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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む無意識に目で追った。侍女を連れている。花を愛でているのかと思ったが、視線は花達よりも高く、空でも見ているように見えた。
彼は若く元気そうに見えた。
髪の毛も少し短くて、顔はやや甘さが残る。リストと同じだ。若返っているように思えた。
この男が、私の夫だったのだ。
靴の先をとんとんと鳴らして、考える時間を作った。
そうでないとニヤけが止まらなくなりそうだった。自分でもおかしく感じる。クロードが生きていることがこんなに嬉しいなんて。
イルは怪訝そうに私を見て、視線を追った。
「クロード様ですか?」
「……そう」
「あの方、どうしてカルディア姫を嫌っているんです?」
「なに、突然。……私が愛人の子だからでは? 理由はよく知らないわ」
「愛人っていっても、よくある下賤の血筋とかではないじゃないですか。王妃様とは血縁関係だし。愛人っていったって、そこまで蛇蝎のように嫌われるもんですか? ……俺にはそこらへんよく分からないんですよね」
イルを見遣る。この男、そんなふうに思っていたのか。
そもそも、クロードと微妙な関係であると知っていたのか。イルは案外、目敏い。
「単純な嫌悪感があるのではないの。そもそも、王都の人間は私が愛人だと広く知っているのではないの? 王宮のゴシップなんて、新聞社の格好のネタでしょう」
「んー? 俺は聞いたことないですけどね。ギスラン様の剣奴だから、カルディア姫の大まかな事情は知ってましたけど。あの美貌の王妃以外に国王が目移りしたとかはあんまり聞いたことないですよ……。貴族なら知ってたんでしょうけど」
「……そういえばハルも知らないようだったわね」
あの時は知らないふりをしていたのかとも思ったが、あまり市井には広まっていない話なのか?
私が愛人であることも貴族達が知っているだけで平民達は知らないのか?
「そういえば新聞社も、散々私の悪口は書いていたくせに愛人の子とは書いていなかった気がするわね」
精神病だの、癇癪持ちだの、高飛車で使用人を足蹴にするだの、毎日のように贅沢三昧だのあることないこと書き立てるわりに、いつも第四王女という肩書ばかり使っていた。愛人の子ではなく。
「一度だけ、社説か何かで女王即位に関する法律の見直しを提言していた記者がいたけれど、すぐにいなくなってしまったし……」
「おかしな話をしているんだな」
ぎょっとして後ろに下がる。目の前にはクロードがいた。
イルは私の肩を優しく受け止めると、手を離す。
「な、何で、お前」
「俺の話をしていただろうに。呼んでいたのでは? じっと俺ばかり見ていただろう」
「な、だ、誰がお前を見ていたと! この暑い中庭でどんな奇特な男が彷徨っているのかと思っただけよ」
言い切って失敗したと顔を顰める。王宮の内部はそこまで暑くはないのだ。清族達が結界を張っており、気温を一定に保っている。
バツが悪くなり視線が泳ぐ。
嘘をつくにしても拙すぎる。
クロードは明らかに嘘をついているなという顔をしていた。
「ふうん? まあ拙い言い訳だが、いいか。それで、面白い話をしていたな。お前が愛人の子だと広く知られていない理由? そんなの、ルコルス家が手を回しているからに決まっているだろう」
カナン・ルコルスの顔を思い浮かべる。にっこりと笑う姿は見惚れるほど美しい、向日葵色の男。
ルコルス家は印刷業に精通している。新聞とは、文字の羅列だ。インクの香りと安く薄い紙。彼らの治める領土には木材の香りがどこからともなく漂い、工場からはインクの臭いがする。
「……ルコルスが?」
「敵同士とはいえ、アレは本当の敵とも言い辛い。ルコルス自体が特殊な家でもある。三百年前の革命で使用人どもの一人が家を乗っ取った。だが、前の主人に敬意を評して、ルコルスという名前名乗った」
……ルコルス・カロナール。
山羊頭の男の顔が頭に浮かんで、消える。
