302 / 320
第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
また魔物でも同じなかった。
しおりを挟むエンドという名前は区別されるためにつけられた名前で、本当に意味があるのはN社の役持ちということだけだった。
メトロポリスは商業連合が作り出した理想都市だった。
ここではどこかの企業に所属していなければ生きられなかったし、存在する価値がなかった。雇用され、使役されることこそ、都市での成功だった。
「あーあ、行っちゃった」
自分が肩を押したくせに何だか酷く惜しくなる。
それぐらいなはおとめという生き物は目を惹かれた。
くるくると変わる表情。怒った顔、呆れた表情、泣いた顔。どれも真新しい、人という生き物。
「もっと泣かせてみれば良かった」
人間というのはあんなに興味を惹かれるものなのだろうか。
いや、と首を振る。どうにも、おかしな妄想に取り憑かれているらしい。
ここにはよく分からない神様とかいうものと兎人間と気が狂った同僚しかいないから、そう思うのだ。
ふれあいが少ないから、変な気を起こしそうになるのだろう。
ふと、社長のことを思い出した。美しさとやらに目覚めて、愛だの恋だのと言ってうるさくなったものを。エンドは業務命令で社長を肉塊にしたあと、会いに行っていなかったことに気がついた。
肉塊になった今もエンドの視界の中では朗らかな社長のままだ。
何せ、認識肯定装置は生きているものに、否応なしに働く。肉塊となっても動くのだから、社長も親近感の湧く姿に書き換えられている。
――エンドに加害されたいと泣かなければ、おかしいところなどないのだ。
「はあ、はなおとめはもう世界を変えたか? 覗いても、ここからじゃあ判別できないんだよな。人間の、顔」
そうだと、エンドは手を打ち鳴らす。
「俺がアッチに行けばいい。はなおとめは三次元以上の知覚が出来なかったし、アッチにいけばもしかして俺賢いんじゃね?」
社長が産み出した機械の中に何かあちらに干渉するものがあっただろうか。
運命調整律を使ってもいいのだが、あれはエネルギー消費が膨大でエコじゃない。
いくらはなおとめが貯めたと言っても限りがある。エンドは今回のでいくらかマージンをつけて、取り立てた。
メトロポリス基準では良心的なエネルギー搾取量だ。とはいえ、搾取は搾取。
メトロポリス運営にもエネルギーは必要だし、運命調整律の使用にもそれなりのエネルギーが必要だった。
はなおとめ自身も気がついていた節があった。エンドの目論見も、よく見抜いていたようだった。だが、指摘はしてこなかった。
賢い女だ。エンドは賢い女が好きだった。自分が馬鹿なので、ないものねだりなのだ。
ともかく、エネルギーはここぞというときのために貯めていないと。
エンドは酷くこの状況に飽きていた。
もう怪物のような神様と戦うのも、嫌になってきた。
はなおとめがいたときは楽しかった。戦えば、また会えた。世話を焼いてやれたし、朦朧としたはなおとめに話しかけれた。だが、もうそれも出来ない。
ならば、エンドから会いに行けばいいのだ。
「よしよし、ゴミ箱漁るか。社長がそれらしいもの作ってるだろ」
エンドは久しぶりに人事室から飛び出した。メトロポリスは悍ましい都市だ。
ほとんどの都市に住む生物は頭をおかされておかしくなった。
栄光あるN社の従業員達も、今では殆ど使い物にならない。
あたりには緑色の血がそこらじゅうに飛び散っている。目玉を抉り出し、祭壇を作り上げているものもいた。それが美しいと本当に思っているのだ。
N社病と最初の頃は言われていた。
兎男をM食品から預かったばかりのときだった。エンドがヴァルハラを壊した最初の一回目。そのあとに、都市の一部で発病した。
精神汚染だの、公害だのと、散々言われた。
N社の生き物は迫害され、下層部の社宅は病気に犯されたものの家族達で溢れた。元に戻せといいながら職員の頭を開いてかき混ぜた奴までいる始末だった。
最初こそ認識肯定装置などで対応していたN社の研究者達も次々罹患していき、やがて社長まで発病した。
N社の頭である社長――ノアズ・アークが使い物にならないと知ったら、役員達は逃げ出し、株主は株を手放した。
だが、病気はすでにメトロポリスに充満していた。
いまはメトロポリスはまともな生き物の方が少ない。
座標も固定されたまま、どこか別のところにも向かえない。エネルギーが足りないのだ。元々、はなおとめの世界を侵略したものエネルギー問題を解決するためだった。だが、世界には先に神と呼ばれる存在がおり、その生物達との争いになった。
彼らは強く、しぶとく、厄介だった。何せ不死身だ。
結局、侵略は成功しないまま、メトロポリスは停滞を続けている。
宇宙の希望とも呼ばれる楽園都市は醜い鉄の塊と化しつつある。
N社の開発した技術のゴミ捨て場に到着したエンドは、あたりを漁り、しばらくして擬似人間という装置を見つけ出した。
説明書を読む限り、エンドが求めていたものにとても似ていた。人の皮を被るという機械なのだ。
星にいる生物の皮を被り、擬態して生活を行える簡単旅行セット。
星の干渉を極力減らし、人間となり遊び歩くためのもの。
――デメリットに、皮を借りた人間は死ぬと書かれているが、エンドには関係がない。
いくらはなおとめの世界の人間が死のうとエンドは何も困らない。
……そういえば、人間愛護団体の反対にあって断念したのだったか。
知性のある生物を容易く殺すのはよくないと、本社の前でデモ活動があったのを思い出した。あのとき、エンドもはデモを追い払う立場だった……。
エネルギー源はそれなりにするが運命律よりはマシ。
ならばやるしかない! ゴミ捨て場から飛んで帰ると、またヴァルハラが来ていた。またかよ……と内心呆れながら戦い、勝った。
エンドには慣れた戦闘だったが、やはり徐々に力を増しているように感じられる。
特に、はなおとめがいたとき……何か変なポーズを取っていた時に、ヴァルハラの力が澄み、強大化した。負けると思ったのはあれが初めてだった。
あれは何だったのだろう?
「ま、いいか」
水煙草をふかしながら、エンドは床に倒れた。
勝ったけれどしばらくは立ち上がれそうにない。
気がつけば、はなおとめの世界は水の嵩が減っていっていた。青い面積がかなり減っている。
成功したのかと、エンドは誇らしい気持ちになった。
「俺も早くそっちに行ってみたいな」
どんなところなのだろう。考えるだけでワクワクする。
皮になる男の選別もしないと。エンドは強いので、強い男がいい。
容貌魁偉で、誰もが恐れる男が望ましい。
あと自分の似ている奴がいいとのこと。……片腕がない、とか?
「あ、その前に。有給申請。有給申請」
エンドは楽しくなって有給申請の書類に自分の名前を書いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる