どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

285(蜷悟ソ励お繝ウ繝峨h)

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 カツカツと靴音が鳴る。彼は私の顔を無理やりあげさせると、舌を掴んで無理やり注射を刺した。

「愚かな行為だ。どうして申告しなかった? エンドはーー俺はお前の顔色を窺えるほど賢くない」
「言うのを忘れていただけよ」
「嘘をつくな。……自傷行為の一環か? 被虐趣味があるのか? 痛みを取り除けば良いものを」
「お前、本当にエンドなの?」

 何だか、酷く落ち着いていて、今までのエンドとまるっきり違う。

「意味のない問答をする時間はない。この何でもエネルギーに変えます君は過去の感情をエネルギーに変えているわけじゃない。五分世界時間分割法というのを知っているか? 世界の時間の流れは五分ごとに区切られているという仮定だ。うちの社長がその仮定を元に技術を作り再現した。詰まるところ、世界は五分ごとに区分され、その五分の一つ一つを取り出すことによって時間軸に干渉しても時間そのものに大きな影響をもたらすことはなくなった」
「は? ……は?」
「媒体となる繋がりーー時間軸の固定が必要だった。だから思い出させている。実際にはお前の見た過去の記憶を元に時間を干渉して、エネルギーを搾取しているんだ」
「エネルギーを搾取って何から?」
「人は最もエネルギー効率がいい。人を髄蔵で燃やせばよくエネルギーが取れるんだ」
「も、燃やす?」

 エンドがさっきから何を言っているのか、全く分からない。
 人を、燃やす?
 過去の人間を燃やしているのか?
 ……そんなこと、出来るの?

「五分内の人間がどれほど死のうと、他の時間には影響がない。ずっと絵に描かれた世界を燃やすように、効率的にこの機械はエネルギーを搾取する。世界の総生物を使った炎は長く、長くエネルギーを蓄えることを可能にする」
「……つまり、私達の世界を壊してると言いたいの」
「お前は過去に戻れるか? お前が望むお前の過去に飛んだ時、お前の世界は壊れていると言えるだろうな。だが、実際にはそれは出来ないだろう。時間の認識をお前は正しく出来ていない。時間の跳躍が不可能ならば、さして問題はな」
「難しい言葉で煙にまかないで。――どういうことだかさっぱり分からない」
「理解しろとは言っていない。時間もない。――思い出すのはお前の記憶ではないものにしろ。元の世界に戻った時に悍ましいことになる」
「な、何をーー」
「お前はお前を意識しろ。お前の記憶と別人の記憶を混ぜるな。他人の記憶ならば食い潰されてもいいが、お前の記憶を思い出した時点で、抜けが生まれる。あの兎男は、もうあの神の記憶しか残っていないんだ。何でもエネルギーに変える君は神をエネルギー変換できない。神は永遠に燃やされながら、憤怒と激情を持ってこのメトロポリスを襲いにくる」

 ガタリと音が鳴って、兎男が甲冑の中から這い出てくる。彼の目からは血の涙が流れていた。

「ヴァル……ハラ様」

 窓の外で、声がする。神の声だ。
 ヴァルハラと呼ばれた神は、今からここに来るのだ。
 じゃあ、この緑色の血は誰のものだろう。


『謌代i縺後Γ繝医Ο繝昴Μ繧ケ縺ョ螫ー蜈舌h縲(我らがメトロポリスの嬰児よ)』

 二重に声が聞こえた。男のものであり、女のものだった。
 けれど、音に意味はなかった。何といっているのかすら、よく聞き取れない。
 まるで車のブレーキ音のように甲高い。馬の嗎のように遠くまで響く。

『(運命律をメトロポリスに適応するのは、都市規則に違反しています。有能なる我が市民よ、どうか正しい選択を取るように心がけて下さい。)』

「ロシナンテ」

『(こんにちは、愛しい市民よ。同一存在の消去に協力して下さり感謝いたします。しかしながら、貴方の遂行しようとしている計画はこのメトロポリスを危険にさらす可能性がある。)』

「だから何だと? 人工知能の分際で俺に意見するつもりか」


『(我々はいつでも市民の安心と健康の維持に努めているつもりです。我々の決定はメトロポリスの市民の総意であり、同意を得ています。運命律の使用は、このメトロポリスの様々な革新的な技術に欠損を与えるのみならず、我らの理想郷たるメトロポリスを永遠の辺獄に変えかねません。)』


「故に使用をやめろと?」

 声は大きくなった。ここにきて初めて、私はエンドが私以外のものと喋っているところを見た。だが、会話はエンドのものしか理解できなかった。

『(メトロポリスの市民達は現状維持を望んでいます。半数以上の市民達は外来生物であるヴァルハラという神に対して感謝の意を思っています。我々メトロポリスは、同一の思想も同一の言語も、同一の概念も、一つも共有することが叶いませんでした。ですが、かの神は我々に対して美という新たな価値基準を提示しました。我らメトロポリスの市民達はその栄誉に浴し、耽溺を持って讃えています。我々はかの外のものによって、同一性を獲得し、共通点に目を向けることが叶いました。犯罪率は明らかに減少傾向にあり、エネルギー面での懸念はありますが、幸福度は格段に上がりました。)』

