どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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 聖句を唱える声と、啜り泣きが聞こえた。
 ゆっくりとまぶたを開く。目がゴロゴロとした。眼球を動かすたびにパリパリとまつ毛にひっついた目ヤニがこすれる。不快感に眉を顰める。
 指を動かそうとしたが持ち上がらない。オモリでもつけているみたいだった。どうしてもほとんど動かせない。

「カルディア?」

 知った声だった。ふっと体から力が抜ける。
 頭の中がまだぼんやりとしていたが、誰の声だかすぐに判断できた。

「り、スト」

 声がガラガラできちんとした声にならなかった。
 口の中に痰が溜まっていた。咳をして飲み込むと、もう一度名前を呼ぶ。

「リスト」
「気が付いたか」

 リストは私の目やりを優しく指でとりながら顔を覗き込んできた。

「ここは」
「覚えているか。お前は四日間寝こけていた。……テウ・バロックに会ったことは覚えているか?」
「テウ? テウなら、死んだはずよ」

 テウはギスランに毒を盛った。いや、私に毒を盛ったのだ。
 リストが雇い、ギスランを殺して死んだ。
 いや、そもそもリストも死んだではないか。
 フィリップ兄様も、レオン兄様も……。

「何を言っている。お前の従者だろう。勝手に殺すな」
「私の、従者」

 覗き込むリストの顔は幼く見えた。……いや、違う。
 これがリストだ。私の知っているリスト。髪だって、少し短い。
 頭が割れるような頭痛がした。
 それが治ると、一気に思い出の蓋が開いた。
 そうだ、エンドを突き落とされた私はミミズクと一緒に落ちて、大神と会った。
 元の私の世界に戻ってきた?
 ……そういえば、私は元々、あの世界に行く前に離宮でサリーとテウに会ったのだったか。
 テウに責められ、詰られた。支離滅裂なことばかり言っていて、怖かった。私を家族のようだと言っていた。そう思っていると。

 ――さっきから聞こえていた聖句がやんだ。
 ボロボロな姿をしたサリーが私を見上げた。頬に何度も切り裂かれたような傷があった。大きな瘡蓋が破けて、血がたらりと垂れている。

「姫様?」
「サリー」

 手までだったはずの包帯が腕まで侵蝕している。
 罰を与えたのですと嬉しそうに言っていた瞳は落ち窪み、亡霊のようだ。

「お、お前、その顔」
「カルディア姫がお戻りになった! 女神カルディア感謝致します。姫様がお戻りになりました。カルディア姫……カルディア様……」

 ずるずると太腿だけで這い寄ってきたサリーは私の手に触れるとゆっくりと額をつけた。まるで赦しを乞うように、頭を下げている。酷くいけないことをしてしまったような気分だった。
 リストが言うには私は四日間も寝込んでいたらしい。
 もしかして、サリーはずっと女神に祈っていたのだろうか?

「少しは眠気が覚めたか? テウがお前の中で蘇っているといいんだがな」
「……リストも蘇っているわ」
「俺も死んでいたのか? どんな夢を見ていたんだ、お前は」
「……リスト」

 名前を呼ぶとリストが私の頬に触れて顔を寄せてきた。
 サリーの手を払うと、去れと言葉少なげに告げる。サリーは傷ついた顔をして私を見上げた。首を振って出ていくように示すと、彼女は項垂れながら部屋を去っていった。

「あの女、お前に馴れ馴れしい。あのままでは屋敷の者達の二の前になるぞ」
「サリーはずっとここで聖句を唱えていたの?」
「自分のせいだと深く嘆いていた。自傷を繰り返そうとしたからか、ケイという男が腕の骨を折っていたぞ」
「……ケイが」

 なるほど、だから腕まで包帯があったのか。
 はあとため息をこぼす。サリーはどうして自傷をやめないのだろう。癖になっているのだろうか?
 ケイの物理的にやめさせる行為が正しかったのは分からないが、少なくとも自死を選んではいないので良かった。

「お前、けしてあの女を慰めたり心配するな。そういう行為が図に乗らせる」
「……自傷はサリーが心配されたくてやっていると?」
「それ以外に何がある。いつだってお前はそういう奴に情をかける。自分の思いを言葉ではなく、態度や行動で示そうとする奴らにな」
「でも、どうやったらいいのか、分からない。他にどうしろというの。心配しなければ、死んでしまうかもしれない。……見限られるかもしれない。情のない女だと」
「ギスラン・ロイスターが何故慕われるか分かるか」
「いきなり、何の話?」

