どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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 着いてこいと言われて中庭にある四阿に向かった。
 椅子に腰掛けると、クロードの侍女が紅茶を持ってきた。注がれて湯気が上がったカップに触れることなく、クロードは私を睨みつける。

「それで? どういうつもりだ。この剣奴のこと知っていてまだ護衛にしているのか」
「……それは」
「不義理だとは思わないのか? リストに対して申し訳ないとは思わないのか」

 正論で責め立てられて言葉を失くす。リストを殺そうとしたイルを護衛にするのは確かに間違っている。だが、今まで私はイルに助けられてきた。今更、護衛がこの男以外になるのも嫌だ。

「……お前に、私の護衛のことをああだこうだという権利などないはずよ」
「……そうだな。俺にはない。憎たらしいことに」
「リストに害を与えたとしても、イルを護衛から外すことはないわ。こいつは、私を何度も助けてくれたし、実力も申し分ない。お前は気に入らないでしょうけれど」
「リストの気持ちは無視するのか? どれほど、暗殺者が恐ろしいか、お前とて分からないわけじゃあるまい」

 胸をナイフで貫かれたようだった。
 わかっていたことだが、他人の言葉で聞くと、どれだけ残酷なことかありありと分かり情けがなかった。
 クロードはイルを処分して欲しいのだろう。
 護衛を辞めさせ、罰を受けさせたいのかもしれない。それを私に主導させたいのだろうか。
 リストの気持ちを考えろというのは、責任を取れということだ。

「……お前に何が分かるというの」
「お前が非人間であるということは分かる」
「私のこともよく知らないくせに。強い護衛を手放したくないと言って何か悪いの? リストが直接私に変えろと言ってもいないのに?」
「お前は! ……くそ、いやいい。こんな不毛なことで言い争っても無意味だ。そもそも、この男はギスラン・ロイスターのものだしな。お前がどう言おうと、護衛をやめるなどと言わないだろう」
「……そうですね」

 イルは挑発するように笑ってみせた。

「ギスラン様の命令でないと俺という男は動きません」
「……剣奴が会話に混ざるな。吐き気がする」
「申し訳ございませんでした」

 慇懃無礼な態度にクロードは眉を上げるがそれだけだった。
 鞭を打つから跪けとは言わなかった。

「お前のことを聖女だと言う頭の湯だった奴らの気がしれない。お前は自己中心的な女だ。誰よりも自分が可愛い」
「……当たり前よ。お前とてそうでしょう? 人間は他人を尊重出来ない。自分というもの以外のことなど、どうでもいいのよ」
「そうだな。露悪的に見せているのではなく、お前のそれは本心だろう。結局、誰もが我が身可愛さだ」
「そうね」

 じりじりと頭が痛む。
 気を抜くと、エンドに味合わせれた痛みを思い出す。
 頭を貫く杭の痛み……。
 苦い血の味。は、と息を吐き出す。世界を元に戻したのも、私が望んだことだ。だから、クロードからこうやって責められるのも仕方がないことだ。
 でも、誰でもいいから私の痛みを知って欲しいとも思ってしまう。あののたうち回るような痛みを乗り越えてここにいるのだと。

「でも、だから悪いと? お前だって、その紅茶を飲もうとしないでしょう」
「何の話だ」
「自分の侍女の淹れたものでも、警戒している。お前とて、我が身が可愛いのでしょう?」

 イルが跪いて私の紅茶を啜った。クロードは目を見開きながらそれを見つめている。熱いですよと言いながら、イルは私の手にカップを持たせた。
 カップに口をつけると、ごくりとクロードが唾を飲み込んだのが分かった。ごくりと嚥下するまでクロードは穴が開くほど私を見つめていた。

「……」

 クロードは一度、取っ手に手を滑り込ませたが、持ち上げることはなかった。
 やっぱり、飲めないのだ。

 ――お前と同じだ。食事に毒を盛られて以来、食が細くなった。お前みたいに吐くまではないが。食事は一日に一回だけでいい。ーーそう言っても、腹は減るんだがな。

 クロードが食事中に教えてくれたことだ。
 飄々とした彼がこぼしたどろりとした感情。
 毒を盛られた。
 ……。

 ――珍しい話でもないだろ。俺達は死ぬまで命を狙われている。毒を盛られるのも、王族の責務みたいなものだろう。とはいえ、流石にもう自分が生死を彷徨うのは二度とごめんだが。

 そう言っていたが、そもそも、誰に毒を盛られたのだろう。
 いや、分かっていることを、疑問に思うことはやめよう。
 私は誰がクロードに毒を盛ったのか分かっている。わかっていて、それでも認めたくないから、分からないふりをしていた。

「……お前に毒を盛ったのはレオン兄様、なのでしょう?」

 持ち手から指を離して、クロードは顎の下に指を滑り込ませた。品悪く頬杖をつきながら、ぼんやりとした様子で私を見遣る。

「いつから気がついた?」
「……今」
「嘘をつけ。それにしては動揺がない。お前、レオンに殺されかけたことがあるのか」
「レオン兄様にはないわ」

 答えを聞くと、明らかに気まずそうに目線を逸らされた。
 驚いた。こいつ、私に気を使っているみたい。
 さっきまで、怒っていたのに。

「……はあ。王族同士は面倒だ。血で血を争う真似はしたくない」
「だから、レオン兄様のことも殺さないの」
「殺されかけたからと言って暗殺者を差し向けてどうなる。そもそも、レオンはこっちに劣等感があるのだろうが、俺にはない。あいつは馬鹿で愚かで優柔不断ではあるが、悪い奴じゃない。ただどうしようもなく……、どうしようもなく、頭の悪い奴なだけだ」

