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第1話 足手まといと呼ばれた錬金術師
しおりを挟むアレン・クロフォードは、薄暗い石造りの部屋に立っていた。
その部屋は勇者パーティ〈黎明の剣〉の拠点であり、仲間たちとの数々の戦いの記憶が染みついた場所だった。
だが今、その部屋の空気は冷えていた。誰もアレンを見ようとしない。いや、見るとしても軽蔑と憐れみの混じった視線だけだった。
「アレン、お前をパーティから外す。」
声を発したのは勇者レオンだった。金髪で整った顔立ちの青年。剣聖の称号を持ち、国王からも信任厚い英雄の卵だと呼ばれる存在だった。
その言葉を聞いても、アレンはすぐには反応できなかった。ただ静かに問い返す。
「どうしてだ? 俺は――」
「俺たちは前線で魔族と戦ってる。その間、お前は後ろで薬を混ぜてるだけだ。正直、足手まといなんだよ。」
今度は魔法使いのリディアが言った。赤いローブをひるがえし、冷たい眼差しでアレンを見つめる。
彼女は勇者パーティの参謀と呼ばれ、討伐計画の多くを指揮してきた女魔術師。
そして、その言葉には明確な軽蔑が籠っていた。
「でも、俺の調合したポーションがなかったら、君たちは――」
「回復なら聖女エリナがいる。お前の薬より、神聖術の方が信頼できる。」
リディアがそう言うと、金髪の聖女エリナがわずかに視線を逸らした。
「……ごめんなさい、アレンさん。でも、王都の神殿から“錬金術は穢れの力を使う”って通達があったのです。これ以上は……。」
その一言で、アレンの中で何かが崩れた。
彼は彼らのために命がけで働き、夜も眠らず薬と装備を作り続けてきた。
だが、結果として残ったのは「役立たず」「穢れ」との烙印。
「……そうか。つまり、もう俺はいらないということだな。」
アレンがそう呟くと、勇者レオンは大きく頷いた。
「今まで助かったのは事実だ。礼は言う。けど、この先は俺たちの足を引っ張るだけだ。わかってくれ。」
まるで出来の悪い部下を諭す上司のような口調に、アレンは苦笑した。
わかってくれとは、自分たちの都合を押しつける言葉でもある。
だが、言い返したところで何も変わらない。
「……そうか。なら、もう何も言わない。装備の管理権と倉庫の物は譲る。ただし、最後にひとつだけ言わせてくれ。」
勇者たちはわずかに眉を寄せた。その声には怒りでも悲しみでもなく、静かな冷たさがあった。
「俺の調合した装備やポーションには“同調反応”がある。お前たちが無断で他人に渡したり、売り払ったりしたら……どうなるかは知らない。」
その一言に、魔法使いリディアがわずかに口を歪める。
「脅しか?そんな効能、聞いたこともないわ。」
アレンはそれ以上何も言わなかった。
小さくため息をつくと、背を向けて扉を開けた。冷たい外気が流れ込み、長かった旅路の終止符が静かに落ちる。
「さようなら、勇者様方。もう二度と会うことはないだろう。」
扉が閉まる音が、妙に重く響いた。
◇ ◇ ◇
翌朝、アレンは辺境の森を歩いていた。
行くあてもないが、しばらくはここで暮らすつもりだった。
辺境の閉ざされた村なら、錬金術に偏見を持つ者も少ないだろう。
それに何より、戦いや人間関係に疲れ果てていた。
背中には大きな荷袋。
中身は彼が作った道具と、試作品のポーション、そして無数のメモ書き。
彼にとっての財産であり、全てを形にした証だった。
「さて、まずは寝床を探すか。」
森の奥には清流が流れ、小さな草原が広がっていた。
陽光が差し込み、穏やかな風が薬草の匂いを運んでくる。
この場所なら、静かに暮らせるかもしれない。
彼は腰を下ろし、水をすくって喉を潤した。
そして、ふと水辺の土の上に光るものを見つけた。
「……卵?」
手のひらほどの白い卵だった。表面には淡い金色の文様があり、微かに温かい。
森の中で野生動物の卵を見つけるのは珍しくないが、これはどこか神秘的だった。
「まさか、魔物の卵か?」
そう思いつつも、捨て置けなかった。
彼の中の職業病とも言える好奇心が疼く。
調べるだけなら、害はないだろう。
バッグから小瓶を取り出し、卵の表面に液体を垂らす。
