【完結】自称ワンコに異世界でも執着されている

水市 宇和香

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第二章

一話 君のため

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 最後の客が退店してから、早一時間。

 明日焼くパンの生地をこね、卓をふいて、食器を洗う。食堂を閉めたあとの片付けと翌日の下ごしらえはいつも慌ただしい。それでも、アザミが変わらず朝夜の手伝いを続けているうえ、ハナミも頭数に加わったことで、ラロンド食堂は忙しいながらも以前よりだいぶ早くその日の作業が終わるようになった。

 ハナミがニーナ市にやってきてから十日が経つ。「働かざる者食うべからず」という親方の言葉に従い、彼はラロンド食堂で働き始めた。ハナミはアザミよりよほど手際が良く、すぐさま即戦力となった。その結果、店じまい後の空いた時間で新たな日課となったのが、夜のお茶会である。ハナミが作った菓子を一日の終わりに食べるのだ。

「今日はスグリとドモンの実のビスケットだよ」

 そう言ってハナミが厨房の作業台に皿を置いた。山盛りに盛りつけられたビスケットは、見るからにザクザク食感でおいしそうだった。

「あんたたちのとこじゃあ、この焼き菓子をビスケットって言うんだね」

 そう言いながら、アンリが鍋から牛乳を注いでくれる。

 立ったまま三人で小さく乾杯をして、ビスケットを口に入れると、ドモンの実の香ばしさとスグリの甘酸っぱさが口内に広がった。おいしい。

 もぐもぐ咀嚼していると、

「今日の肉団子に、スグリを入れてみたんだけどどうだった? 初めて試してみたんだよ」

 と、アンリが言った。

「え?」

 ここ数日、アザミたちは昼食に弁当を持参している。教会での仕事が終わり、今はシモン・モンフォール邸で作業を行なっているのだが、その屋敷が食堂からは遠く、昼に帰ってくることが難しいためだ。今日の弁当には確かに肉団子が入っていたが、スグリの酸っぱさは感じなかったような……。

 昼の記憶を手繰り寄せていると、ハナミが得意げに口を開いた。

「アザミくんはそういう食べかたが好きじゃないので、スグリ抜きの肉団子を作って入れておきました」

 褒めてと言わんばかりにこちらを見ている。にこにこと満面の笑みで。

「感想を聞いてみたかったんだけどねえ」
「すみません……」

 残念そうなアンリに謝罪する。当のハナミは、

「だってアザミくん、酢豚にパイナップル入ってるのも嫌いでしょ?」

 と、自分の正当性を主張していた。確かにアザミは酢豚にパイナップルを入れるのは得意ではない。リンゴ入りのポテトサラダも。ハナミの気遣いに礼を言うべきなのだろうか。しかし、アンリが欲しがっている感想を言ってあげられなかったのは申しわけない。それに、人が作ったものを本人の目の前で「はい、嫌いです」なんて言えない。

「スブタニパイナツフルっていうのは果物かい?」
「あ、料理の名前で……」

 どんな食べ物か説明しているときも、「アザミくんには食べさせないであげてくださいね」だの「アザミくんが好きな食べ物は甘さ控えめのお菓子と、焼き魚なんですよ」だの口を挟んできて煩わしい。

「うるさいっ!」
「えー、ごめん」
「あはは、あんたたち本当に仲がいいんだね。アザミは年の近いのがいないし言葉数が少ないから心配してたんだけど、打ち解けられる相手がきてくれて良かったよ」

 アンリにはアザミたちが親しく見えているらしい。確かに十日ともに過ごして、だいぶ以前の友人らしく振る舞えるようになった。再会以来、ハナミが昔のように接してくれたおかげである。

 と、アザミの日常にハナミが馴染んできたころ、事件が起きた。



 


 マシ国との境には広大な山々がまたがっている。その山中には果てしなく長い城壁が延び、数多の兵士が国防のため配置されていた。緊張感溢れる城壁の中途には、巨大な石造りの城が建っている。城は三つの塔から成っていて、親族の他、多くの家令や兵士、職人がニーナ辺境伯とともに暮らしていた。城には定期的に農家や商人が品物を卸しにやってくるおかげもあり、新年や収穫祭といった特別の行事以外、ニーナ辺境伯が自ら治める都市を巡ることは少ない。

