書庫『宛先のない手紙』

中村音音(なかむらねおん)

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どれかひとつに絞り込むことは、できない。

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ジャックの豆の木が天に届くのが早いか。
蜘蛛の糸が地上に降りるのが早いか。

世の中、そんな問いかけがやたらと多い。

「安いよ、安いよ。キャベツ、大サービス! え? いらない? じゃあ、キュウリかい?」
ーーいや、だからお肉を買いにきたんだってば。

ほらね。

「俺だけど、現金にする? それとも振り込み?」
ーーさっき、隣のばあちゃんに断られたお方じゃないのかい?

ほらね。

気の弱い僕なんかはすぐ口車に乗せられちゃいそうになるけれど、その話、少しヘン。
「おせちもいいけど、カレーもね」でボンカレー食べた過去。美味しかったけど、結局は乗せられちゃったことがわかって、カレーなのに苦い経験のひとつになった。

人は考える葦。
とくにへこまされる経験は、頭にくるけど知恵につながる。

占い師は言う。
「お宅の庭に柿の木はありませんよね」
さも不吉なことが起きるしるしのごとく人を脅す。
あまりに真に迫った言い方なものだから、庭さえない自宅に架空の柿の木を思い浮かべる。
柿の木?
最初からないんだもの。
霞のように湧いたイメージは、結合を解き空に溶ける。

でも、なんだかそれでは申し訳ないので、ご丁寧にも、親戚んちの庭まで思い浮かべてみる。

どれだけ範囲を広げてみても、猿の子1匹登れるような柿の木はない。猿の子でさえ登れない柿の木もない。

熟考ののち「親戚んちを含めて1本もありません」ときっぱり。余計なことまで話してしまう。

すると占い師、にわかに緊張を解いて「よかったですねえ」と安堵のため息をつく。
よくわからないけど「よかったんだ」とこっちもほっとしてしまう。ついでに、思いやってくれた占い師にお礼まで言っちゃったりする。ありがとう。
この瞬間に占い師の術中に陥る。
すでに、柿の木があったなら、間違いなく不幸は起こっていたと信じ込まされているのだから。
「見料2000円」占い師、倍づけでふっかけた。
ーー不幸の免罪符をもらったも同然なのだ、妥当な料金だよな。
まんまと乗せられている。

仕事の場にも似たようなギミックはたくさんある。
「この仕事やり遂げるか? 残業するか?」
念のため部長に訊いてみる。
ーーいつまでですか?
「明日の朝にはアゲてほしい」
ーー  ……。

これは冗談だけど、アウェイで答えを出してはいけない。
相手の思う壺だ。


カードはきちんとそろえなければシャッフルさえできない。
話の土俵も焦点を合わせてからじゃないと、正しいな答えは導けない。



キャベツもキュウリも冷蔵庫に入っているし、詐欺のやり口もわかっている。
豆の木も蜘蛛の糸もスピード勝負の物語ではないのだから、勝敗がつけられないことなど最初からわかっている。

論点は、悪意や資本主義原理の思う壺にはまってはいけない、という訓戒ではない。

答案用紙に書き込むべき解答に使う公式がどれだったか、どうしても絞り込めないのだ。
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