「薬漬けの結果だろうが」

『(友よ、それの何がいけないのですか。薬を活用しようと、幸福であることには変わりません。むしろ、このメトロポリスにおいて薬を服用していない市民の方が悲惨です。貴方は下層の住民がテレビに押し潰され生き長らえる場面を見たことがありますか? 広告の間に挟まったせいで永遠に腕を切り離されることになった男のことは? あるいは、子蜘蛛を効率的に生産し続けるために腹を貸す母を見たことは? それらすべてが、薬を必要としていました。メトロポリスにとって、薬とは幸福を与える一つの救いなのですよ。)』

「下層部生まれの俺が知らないとでも?」

『(愚問でしたね、友よ。我々はそう言った哀れな市民の母数を増やさないように日々努力と研鑽を積んでいます。市民達は停滞を選んでいます。同志エンド、貴方に望むのは外なるものの排除であり、運命律を書き換えることではありません。分かりましたか? これ以上無駄なことをしないで下さい。)』

「無駄なこと、か。救われたと思う市民達は神に感謝しているのではなかったか。メトロポリスに迎え入れてやればいいだろう」

『(メトロポリスに神は必要ありません)』

「ハッ、だろうな。メトロポリスには、辟易させられる」

 エンドは剣を掲げて、窓につきつけた。

「はなおとめ」
「な、何。お前、さっきから誰と喋っているの?」
「そんなことはどうでもいい。早く中に戻れ。このまま、俺はここを去る」
「去るって……」

 何を言っているのだろう。メトロポリスから、この男が出られるのか? どこかに行く当てがあるとでも?

「五分世界時間分割法だ。……いいか、忘れるな。お前だけのものは決して見せるな。機械は、温情の夢を見ない」

 ちらりと見えた男の瞳はやはり赤々と燃えているように見えた。私は二重に聞こえる声を背に甲冑の中に戻る。

『(なんと愚かな。ですが、同士エンド。貴方のその選択を我々は肯定しましょう。ああ、メトロポリスに栄えあれ。我らの宇宙船はどこまでも行きましょう。どこまでも、どこまでも……。)』

 神がびっしりと茨を部屋の中に這わせたのが見えた。エンドの口元はにやついていた。

 ーー私だけの記憶。
 エンドの言葉は全く分からない。けれど、彼が私を慮っていたことだけは分かった。
 思い出さないようにしなくては。
 ……思い出さないように。



「どうした?」

 体は憎悪で溢れていた。抱える本はどれだったか。『女王陛下の悪徳』
 ? 『天帝と花』? それとも盗賊の話だったか。
 王都は臭く、人で溢れていた。馬糞が転がり、その上を民達が素知らぬ顔で歩く。汗と泥、白粉の香り。シラミがフケだらけの男の髪から飛ぶ。まるで悪夢みたいな光景だった。
 童話を探すだなんて、馬鹿げたことだ。王都には子供すらまともにいない。子供達は徒党を組み盗賊団に入るか、煙突掃除に身を窶していた。煤だらけの子供達は童話よりも猥談を好んだし、怪談をせびってきた。
 リストだってそのことを知っていたのに、付き合っている。こいつは面倒見が良すぎるとささくれだった気持ちを抱かずにはいられない。
 婚約者ではないものの、リストと結婚するのはほとんど決まりきった流れだった。この男はだからか私に構う。詩を書いて贈ると大層喜んで……それが苦しかった。あんなの、どこかの詩集の言い回しを真似ただけだ。下手くそでどうしようもない……。

「何でもない」
「それで、次はどうする? 王都の子供は童話らしい童話を知らなかったようだが」
「貸本屋に行くわ」
「貸本屋の亭主がお前より童話をよく知っているとは思えないが」
「……貸本屋の主人は知らなくても、それに詳しいものならば知っているかもしれないじゃない。市井の愛好家とか……」
「それで、貸本屋の場所は知っているのか」
「……訊けばいいでしょう」

 リストは笑って、こっちだと指で示す。知っていたら、意地悪しなくていいでしょうに。
 そう思いながら、リストの手を取った。

 ギスラン・ロイスターは毒殺された。毒を入れたとされる料理人はもうすでに死んでいて、騒動は一応の終結を見た。けれど、許せなかった。ギスランは殺されたのだ。
 まず、毒の入手方法を知ろうと思った。王都では様々なものがやり取りされる。毒もその一つだった。だから、王都の大通りまで降りてきたのだ。

「……レオン兄様は」
「ん」
「私とお前を結婚させるつもりなのよね。……どう思っているの」
「どうって」
「私なんかと結婚していいの」

 リストだって、分かっているはずだ。ギスラン・ロイスターは私のかわりに死んだ。本当に毒を盛られていたのは私だったはずなのだ。死ぬのも私だった、はずだった。

「俺は、お前がいい」
「……そう」
「お前こそ、どうなんだ。俺と結婚してもいいのか」

 そのとき、何も言わずに答えなかったことを、今でも後悔している。
 あのとき、心のなかの言葉をきちんと声にしていれば、何か変わっていたのだろうか。
 結局、毒のことは調べられなかった。リストはそれ以降も何度も私と同行した。
 けれど、フィリップ兄様が全てを変えた。マイク兄様は死んで、レオン兄様も死んだ。サガルはおかしくなり、私はクロードと結婚した。

 リストとは会えなかった。
 彼の手紙を隠して、ギスランの死の真相を探ることに躍起になった。犯人を殺して自分も死のうと思っていた。そうすれば、救われると本気で思っていた。


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