 ところ変わって、ニーナ市西区のはずれには、土地はそこそこの広さだが、あばら家と呼んで差し支えないほど荒れた屋敷がある。ニーナ辺境伯の叔父にあたる、シモン・モンフォールの屋敷だ。

 降り注ぐ日差しは、王族の金色の髪のごとくまぶしく輝き、爽やかな風は尊き血筋の息吹そのもの。王家の加護に包まれて、過ごしやすくなってきた九月の中旬。

 庭には夏のあいだぐんぐん伸びた雑草が生い茂っている。その草木に隠れるように、十体の彫刻が点在していた。

 この彫刻は二十年前、ゴーチエ親方が手がけたものだという。鳥や鹿、ターウンなど様々な動物を模した非常に美しい造形だ。雨風にさらされ傷んでいてもなお迫力があり、見るものを惹きつける。

 修復すればまだまだ現役だろうに、今回ゴーチエのギルドに依頼された仕事はこの彫刻を直すことではなく、新たな彫刻を作成することだという。アザミたちギルドの他にも多数の人間が出入りしていて、屋敷の修繕、草木の剪定、家具の入れ替えも同時に行うらしい。

「かーなーり若い奥さんをもらうっていうんで、張り切ってるらしいぜ」とは、マルク談。

 先日遠目に見たシモン・モンフォールは、六十過ぎくらいだったなと思い起こす。奥さんが何歳なのかは怖くて聞けない。

「新しい彫刻、気に入ってもらえるといいですね」

 慌てて話をそらしたが、

「若い女が裸の女の像を喜ぶわけねえだろ」
「確かに! 夜に何体も並んでるところ見たらぞっとするぜえ」

 ぎゃははとマルクたちが盛り上がったせいで、親方に「うるせえ!」と怒られてしまった。

「っつっても、こんな仕事真面目にやってらんねえよなあ」

 ユーグがぼやくのには理由がある。

 秋の日差しが降りそそぐなか、アザミたちはせっせと庭の草むしりをしていた。この屋敷で仕事を始めてから三日、まだ一度も彫刻には着手していない。というのも、植木職人がなかなか庭の完成図を決めてくれないため、どこに裸婦像を置くかが定まらないのだ。親方同士何度話し合っても意見がまとまらない。挙げ句の果てには「こんな草ぼうぼうの庭じゃあ創造できないよ!」と嘆く始末。

 そこでゴーチエが「ごちゃごちゃうるせえ! 俺らで庭中きれいにしてやるからさっさと図案を考えやがれ!」とぶち切れたのである。

 一番年配のゴーチエが黙々と作業しているため、誰も表立って文句は言えないのだが……。

「あと三日はかかるぜ」
「あはは……」

 まだ入り口すぐの一角しかまともに手入れできていないのだ。何年放置すればここまで荒れてしまうのだろうか。

 同調していいのか迷い、曖昧に笑う。しかし、マルクはますます語気を荒くした。

「少しでも金を持ったら全額酒に注ぎ込んじまうって昔から有名なんだぜ、ここのじいさん。だから親族に愛想つかされて、こんな屋敷に追い出されたんだ。酒もいいけど、日頃からちゃんと屋敷の手入れくらいしろってんだよなあ」
「まったくだ。甥っ子のニーナ辺境伯の城を見習ってほしいぜ」

 ユーグがそう言って大きく手を広げた。

「何年か前に改築したんだけどさ、王都の貴族様の屋敷より豪華なんだぜ!」
「王都に行ったことなんてないくせに」

 すかさずリュックの突っ込みが入る。

「ははは。でも王都以上ってのは、俺じゃなくて行商のおっちゃんが言ってたんだ。ニーナ市はどこもかしこも賑わってて豪華で金の匂いがするって。だからきっとニーナ辺境伯の城は王都のそのへんの屋敷なんかよりずっとすげえんだよ」

