どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「カルディア、カジノで勝っているときは勝たされていると思わなくては駄目だよ」

 ポーカー。よく知らない遊びだったが、ノアが来るまでは楽しかった。
 スリーカード。フルハウス。フォーカード。
 私は負けなしだった。チップがうず高く積まれ、相手が汗をだらだらと掻き狼狽える姿が心地よい。ルーレット、ダーツ、ダイスゲーム。どれもやったが、一番カードゲームが楽しかった。

 でも、ノアが来るまでだった。私の手札はワンペアすら出来なくなった。

「勝たせて、勝たせて、降りることを考えなくさせるんだ。一度負けてもただ運が悪かったと思うだけ。もっと、もっと。取り戻す為に客はチップを積む」

 手札を広げる。ノアはツーペア。私はワンペアもない。
 チップがノアへと移動していく。あんなにあったチップは今や私の元手と同じくらいになっていた。

「もう少し、やろうか」
「……え、ええ。今度こそ私が勝つもの」
「ふふ、うん。そうだね。今は運が悪かっただけだ。――ねえ、カルディア」

 淡い微笑みで、ノアがカードを受け取る。いつものヒステリックそうな表情は微塵もなくて、ただ客をもてなすような余裕な表情だった。

「カルディアはもう絶対に勝てないよ。俺に跪いて許しを乞うまで」
「絶対にそんなことはしないわ」
「そう?」

 ノアは、一切の手加減をしなかった。私はただ、蹂躙され負け続けた。チップ一枚まで毟り取られる。
 あの屈辱をノアが教えた。





「カルディア姫って運悪そうですよね」

 イルの減らず口を無視して、ベットする。ノアにはボロボロにやられたけれど、対人戦に弱いだけ。ルーレットみたいな完全に運が必要なものは得意なのだ。……いや、一回しかきちんとやったことなんてないのだけど。

 黒の十。一点賭けだ。

「……挑戦的過ぎません?」
「こういうのはこういう風に賭けるのがいいのよ」
「ギャンブラーの才能が無さすぎる……」

 うるさい。
 他の客達もそれぞれ賭け始めた。
 ここは王都にある公営賭博場だ。貴族階級が多い。国内のではなく、海外からの客人が多いだろうか。
 まあ、この時期、ライドル王国の貴族達は殆ど避暑地に行っているだろうし、残っているのは観光しにきた人間達だけだろう。
 王国の一部で疫病が流行っているとは思えないほど、盛況ぶりだ。
 真っ赤な絨毯は多くの足跡で汚れており、貧民らしき男が何度も往復して掃除していた。
 ノアに連れて行かれたのは公営賭博場ではなく非公認のものだったので、賭け金は法外だった。それと比べるとお遊戯のようなお金だ。
 ……ギスランのお金なのだけど。

「――ギスランはまだポーカーをやっているの」

 ちらりとテーブルへと視線を向ける。
 男が四人、顔を突き合わせてカードを弄んでいる。

「今は三回戦みたいですよ。あの音楽家もテウ様も弱いですね……」

 ギスラン、イヴァン、テウ。最後はトーマではなく、蘭王だった。
 トーマはいまだに面会謝絶だ。起きてはいるらしいのだが、人に会える状態ではないという話だった。よく分からないが何度か儀式をしなくてはならないという。
 罪人が必要なのだとか。訳が分からない。どうして看病に罪人が必要なのだろう。仄暗い何かがそこにありそうだったが、誰に尋ねても知らないふりをされた。呪術とやらが関係しているのだろう。

 トーマのかわりにどこから噂を聞きつけてきたのか、蘭王が椅子に座っていた。
 イヴァンもテウもギスランには敵わず、お手上げ状態のようでそうそうに勝負から降りている。たった一人、蘭王だけがギスランに勝負を挑んでいるようだ。

