書庫『宛先のない手紙』

中村音音(なかむらねおん)

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ふたつの茶箱。

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 茶箱が置いてあった。

「ご自由にお持ちください」と、曇天の日曜日、二度とシャッターが開かないお茶屋さんの軒先に、苦労の顔ひとつにじませることなく、兄弟ふたり肩を並べるように茶箱は道行く人を見上げていた。

 おひとついかが?
 物言わぬ目が語りかけている。

 長年連れ添ってきたふたりである。
 離れ離れになることに、不安とは違うところで寂しさを滲ませている。
 ここで別れれば未来永劫、ふたりが出会うことはない。

 それでも、役目を終え、実家を離れざるを得なくなったふたりの茶箱にとって、その旅立ちは第二の人生の賭けであった。

 なぜそんなに涼しい顔でいられるのか、理解に苦しむ。

 もらい手がつけば生き延びられる。
 だけど誰にも拾われなかったら?
 その可能背だって充分にあるのだ。


 断捨離は不要なものを心残りの後ろ髪もろともチョッキンと切り離す。

 社会から切り離されてしまうようなことになったら、もう生きてはいけない。
 保健所さえ引き取ってくれないふたりの命は「ソレ」と呼ばれ物体として扱われ、燃えるごみと燃えないゴミとに引き裂かれ、身はこなごな、傷心の思いで燃える者は焼身の刑に処され、かたや燃えないところは鉄くずとして引きがされ、草葉の陰にすらたどり着けず空に散り、幽体の姿で恨みを噛みしめ生きるのか。

 お茶屋にしても、親心はある。
 見捨てた我が子同然の茶箱ふたつ。
「いい人にもらわれていきますように!」
 断腸の思いで里子に出そうと決めたふたつの茶箱に寄せる思いを断ち切れず、尾を引き、つい窓からちらちらと様子をうかがう。

 ……。
 まだふたり並んで座ってる。

 どうしよう。誰にももらわれなかったら。
 廃業の痛みも癒えぬのに、これでは二重苦。
 せめてひとつだけでも、いい人とめぐり合えますように!
 一刻も早く手打ちで膝を打ちたいところだが、ぱん、ぱん、打つ手は神頼み。

「あれっ、こんなところに茶箱がふたつ。ずいぶん古そうね」
 歴史の長さ深さじゃ、お嬢ちゃんたち、俺たち木箱の兄弟に敵わないさ。
 見たところ、30そこそこかい。
 いい大人ってところだねえ。女ざかり、まっさかりの感じだねえ。
 それに可愛いじゃないか。

「昭和の代物ってところかしら」

 そうそう。こちとら昭和の生まれよ。ほかにも兄弟姉妹、従兄妹に甥っ子、姪っ子もいたけれど、ほかは戦火にやられちまった。俺たちは命の綱渡りを乗り越えた生き残りさあ。
 これまでしぶとくやってきたんだが、親方のほうが先にくたびれちまってね。
 イヌ・ネコじゃあるまいし、家に置いといたって飯食うわけでもなし、下の世話がいるわけでもなし。手間のかかるものじゃないのにねえ。

 でもさ、きっと寂しくなっちまうと思うんだ、おやっさん。
 商売、うまくいってた時もあったからさ。
 あのころはよかったなあ、ほろり、なんてされちゃあ、見てるこっちもたまらない。
 だから、これでよかったのさ。
 肩を落としたしょぼくれた親父の姿なんて、見たくないもん。

 ・・・・・。
 なんだい、俺たち、しんみりしちゃってねえか、兄弟。
 もうひとりの茶箱は答える代わりにふたりのお嬢ちゃんを見上げている。

「どっちがいいと思う?」

 会話からふたりの嬢ちゃんは、姉妹だということがわかった。
 そしてふたりはひとつのスマホの画面をのぞき込んだ。何やら調べているらしい。
「防虫効果があるそうだから、米びつ? 衣類入れ?
 なにかで活躍してくれるそうじゃない?」

 どちらか一方が救われそうになっていた。

「ひとつだけしかゆとりはないけど」
 と、背が高く顔がヤツハシみたいな長髪の嬢ちゃんが言った。
「おいで、うちに」
 もうひとりの饅頭みたいにぷよぷよの嬢ちゃんが続けた。

「じゃあ、キミ」

 ひとり・・・救われ、ひとつ・・・残った。
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