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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「そもそも、誰のための騎士なのだか。忠誠とて、本当にレオン兄上に誓われた訳じゃない。ただ、そのようにあるべきだと、マイク兄上が誤解しているだけだ。生きることは苦痛だった。ただ、漫然として生きていた。生きる意味がない。……マイク兄上が日記に書いていた言葉だ。昔、盗み読んだことがある」
「……え?」
「マイク兄上は昔から希死念慮が強い。一度、本当に死のうとして馬車に脚を轢かせたことがあったが、ダンがたちどころに直してしまった。それからは逆に死ぬのが怖くなったとも言っていたな。死にたがりで、怖がりなんだ。だから、騎士なんてものになった。王子の一人が騎士になるなんて意味がないのに」
「マイク兄様が死にたがり……」
そんなの一回だって感じたことがなかった。
マイク兄様は朗らかで、優しい人だ。その印象しかなかった。
穏やかで健康的な人。だから、騎士になったのだとばかり思っていた。
馬車に脚を轢かせたことがある……。清族が治せたからいいものも、本当ならばもう二度と歩けなくなっていたはずだ。
マイク兄様が自分で進んでやったとしたら病んでいる。
「どうして、マイク兄様は死にたがっていらっしゃるのですか」
「むしろ、どうして死にたくならない? ぼく達はあまりにも普通と逸している。貴族どもと比べても、家族関係が歪だ。愛人の子はぼく達にとっては憎むべき相手だろうに、母上がお前の姉を殺してしてしまった。憎むにも、同情が前に立つ。愛人の子を恨む自分が狭量に思えて、母への憎しみが溢れる。どうしたって嫌悪を抱く罪悪感に苛まれる」
「……」
「レオン兄上はマイク兄上に殊更辛くあたっていたし、ぼくの方が賢かった。馬にうまく乗れるから、何だと? 鹿狩りが上手ければ王子として安泰ならばマイク兄上はよかったのだろうが。何の保証もない。そもそも、王子は賢かろうと、優しかろうと、謀略に優れていようと、剣術に優れていようと何の得にならない。女どもに騒がれたいなら別だろうが」
口を挟めなかった。私とフィリップ兄様達の置かれていた状況はあまりにも違いすぎる。
私はほとんど覚えていないが、私自身がきちんとした教育を受けたのは、母が死んだあとだったと思う。それまでは、きちんとした教育も受けていなかった。
だから、産まれたときから、王子として期待されてきたフィリップ兄様達のことを知らない。
どれほど過酷で、競争させながら育ったのか。
私はサガル兄様と比べられたことなんてない。男と女の違いもあるのだろうけれど、そもそも比較されるような存在じゃないのだ。
自分の素質だけを吟味され、比べられ劣っている、優れていると決められるのは、きっと辛いものだ。
他人の評価が気になって、耳を聳たせてしまうに違いない。
肉親……兄弟ならばとくに。
「国王になるまで瑕疵なく、貴族どもと後ろ盾の王族の機嫌を伺いながら生きる。求められるのはそれだけだ。民衆から人気があり過ぎても、気に入らないと殺される可能性があるし、嫌われ過ぎると使い物にならないと捨てられる」
「マイク兄様達を人形のように扱うものがいると? 王族を?」
「王族など、そもそも人形のようなものだろう。レオン兄様一人では税の徴収すらできない。城の補修も、騎士達の訓練の代金も払うのは別のものだ。ぼく達は一人では生きられず、この服ですら自分で決めたものではない」
そういって、シャツを引っ張るフィリップ兄様はどこか冷めた表情をしていた。
「結局、一人で生きられない時点で一番偉いと言えるのか。それは飼育されているのと何が違う? 卵と肉のために恭しく世話をされる鶏と同じでは。餌を毎日、運ばれて毎日、作り方も分からない食事をする。ーーこれは偉いのか」
「……、そ、それは」
分からない。考えたこともなかった。それは偉いと言うことなのだろうか。少なくとも、自由ではない。自分で決めたことは一つもない……。
「マイク兄上はそういう日々の無力感から、死にたくなったのかもしれない。おれ自身、よくは分からない。ぼくはそう思ったことががないから。結局、これはぼくの考えでしかない。そもそも、マイク兄上が死にたがっていたのは、母上が愛人を殺す前だった。全く違うところに原因があるのかもしれない」
「……そうなのですね」
「だが、マイク兄上を殺すつもりはない。どれだけ死にたがっていようと、ぼくは兄上に死んで欲しくない」
美しい願いに急に、瞳が潤んだ。
フィリップ兄様はレオン兄様の次は、マイク兄様の身動きを止めようとしているのだと勘付いているけれど、死にたいと思っている人間にそれでも生きて欲しいと思うことは間違いだと思えなかった。
「マイク兄上は両腕を貰おうと思っている。騎士は剣を振る腕がなくなればもうそれは騎士ではないだろう。兄上はやっと騎士という不相応な立場から解放される」
フィリップ兄様は独善的なことを言う。
無茶苦茶で、狂っている。
彼のいう言葉は常軌を逸していて、どこからどう考えても良心のある人間の言葉とは思えない。
途中までは理解ができるのに、解決策あまりにも残酷で同意することが不可能だった。着地を失敗した結論だ。
喜ぶのはフィリップ兄様だけ。レオン兄様とマイク兄様の意思は無視されている。
「フィリップ兄様のお考えは、私には同意できない部分があります。レオン兄様の次は、フィリップ兄様の腕? あまりにも……」
「残酷だ? 横暴だ? だが、それ以外にぼく達が仲良くいられる保証がない」
「な、仲良く?」
出てきた言葉に目を丸くする。幼稚な言い方だった。
「ああ。レオン兄上に、ぼくは殺されかけた」
「殺されかけ、た?」
「そうだ。ぼくがマイク兄上がいなくて都合がいいと思ったようにレオン兄上も同じように思ったようだ」
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