「ギスランが強いだけでしょう。あいつポーカー強いのね」
「ギスラン様は大体のものはそつなくこなされますからね。――と。ディーラーがボールを投げるみたいですよ」

 ああそうと、よそ見をしながら答える。
 どうせ見守っても結果は変わらないのだ。
 ホイールを回し、ディーラーが玉を入れる。

「締め切ります」

 ディーラーが声をあげて宣言すると、ベルが鳴る。賭けの終了の合図だ。
 カタカタとボールが音を立てながら走っていく。やがて息切れするように音がしなくなっていき、崩れ落ちるように止まった。
 回転が止まると、ディーラーは高らかに結果を叫ぶ。

「黒の十」
「は……?」
「配当は……三十倍ぐらい?」
「三十六倍だったかと。い、いやいやいや。え? 当たった? 本当に?」
「何よ、その疑わしそうな目は」

 ディーラーが配当するチップを受け取りながら、慌てふためくイルに視線を送る。

「こういうのは当たるように出来ているのよ」
「どういう……? 王族になるとカジノの方が融通を……?」
「お前にも少しあげましょうか」
「え、ええ……。俺なんか怖いんですけど……」

 そう言いながらチップを受け取るのだから現金な男だ。

「……ギスラン様に間男認定されてしまう」

 チップを貰っただけで大袈裟な。どちらかというと、賄賂だろうに。

「間男ではないでしょう。お前は護衛なのだから。まあ、この賭博場で私に何かしようとするものなんていないと思うのだけど」

 チップを再び一点に賭ける。
 さっき増えた分も含めてイルにやった以外全てだ。

「ま、また!? カルディア姫はあんまりお金持たない方がいいですよ。全部スリそう。こういうのは連続して当たらないって相場が決まってるんですよ!?」
「お前、本当に不敬ね……」

 とはいえ、そう言われると心配になってくる。次は赤のニ。直感で選んだので根拠なんてない。そもそも、一喜一憂したところで所詮は最後、胴元が勝つように出来ている。
 このチップだって、いつかはとられてしまう。

「少し減らしては? まだ、変更ききますよ」
「お前、誘惑しないで。どうせなくなるのならば一回でなくなる方が後腐れなくていいのよ」

 意味わからないという顔をしたイルを尻目にディーラーが締め切った。玉がコロコロと回り、ルーレットが止まる。

「赤のニ!」
「は、はあ!?」

 雪崩を起こしそうなほどチップが押し寄せてくる。スタッフがこれでは嵩張るだろうからと、位が違うチップと交換していく。そのチップも同じように賭けると、周囲からどよめきが聞こえた。

「ど、どうなってるんです? 二連続であたるものなんですか、こういうの」
「な、なぜ、周りに人が集まっているの」
「こういうのはまず赤か黒かかけることが普通なんですよ。あるいは奇数か偶数か。一点賭けなんてどれだけ確率低いか……。それも二回も当てたらそりゃあ注目されますよ。というか、まだやる気なんですか?!」
「まだ二回しか遊んでいないじゃない」
「カルディア姫って賭けの醍醐味分かってないんじゃ……。ただ、金を増やすだけじゃないんですよ。当たるか当たらないかというどきどきを味わうっていうか……」
「どきどき」

 ノアに惨敗したあのときから、カジノというのは最後ボロ負けして終わるものだと理解してしまった。最終的に積み上げたものが崩れていくというのに、どうしてどきどき出来るだろう。結果の見えているものを喜ぶのは虚しいのでは。

「胴元が儲かる仕組みなのよ、カジノって」
「悟ったようなことを! カルディア姫に教えたの誰です? 羨ま……いえ、不敬な」
「お前今羨ましいとこぼさなかった?」

 こいつ段々不遜になってないか? ギスランの前でもこんな赤裸々なこと言っているんじゃないだろうな。

「ノアよ。昔、あいつにカジノに連れてこられたことがあったの。カジノ遊びは貴族の嗜みだなんだと」
「ノア、って、ノア・ゾイディック様ですか」
「ええ。元婚約者だったもの。あいつがゾイディックの当主になる前だったのよね。義手ではなかったけれど、麻薬漬けではあったわ。気鬱が激しくて」
「そのときにカジノで一緒に遊んだ?」
「ポーカーでボロ負けしたの」

 イルは噴き出すように笑った。こいつ!