 リストは突然、ギスランの名前を出した。

「サリーも、イルも、ケイも。ギスラン・ロイスターに傅いている。あいつは部下にも冷淡な男だが、熱狂的に慕われていると思わないか」
「……それは、確かに」
「ギスラン・ロイスターは無価値な人間だと路傍に捨てられていた人間を拾うのが得意だ。あいつが奴らに与えるのは、仕事だ。そこに優しさはない」

 そうだろうか、と思った。それだけでイルが死後も私を守るだろうか。ケイやサリー達がギスランのあとを追うだろうか。

「ギスランが与えるものは仕事だけではないでしょう。少なくとも仕事によって与える金銭ではあいつらの忠誠は説明がつかない」
「金で買える忠誠は金で買える。あいつが与えるものはもっと別のものだ」
「それは何なの? 私には分からない」
「意味だ。この気持ちの悪い世界で生きてもいい意味。存在理由。生きる理由」
「何、それ」

 それは情を注ぐことと違うの?
 そもそも、どうやってその生きていい意味を与えることが出来るの。そんなこと、誰もが出来ることじゃない。
 ギスランは、どうやって、慕われる?

「……名誉と言い換えてもいいのかもしれん。あいつは、人に誇りを与える。貧民に矜持を持たせる。あの男のためなら死ねることを幸せだと植え付ける。あの貧民どもはギスラン・ロイスターのものだ。ものは、使うだけ。あいつ自身は死んでも泣きもしないだろうな」
「……ギスランのようにサリーも家具と思えと?」
「そうだ。そう思え。名前を覚えるな。情をかけても結局は裏切られるだけだ。ならば最初から心を傾けなければいい。ものだと、思えばいい」

 きっとリストだって分かっている。私が結局、サリーを家具扱い出来ないということを。
 私は誰かを従えるということに向いていないのかもしれない。
 名前を覚えたいと思うし、何か困ったことがあったら力を貸してやりたいと思う。
 誰かをもの扱い出来ない。……したいとも、思わない。
 偽善を振り翳したいわけじゃない。いつだって、私は自分のことばかり考えている。もし、私が貧民だったとして、ものとして扱われたくない。名前で呼ばれたい。
 人の上に立つことは心をすり減らして、妥協することなのだろうか。いやだと思うことに蓋をしなくてはならない?
 しょうがないと諦めることが必要?

「……ねえ、リスト」
「なんだ」
「お前、ギスランのことが嫌い?」
「何だ今更……。嫌いだが」
「ギスランに殺されかけたから?」

 リストを見上げる。美しい真っ赤な瞳のなかに戸惑いが浮かぶ。
 逡巡ののち、リストは酷薄な笑みを浮かべて首を振った。

「俺が? あの男に? 何の話だ。悪い噂話でも聞いたか」

 瞬きを繰り返す。こいつ。

「お前、嘘が下手」
「なんだ、その返しは。俺が心配してやったというのに」
「……下手なのだもの」
「誰が嘘など吐くものか。……軟弱な男だ。本気で殺し合って俺が負けるとでも? あのような男、俺の手にかかれば一捻りだ。ただの貴族の男だぞ」

 強気で言い切る様はまさに子供だった。口の端が和らぐ。リストらしくない物言いなのに、安心している自分がいた。

「お前の夢で俺があの男に殺されたのか? だから、こんな意味のないことを尋ねるのか?」

 額を撫でられる。指は冷たくて気持ちが良かった。
 リストと名前を呼ぶと、小さく指が揺れた。

「俺は死なない。ギスラン・ロイスターに殺されるものか」

 だから安心しろと、リストは言った。
 ぎこちなく微笑んで、私を見下ろしている。
 込み上がってくるものが抑えきれなかった。
 意味も分からず泣いた。泣き続けた。心が沸騰して、汗も涙も止まらない。
 戻って来たんだ。
 私の世界に、戻って来た。
 リストが生きている。鼻の奥が痛い。目がじんじんと熱い。
 リストの額を触る。穴はなかった。血も飛び出てはいなかった。
 世界は滅んでいないし、リストも死んでいない。

 ーーリストを助けて、と私が言ったのを思い出す。

 世界の外。エンドと別れる前に、あの世界の私の姿を幻視した。
 助けて、と彼女は言っていた。
 けれど、結局、あの世界のリストを私は助けられなかった。
 ここにいるリストは、私の世界のリストで、彼女が助けたかったリストとは違う。
 私が誰かを救うことは出来なかった。この世界のリストはただ、ギスランを殺さなかっただけ。
 私に毒を盛らなかっただけ。
 嘘を言って誤魔化すリストは私が額を触った時、びくりと肩を上げた。困惑したような眼差しで私を見つめる。
 真っ赤な強い瞳だった。

「カルディア」

 私の名前を呼びながら、涙を拭う優しい指が血まみれでない事が今はただ嬉しかった。






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