「マ、何とも因果なもんだな。ルコルス家自体が広く印刷、出版業に顔が利く。本当に出したらいけないものは出さないんだよ」
「……愛人の子がいるってことが?」
「違う、王妃が人殺しだってことだよ」
ああ、と納得してしまった。そうなるか。ただでさえ、姉にお国王を取られたというのに、その愛人を殺してしまったとなればまたおかしなことになるのか。
イルの気まずげな視線を感じる。……あまり、気にしていないといいのだけど。
「なるほど。王妃の美貌は国民の人気取りに使われた、ね」
クロードが言っていたことだ。美貌の王妃と持て囃され、人気を得た。
「今でもおしどり夫婦だと思っている国民がいるぐらいだ。美貌の王妃が実姉を殺した人殺しともなれば非難は免れない。……それでもあの美貌なら全てを許すという人間もいるが」
「お前の父親みたいに?」
ニヤけ顔が崩れた。明らかに厳しい表情で私を見ている。怒りが瞳の中に見えた。……こういう顔の方が安心する。
優しい顔も、甘い表情も、今の私には向けられないものだ。あれは、あの世界の私だから手に入ったもの。
私のものじゃない。
だから、こうも気分が上がって胸がドキドキと痛むのは私ではなく、あの世界の私の名残なのだ。……そう思いたい。
「そうだな。お前のいう通りだ」
嘲るような口調でそういうと、強い眼差しで見つめられた。
「……お前、リストのことをどう思っているの?」
クロードはリストが出自を知っているのかは分からなかった。
聡い男だけれど、宰相達が隠しているのならば知らないかもしれない。直接的な言葉では聞けなかった。
お前はリストと血が繋がっていないと知っているのか、と。
「変な女に惚れたものだと思っている」
「は?」
じいっと見下ろされる。明らかに揶揄する響きがあった。
……遅れて気がつく。私のことを言っているのだ。
「我が弟ながら女の趣味が悪い」
「な、な、お前……」
「そうは思わないか? だが、お前も男の趣味がいいとは言えないな。ギスラン・ロイスターを選んだのだから」
明らかに責められていた。眉を上げて続きを促す。
「あの清族もどきの貴族は尊大にもリストの命を狙っている」
「…………」
眉を顰める。そんな些細な動きでクロードは私の心を読み取って見せた。
「お前そのことを知っていたな?」
「……この間、知ったのよ。リストに問いかけたらそんなこと知らないと言われて。否定されたの」
「馬鹿か! 惚れた女に婚約者に殺されたかけたの? なんて屈辱的な質問されてはいそうですなんて言う男がいるのでも?」
「し、知らないわよ!」
そんなこと、知るものか。プライドの問題だとでも?
言えばいいじゃないか。関係が壊れたとしても、リストが我慢出来なくなる前に。
……でも、そうさせないのは私なのだ。流石に、自覚している。リストは私のために我慢しているのだ。
「はあ……。馬鹿げたことだ。お前達、子供のお遊びじゃないんだぞ。もうすぐ成人するって奴らが揃いも揃って餓鬼のようなことを」
「が、餓鬼って」
「リストに気を持たせるな。盛大に振ってやれ。そうしたら、ギスラン・ロイスターを大手を振って殺せる」
「そ、そんなこと、させるわけないじゃない」
「じゃあ、ギスラン・ロイスターを死ぬまで飼い慣らして、リストと結婚して責任を取れ。どっち付かずが一番幼稚だ。誰かを選んだら、誰かを失う。当たり前のことだろうが」
イルをちらりと見遣る。ギスランを殺すだの何だのと言っているから、逆上してしまうかもと思ったのだが、何故かクロードの言葉にうんうんと頷いていた。
な、なぜ? 何を納得しているんだ。
「ギスラン・ロイスターの気が狂ってるのはお前のせいだろ。責任を取れ。俺の弟が死んだら許さないからな」
「り、リストを殺させるつもりはないわよ!」
「そこの、護衛がリストを狙ってるのにか?」
イルはすんと無表情を浮かべた。はあとクロードがため息をつく。
頭を抱えて、頭痛を押し殺すように一度唇を噛む。
そして、舌打ちを一つこぼして、睨みつけてきた。
「それも知っていて自分の護衛にしていたな」
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