どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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 考えたって無意味だ。ぐんぐんと空は光をなくし、暗闇に近付いていく。
 音が聞こえる。剣戟の音だ。
 それに川の濁流の轟音。木々がざわざわと揺れる音がする。

 ――大神達の元に落ちるんだ。

 感覚的にそう思った。だが、落ちるというか死ににいくようなものだ。
 私はギスランのように魔術が使えない。空を飛ぶ術も、衝撃を殺す術も持っていない。
 苦労した結果がこれなのか! 叫びたい気分だった。

「は、はなおとめ!」
「――え?」
「はなおとめ、おちる、おちてる!」
「み、ミミズク!」

 真っ白でふわふわとした塊が胸に飛び込んできた。ぐわんと体が傾く。大声でミミズクは私を呼んだ。

「お、お前生きていたの!?」
「ちが、ちがう! はなおとめ、はなおとめ!」

 私の胸の中でミミズクは休もうとしたらしい。羽を畳もうとして、風にさらわれそうになった。慌てて捕まえると、ふー! ふー! と威嚇のような音を喉から出した。
 死んでいたはずのミミズクが現れた。……これは、どういうこと?
 エンドが言っていたのはこういうことなのか。運命律とかいうよく分からないものによってミミズクが蘇った?
 ならば、本当にあの男は私の願いを叶えてくれたのか。
 あとは、神達がミミズクが背の皮の記述を書き換えてくれれば……。
 いや、そもそも、それを言ってくれていたマグ・メルはニコラを殺して……。

「天帝様、いらっしゃる。ぼくのものになって、ぼくを想って。はなおとめ。天帝様の祈り、叶えて」
「……ミミズク」
「はなおとめが生き返らせた。どうして? 天帝様に会いたくないの?」
「お前が背の皮の予備だということを知っているの。どうか世界を元に戻して」

 祈るようにミミズクに訴える。ミミズクが背の皮の記述を元に戻してくれないだろうか。

「元? 元に戻すって、何? 世界は世界だよ。はなおとめは、思う通りに世界を変えたいだけ」
「変えたのは、大神じゃない!」

 こっちは体を穴ボコにされてまで頑張ったんだ。少しぐらい簡単にいかないものか。世界が変わったのだって元はと言えば大神のせいだ。私は元に戻そうとしているだけ。それの何が悪いというのだろう。

「どうして、怒るの?」
「どうして怒らずにいられるのよ。こっちは意味のわからないことに巻き込まれて、やっと元に戻れる方法を見つけたの。お前だって、死んでしまうよりも生きていたいでしょう?」
「……? 知りたい。死んでしまっても」
「は?」

 空が急激に変わる。泥のような色だった。
 死と血の臭いが溢れて、吐き気がおきた。
 ミミズクの言葉を追求できないまま背中が尖った何かにあたった。釘にあたっているみたいだった。背中が擦れて、苦悶の声をあげる。針葉樹林に飛び込んでしまったようだった。痛くてたまらない。
 胸に抱いたミミズクを庇うように丸まった。口の中に葉っぱと枝が入り込んでくる。
 目玉を貫かれないように目をしっかりと瞑った。

「何をしている!」

 いつまでたっても地面に叩きつけられるような衝撃はなかった。
 恐る恐る瞳をあける。真っ赤な髪をした男がこちらを覗き込んでいた。
 リストだと微笑もうとして、すぐに首を振った。彼はリストではない。似ているけれど、全く別物だ。
 八本の腕はどの手にも剣を握っていた。人間とはとても思えない姿だった。

「大神」

 彼が私達を助けてくれたのだ。嬉しさと気まずさで目が泳ぐ。
 そういえば大神に手を差し出されたが、手を取らずに誰かに攫われたのだったか。

「どこに行っていた! 俺の側を離れて、どこに」

 そうして、怒鳴りつけようとした大神が私の腕の中に視線を移し、目を見開き瞳孔を狭める。

「ミミズク」
「……男神様」
「馬鹿な。なぜこれがここにいる。背の皮は、もうすでに。――何を、何をした、はなおとめ。何と契約をした」

 詰問する大神の背後に、あの瞳が見えた。世界を見当たすような巨大な瞳。
 ぱちりとウィンクされた気がした。一瞬、瞳が見えなくなったから。

「このようなことがあるものか。悪魔と契約しようと、叶うことない! どの神も、ミミズクを背の皮を使わずに蘇らせることはできない! ……はなおとめ、お前」
「災厄を招く淫婦! 何をこの世に招いた。理を、ただの人間ごときが関与した!」

 マグ・メルの声だった。嵐のような風の音と共に、地鳴りが響く。

「恋に狂った神の末路がこれか! ほら、よく見よ、大神。お前の罪で星が割れるぞ。早く、俺に寄越せ。はなおとめを食らって、この狂った饗宴をご破算にしてやる!」

 マグ・メルの虫の体はヴァニタスに食らわれながら哄笑を上げている。
 大神は私を見下ろして、微動だにしなかった。ミミズクがか細い声で、世界の終わりに関する聖書の引用を始める。

「はなおとめ、そこまでして惨めに死にたいのか」
「――死にたくなんてない。私はこの終わりをどうにか変えようとしただけ」
「愚かな行為だ。こんなことに意味はない! 春の神が俺の背の皮に触れた。エルシュオン、邪魔をするな! なぜ、こんなことに」

 地面が割れ、泥と汚水が亀裂のなかに吸い込まれていく。その亀裂の中から、今度は別の黒々としたものが溢れてきた。ミミズクが目を見開く。歓喜したように羽根をばたつかせた。

「はなおとめ、背の皮の文字、文字だ!」
「ミミズク!」

 手の中からミミズクが抜け出して、文字のなかに飛び込んでいった。
 怒りに満ちた煮詰まった赤い瞳で、大神が私を見下ろす。
 柔らかい感情のひとつも見つけ出すことは出来なかった。

「愚かなはなおとめ。俺の手を取らずにいるとは。お前はいずれ後悔することになる。俺以外のものを選んだことを。――ああ、切り離したはずの恋が呻く。憎悪の蓋が開く。どうして俺ではないのか。俺を望め。全て、叶えてやれるのに」

 手首をねじ切られると思うほど強く捕まれる。

「後悔しろ」

 ミミズクが飛び込んでから、文字はぐんと嵩を増した。津波のように押し寄せて、私達を飲み込む。

「俺を選ばずに他のものを選んだことを」

 血のような赤が私を抱き締めたような、気がした。



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