 ニーナ市から出たことのないアザミでも、この地域一帯が活気づいていることはわかる。それはきっと、マシ国との交易が盛んだからなのだろう。

「いいかげん静かにしろ!」

 と、ふたたびゴーチエの怒鳴り声。

 それからアザミたちは、言葉も交わさず草むしりに勤しんだ。草の合間からバッタやコオロギ、時にはカエルと魚を足して割ったような初めて見る生き物まで飛び出してきたが、田舎育ちのアザミはさほど気にならなかった。
 天高く太陽が昇ったころ、ようやく親方の合図で昼休憩となる。引っこ抜いた雑草を敷物がわりに、皆で輪になって座った。

 マルクとリュックは根っからの文化系なので、半日の作業ですでにぐったりしている。疲労困憊すぎて、弁当がのどを通らないようだ。

 アザミは弁当をすべて食べ終えてから、もう一つの容器を取りだす。これは昨夜ハナミが作ってくれたスグリとドモンの実のビスケットだ。たくさんできたからと、おやつに持たせてくれたのだ。

(疲れてるときにビスケットって食べる気になるかな? 口の水分がなくなるし、嫌がらせかと思われるかも? でもスグリの甘酸っぱさは疲れてても食べやすいし、疲れてるときは甘いものって言うし……)

 ぐるぐる悩んでいると、マルクがアザミの手元を覗きこんだ。

「何それ、うまそ」
「あ、これ……良かったらどうぞ」
「いいの? そんじゃ、遠慮なく」
「俺も食べる!」

 わらわらと職人たちが寄ってたかってビスケットを持っていたせいで、アザミに残されたのはたったの一枚だった。

「これはハナミが作ったのか?」

 誰かに渡されたらしく、親方もビスケットをかじりながらそう言った。

「はい。余った食材でいつも作ってくれるんです。食堂の片付けが終わったらアンリさんと一緒に食べさせてもらってて……」

 すると、ギルドの面々から口々に「ずるい!」「俺らも夜食で食べたい!」といった声があがる。

「うん、うまいな」

 めったに人を褒めない親方がビスケットをそう評したことにアザミは驚いた。自分の口角が上がっていくのがわかる。

「はい、すごくおいしいんです!」

 午後も頑張れそうだ。ビスケットをかじりながらそう思った。






「ってことがあって、ハナミのビスケットがすごく好評だったんだ」

 その日の晩。卓を囲みながら昼間の様子を報告すると、ハナミは烈火のごとく怒った。

「は? なんで他の人にあげるわけ?」

 低い声ですごまれ、しどろもどろになってしまう。

「え、だって、みんな疲れてたし……」
「そんなの関係ないよ。あれはアザミくんに作ったやつなんだけど」
「いや、でも昨日のあまりだろ……? 僕、昨日たくさんもらったし……」

 どうしてこんなに責められているのだろうか。昨日はアンリだってビスケットを食べていたのだから、アザミのために作ったというのは正しくない気がする。しかし、ハナミの勢いに気圧されそうになる。

 と、二人の様子をおもしろそうに笑って見ていたアンリが、助け舟を出してくれた。

「ハナミには、アザミがビスケットを独り占めにするなんてみみっちいこと、平気でやるように見えんのかい?」
「えー……それは……、アザミくんはそんなことしませんけど……」
「だろ? だけど、アザミもハナミの気持ちに少し寄り添ってあげるといいかもね。ハナミはいつも、アザミが好きなもんを作るって張り切ってんだよ。このビスケットも、スグリ多めのほうが好きだろうってね」

(どおりで……)

 ハナミが作る菓子はいつもアザミの好みにぴたりと合致していた。彼は日本にいたときから自分のために菓子を作ってくれていたことを思いだす。

(悪いことしたかな……)

 ハナミの事情も聞いてやれば良かった、と反省していたが、

「ていうかね、二十も半ばのいい大人がそんなむきになってんじゃないよ」

 アンリはそう言ってハナミの額を軽く小突いた。二十六歳の成人男性が恨めしそうに母親ほど歳の離れた中年女性をにらむ。

「男並みの馬鹿力ですね」
「ふふふ、腕相撲で勝ったら結婚してってゴーチエさんに迫った若いころが懐かしいわあ」

(え、結婚してるってことは腕相撲に勝ったってことっ?)