「……その、一度訊いてみたかったんですけど、どうして辺境伯達との婚約がなしになったんですか?」

 ディーラーの伺う視線が向けられる。
 もうすぐ締め切るつもりなのだろう。チップは出したまま、腕を組む。ノアと来たときは五回、一点掛けで勝った。五回目でオーナーが飛んできてポーカーはいかがですかと手揉みして別室に案内されたのだ。

「ギスランが正式に婚約者として決まったからと聞いているけれど」
「それだけですか? なんか、イーストン辺境伯も、ゾイディック辺境伯もカルディア姫に未練タラタラな感じするんですけど」

 ノアは私を純粋に惜しんでくれているのだろうけれど、トヴァイス・イーストンが未練だなんてありえない。あの男は私と結婚せずに良かったと胸を撫で下ろすような奴だ。

「ノアは情が深い男なのよ。トヴァイス・イーストンのことは気のせいよ。あの男の未練と感じられるものは基本的には子供のような独占欲や支配欲に決まっているわ」
「……そうですか? というか、蘭王もカルディア姫目当てですよね? あいつ、どこで姫様の情報を手に入れたのやら。……ギスラン様が監禁とか危ういことを言い出すわけだ」
「勝手に納得しないで。人を多情扱いして」
「多情なのは事実だと思いますけど」
「お前まで……。蘭王は私も知らないわよ。あいつなんで身内面してるの? 私はあの男の素顔だって見たことがないのに」
「そりゃあ、見られたからには妻になっていただかないといけませんので」

 真後ろから声がして振り返る。シャンパンを片手に、仮面をした男がにやりと笑う。

「俺の素顔にはそれだけの価値がありますからね」
「ふうん、そう。興味がないわ。お前、ポーカーは?」
「ギスラン様が強過ぎて楽しくありませんでしたので、ヤケ酒でもと思って探してみればこんなチンケなものしかなくて。いけませんねえ、お綺麗な場所は」

 ちらりとギスランがいるテーブルに目を遣ると、イヴァンが頭を抱えて項垂れているのが見えた。あいつ、ただでさえ酒で身を滅ぼしていたのに、ギャンブルも弱いのか。私の従者となったのだから、今後はどちらとも禁止にしよう。

「ギスランが強いのではなく、お前が弱かったのでは」

 玉が止まった。ディーラーが震える声で宣誓した。

「赤の五! 赤の五です!」

 どよめきが伝わる。チップの海が出来た。漣のように、ジャラジャラと音がする。さっき位の上のチップに変えたのに、またチップが増えた。

「は? どういう状況ですか、これ」
「私が賭けに勝ったのよ」
「いや、いやいやいや。尋常じゃないですよ、こんなの。オッズ増やしてます? は? 勝ったのは三回目? 一点賭けで? 賭博師? 賭博場の支配者なんですか?」
「ただ勝っただけでしょう、大袈裟な」

 ノアは五回、一点賭けで勝っても笑っていただけだったぞ。
 こういうのは稀にあることではないのか?

「金のなる木! ……いやあ、お姫様、流石ですね」
「お前堂々と金のなる木と言わなかった?」
「賭け事にもお強いとは。流石は百戦錬磨。狙った男は悉く堕としてきた魔性」
「何の話よ、何の!」
「俺もその豪運にあやかりたい! 次はどこに賭けます? 俺もお供しますよ」

 誰が教えるか。人を魔性の女扱いして。
 そもそも、視線を集め過ぎて面倒だ。適当に黒の六と言ってテーブルを去る。

「え、もう賭けられないので?」
「お前が私のかわりに賭けるのでしょう? ならば私がお前の代わりにポーカーに参加するのよ」
「ええ? このチップ使っても? 増えた分だけ貰いますので!」
「いいけれど。減った分はお前が払いなさいよ」

