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第二章
五話 発覚(2)
しおりを挟む「あのおっさん、本当に監察史だとしたら下の下だな。目立ちたがり屋とか最悪」
ぶつぶつ文句を言うハナミの後ろ手と足首は、太い縄で固く固定されている。アザミも同様だ。
二人は今、幌のない荷馬車の荷台に乗せられ、全身雨に打たれながら教会へ連行されていた。王族に背いた人間をどう扱うべきか、司教であるオベールに尋ねるためらしい。
ハナミの仲間ということで捕まったアザミだったが、いまだにわけがわかっていなかった。ハナミが逃亡者だったことも、婚約者がいたことも、教会の壁画に描かれた転移者がハナミだったことも、どこから驚いていいのかわからない。ただ、一番ショックだったのは、そんな重要なことを何一つ知らなかったということだった。
(下手に触れないほうがいいかもなんて、思ってたけど……)
他人からハナミのことを聞かされたくなかった。
どうしてハナミは何も教えてくれなかったのだろう。親友なら教えてくれてもいいのに。ハナミにとってアザミはその程度の相手だったということだろうか。そうだとしたら悲しい。いや、彼は再会したとき、アザミのことを大切だと言っていたではないか。
またハナミのことがわからなくなる。
(こいつは何を考えているんだろう)
過去をばらされても、彼の態度に変化は見えない。動揺しているのは自分だけなのだ。それが大人と子どもの差のようでさびしい。
でも、もう昔と同じ轍は踏みたくない。今は目の前に本人がいるのだ。逃げずに聞けばいい。たとえ彼が話すのを嫌がったとしても、何も聞かないで悩むよりましだ。たぶん。仲間として一緒に捕まった今、アザミには聞く権利があるはずだ。……たぶん。
アザミは心の中で何度か深呼吸してから、なるべく自然な様子で尋ねた。
「なあ、どうしてこっちに来てからのこと話してくれなかったんだ?」
ハナミが顔を上げる。
「こっちに来てからのことって、どれのこと? 俺が王宮を逃げだしたこと? 婚約者がいたこと?」
アザミの真意を見定めるようなまなざしの強さに、思わずたじろぐ。
「全部だよ。友だちなのにおまえが大変だったってこと知らなかったのが悔しい。おまえの口から聞かせてほしかった」
結局責めるような口調になってしまった。それが気に食わなかったのか、ハナミは「ふうん」と口を尖らせた。
(怒らせた……?)
心拍数が一気に上がる。
「ご、ごめんハナミにも事情があったよな」
やはり自分から話さないのにはわけがあるのだ。それを他人がとやかく言うものではなかった。「ごめん」ともう一度言いかけたとき、ハナミが畳みかけるように問いかけてきた。
「なんで俺が婚約者のこと言いたくなかったか、わからない?」
「なんでって……犯罪者だって知られたくなかったから?」
すると、彼は「はああああああ」とこれ見よがしにため息をついた。
「好きな相手に、いくら国から勝手に決められたものだとしても、婚約者の話なんてしたくないに決まってるだろ」
「え? 好きな相手って……?」
文脈的に、ハナミの好きな相手というのは――
信じられなくて、目をしばたたかせる。
「え? 本気で言ってる?」
すると、まるで虫でも見るかのような目つきで、ハナミがアザミを見やった。
「俺がアザミくん以外を好きなわけないでしょ」
「だ、だって……再会したとき、友だちだって……」
確かにそう言ったはずだ。その言葉にアザミは心底ほっとしたのだから。
しかし、ハナミははっと鼻であしらった。
「鈍感にもほどがある。そんなの警戒されずに一緒にいる言いわけに決まってるだろ」
(こいつなんでこんなに偉そうなんだ)
直接好きと言われたわけでもないのだから、気づけなくたって仕方ないではないか。それなのになぜ自分が怒られているのか。納得いかない。
それに。
「だいたいどうして友だちじゃ嫌なんだよ。僕だっておまえとまた一緒に過ごせて嬉しかったし、おまえのこと……親友だと思ってるけど、それじゃだめなのか?」
「はあ? 何言ってるの? だめに決まってる。親友とはセックスできないじゃん」
「なっ、え、えェ?」
「俺はアザミくんとセックスしたい。だからアザミくんの恋人になりたいの」
(せ、セ、セックスって……)
自分が、ハナミと?
