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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
284(窶サ隴ヲ蜻翫??繝。繝医Ο繝昴Μ繧ケ縺ョ驛ス蟶りヲ丞援縺ォ驕募渚縺励※縺?∪縺吶??)
しおりを挟む屋敷のなかにいる侍女達はおしゃべり好きだった。
廊下で早く死んでくれないかと言っているのを聞いたことがある。こんな場所に閉じ込められて、楽しみもない。あんな薄汚い子供の世話を一生続けなくてはいけないの?
王都にいつも帰りたがっていた。王都には楽しいことも、面白いことも沢山あるらしい。見たことことがないような大きな水晶の宮殿や火を吹く男。美味しいワイン。蕩けるような娼婦。甲高い声で囃し立てる宣伝男。
仕立て屋は何十とあり、宝石商は何百とある。蘭花の媚薬は効き目がいいらしい……。
王妃の話も出てきたことがある。
この世のものとは思えぬ美貌。究極的美しさ。あの方に名前を呼ばれるだけでこの人生に価値が出来る。
どうしてこんなガキの世話を私たちがしなくちゃいけないの。一生こうしてろって言うの。お世話をするなら王妃が良かった。
朝も、昼も、夜も、その言葉は聞こえた。
部屋にいても廊下を歩いても聞こえた。
世界はたまに真っ暗闇になって、それがおかしくてけらけら笑った。あの日の陽だまりを覚えている。甘い紅茶の香り。幸せな砂糖の匂い。幸せな誕生日。真っ赤に染まった白いシーツ。
羊水がこぼれて庭を濡らす。怒号の中で、サガル兄様の声だけ鮮明に聞こえた。
ぐるぐると回る言葉達は星のようだった。次から次に降ってくる。
だから、男の人の声が混ざっても違和感はなかった。今ならばわかる。あれはフィリップ兄様とマイク兄様の声だ。
二人は私を殺す算段をつけていた。毒を盛ろうか、事故に見せかけて殺そうか。長く続く苦痛がいいか、短く潔く終わらせようか。
壁の中から、二人の声がした。
誰もそれを止めなかった。
私は死ぬべきなんだと思った。
気狂いの妄想だと自分でも思う。
けれど、本当の、本当の話。
最初の家庭教師は熱心なカルディア教徒だった。
彼女は私が何か間違えるたびに手を叩いた。そのうち、何をせずとも叩かれるようになった。
彼女は言った。
「貴女を叩いている時だけがわたしの至福の時です」
高笑いしながら彼女は私を叩いた。いつも見えないところを選んでいた。だから、ドレスはいつも手首までのものを着たし、首まですっぽりと隠せるものを選んだ。
侍女は着替えを手伝った時に、泣いていただろうか、笑っていただろうか。
いつの間か、家庭教師は精神病院に送られたと聞いた。
彼女の娘が助命を願い、彼女を一度だけ連れてきたことがあった。
「手術をしました。とても高名な清族の方が執刀して下さって……」
髪が短くなって、うわ言しか話せなくった彼女は、手術で凶暴性がなくなったらしい。けれど、凶暴性と共に、人間性すらなくなったような気がした。
数年後、手術をした清族の人間が詐欺師だったと聞いた。彼は被害者の家族達から恨まれ、火をつけられて死んだらしい。
新聞で見た火を放った女は、彼女の娘とそっくりだった。
「よお、半分通過おめでとー! 目指せ二百日だな。メトロポリス名物悲鳴花火見せてやろうか?」
「……悲鳴花火?」
「人の悲鳴を閉じ込めて花火にしてあんの。悲痛であればあるほど綺麗に模様が見えるんだよ」
「悪趣味ね」
「そう? じゃあいい?」
「いらない」
じゃあと何か別のものを用意しようとしたエンドを尻目に甲冑の中に戻る。
でないともう二度と戻りたくない。それぐらい、甲冑の中は苦しい。
夫人の役割というのは家令がきちんと仕事をしているかを見て、帳簿や収益の確認をして間違いがないか確認することだと聞いた。だが、それよりも何より子供を産むことこそ、大切なことらしい。これはクロードが言ったことなので、本当かどうか分かってはいない。
クロードは私を寝台に連れ込み一週間近く部屋の外に出さなかった。あの男は精魂尽き果てるということを知らないのか?
