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第二章
二話 夜話(やわ)
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「人にごちそうになったら、せめて食器を洗うくらいはしてください」
ハナミのその一言でマルクとリュックはプリンを食べた食器を洗い、なぜか明日売る予定の菓子の下ごしらえも手伝わされ、さらには卓に座らされた。
アンリはすでに自室に戻っており、食堂には三人しかいない。マルクとリュックの向かいに座ったハナミは、両肘をついて深刻な表情をしている。いったい何を言われるのかと身構えていたところに、
「アザミくんはこちらに来てから今まで恋人を作っていましたか?」
そんな質問をぶつけられたので、マルクもリュックも目を丸くした。
「いや、直接聞けよ」
「おまえら友だちなんだろ」
トルバート王国に転移する前からの仲だと聞いている。しかし、ハナミははあと嘆息した。
「聞けるものならとっくに聞いてます。アザミくんの一番の大親友でも聞けないことはあるんですよ。……で、彼はこの二年、誰かと付き合うそぶりはありましたか?」
妙に偉そうな物言いだ。後輩のくせに。
しかし、彼の整った面立ちや王都仕込みの洗練された雰囲気に気圧されて、マルクたちは強く言い返せない。
「そんな話は聞いたことないけどな」
「まあ、あいつはあんまり話さないから、俺らが知らないだけかもね」
「ふふふ。俺の前では口数多いですけど」
(ちょくちょくアザミとの仲を自慢してこようとするのはなんなんだ)
リュックはすでに辟易していた。明日も仕事だというのに深夜まで居残りさせられて、いったい自分たちは何に付き合わされているのだ。そんな思いがあったせいで、つい余計なことを言ってしまった。
「アザミだってもう十九なんだから、娼館に行ったことくらいあるでしょう」
途端、ハナミの目の色が変わる。
「は? 娼館ってどこのですか? 相手は? アザミくんが気にいる女ってどんなやつでしたか? いつ行ってました? まさかあなたたちが連れて行った?」
早口でまくしたてる様が恐ろしくて、リュックはすぐに適当な発言を後悔した。
「ご、ごめん、本当に行ったかどうかは知らないよ。今のはただの一般論……少なくとも俺たちは連れていってないし、連れ立っていくような知り合いはいないと思うな……」
「相手を知ってどうするつもりだよ」
怖いもの見たさでマルクが尋ねる。
「それはもちろん、アザミくんがどうやって相手を抱いたか聞きだして、同じ場所を俺も……」
ハナミはあたりまえのように話し始めたものの、すぐに我に帰って口をつぐんだ。代わりにぞんざいにうなずく。
「まあ、アザミくんは奥手だし、一人でそんなところには行けないでしょうね」
先ほどまでの狼狽ぶりが嘘のように、冷静さを取り戻している。今のうちに会話を切り上げてさっさと部屋に戻りたい。
「そうだと思うよ、うん、きっとそうだ。アザミはまだ子どもだからな」
すると、ハナミはじろじろとリュックたちを眺め回した。
「そうです。アザミくんはまだ子どもなんです。彼の情操教育に良くないので、今後この建物内での性行為はやめていただけますか」
「えっ」
マルクが悲痛な声をあげた。
「なんでだよお」
「あなたたちの情事の声が俺たちの階まで聞こえてくるんですよ。アザミくんが変な気を起こして性行為に興味を持ったら困るので」
(いまさらだろ)
と思ったが、これ以上何かを言うのはやめておいた。いっぽう、二十代後半にしていまだ性欲の衰えを知らないマルクは、急な禁止令に文句が止まらない。
「ハナミはアザミのこと子ども扱いしすぎだって! 十代で情事に興味がないやつなんていないよ!」
しかし、ハナミは顔を左右に振って、マルクの訴えを聞き流した。
「今はまだ子どもでいてくれないと困るんですよ。そうじゃなきゃ、今すぐにでも俺は……」
ハナミの視線は卓に向いている。何を考えているのだろう。想像したくはない。