 二年一緒に過ごしてきたが、初めて知る話だった。

 目を丸くしていると、ハナミが改めてアンリに向き直る。

「アザミくんが他の人にお菓子を分けてあげる必要がないくらい、俺がたくさんお菓子を作ればいいんですよね。このニーナ市ではどうやったらお菓子を販売することができるのか、方法を教えてもらえませんか?」

 すると、別の卓に座っていたマルクが立ち上がった。

「おいおい、俺らにも仕事終わりのご褒美くれよお。なんで金なんて取るんだよお」
「そうだそうだ! アザミとアンリさんばっかりずるいぞお」

 ハナミが毎晩菓子を用意していることを知った二人は、食堂が終わるころを見計らって一階に降りてきた。三人分のプリンは五人前になってしまったが、ハナミの腕前を皆に知ってもらえるのは嬉しいと思っていた。しかし、ハナミははっと鼻であしらう。

「食べたきゃ自分で買うか恋人に作ってもらってください」

 まったくとりつく島がない。

「食堂の食材をただで使わせてもらい続けるのは良くないなと思っていたんです。いい機会なので、お菓子を食べたい人には購入してもらうようにします」
「余った材料でうまくやりくりしてくれてたし、あんまり気にしないでいいけどねえ。まあ、数を作ろうと思ったら余った材料だけじゃどうしようもないか。お菓子を販売するならまずはうちのギルドに申請してもらって……それか、うちの食堂で売ってみるかい?」
「いいんですか? なるべく早く材料費の回収をしたかったので、お言葉に甘えさせてもらいたいです」

 話がとんとん拍子に進んでいく。

「ちなみに……お菓子っていくらくらいで売るつもり?」

 ギルドの給料で足りるだろうか。衣食住の面倒を見てもらっているかわりに、アザミには小遣い程度の収入しかないのだ。この国では日本と違って甘いものは高価なので、自分には手が届かないかもしれない。しかし、ハナミはぶんぶんと首を振った。

「アザミくんからお金を取ることなんてしないよ! 俺がいつでもアザミくん好みのお菓子を作ってあげるからね」
「いや、そんな……僕だけ特別扱いしたら良くないって」
「何言ってるの、友だちだろ」
「友だちだからこそ、こういうのはちゃんとしないと」

 金銭のやりとりは近しい仲の相手ほどきちんとするべきだ。アザミが引く気がないのが伝わったようで、ハナミは「わかった」とうなずいた。

「それじゃあ俺はアザミくんの犬ってことで! ワンコは飼い主に尽くすのものでしょ?」

 わんわんと機嫌よさそうに鳴き真似をするハナミに、頭を抱えたくなってくる。ぜんぜんわかっていない。

「ワンコってなんだよ。それにおまえは犬っていうかライオン? ネコ科っぽいんだけど」

 自由気ままで尊大だし。アザミには制御できないという意味で。

「俺たちはアザミの先輩だぞ! アザミを特別扱いするなら俺たちも特別扱いしろー!」

 マルクたちが声をあげるも、

「すみません、俺そういう忖度が大嫌いなので」

(まさに今、忖度まみれの言動をしているやつが何を言っているんだ)

 しかしハナミは折れなかった。むしろ、苛立たしげに二人をにらむ。

「アザミくんに好かれててむかつくんですよ」

 これ以上何を言っても無駄だと悟った彼らは、しかたなく着席して残ったプリンにがっついた。

「あんまり高い値段にするなよ……頼むから」

 文句から嘆願になっているあたり、完全に胃袋をつかまれている。

 いっぽうのアザミは、ハナミがなんと言ったか聞こえなかった。聞き返すタイミングを逃したので「先輩たちに失礼な態度を取るなよ」とずれた指摘をして、ますますハナミを苛々させた。

 そのあと、アザミはひと足先に寝たけれど、アンリとハナミは夜遅くまで出店について話し合っていたそうだ。
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