あんなに夜中していても元気だ。腰が立たずろくに歩けもしない私とは大違い。何なんだ、あいつ。
世話役として用意された侍女のマリーはクロードの乳母だったらしいが嫌味な女で、クロードの前ではニコニコ笑っているのに、私の前ではブスくれている。どうせ食べないのだからと食事を抜かれることも多くて辟易していた。もう一人の侍女のカルロッタも同じようなもので、私は彼女達が嫌いだった。それは彼女達もだっただろうが。
そもそも侍女なんて姦しいしすぐ裏切る。宝石に目が眩んだ侍女が持ち逃げしてそのまま手首を切り落とされて戻ってくることもあった。
だから彼女達に心を開くこともなかった。クロードの乳母なら何かと都合がいいだろうと思っただけだ。
「マリー、何をしているの」
「カルディア様の体にはお子様に害があるものが入っております。だから、このマリーがその毒を出すためにこうやって徳の高いお札を買ってきたんですよ」
そう言って彼女はペタペタと腹の部分に聖句がかかれた札を貼る。なんでも、徳の高い清族の一人が一年中聖句を唱えて清めた札だという。胡散臭いことこの上ないが、王都では特に人気らしい。サガル兄様が一時機狂ったように買い漁ったせいで、変に噂が回って今では高値で取引されていると言う。
眉を顰めているうちに、マリーは札を貼り終わった。彼女はこう言うところがあった。たまに自分のために善意を押し付けるのだ。彼女しか満足しない儀式をしている気分だ。本当に信じているらしいと言うことだけは理解できた。
腹に貼られたものには何も感じない。意味はおそらく金を集める以外ない。
ただ、彼女は拝んでいた。神に祈るように。
そのとき、これが愚かさだと気がついた。この愚かさを貪り喰らい誰かが私腹を肥やしている。義憤とも言えない感情が沸き起こり、すぐに鎮火した。彼女はとても真剣だった。がらくたで意味がないものだとはちっとも思っていないのだろう。
純粋さが痛かった。聖句を唱えるマリーの唇に初めて気の毒さを覚えた。
あるいは、恐怖を。
常々疑問に思っていたことがある。
どうして、お兄様達の後見人は違う方なのだろう。
レオン兄様も、マイク兄様も、フィリップ兄様も、全員違うのだ。乳母も違えば、派閥も違う。レオン兄様が次の王になるのは確実なのに、そっと囁くようにマイク兄様にも、フィリップ兄様にも甘言をもらす。
王になってみないか。宰相のようになりたくはないだろう?
愛しいマイク。賢いフィリップ。レオンが王で構わないのか?
その問いの答えに、マイク兄様は騎士としての身分で答えた。
マイク兄様を担ごうとする人間達はフィリップ兄様に鞍替えしたが、フィリップ兄様は法律を耽溺するお方。後見人にも才を求め、法典の暗唱を求めたと言う。
風変わりな王子を担ぐより、レオン兄様を王にした方が良いとほとんどのものは思い、結局はレオン兄様の地位は盤石なものとなった。
サガル兄様が台頭するまでは、そうだった。
「サガルは何が嫌いなのかな」
レオン兄様はたまにそうやって私からサガル兄様の情報を聞き出そうとした。
「嫌いなものですか」
「そう。贈らないように気をつけないと」
「……分かりません。サガル兄様は何でも喜んで下さったから」
「……使えないな」
焦ったように髪を整えてレオン兄様は笑みを浮かべた。
失言を取り繕うようだった。
「何か思い出したら教えてくれ。何でも構わないから」
「……紙魚」
「しみ?」
「な、なんでもありません」
ふと頭に浮かんだのは本の中にいた虫だった。サガル兄様はその虫を潰さず、指にとめていた。しばらくすると噛まれたと言って笑っていた。嫌だとは一言も言わなかったが、彼が醜い生き物に対して反応したのはこれっきりのような気がした。
――しばらくして、サガルの部屋が銀の羽を持つ醜く小さな虫まみれになったと聞かされた。レオン兄様は悲しげな顔をして虫の異常発生が起こったようだと嘆いた。清族に害虫駆除を徹底させる、と。
何も考えないようにした。そうしなくては、大切な何かが壊れてしまいそうだった。
「ねえ、エンド今、何日目?」
眩暈がする。何であんなことを思い出したんだろう。いや、あんなこと私は知らない。一体いつ見たんだ?
甲冑から這い出す。ずっと前から鎮痛剤は切れていた。腹も、頭も、足も、太もももずっと穴が空いている気がする。
「エンド?」
いつもならば一番に明るい声を出す男が今日はとても静かだった。
最初はまたヴァルハラという神を殺しているのだと思った。甲冑の中に入ってから何度も神を殺すエンドを見たからだ。けれど、床をべっとりと濡らす緑色の液体はーー何だ?
エンドが振り返る。金色の瞳が真っ赤に燃えていた。
ごくりと唾を飲み込む。
エンドなのに明らかに様子が違う。
まず、少しやつれていた。ほうれい線が刻まれている。
頬はこけ、眉間に皺がより、金色の髪に白髪が混じっていた。
腰には騎士のように剣が突き刺さっていた。抜き身だった。
黒い外套は緑色の泥で汚れている。
まるで数十年時が経ったように見えた。ーーエンドが老いているように見えたのだ。
エンドは何かを踏みつけていた。けれどよく見えない。さっきまで生きていたのか、足のようなものがピクピクと蠢いている。
「今日は二百四十日目だ、はなおとめ」
明朗とした声で男が告げる。
「お前、薬が切れているだろう?」
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