。あの方の肌に一度でいいから触れてみたい」
「……そういえばあの噂を聞いたか」
「何の噂だ? 噂など、虫の数ほどある」
「ほら、第四王子が閨に誘うという……」


 姦しい噂。男達の下卑た声。耳を塞いでやり過ごす。
 こういうことばかりだ。口数の多い奴は、軽率に人を不快にする。
 どいつもこいつも寡黙になればいいのに。
 ……でも、それは私も変わらない。
 口を糸で縫い合わせれば良かった。
 そうすれば、良かった。



「あのね、カルディア」

 レオン兄様は子供に言い聞かせるときの甘い声を出して私の名前を呼んだ。

「お前の母様にお別れをしたいとは思わない?」

 レオン兄様は当時の私はまだ死の概念が分からないと思っていたようだ。葬式の意味もろくに知らないと。だから、お別れと遠回しな言い方をした。

「お別れですか」
「そうだよ。少しだけなら陛下も赦して下さるだろう」
「……」

 母の水葬はしめやかに行われた。仰々しくなく、ほとんど参列者はいなかったと後で聞いた。父王様は参列せず、棺はファミ河にも流されなかったようだった。だからこそ、母が死んでも彼女に会いに行くことが出来た。

「おいで。顔だけでも見に行こう」

 手をひかれてやってきたのは離宮だった。元々、私の母が使っていた場所だという。全面ガラス張りで、それを覆い隠すように藤の花が咲いていた。
 だが、レオン兄様の思いとは裏腹に、母はいなかった。
 かわりにダンがそこにはいて、こんこんとレオン兄様に説教をした。このようなことが慈悲だと思っていらっしゃるのですか。陛下は大変ご立腹ですと捲し立てられている。レオン兄様はとても気まずそうに頭を垂れてうんうんと頷いていた。
 やっとお説教から解放されるとレオン兄様はケロリとした顔で私を見やった。

「ダンはうるさい男だ。そもそもいつバレたんだ?」
「兄様」
「カルディア、怒られた時は殊勝な顔をしていると説教の時間が短くて済む」

 くすくすと笑いながら、レオン兄様は私の髪を撫でた。

「ダンはこの頃、子供をさっさと産めだのなんだとうるさいんだ。まるで老貴族達みたいだよ。こんなことならばお前の姉――一番上の姉の話をきちん聞いておくべきだった」
「姉様が?」
「そう。あれも同じように愚痴を言っていた。新婚というのは面倒だな。おしどりでないと新聞がうるさいからと一日中手を繋ぐのを強要された日には結婚は愚かな行為だったと頭を抱えたものだが」

 ぱっと繋がれていた手を離す。レオン兄様は目を丸くして、肩をくつくつと震わせて笑った。

「お前とは嫌じゃないよ。俺が望んで手を繋いでいるんだ」
「で、でも」
「いいから。お兄様と手を繋いで、カルディア」

 はいとおずおずと手を差し出すと、レオン兄様は私の顔を覗き込みながら手を繋いでくれた。大きく温かなぬくもりが優しかった。

「マジョリカともこうやって手を繋げればいいのだろうけれど。上手くいかないな……。こういうとき、マイクとはよく愛し方の話になるんだ」
「愛し方、ですか?」

 マイク兄様とレオン兄様が話しているところの想像がつかなかった。彼らは式典で隣り合って立っていても会話をしている印象がなかった。

「そう。俺が思うに、家族めいた愛が一番いいと思うんだ。手を繋いで太陽を見上げて暑いなと言い合うような、たわいないものが」
「そ、それ。私も、そう思います」

 レオン兄様に同調しようというわけではなく、本当にそう思った。そういう家族になりたいと思っていたのだ。優しさが声に溶けて、知らず知らずのうちに微笑むような……そんなこぼれ日のようなものが欲しかった。

「レオン兄様と手を繋ぐの、好きです。一日中でなければ、レオン兄様もお好きですか?」
「……ふふ、うん。好きだよ。マイクは、騎士道に憧れがあるから、もっと潔癖なものを愛と呼びたがるんだ。献身的な愛。――自分の側でなくてもいいから幸せになってほしい、そんな気持ちが一番尊いって」
「側にいなくても?」
「どんな聖人でも難しいことをできることこそ、愛の証明なんだって」
「愛の証明……」
「俺には無理だよ。――あ、私と言わなくてはいけないのだった。……はあ。子供に結婚は早かったと散々言っていた叔父上の言葉にいくらでも反発したのに、自分の呼び方一つ改めることが出来ないとはな」
「兄様は立派です」
「立派って」