 チップをちょろまかさないようにイルに見張らせよう。どうせ、うまくいかないだろうし。他人の運にただ乗りしようとする人間が酷い目に遭うのがカジノだ。
 イルに目配せをして、ギスラン達がいるテーブルへと進む。

 テウとイヴァンが顔を覆ってカードを伏せていた。もうすでに勝負は終わっているらしい。
 蘭王の席に座ると、ギスランがそっと目線を上げた。今日は血の巡りがいいのか、少しだけ元気そうに見えた。

「お前達、弱すぎる」
「ギスラン様がお強いんです」

 テウがもう諦めたように首を振った。

「お姉さんも参加する?」
「ええ」
「……お姉さん?」

 ギスランがぴくりと片眉を上げる。不快感が見てとれた。待て待て、変な呼び名でもないだろう。

「カルディア姫を気安く呼んでいるのか、お前如きが?」
「従者ならば、当然では」
「お遊戯だろうに。カルディア姫の人形にすぎないお前が馴れ馴れしく接するなど、不敬だとは思わない?」

 ギスラン、こいつ何を怒っているんだ!?

「ギスラン、お前何を怒っているのよ。お前も私をお姉さんと呼びたいの?」
「……違います」

 私もお前にだけはそう呼ばれたくない。

「ですが、この音楽家もカルディア姫のことを呼び捨てで……。不敬では? カルディア姫のことを名前でお呼びするなど。従者にあるまじき呼び方では」
「それは、まあ。そうね」

 よくよく思えばイヴァンは私を呼び捨てにしているな。

「……幼い頃に、カルディアが許可してくれたんだよ。カルディア姫と呼んだら、カルディアがいいと。婚約者にはそう呼ばれているからと」
「は?」

 私がイヴァンにそう言ったのか?
 いや、というか婚約者が私の名前を呼び捨てにしている?
 ギスランはずっとカルディア姫と呼んでいたから、ノアとトヴァイスのことなのでは。
 まずいと思いギスランを見遣る。表情が消えていた。

「へえ」
「ギスラン、お前も私をカルディアと呼んだら? 夫婦になれば私も姫ではないのだし」

 な、なんとか話を逸さなければ。

「カルディア姫はカルディア姫ですので」
「いや、おかしいでしょう。降嫁することになるのよ? お前のものということになるのだから、いつまでも姫と呼ばれるのはおかしいでしょう」
「カルディア姫はいつまでも私のカルディア姫なので」

 意固地になっていないか、こいつ。
 ギスランは意味ありげに視線をテウ達に投げた。

「……賭けをしよう。ポーカーで再び私に負ければお前達はカルディア姫のことを姫様と呼べ」
「では、ギスラン様は代わりに何を賭けられるのか」
「お前達のこれまで賭けたチップをまるまる返そう」

 チップを投げ捨ててギスランが笑う。
 こいつ、意味のわからない賭けを戯れでしようとしていないか!?

「意味の分からない賭けをしないで」
「ではカルディア姫も賭けに参加されますか?」
「……負けたらどうなるの」

 興味本位で尋ねてみる。チップは今、蘭王が持っている。
 ちらりと覗き見る。あいつ、一点賭けで負けてるな。
 ギスランは一瞬、考え込むように指で唇に触れた。ふっと口元が綻ぶ。

「旦那様、とカルディア姫から呼ばれてみたいです」
「は?」
「あるいは愛しい方とか。ああ、私のものと呼ばれるのも良いですね」

 頬に手を当てて恥じらっている。
 ……だ、旦那様!? 流石に気が早いというか、まだ結婚していないのに、そう呼ぶのは恥ずかしすぎないか!?
 というか、私のものと言われたいのか!?

「ギスランはカルディア姫のものですので。もの扱いされるのはとても心が踊ります」
「お、踊らないで」

 わ、分からない。倒錯が過ぎる。

 勝つ。勝ってやる。

「……お前。負けたら私のことをカルディアと呼びなさいよ」

 挑発的に笑ってみせる。ギスランはこくりと頷くと、照れるように口元を隠した。

「はい、カルディア姫」

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