想像もつかない。
そのとき、ガタンガタンガタンッと荷台がひときわ大きく揺れた。ぬかるみに車輪を取られたらしい。
「わっ、う、うわ」
「大丈夫?」
尻が飛び上がったところを、ハナミが肩で受け止めてくれた。端正な顔が急に近づいて、アザミはふたたび飛び跳ねる。
「わっ!」
「意識してくれるのは嬉しいけど、危ないからちょっと落ち着いて」
「い、い、意識なんて……してないっ!」
あからさまな嘘をついて、慌てて彼と距離をとった。
「手が自由だったら、キスしてたんだけどな。残念」
荷台に背をもたれさせながら、ハナミがふふと笑う。
「かっ、勝手にそんなことしようとするな……!」
「だって、あのときも、今も、アザミくん顔真っ赤でかわいいんだもん。絶対俺のこと意識してるでしょ?」
「しっ、してない……!」
大切な相手なのは確かだけれど、きらきらして見えるけれど、マルクとリュックのような関係になりたいかと聞かれたら――そんなのわからない。二年前からずっと答えは出ない。ただ一緒にいるだけで楽しいし嬉しい。それだけでじゅうぶんだと思うのに。
「アザミくんはまだまだ子どもだなあ。しかたないから、もう少しだけ待ってあげる」
「本当におまえって偉そうだし勝手だな……」
「何言ってるの。待てができる賢いワンコだよ」
「どこが」
こんなに飼い主のことを振り回す犬がいてたまるか。
はあと息を吐く。どっと疲れた。
でも、まだわからないことだらけだ。
荷馬車はすでに西の大通りに差し掛かっている。このまま真っ直ぐ進めば、十分程度で教会についてしまう。その前に状況を整理したかった。
「結局おまえはどうして王宮を逃げだしたんだ?」
「そりゃあ、望まない結婚をさせられそうになったから。アザミくん一筋なんだよ、俺」
「で、でも、僕と再会できるとも限らなかったし、お姫様と結婚したら将来安泰とか思わなかったのか……?」
王族と結婚したら将来安泰。それは、オベール司教がしょっちゅう口にしていたことだった。だが、ハナミは首を振った。
「みんな、転移者と王族の結婚に夢を見過ぎなんだ。王族との結婚なんてお互い望んでするものじゃないのに」
そもそも王族というのは、血のつながりを何より大切にする一族なのだという。歴代の王も、その血脈も、一族を何より愛してきた。その結果、同族とばかり婚姻を繰り返し、血が濃くなりすぎる傾向にあった。そこで、異世界から現れるまったく血の繋がりがない人間を定期的に血族に取りこむことにしたのだ。
「国民からすれば、どこの馬の骨ともわからない人間を迎えいれる王族は、すごく寛大な一族に映ると思う。実際、そう見えるような演出をしているしね。だから、王族と結婚することは最大の名誉であり、素晴らしいことだってみんな思ってる。でも実態はただの種馬で、夜伽のためだけに生かされる。転移者が現れなければ血の繋がった一族の人間と結婚できたはずなのに……そんなふうに憎まれているから、夜伽以外で王族と転移者が顔を合わせることもないし、転移者から口を利くのも厳禁。王宮の一室に軟禁されて、ただ子作りするだけの存在だと考えられているんだ」
「そんな……」
ハナミはたいしたことないように話すけれど、アザミには衝撃だった。まるで人間扱いされていない。本当に種馬だ。
「まあ、俺の場合は地毛が王族と同じ金髪だってわかったら、けっこうましな扱いになったけどね。俺の前に王宮に上がった転移者はとにかく悲惨な扱いだったよ」
以前の転移者というと、盛大なパレードで迎えられた女性のことだろう。十八年間も王宮でそんなふうに扱われ続けるなんて……考えるのも恐ろしい。ハナミだって、もし逃亡に失敗していれば同じ道を辿ったかもしれないのだ。彼が逃げ出せたことに心底ほっとする。
「そういえば、教会の壁画ではおまえの髪の毛が黒色で描かれていたけど、あれってどういうことなんだ?」
「ああ、ちょうど就活時期で黒染めしてたんだ。王宮に上がってしばらくしたら根元が金髪になったもんだから、皆驚いてたな。でも、この地方までその話は届いていなかったみたいだね。それに、アザミくんの存在のおかげで、転移者がそのへんにいてもあまり怪しまれずにすんだから助かったよ」
オベール司教がアザミの存在を王都に届け出そびれたおかげで、ニーナ市の人々は王宮以外にも転移者が存在することを知っていた。その前提があるうえ、伝聞と容姿が異なっていたため、ハナミがふらふらしていても、まさか王宮から逃げ出した転移者だとは誰も思いもしなかったのだろう。アザミの存在が間接的にハナミの助けになれたのは嬉しい。
荷馬車が市場に着いた。雨のせいで普段より活気がないものの、人は多い。四方を体格のいい男に囲まれ、手足をしばられた状態で荷台に乗せられた二人を好奇の視線が襲う。
なるべく身を縮こまらせながら、アザミは尋ねた。
「僕たちこれからどうなると思う……?」
王宮から逃亡するということがどれほど重い罪にあたるのか。殺されるなんてこともあるのだろうか。状況が見えてくるにつれて、恐怖がいや増す。しかし、ハナミは悠然と構えたまま、にこりと笑ってみせた。
「俺がなんとかするから、大丈夫」
「王族に楯突いたおまえたちを、このニーナ市に置いておくことはできぬ」
事情を聞いたオベールは、開口一番そう言った。
「ちょうど監察史がいらっしゃっているのは運が良かった。彼に王都まで連れ帰っていただこう」
祭壇の前にオベールとクレチアンが並び、アザミとハナミはその足元にひざまづかされている。酒場からついてきた男たち五人は、アザミたちの後ろに立っていた。その中から、ハナミを糾弾したティボーが一歩前に進みでる。そして、意気揚々と「その任、承ります!」と宣言した。
「おまえらはきっと打首になるぞ」
(打首っ?)