 クロードディオス。父王様の名前から一部名前を譲られた子供。従兄弟で自分よりも要領がいい男。
 レオン兄様は自分とは比べずにはいられなかっただろう。
 ただでさえ、王と王妃の仲は最悪で、愛人を囲うほどには険悪だった。王妃は王を繋ぎ止めるために何度も何度も妊娠し、レオン兄様に構う暇もなかった。嫌われた王妃が産んだ王子に、父王様は王座を約束しなかったのかもしれない。
 第一王子で、王太子。
 どれだけプレッシャーがのしかかったのか、想像することしか出来ないが、生半可なものではないだろう。一つ一つを他人に評価され、比べられた日々。
 弟達も優秀で、父王様は愛人に夢中。
 正統な地位であるはずのに、いつもぐらぐらと揺らぐ足元。

「レオン兄様のことが憎い?」
「お前はどうだ」
「私は……、沢山助けていただいたわ。私が恨む理由なんて、ない」
「本当に? 本当に、そうか?」
「何が言いたいの」

 引き結んだ唇を小さく開けて、言葉を吐き出そうとしてクロードはやめてしまった。
 やめてしまったのを見て、ひっそりと安堵する。

「リストの話とは無関係になったな」
「……話したいことがあったのではないの」
「俺はお前がリストに残酷なことをしているから責めたかっただけだ。俺の個人的な私情を挟むつもりはない」
「そう」

 空気が一気に乾いて、クロードとの間にあった共犯めいた感覚がなくなる。あるのは、ただ、無粋な沈黙だけだった。

「ね、ねえ」
「……」

 思わず声をかけてしまった。クロードは促すように手のひらを向けた。

「イルを殺したいと思う?」
「殺していいのならばな」
「私のことも?」

 突然、頭からぽたぽたと雫が垂れた。目の前にはカップを持ったクロードがいて、中身は空になっていた。
 紅茶をかけられたのだと思った時には、既にイルが動いた。服を掴んでやめさせる。戸惑ったような彼が私をじっと見つめた。

「カンに触る女だ。良かったな。俺を怒らせることに成功した。……ほら、隣のやつを使って俺を殺さないのか?」
「私もお前と同じように王族同士で殺し合うなんて無意味だと思っているのよ」
「よくいう」

 ナイフの鈍いきらめきがイルの服の隙間から見えた。
 イルは明らかに苛立ち、興奮している。クロードはそれをわかっていて煽っているようだった。

「お前のその姿、いい様だ」



 クロードの姿が見えなくなるなり、イルは侍女を呼びつけて部屋を用意させると替えのドレスとタオルを用意させた。侍女に丁寧に髪を拭かれて、着付けを手伝われる。
 急遽用意されたからか、ドレスの色は真っ白だ。あまり着たことのない色だったが、銀のボタンがアクセントについていて気に入った。少しだけ、ギスランみたいだと思ったのは心の底にしまっておく。
 着替えて、外で待っていたイルの姿を捉えて口を開く。

「あれは私が挑発したのだから、クロードのことをギスランに報告しないで」
「……そういうわけにはいきません」
「あいつは私に対して正当な怒りを抱いていたわ。あれで済んだのをありがたく思わなくては」

 むしろ、クロードがまっすぐな奴で助かった。紅茶をかけるだけにとどめてくれたのだから。あまり、熱くもなかったし。にこにこと笑って、手を出されずに済んだ方が恐ろしかった。直接的な手に出てくれて良かった。

「こういうと、自惚れのようですけど、俺のせいですよね?」
「お前をそばに置きたいと思ったことの何が悪いの? 悪いのは、あいつに……リストに誠実ではなかった私の方でしょう。クロードは私に怒っていたのよ」
「庇うべきでした。申し訳ありません」

 貧民達の家でイルのことを初めて見たときのことを思い出す。
 学者風の男だったから、剣奴だと言われてちぐはぐに思えた。
 実際イルは強かった。私が預かり知らぬところでこいつは戦って勝ってきているのだ。いつだって、守られてばかりだ。

「お前が庇わなくて良かった」

 イルは少しだけ責めるように私を見つめた。
 大切なものを道のどこかに失った子供のような悔しいような、悲しような複雑な表情だった。
 こいつは死ぬとき、ギスランに一瞥だって欲しくないと言っていた。理解ができなかった。そんな悲しいことをどうして誇らしく言えるのかも、分からなかった。
 だから、きっと私の気持ちも分からないのだと思う。イルのことを気に入っている。口うるさいし、生意気だし、反抗的だけど、こいつは私を守ってくれる。傷を負っても何も言わず、命の危機もない紅茶だって庇っていれば良かったと苦悩する男。
 私はずっとこんな人間に守って欲しかった。絶対に死なず、私を恨まないで側にいてくれる男に。
 私の行為は打算的なものだ。賞賛されてはならない、馬鹿げた矜持だ。 

「お前が紅茶をかぶらなくて良かったわ。その眼鏡が汚れなくて良かった」

 ギスランの剣奴だ。私のものじゃない。



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