(アザミを女遊びに誘うのは絶対やめておこう)
そう誓うのと同時に、「諦めろ」と、リュックはマルクの背中を叩いた。
ハナミのその一言でマルクとリュックはプリンを食べた食器を洗い、なぜか明日売る予定の菓子の下ごしらえも手伝わされ、さらには卓に座らされた。
アンリはすでに自室に戻っており、食堂には三人しかいない。マルクとリュックの向かいに座ったハナミは、両肘をついて深刻な表情をしている。いったい何を言われるのかと身構えていたところに、
「アザミくんはこちらに来てから今まで恋人を作っていましたか?」
そんな質問をぶつけられたので、マルクもリュックも目を丸くした。
「いや、直接聞けよ」
「おまえら友だちなんだろ」
トルバート王国に転移する前からの仲だと聞いている。しかし、ハナミははあと嘆息した。
「聞けるものならとっくに聞いてます。アザミくんの一番の大親友でも聞けないことはあるんですよ。……で、彼はこの二年、誰かと付き合うそぶりはありましたか?」
妙に偉そうな物言いだ。後輩のくせに。
しかし、彼の整った面立ちや王都仕込みの洗練された雰囲気に気圧されて、マルクたちは強く言い返せない。
「そんな話は聞いたことないけどな」
「まあ、あいつはあんまり話さないから、俺らが知らないだけかもね」
「ふふふ。俺の前では口数多いですけど」
(ちょくちょくアザミとの仲を自慢してこようとするのはなんなんだ)
リュックはすでに辟易していた。明日も仕事だというのに深夜まで居残りさせられて、いったい自分たちは何に付き合わされているのだ。そんな思いがあったせいで、つい余計なことを言ってしまった。
「アザミだってもう十九なんだから、娼館に行ったことくらいあるでしょう」
途端、ハナミの目の色が変わる。
「は? 娼館ってどこのですか? 相手は? アザミくんが気にいる女ってどんなやつでしたか? いつ行ってました? まさかあなたたちが連れて行った?」
早口でまくしたてる様が恐ろしくて、リュックはすぐに適当な発言を後悔した。
「ご、ごめん、本当に行ったかどうかは知らないよ。今のはただの一般論……少なくとも俺たちは連れていってないし、連れ立っていくような知り合いはいないと思うな……」
「相手を知ってどうするつもりだよ」
怖いもの見たさでマルクが尋ねる。
「それはもちろん、アザミくんがどうやって相手を抱いたか聞きだして、同じ場所を俺も……」
ハナミはあたりまえのように話し始めたものの、すぐに我に帰って口をつぐんだ。代わりにぞんざいにうなずく。
「まあ、アザミくんは奥手だし、一人でそんなところには行けないでしょうね」
先ほどまでの狼狽ぶりが嘘のように、冷静さを取り戻している。今のうちに会話を切り上げてさっさと部屋に戻りたい。
「そうだと思うよ、うん、きっとそうだ。アザミはまだ子どもだからな」
すると、ハナミはじろじろとリュックたちを眺め回した。
「そうです。アザミくんはまだ子どもなんです。彼の情操教育に良くないので、今後この建物内での性行為はやめていただけますか」
「えっ」
マルクが悲痛な声をあげた。
「なんでだよお」
「あなたたちの情事の声が俺たちの階まで聞こえてくるんですよ。アザミくんが変な気を起こして性行為に興味を持ったら困るので」
(いまさらだろ)
と思ったが、これ以上何かを言うのはやめておいた。いっぽう、二十代後半にしていまだ性欲の衰えを知らないマルクは、急な禁止令に文句が止まらない。
「ハナミはアザミのこと子ども扱いしすぎだって! 十代で情事に興味がないやつなんていないよ!」
しかし、ハナミは顔を左右に振って、マルクの訴えを聞き流した。
「今はまだ子どもでいてくれないと困るんですよ。そうじゃなきゃ、今すぐにでも俺は……」
ハナミの視線は卓に向いている。何を考えているのだろう。想像したくはない。
(アザミを女遊びに誘うのは絶対やめておこう)
そう誓うのと同時に、「諦めろ」と、リュックはマルクの背中を叩いた。
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