嬉しそうにこちらを見下ろす監察史の男が恐ろしい。震え上がるアザミの肩を、ハナミの肩がそっと押した。そして、ハナミはオベールを見上げた。
「王都から逃げ出す際持ち出した金貨が、まだ四十枚ほど残っています。それをこの教会に寄進します。寄進の対価として、なんとか見逃していただけないでしょうか?」
「なっ……!」
金貨一枚は三十万トル。金貨一枚あれば、子だくさんの市民でも一か月は余裕で生活できる。それが四十枚。
(ていうか、持ち出したって、泥棒したのか……?)
無一文で見知らぬ世界に飛び出しても生きていくのは難しい。生きるためにはしかたないことだったと思う。しかし、それにしてもとんでもない額を盗んだものだ。そして、それを使っての命乞い。真摯に事情を説明して助けを求めるのだとばかり思っていたのに、ハナミはやることが大胆すぎる。
(悪いことしようとしてるって自覚あるのか……?)
この案に食いついてもらわなければ、アザミたちの未来がない。そうはわかっているが、あまりに彼が悪びれず堂々としているので、驚きと同時に困惑した。
驚いたのはアザミだけではなかった。この場にいる者たちは皆ざわついた。特にオベールは喉仏を上下させ、視線を彷徨わせている。
「本当に四十枚も……?」
「はい。もとは百枚近くあったのですが、四年の放浪生活で半分以上使ってしまいました。あいにく今は持ち歩いていないので、お見せすることはできませんが」
「なんということだ……」
喘ぐような掠れた声でつぶやいたと思ったら、教壇の周囲を歩きだす。落ち着かない様子だ。大きな宝石つきの指輪をはめた両手が、何度も薄くなった頭部を撫でる。
(お願い、この提案に乗ってください……!)
後ろ手に両手を組んで祈る。
(神様っ、王様たち、どうか助けてください!)
十六人の王の名前を心の中で連呼した。この二年無神論者でありながら毎朝祈りを捧げていたおかげか、オベールは金貨に目がくらんでいるようなそぶりをしている。王族からすれば、敬虔でなくてはならない司教が裏切るなどたまったものではないだろうが、アザミたちが助かる道はこれしかないのだ。今ばかりは目をつぶっていてほしい。
「司教」
ティボーがあごを高く上げてオベールを呼んだ。彼らの視線が交じる。一拍置いたあと、オベールが小さくうなずいたのがわかった。
その途端、彼は急に落ち着きを取り戻し、毅然と口を開いた。
「寄進といえば聞こえがいいが、要は賄賂ということだな。そのような金を受け取ることはできん。王族の皆様を裏切ったうえにさらなる罪を重ねていたとはいたわしい……その金は早急に王宮にお返しせねば」
(僕たち本当に殺されちゃうってこと……?)
うまくいくかと思われたハナミの作戦は失敗した。
ぶるぶると全身が震え始める。しかし、ハナミはまるで怯んだ様子がない。
「ダルヴリッセル司教、アザミくんは関係ありません。罪はわたし一人のものです。それに彼の存在を今さら公にしたところで、あなたの首が締まるだけです。彼を王都に連れていくのはやめたほうがいいのではないでしょうか」
ついにはオベールを脅し始めた。オベールはふうと息を吐いた。
「アザミは貴殿と以前からの知り合いだったのだろう。転移者殿が国中を旅して探すほど親密な仲ならば、関係ないとは言えぬ。この際、わしの罪もつまびらかにして、沙汰を待とうではないか」
破壊僧かつ保身命の司教に見えていたが、意外にも土壇場では正義の道を選ぶものらしい。だがこれで良かった。アザミだけ助かっても嫌だ。もちろん死ぬのも嫌だが。
(どうにか助かる方法はないのか?)
なんとか考えようとするものの、恐怖で頭が働かない。
「それでは今晩にでも王都に向かおう。金貨を回収に行ってからな」
ティボーがそう宣言したことで、処刑までのカウントダウンが始まった。
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