 笑われてムッとして見上げてしまう。

「どうしてお笑いになるの」
「どうしてって。お前が可愛らしいことを言うから」

 カルディアとレオン兄様が優しく私の名前を呼ぶ。

「お前の声が一番安心するよ、カルディア。侍女とは上手くやれているか? 護衛はお前に優しい? 料理の味はどうだ。美味しいか?」
「は、はい」
「いつだって私を頼りなさい。お前の望む通りになる」

 そういうレオン兄様は、ずっと大人びて見えた。
 子供らしさなんて、感じなかった。



 甲冑の中から出ると、エンドは何かを啜っていた。メトロポリス名物のジューシー麺というものらしい。何の肉だかわからないものを麺と一緒に食べている。
 ……人肉だったらと思うと頭痛がするので何も考えたくない。

「百一日目、おめでとう。順調にエネルギー収集は出来てるよ」
「……」

 床にへたり込む。ここには時計がない。だから、どれだけ時間が経ったか本当のところ分かりはしない。エンドの言葉を信じるしかないのだ。
 膿んだ傷口のように痛む体に鞭を打ってエンドの目の前に移動した。

「ん。なんか、疲れてる?」
「……退屈なだけよ。ねえ、聞いてみたかったのだけど」

 床にべっとりとついていた血が消えている。エンドはん? と麺を咥えたまま私を見た。

「あの甲冑、どうやってエネルギーにしているの。まさか私が血を流せばエネルギーになるなんてことないわよね?」
「なんでそんなの知りたいんだ?」
「興味よ」
「へえー。好奇心が強いんだな。……ま、いいか。教えても。前は産業スパイがこの中身について調べにきたことあんだよなぁ。もう廃業しちゃんたんだけど、エネルギー会社のF社ってところがよく来てたよ」

 はあ、と覇気のない返事をした。メトロポリスの内部事情など知りたいとも思わない。

「記憶」
「……? 記憶?」
「記憶をエネルギーに変換してるんだ。元々、F社は言論をエネルギーにしていたんだけど、効率が悪かった。口論って、同じ頭の良さの奴しかできないだろ。出来てもすぐに喧嘩になって殺し殺されってなる。でも、記憶なら千差万別でも問題がない。頭がいいヤツは記憶を覚えていられるから、その分よく搾り取れる」
「……。わ、私の記憶をエネルギーに変換しているってこと?」

 だが、どんな記憶だって抜け落ちているような感覚はない。そもそも記憶がない部分や曖昧な部分はあるけれど、総じて何の変化もないはずだ。

「正確には、記憶を思い出したときの感情、かな。鬱屈した記憶や輝かしい響きの記憶からはよくエネルギーが採れるんだ。その点、人間はとっても原料として優秀なんだよ。人間って苦悩を詰めた肉だからね」
「……お前達ではだめな理由は?」
「そりゃあ、この薬のせいだよ。ほとんどのメトロポリスの住人は、鎮痛剤に慣れてる。落ち込んだとき、気分が悪い時、なんだか憂鬱な時、嬉しすぎて倒れちゃいそうな時、愛おしいものと出会った時、全てにとって薬は偉大な揺籃だった。けれど、この方法じゃあ俺達からエネルギーをとるのは最悪だった。よくてメトロポリスの半分ぐらいしかエネルギーが貯まらなかった」
「…………何でも、弊害があるものね」

 エンドが食べる麺を覗き込んでみる。透明なスープは脂が浮いているのか、てらてらと光を反射した。臭いがしないのが不思議だった。ぬめりがありそうなほど浮かんでいるのに、無臭だ。

「あ、でもこれ鎮痛剤の副作用とは別に幻覚が見えるらしいから気をつけて。金髪の天使が見えるようになったら俺に言って」
「金髪の天使?」
「そ」

 覗き込んでいるせいだろうか、エンドはこれ食べたいの? と首を傾げた。
 私は何度も首を振った。そう? と納得したのか、彼はずずずと麺を啜った。
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