すると、瓶の中の液体が淡く光り、アレンの目に結果が飛び込んできた。
〈解析結果:神獣種“天翔龍”の幼体〉
「……は?」
間抜けな声が漏れる。
神獣、しかも伝説上の存在である天翔龍。
その卵が、なぜこんな辺境の森に転がっているのか。
「とんでもないもの拾ったな……。」
アレンは額に手を当てた。
だがもう遅い。解析魔法を使った時点で、卵と彼の間には微弱な魔力の紐が結ばれてしまっている。
下手に放置したら自然崩壊し、幼体が死ぬ。
「……しょうがない。孵るまで世話してみるか。」
そう呟いた瞬間、卵がほのかに光り出した。
アレンの魔力に反応したのだ。
驚く間もなく、眩い光が爆ぜ、温かい風が森を包む。
「うわっ!」
光の中から現れたのは、掌サイズの白い小竜だった。
金色の瞳がアレンをまっすぐに見つめ、か細い鳴き声を上げる。
「キュイ……?」
「……お前、俺を親だと思ってるのか?」
小竜はコクリと頷くように頭を傾け、アレンの手の上に身体を擦り寄せてくる。
その仕草に思わず微笑がこぼれた。
「変な縁だな。ま、悪くはないけど。」
その夜、アレンは森の中に簡易の小屋を建て、小竜を抱えて眠った。
焚き火の明かりがゆらゆらと揺れ、小竜の温もりがほんのりと腕に伝わる。
彼の胸の奥に、少しだけ前向きな感情が戻ってきていた。
◇ ◇ ◇
数日後。
アレンは森で薬草を採取し、調合の研究に勤しんでいた。
不思議なことに、追放されたことで集中力が増した気がする。
もう誰かに合わせる必要もない。純粋に“作りたいもの”を、思うままに作ればいい。
「よし、試験用ポーション完成。これを“竜の雫”と名付けよう。」
小竜――アレンが“ルゥ”と名付けたその子も、調合作業のたびに興味深そうに覗き込んでくる。
ルゥは少しずつ大きくなり、翼の先がきらめくほどに成長していた。
彼女(性別は後に判明するが)はアレンの魔力を吸収しながら、驚異的な速さで力をつけていた。
そんな平穏な日々が二週間ほど続いた。
だが、その静寂を破るように、ある日、森の入口から怒号が響いた。
「ここに錬金術師がいると聞いた!出て来い!」
アレンが顔を上げると、武装した三人組の男が現れた。
その胸元には見覚えのある紋章――勇者パーティ〈黎明の剣〉の所属バッジ。
「……お前たちは。」
「久しぶりだな、アレン。すぐに新しいポーションを寄越せ。今、俺たちは魔王軍の精鋭と戦っている。」
勇者レオンの従者だった男が威圧的に言い放つ。
アレンは静かに首を振った。
「俺はもうパーティを抜けた。契約も切れている。補給なら王都の錬金連盟に頼めばいい。」
「黙れ!あの時のレシピはお前の頭の中にしかないんだよ!それを出せ!拒めば……どうなるかわかるな?」
アレンは溜息をついた。
その脅し方が、昔の勇者たちとまるで変わらない。
だが、今の彼には守るものも、恐れるものもない。
ただ一匹の小竜が、背中で眠っているだけ。
「……そうか。警告はした。俺の調合品に下手に触るな。忠告を無視すれば――」
男たちは一斉に袋からアレンの旧作ポーションを取り出した。
数日前、勇者パーティに残してきたはずの試供品だ。
「これを使えば魔王軍なんて一撃さ!行くぞ!」
だが次の瞬間、男たちの腕に光が走った。
金色の紋様が浮かび上がり、彼らの全身を縛る。
「な、なんだこれはっ!」
「警告しただろ。」
アレンは静かに言った。
「俺の薬は、俺の承認なしでは効力を発揮しない。つまり――お前らが持ってるそれは、毒だ。」
叫び声とともに男たちは崩れ落ちた。
苦しむ彼らの中で、アレンはただ冷ややかに見下ろす。
長い間、軽蔑と嘲笑を受け続けた彼にとって、これはほんの一欠片の“ざまぁ”に過ぎなかった。
「……帰れ。命が惜しければ、二度と俺の名を口にするな。」
森に沈む夕陽の光が、アレンの横顔を照らす。
その瞳の底には、穏やかな静けさと、確かな決意が宿っていた。
「俺はもう足手まといじゃない。俺は、俺の世界を作る。」
その言葉を呟いたとき、背中の小竜ルゥが優しく鳴いた。
森の奥で、新たな伝説が静かに始まりつつあった。
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